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「まさか、マギサービスに登録してないぐらいで、ここまで暴かれるとはのぅ」
ニシキさんの態度が微妙に変化する。今までの温和な仮面を脱ぎ捨て、無表情になった。
「往生際が悪いのは好かん。じゃがのう、一つ訂正させてもらおうか」
「何でしょう?」
「わしらフォークスはな、別にマギが嫌いで憎いっちゅうわけじゃあないんじゃ。むしろ誰よりもマギを愛していると言っても良いじゃろな」
「そ、それは……それならなぜ、こんな騒ぎを起こしたのです?」
「耐えられなかったけぇ。バンペイも知っとる通り、皆がありがたがって使っとるマギサービス、あんな
「マギサービスが醜い……?」
中身のコードがみにくいという事だろうか? 確かに水生成に四千行はやりすぎだが、醜いと言うほどではない。少なくともコードの汚さに耐えかねずにテロを起こすような真似をするほどではないだろう。
「マギサービスっちゅうのは、
「そうですね、この世界の主要宗教ではそのような教義を掲げているものが多いと思います」
「ふん。宗教の奴らもいけすかん。奴らも奴らでマギと神様を食い物にしとる。神様から授かったマギを、人が安々と行使していいはずがないんじゃ」
神様という宗教的な話が出てきたが、どうやら宗教にどっぷり浸かった狂信者というわけでもないらしい。いや、ある意味で狂信者なのだろう。自分の中に独自の信仰を持っているだけで。
「マギフェスティバル、題目は聞こえがいいじゃろうのう。マギをより人々の身近にし、マギエンジニアの地位も多少なりとも上がるかもしれん。じゃがの、その先に待っているのは何だと思う?」
「それは……マギの利用や開発が活発になるんじゃないでしょうか?」
「ほうじゃ。今よりもっと便利に。今よりもっと楽に。まるでマギサービスができた時のように、人の暮らしも変わるじゃろうのぅ。そうやって便利になっていけばいくほど、人はな……堕落していくもんじゃけぇ」
「そんな事は……そんな事はありません」
「なぜそう言い切れる?」
僕はそうやって進歩してきた人類の文明を知っている。
科学の力によって世の中はどんどん便利になっていった。人類は地球を飛び出して勢力圏を広げている。国によってまだまだ差はあるものの、全体的に人々の生活は豊かになっているはずだ。いくら便利になったからといって、人はそう簡単に堕落したりしないはずだ。
しかし、なぜだろう。ニシキさんの予言ともいえる言葉をはっきりと否定する事はできなかった。マギに負の面があるように、地球人類の科学技術にも負の面がある。人類は、自身の手で自分たちを滅ぼす事のできる兵器すら開発してみせた。
技術の可能性を信じているのは今も変わらない。だが、果たしてそれは人類にとって正しい道へとつながっているのだろうか? 僕の頭の中で思考が無限の再帰に陥り、フラクタル図形を描き始める。
僕が何も発せずにいると、ニシキさんは話を続ける。
「わしらがフォークスを作ったのはな、とあるネエちゃんとの出会いがキッカケじゃった」
「ネエちゃん、ですか?」
「ほうじゃ。名前は知らん。長い金髪のネエちゃんじゃ。若く見えたが恐らく見た目通りの年齢じゃないんじゃろうのう。えらい存在感のあるネエちゃんじゃったしな」
ものすごく心当たりがある。
「彼女はな、まだ若かったわしらに色々な事を教えていった。フォークスの組織の在り方も、そうやってアドバイスを受けたもんじゃ。上下関係のない平坦な組織、大きな目標だけを共有した緩いつながり。まさしく天啓じゃったのぅ」
やはり彼女は地球につながりがある。そう確信した。恐らくボスの小さい頃の話に出てきた女性と同一人物だろう。ボスによれば彼女はマギデバイスを機械と呼んだらしい。機械の存在しないこの異世界において、明らかに地球の残り香を感じさせる。
「そして話の中で彼女はこう言っとったんじゃ。『マギサービスなんて邪道だ』『せっかくマギランゲージがあるんだから、自分でマギを作ればいい』とな。そして、こうも言っとった。『いくら文明が発展したって、人がそれに合わせて成長しなくちゃ意味がない』『今のままだと、いずれ限界がきて崩壊する』と」
声には出さなかったが非常に驚いた。どうやら彼女はマギサービスを邪道なものだと嫌っているらしい。
マギサービスの存在はある面で見れば技術の発展を阻害しているとも言える。あまりにも簡単に使えるので、人々はそれに満足してしまうからだ。『必要は発明の母』という言葉通り、発明とは不満がある状態でしか生まれてこないものだ。『誰も新しいものを作ろうとせずつまらない』とぼやいていた彼女にとっては、邪魔に思えるのかもしれない。
マギサービスの前身であるマギシステムを生み出したというマギハッカーは、どうやら彼女とは意見の相違があるらしい。ぼんやりと二人につながりがあると考えていたのだが、そうでもないのだろうか。
そして彼女が残した『いずれ限界がきて崩壊する』という予言めいた言葉。こちらは本当に予言のように聞こえてくる。
「確かに技術に合わせて人類も学んでいく必要はあるでしょう。マギだって、中身も仕組みも全くわかっていない正体不明の技術です。このままマギに依存しているだけだと、いざという時には危ないかもしれない」
「ほうじゃろ。マギを使うなとは言わん。せっかく神様がくださった力じゃ、本当に必要な時は利用させてもらうのもいいじゃろう。じゃがの、今の人類はそれを軽々しく使いすぎじゃ。ワシらはそう思ったからこそ、フォークスを作ったんじゃ。フォークスの理念は『マギの解放』じゃからのう」
ニシキさん達はどうやら自分なりの信念に基いて今回の事を起こしたらしい。先ほどの青年達の軽さとは違う、まさしく本来の正しい意味での確信犯だ。
だが。
「だからといって……だからといって、このような騒ぎを起こし、多くの人を傷つけ、そしてボスを、シィちゃんを拉致監禁していい理由にはなりませんよ……! マギフェスティバルを中止させるだけならもっとやり方があったでしょう! なぜ関係のない人を巻き込むんですか!」
しゃべっている内に思わず激昂してしまうと、ニシキさんはバツの悪そうな顔になる。
「わしも爆発まで起こすのはやり過ぎじゃと思ったんだがの……」
『俺が提案したんだよー』
すっかり存在を忘れていたマイクの男が口を出した。どうやら僕とニシキさんの話を聞いていたようだ。
『ニシキはさー、やるならもっと穏便な方法でって言ってたけど、それじゃあ意味がないんだよね。動物ってのはさ、痛くしないと覚えないんだよ』
「じゃがの、ペップよ。さすがにあの爆発はやり過ぎじゃけん。計画ではちょっと驚かすぐらいじゃったはずじゃろ。怪我人が出とったから慌てて治して回る羽目になったんじゃぞ」
『ははは、わりーわりー。ちょっと火薬の量が多かったみたいでさ』
「……火薬? いま、火薬って言いましたか?」
思わず口を挟む。
『お、火薬まで知ってるの? さすがマギハッカー、マギ以外も詳しいんだねぇ』
「火薬の事もな、あのネエちゃんが教えてくれた事の一つじゃ」
な、何を教えてるんだ……! 火薬といえば、現代兵器の銃や爆弾の基礎となる要素だ。異世界に簡単に持ち込んでいい知識ではない。
「あのネエちゃんは火薬の存在ぐらいしか教えてくれんかったからのう。わしらフォークスが何年も掛けてやっと見つけ出したんじゃがな、これがまた扱うのがばり難しいけん、苦労したんじゃ」
『ははは、何回か指をふっ飛ばしたよね』
笑い事ではない。治療のマギサービスがなければ非常に危険だっただろう。治療のマギサービスはどうやら指をつなぐ程度の治療は可能らしい。
つまり、今回の謎の爆発は火薬を用いた正真正銘の『爆弾』によるものだった。この世界での出来事なのでマギによるものという先入観を持ってしまっていたのだ。
「やっぱり火薬もワシらにはまだ早い技術じゃの。もっと何十年も掛けて研究しなくちゃいけんもんじゃ。今回、他の人らを爆発に巻き込んでしまったのは完全にミスじゃ。幸い死人は出とらんが、一歩間違えれば出とってもおかしくなかったけぇ。本当はちょっと脅して、マギフェスティバルを中止にできればそれで良かったんじゃ」
今回の騒ぎの目的はマギフェスティバルの中止にあった。彼らの信念を考えれば、マギのネガティブキャンペーンによる規制促進という側面もないわけではないだろう。ただ、誰よりもマギを愛しているとまで断言したニシキさんの事だ。マギの悪評には耐えられないのかもしれない。
「で、では、僕の事を標的にして、ボスやシィちゃんを監禁しているのはどうなんです。なぜ、そんな事をするんですか?」
「……それはの、バンペイよ。お前が危険だからじゃけぇ」
「僕が、危険?」
「そうじゃ。近くで見ていてよくわかったんじゃ。お前はいるだけで周りに影響を与えすぎるけぇ。新しいマギを次々と生み出しよるし、生徒達にもどんどん刺激を与えとる。このままでは、お前のせいでますますマギの利用が活発になりそうじゃった。マギハッカーという名声にはそれだけの力があるんじゃ」
「それは……」
「そこでワシらはお前の評判を落とすために、無理難題の勝負を吹っかけたんじゃ。マギでは勝ち目が無いのはわかっとるけん、マギとは関係ない勝負にしとったけどな。それでもお前が負ければ十分じゃと踏んだ。身内をさらうなんて卑怯な手じゃというのは十分わかっとるが、お前を勝負に乗り気にさせるには仕方なかったんじゃ」
「…………」
「お前は、危険じゃ。技術のもつ危険を自覚せずに知識をバラまき、人類を破滅の道へと進ませとる」
この異世界でやり直す機会を与えられたのには誰かの意思を感じていた。
自分の持つプログラミングの知識を広め、マギを発展させる事こそが、僕の果たすべき役割だと思っていた。技術のもつ可能性を信じていたし、そうする事が、この世界の人々をより高みへと至らせると確信していたからだ。
しかし、それは間違いだったのだろうか?
「師匠!」
「先生、そんな奴の言う事、聞いてんじゃねーよ!」
そんな時、テントの入り口が開いて二人がなだれ込んでくる。
「パール……ぺぺ君……」
「師匠……! 私は、私は師匠のやっている事が間違っているなんて、思いません! 師匠はみんなを幸せにするために頑張ってるんです! それを間違ってるだなんて、誰にも言えるはずがない!」
「先生の教えてくれる事はよ、確かに非常識でありえねぇ事ばっかだけど、どれもこれもマギが面白くなるような事ばっかだったぜ? そりゃあ使いようによってはどんなもんでも危険だろうが、先生の授業を受けてそんな使い方をする奴はいねーだろ!」
二人の言葉は、道に迷い掛けた僕の思考に確かな道標を与えてくれた。
「ニシキ先生よぉ。便利になりすぎると危険だ破滅だって言ってるけどさ、そんな事、便利になってみないと誰にもわかんねーだろ。俺はさ、人間ってのはいくら便利になっても満足できないと思うぜ? さらに便利なもんを、さらに良い生活をってのはキリがねーもんだろ」
ぺぺ君の言っていることは的を射ている。地球の現代社会は昔に比べれば非常に豊かになったはずだが、人類の欲望は留まるところを知らない。
「結局さ、アンタは人間を信じちゃいねーんだ。だから、まだ立ち歩きもできない赤ん坊を相手するみたいに、あれこれ心配してる。人間はさ、きっとアンタが思ってるよりちゃんと一人で立って歩けるんだぜ?」
「ワシが……人間を、信じておらんじゃと?」
ぺぺ君の指摘にショックを受けた様子のニシキさん。
僕がニシキさん達に自首を促そうとしたその時。
「そこまでであーる!!」
再びテントの入口が開き、今度は二人どころではない多数の人間がなだれ込んできた。その先頭に立つのは王国軍人のジャイルさんだ。
「騒乱罪、傷害罪、及び、国王殺傷未遂罪の容疑にて、モンティ=ニシキ、及びフォークスと名乗る集団メンバー全員を現時刻を持って逮捕する! お主らの話した内容はお主ら自身を不利にする事があり、お主らには黙秘する権利がある! お主らには王国司法により裁判を受ける権利がある! お主らは弁護を受ける権利がある! 神妙にせよ!」
『あーらら、もうゲームオーバーか。早かったねー』
ジャイルさんの指示によって、ニシキさんはあっという間に拘束される。マギデバイスを出す暇すら与えられない早業だった。逮捕する場面は初めてみたが、意外なことにマギを使うわけではないようだ。マギデバイスを構えている警察隊員はいるものの、マギサービスではない普通のロープで拘束されている。
『あー、やっぱり転移もロックされてるか。囲まれてるっぽいし、こりゃ、どうしようもないねー』
どうやらペップと呼ばれていたマイクの男も逮捕まで秒読みという状態のようだ。自暴自棄になってボス達に何かしないか心配になる。
ロックとは公権力によってマギサービスの利用権が停止される事の俗称だ。マギサービスはあくまでも企業側の中央マギデバイスによって発動されるため利用停止させる事もたやすい。ただし、王民誓言によってむやみな公権力の介入は禁じられている。あくまでも非常手段だ。
「おおバンペイ、この度は協力感謝するである。おかげでスムーズに容疑者を特定する事ができた」
「いえ……陛下はご無事なんでしょうか?」
「うむ。特にお怪我もなされておらん。お主には陛下からのお言葉があるぞ。神妙に聞くがよい」
王様からの言葉とあらば、礼を尽くさなければならないだろう。膝をついて拝聴する。
「よろしい。では読み上げる。『この程度の事でマギフェスティバルの開催をあきらめるようでは、朕が認めたマギハッカーの名もすたるというもの。速やかな再開催を望む』。以上であーる」
王様……。本当はただ単に自分が楽しみたいだけとかじゃないですよね? しかし、王様にこう言われてしまっては、再開催をしないわけにはいかない。事件の後始末もあるから、きっと忙しくなる。
//----
それからすぐにボスは無事が確認された。特に何をされたわけでもなく、どうやら、またしても縄で縛られていただけらしい。よく縛られる人だと思う。
感動の再会だったが、どうやらミミックのディットーさんに助けられた時の事を思い出したのか、恥ずかしがって目を合わせてくれなかった。僕に逃げろとしつこく言っていたのは、縛られている姿を見られたくなかったのかもしれない。
倉庫からはなぜかデルフィさんも発見された。どうやら今朝から姿が見えなかったのは、彼らに拘束されていたらしい。
後から判明した事だが、どうやら早朝『監視カメラ』代わりの電話マギデバイスを仕掛けているところをデルフィさんに目撃されてしまったらしい。寝坊どころか、張り切りすぎて早起きしすぎたわけだ。
ニシキさんが逮捕されたと聞いてショックを受けた様子だった。
シィは……実はトイレで僕を待ち続けていた。
そう、実はシィは最初から誘拐などされていなかったのだ。マイクの男ペップの言った事にすっかり騙されてしまっていたが、確かにシィの声を聞いたわけでもないし、電話などで確認したわけでもなかった。まさに盲点というか、大胆な手で騙されたものだ。
シィが倉庫にいなかったと聞いて焦って探しに出たが、トイレの前で「遅いよーおにいちゃん」とブウブウ言うシィとガウガウ言うバレットを見つけて、脱力して膝をついてしまった。
ペップが執拗に僕が会場外に出る事を阻んでいたのは、会場外にあるトイレを見られては困るという思惑もあったのだろう。シィの自動防御マギをどうやって突破したのか不思議だったのだが、そもそも突破する必要すらなかったというわけだ。
最後の最後にしてやられた感が残った。きっとペップはあの不愉快な笑い声をあげているだろう。
こうして、開催されるはずだったマギフェスティバルは即座に再開催される運びとなり、数名の逮捕者を出して事件の幕は閉じたのだった。
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