060 - hacker.connect(lines);

 直接対決するために会場外の倉庫に向かう事にしたのだが、その前に問題が一つあった。


 会場を見回すと、観客席にはまだチラホラと人影がある。電話を掛けていると思われる人も数人いる。非常事態だというのに、マイクの音声を聞いて物見高い人達は様子を伺っているようだ。

 先ほど僕の行動にマイクの男は即座に反応してみせた。つまり僕をどこかで監視している可能性が高い。もし監視しているのだとしたら、観客の中にフォークスのメンバーが紛れているのだろうか。僕を見ながら実況中継のように話している可能性がある。

 もしそうだとしたら、僕が会場の外に向かえば相手には筒抜けだろう。そうすれば、直接対決ができなくなる可能性があるどころか、最悪ボス達が傷つけられる可能性もある。それは避けたかった。


 どうしたものか思案しつつ、転がってる青年たちはぺぺ君に見張ってくれるようにお願いして、運営のテントスペースに戻る。監視を逃れるには、とりあえずどこかの物陰に入らなくてはダメだろう。

 運営陣地に設営されたテントは屋根だけのものではなくて、風を防ぐために壁もあるタイプのものだ。そこまで広いものでもないが、今も怪我人が数人、介抱されて横になっている。どうやら爆発に巻き込まれたらしく、着ている服がところどころ焦げている。治療マギサービスで治療を施しているようだ。


「おう、バンペイの。連れは助かったんけぇ?」

「まだです。ちょっと場所をお借りしますね」


 テントに入ると、すぐに僕を見つけてニシキさんが再び話しかけてきた。申し訳ないが今は問答に付き合っている時間はないため、簡潔に用件を述べる。


「おう? バンペイ、そんな端っこで何するつもりなんじゃ?」

「あー……えっと、転移するので少し離れていてください」

「お、おう」


 テントの端の空きスペースを借りて、転移マギの準備をする。設定する座標は会場外だ。ここから会場の外に転移してしまえば監視の目は追いつかないだろう。そのまま隙を突いて倉庫を襲撃できる。

 転移中は近づかれると危険なので、近づいてきたニシキさんには離れるように告げる。


 ニシキさんが離れたのを確認してマギデバイスを構えると、外からマイクの声が響いてきた。


『おっとー、転移はダメだよー。こっちが見られなくなっちゃうからねー。転移したら、おねーさんのキレイな顔に傷がつくよ?』


 なぜだ。


『まったく油断も隙もないよねー。さすがはマギハッカーなのかな? ははは。あ、そうそう、会場の外に出たらやる気なしとみなして失格扱いにするから、よろしくー』


 挑発的な言葉に腹立たしくなったが、それよりも僕の中を大きく占めていたのは『疑問』だった。

 観客席にフォークスが紛れ込んでいたとしても、テントの中の僕を見張ることはできないはずなのだ。つまり、この仮定は誤りだった事になる。フォークスはテントの外だけではなく、中にもいるのだ。

 あの青年もあと3人ぐらいの仲間がいると言っていた。テントの中に一人、外に一人、ボスの拘束に一人以上とすれば勘定は成り立つ。


 テントの中には怪我人が数名横になっているものの、彼らは気絶しているようにしか見えない。他に考えられるとしたら、先ほどから忙しなく動き回っている教師陣ぐらいのはずだ。

 まさか考えたくはないが、教師達の中にフォークスのメンバーが紛れているのだろうか?


「ニシキさん、今日の運営メンバーの中に知らない顔が紛れていたりはしませんよね?」

「おう? ほうじゃのぉ、ほとんどはマギアカデミーの教師じゃのぉ。残りのやつも、マギアカデミーで働いとる事務員じゃあ。知らん顔はおらんなー」

「そうですか……」


 フォークスならマギアカデミーに前々から潜り込んでいたという可能性も考えられる。疑いだしたらキリがなかった。転移マギが使えないとなると、監視の目を欺くのは難しい。


 それにしても、やはりどう考えてもおかしい。テントに入ってから僕が転移しようとするまでの時間はかなり短かったはずだ。ニシキさんと二言三言、言葉を交わしたぐらいですぐに転移しようとしたにも関わらず、マイクの男は反応してみせた。

 仮にテントの中にフォークスのメンバーがいたとして、僕が入ってきて即座に捕捉し、マイクの男に情報を伝えた事になる。動きが早すぎる。


 まるでリアルタイムで一挙手一投足が伝わっているような……。


 そうか。


 僕はすっかり自分自身が作ったマギサービスの事を忘れていた。いや、忘れていたわけではないが、それが『連絡を伝える』ことにばっかり意識がいっていて、『他の機能』の存在がすっかり意識の外にあった。

 考えてみれば簡単な事だ。わざわざ僕の動きを口で説明する必要はない。なぜなら済むからだ。そう、電話には『映像を伝える』機能もついている。このカメラを自分ではなく相手に向けるのも難しくない。

 ボスのマギデバイスが地面に転がった時のように、カメラの映像はマギデバイスを起点に撮影するようになっているので、マギデバイスを逆に向ければ良いだけである。


 恐らくマイクの男は僕の動きをカメラを通して見ていた。


 はっ、と気がついて慌ててテントの中を探しまわってみる。すると、物陰に定点カメラのように設置されたマギデバイスが複数隠されていた。電話マギサービスが作動しており、思った通りカメラはこちらを向くように調整されている。

 自分の作ったものが悪用された上に、こんな簡単な事になかなか気が付かなった自分に腹立たしくなる。


『おー、よくみつけたねー。すごいすごい』


 しかしマイクの男は余裕の態度を崩さない。


『でもねー、それだけじゃないんだよねー。っていうか、ゲームの趣旨を忘れてないかな? そろそろ15分経つよー? さっさと俺たちを見つけりゃ済む話なのになぁ』


 見つけたとしても白を切るに決っている。だがそもそも見当もつかないというのが正直なところだ。


「こすい野郎じゃのぉ。離れたところから見とらんで、目の前にでてきんさい!」


 ニシキさんが怒りの声をあげるも、『なーんか、外野がうるさいなぁ』と男にはどこ吹く風である。


「ちっ。いけすかん野郎じゃ。あの別嬪なネエちゃんだけじゃのうて、ぶちかわいい娘までさらったじゃとぉ? 気に入らんのぉ。漢なら正々堂々と勝負しんさいな!」


 マギデバイスをブンブンと振り回すニシキさん。彼の立派な体格と比べれば、マギデバイスも普段より小さく見える。マギを使うより直接殴った方が強そうに見える。


 ふとそこで、違和感を覚えた。


「あれ?」

「ん? どうしたんじゃ、バンペイ?」


 何だろう。何かがおかしい。ニシキさんの持つマギデバイスは、何かが……足りない?


「ニシキさん、ちょっとそのマギデバイスを見せてもらえませんか?」

「お、おお? いや、しかしのぅ。このマギデバイスはわしの魂じゃけぇ」

「お願いします」

「わ、わかったわかった」


 ニシキさんからマギデバイスを借り受けてまじまじと観察する。こんな事をしている場合ではわかっているのだが、なぜかこれがこの事件を解決へと導く『鍵』である確信があった。


「やっぱり……ニシキさん、このマギデバイス、『登録』されてませんよね?」

「……ほうじゃ。わしの魂に傷をいれるのは、どうしても我慢できんかったけぇ」


 『登録』とはマギサービス登録所でマギデバイスの認証を行なう事だ。登録された証拠として、マギデバイスにマギシグネチャと同じ塗料で印が入れられるようになっている。

 マギデバイスを登録しないまま利用しても特に罰則があるわけではない。だが、マギサービスを利用するには登録を避ける事はできないはずだ。


「え、つまり、ニシキさんはマギサービスを利用していないんですか?」

「……ほうじゃそうだが?」


 正直いって驚いた。この国にマギサービスを利用していない人が存在しているなんて。


「で、では、普段はどのように生活していらっしゃるんですか?」

「そりゃあ……マギでやれる事は、たいがいは人もできる事じゃからのぉ。わしはマギを生活では使っとらんのじゃ」


 確かに理屈はその通りなのだが、その苦労は尋常ではないはずだ。最初はマギデバイスを持っていなかった僕だからこそ理解できる。まさか文明のど真ん中で、文明とはかけ離れた生活をしているなんて。しかも、よりにもよってそんな人がマギアカデミーの教師をしている?


「あなたは……」


 そこで線が一本につながった気がした。


「あなたが……フォークスだったんですか? ニシキさん」


//----


 考えてみれば、最初から少しずつおかしかった。


 特別教師として着任した僕に最初から親切にしてくれるニシキさん。他の教師達は『マギハッカーの再来』などと謳われている僕に対して疑いの目を向けてきたのとは対照的に、彼とデルフィさんだけは最初から偏見を持たずに友好的に接してくれた。その事自体は不思議というわけではない。

 不思議なのは彼が『僕がマギハッカーと呼ばれている本人に間違いない』とまで断言した事だ。その時が初対面だったため、彼と顔を合わせた事はない。にも関わらず僕がマギハッカーと呼ばれている事に疑いを持っていないようだった。噂を聞いていたとは言っていたが、なぜ僕の顔まで知っていたのだろうか。


 僕が「コードの書き方が非効率的すぎる」と職員室のど真ん中で失言してしまった時も、「バンペイから見れば非効率なのはわかるが、ここでは当たり前なのだ」とたしなめてくれた。その時は確かにその通りだと思ったが、よく考えてみればこの発言もおかしい。

 この異世界の人間には「コードが非効率的だ」という視点がそもそも。なにせ五行で済む水生成のコードに四千行かけても当然だと思っているほどだ。本来なら非効率だと言われても「どこが?」と反応するのが普通ではないだろうか。

 しかし彼はまるで僕が言っている事を当然の事として受け取り、理解してみせた。その上で、「人前では言わないほうが良い」と忠告さえしてきたのだ。まるでようではないだろうか。


 信じたくはない。だが、一度気になり始めると、どうしても疑いをもってしまう。

 そして極めつけは、先程のやりとりだ。


「……なにを言っとるんじゃ、バンペイ? わしがフォークスじゃとぉ?」

「あなたが言った事ですよ、ニシキさん。『本当の意味で自立してる人間なんてそうはいない。みんな、たいがいは誰かに依存しているものだ』と。そして、あなたはこうも言った。『みんながみんなが一人っきりで生きていたらつまらない』と」

「それがどうした?」

「そんなあなたが、マギサービスにに生きている。真の自立を目指しているというわけです。そしてフォークスに感じていた違和感。この正体もわかりました。『マギを面白おかしく使って』という割に、マギで正面から勝負を仕掛けてくるわけでもなく、謎の爆発以外はマギサービスしか、それも僕の開発した電話マギサービスぐらいしか使っていない」


 組織の構造はハッカー集団に似ていると感じたのだが実態は全く異なる。彼らはマギを自らが謳っているほど活用しているようには見えない。あの青年達だって、生徒であるぺぺ君に一方的に敗れてしまったほどだ。ぺぺ君が多少の荒事に慣れているからといって、3対1なら多勢に無勢というべきところだ。


「だからなんじゃ。それが、わしがフォークスじゃいう話にはならんじゃろ」

「それだけではそうです。ですが、フォークスは何を考えてこのような騒ぎを起こしたのでしょうか?」

「バンペイがマギハッカーじゃあ呼ばれとるのが気に入らんかったんじゃろ?」

「ですが、それだけで王様の暗殺未遂をするほどの騒ぎを起こすでしょうか? 僕が気に入らないだけなら他にもやり方はいくらでもあったはずです。王様の暗殺未遂と言えば、死刑もありうるほどの重罪ですよ」

「知らんのぅ。きっとアホが集まっとるんじゃろ」


 ニシキさんはそっぽを向いてしまう。


「このような騒ぎを起こしてどんなメリットがあるのでしょうか? 調子づいている僕を凹ませる? フォークスという集団を有名にする? 色々考えられます。ですが、仮に有名になったとしても、王様暗殺をしかけた凶悪な犯罪者集団としてです。彼らが言うように、『マギを面白おかしく使って世界を平和に』という目的から考えると全くの逆効果だ。むしろ、『マギは危険だから規制すべきだ』という声の方が大きくなる」

「ふん……」


 やはりこの国でも「マギは危険だから規制すべきではないか」と主張する一派は存在する。しかし、マギサービスの圧倒的な利便性と、それに基いて発展してきた文明を捨てる事など到底できるわけがない。派閥の規模は全体から見れば超少数派だ。

 マギというのは、一歩間違えれば人を簡単に害する事もできる危険な力だ。しかし僕は、だからといって規制するというのも短絡的すぎるのではないか、と思ってしまう。僕はどうしても技術を便利な側面ばかりで捉えてしまうため、その技術が悪用されたらどうなるかを考える事が少ないのだ。僕に数多くある欠点のうちの一つだと思う。

 しかし僕と同じような考えをする人が大多数だ。今回のような事件、つまり『マギを使ったテロリズム』のような凶悪犯罪は歴史を紐解けば数多く登場するのだろう。だが現在の平和な王国では現実味に欠けるという人が多いと思う。マギを使った犯罪だって、先日のマギシグネチャの一件のような人の生命に直接かかわらない方が多いと聞いている。

 これは、マギサービスについている一種の安全装置のおかげでもある。攻撃用のマギサービスはあくまで魔物に対しての対抗手段として開発されたものだ。人間に対しても使えるが、効果が薄くなるよう調整されているのだ。人間相手には『縄のマギサービス』のような拘束目的のものが主流だ。


「この平和な国では今までマギに基いて文明が築かれてきました。しかし、それを面白く思わない人達もいた。そんな人達にとって、今回のマギフェスティバルはどう写ったでしょう?」


 マギのマギによるマギのための祭典。王様が言ったように、マギエンジニアやマギランゲージの価値を見直す機会としては十分だろう。もし上手くいけば、ますますマギの活用が進むことになる。


「フォークスのメンバー、それもぺぺ君に倒されてしまったような、後から入ってきたメンバーではなく、もともとの中心メンバー達は、マギを嫌っている。いや、憎んでいるといってもいい。だから、マギの祭典であるマギフェスティバルを台無しにし、マギハッカーと呼ばれている僕に嫌がらせをしている。それも、表向きは『マギによる破壊活動』を装って、です」


 そうして、マギが危険で規制すべきであるというネガティブキャンペーンを行なう。


「そして、そんなメンバーがマギを普段の生活に使うでしょうか? いいえ、使うはずがありません。マギを見るのすら嫌なはずです」


 目の前には、そんな珍しい生活を送っている人間がいる。


「いかがですか、ニシキさん。ひとつ、マギを使ってみせてくれませんか?」

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