063 - hacker.enjoy(race);

 ついにマギフェスティバルが開幕する。前回は中止を余儀なくされたが、今回は妨害がない事を祈る。おっと危ない、また余計なフラグを立てるところだった。


『皆様、お待たせしました! 第一回マギフェスティバルをいたします! 司会は引き続き、ルビィ=レイルズが務めさせて頂きます!』


 二度目の司会を張り切っているボスの声が会場内に響き渡る。

 さすがに記念すべき第一回目がアレでは不吉だ、という意見がでて、今回の再開催は『第一回目の続き』という扱いになっている。仕方ないのだが、プログラマとしては採番がかぶってしまったような気がして少し気持ちが悪い。


『国王陛下からのお言葉につきましては、先日に頂きましたので――は? あ、いえ、失礼いたしました。国王陛下から皆様にお言葉があるそうです。ご清聴をお願いいたします』


 え、王様からの言葉は省略するんじゃなかったっけ?

 いきなり段取りが変わっているが大丈夫なのだろうか。どうやら王様がネジこんだらしい。今までずっと表に出てこなかったのに、なんだか急に出たがりになった気がする。


「愛する民たちよ、大儀である」


 前回と同じように王様に対して観衆からの熱い歓声が降り注ぐ。前回よりも規模が大きいため、非常に騒がしい。しばらく歓声がやまなかったが、やはり王様が手を上げるとピタリと静かになる。


「先日、このマギフェスティバルの会場で起きた事件については、皆も聞き及んでいるであろう。この場にいた者も多くおる事と思う。この記念すべき場で、あのような狼藉を許し民を傷つけられた事は非常に遺憾であり、許しがたい行いである。すでに首謀者と実行者は逮捕されており、裁きを待っている状態である」


 ざわざわと観衆が騒ぎだす。前回の事件の事は噂になっていたが、やはり王様の口から改めて聞かされると重く感じるものだ。


「狼藉者たちが何を思ってこの場で事に及んだのか、それは裁きの場で明らかにされるであろう。だが朕から一つ皆に宣言しておきたい」


 そして王様はスッと右手を上げて、振り下ろす。


 すると、そこかしこから空に向かって無数の光が打ち上げられ、会場の上空は様々な色で虹色に彩られる。幻想的な光景に観客たちは驚きの声を上げる。どうやらマギによる花火に近いもののようだ。

 光を打ち上げたのは警察隊の隊員達のようだ。マギデバイスを高く掲げて、誇らしげにしている。


「ダイナ王国は、どのような脅威にも屈する事はない。いかに力を示そうと、いかに武を奮おうと、武力をもって我が国を従わせる事はできない。そして朕が愛する民たちもまた、勇気と信念を持っていると信じておる。事実、この場には多くの者が集まった。朕はそなたらが非常に誇らしい」


 王様がそう告げると、爆発するような歓声があがる。


「マギフェスティバルの再びの開催は、朕が望んだ事でもある。この催しの開催にはもはや、この国の未来がかかっていると言ってもよいであろう。なぜならば、そこに立っている若きマギエンジニア達こそが次代を担う若者達だからである」


 王様の言葉に生徒達も興奮している。顔を赤くしたり、思わず拳を上げたりと反応は様々だったが、誰もが誇らしげなのが面白い。マギエンジニアの社会的地位が低かったという事は、その見習いに対する世間の目も似たようなものだ。生徒達は今まで冷たい目に晒され続けたのかもしれない。


「我々はこれまで、マギの事をあまりに知らなすぎた。そのしっぺ返しが形を変えてやってきたのが、先日の事件であると考えよ。本日は皆がマギの事を深く知る良いきっかけとなるだろう。若きマギエンジニア達の活躍をしっかりと目に焼き付けてほしい。以上を朕の言葉とする」


 王様が演説を終えても歓声はなかなかやまなかった。相変わらず良い事を言う王様である。テロリズムに屈しないというのは国として当たり前の事なのだが、やはりトップの人がそう断言すると全員の意思が一つになったように思える。トップダウンというのもなかなかに悪くないものだ。

 皆、少しはマギに興味をもってくれただろうか。


 いよいよ、生徒達による競技が始まる。


//----


『マギトラック、それはマギで最速を競う競技! 設定された距離を、障害物をかわしながら、いかに早くゴールへとたどり着くかを競います! 見どころは各生徒の工夫をこらしたマギによる移動方法! 一体、どのような方法が一番早くなるのか、目が離せません!! そしてなんとこの競技、他の選手への妨害も許されます! もちろん過激なマギは禁止ですが、うまくすれば一人で悠々とゴールする事も可能です! 妨害を優先するか速度を優先するか、その配分が難しい競技です!』


 少しずつ競技が消化されていき、マギトラックという競技の番になった。これまでに様々なマギが生徒達から飛び出しており、そのたびに観客からは「あんなマギは見たことない」と驚きの声があがっている。もちろん中には自分でマギを作れない生徒もいるが、マギサービスを効果的に利用してポイントを稼ぐなどの作戦を展開していて面白い。

 マギトラックは競技の中でも見どころの一つだ。競技者同士のマギのやり取りがあるし、最速を目指すという目標設定はわかりやすい。


 参加者が会場に引かれた線の上に一直線に並ぶ。おっと、よく見れば並んでいる五人の内、僕の特別授業を受けている生徒がも混ざっている。組み合わせにはテストの成績も一応考慮しているが、マギフェスティバルの競技はテストの成績とは違う尺度となるため、あまり参考にはならない。だからこのように同じクラスが集まるという事もある。


「おや、二人も一緒か。奇遇だね。お手柔らかに頼むよ」

「へっ、そんな事言ってる奴が一番エグい癖によく言うぜ」

「よ、よろしく」


 最初に喋ったのはヴィル=ベーク君。真面目な見た目通り、クラスのまとめ役を務める事が多い委員長的な生徒である。ガリ勉タイプで、とにかく定型的な処理の暗記が得意だ。決まりきった処理を書くのは得意なのだが、新たにマギランゲージを書く時には覚えた書き方に固執してしまうという問題がある。それでも特別授業で度々常識が破壊された結果、少しずつ書き方を変える事に適応してきた。

 二人目に喋ったのはぺぺ君だ。こちらはヴィル君とは対照的に見た目はあきらかに不良生徒だ。しかし、僕の課外指導を受けているだけあってマギランゲージの腕はピカイチである。もとよりセンスはあったのだが、本人にやる気が薄かったために十分に発揮されていなかった。彼がここまで成長できたのは、パールに引きづられたおかげかもしれない。

 最後に喋った気が弱そうなのはスクイー君。どうやら母親とは和解できたようで何よりであるが、気が弱いのはもはや性格らしい。基本に忠実で、教えられた事を地道に覚えるタイプの生徒だ。だが応用のマギも悪くはない。基礎からみっちりと叩き込んだ結果、基礎が身についているので応用に困る事が少ないのだ。


 この三人の対決とは非常に見どころである。僕も結果が予想できない。


『いよいよ始まります、参加者の生徒は位置についてマギデバイスを構えてください』


 不公平がないように全員がマギデバイスを構えた状態から勝負が始まる。そこから先は純粋にマギと力と運の勝負だ。黒いマギデバイスを前方に向けて構えた生徒達を、観客は固唾を呑んで見守る。


『それではカウントします。3、2、1、スタート!』


 ボスの掛け声と共に生徒達が飛び出す。と思ったら、一人だけスタート地点から動かない。


『おーっとぉ!? どうしたゼッケン23番! スタート地点から動いていないぞぉ!?』


 ノリノリで実況するボスの声が響く。ゼッケン23番は、僕の特別授業に参加していない生徒だ。彼はその場でジタバタともがいているが、動いているのは上半身だけで下半身は動かない。どうやら本人の狙い通りというわけではなさそうだ。


『どうしたぁ!? 何やら足が動かないようです! 恐らく他の競技者による妨害でしょう! 競技が始まって間もなくのリタイア、この競技の恐ろしさがいきなり姿を表しました!』


 あれをやったのはぺぺ君だな。スタート時にさりげなくマギデバイスを地面に向けていたのを見逃さなかった。例のぺぺ君が開発した『透明なブロック』のマギを使ったのかもしれない。相手に全く気がつかれないとは、えげつないマギである。

 しかし、他の手強い二人を妨害しなかったのはなぜだろう。彼の性格なら、クラスメートだからといって手加減をするはずがないし、むしろ嬉々として仕掛けてもおかしくないのに。ここからは遠くて見えないが、何か攻防があったのかもしれない。


『速い速いはやーい! 先頭を走るゼッケン15番、それを追いかけるゼッケン36番! その後ろからも二人が追いかけていますが、なかなか追いつく事ができない!』


 先頭をいくゼッケン15番は、なんと驚くべき事に委員長なヴィル君である。どうやら彼はすでにマギを発動させているようだ。彼のスムーズな走行を助けているのは、彼が得意とするコード改変で改造した突風のマギのようだ。身体が吹き飛びそうなほどの追い風を吹かせて、速度を得ているのだろう。走っているというより、もはや吹っ飛んでいると言っても良い。

 そして36番はぺぺ君。やはりスタートで妨害したぶん多少の出遅れがあったのかもしれない。といっても微々たるもののはずだが、その微々たるものが大きくなるのがマギトラックである。彼のマギもまた非常に面白い。どうやら足元にのような弾力のある空気の塊を生み出しているらしく、ピョンピョンとウサギのようにヴィル君を追いかけている。

 その後ろを追いかけるのはスクイー君ともうひとりの生徒。おっと、もうひとりの生徒がスクイー君に体当たりを仕掛けた。しかしスクイー君は焦る事なくマギで対処してみせる。相手と自分の間に即席の『クッション』を創りだしたようだ。しっかりと相手の事も配慮している辺りがスクイー君の良いところだろう。

 思わぬ柔らかいクッションに弾き飛ばされた相手はペースが乱れてしまい、並んでいたスクイー君からも突き放されて遅れてしまう。


『おっとー!? また一人遅れてしまいました! 激しい争いです! このまま最後まで無事に終わるのかー!? いよいよ障害物も多くなってきました!』


 まっすぐ走るだけだと障害物に引っかかる。先頭を行くヴィル君の追い風による走行は急な方向転換が難しい。立ちふさがった障害物は風を微調整してなんとか避けているが、果たして大丈夫だろうか。その点、ぺぺ君のウサギのような足取りは障害物を飛び越える事すら可能だ。まるで宇宙飛行士のように大きなジャンプを繰り返して、次々に障害物をクリアしていく。途中でクルクルと宙返りを決めてみせる余裕があり、観客は大いに沸いている。

 と、そこでスクイー君がついに動き出した。マギデバイスを前方を行く二人に向けて構え、呪文を唱える。数瞬前にぺぺ君は気づいて慌てて回避するが、ヴィル君はスクイー君の動きに気がつかなかった。


『な、なんだアレはー!? 網、でしょうか!? ゼッケン3番のマギデバイスから、不思議な網のようなものが飛び出しました!!』


 まさしく白い網がマギデバイスから放射状に広がる。あれはもちろんスクイー君のオリジナルマギだ。相談を受けて少しアドバイスはしたものの、ほとんど彼の独力で創りあげたのだ。

 どうやらスクイー君は、相手を傷つけないマギを好むらしい。心の優しい彼らしい選択だと思う。


『おおっとぉ! ゼッケン3番による白い網に、先頭を独走していたゼッケン15番が絡め取られてしまったー! これは意外な展開です! 果たして勝負はどう転ぶのかー!』


 ボスの実況もヒートアップしていく中、生徒達の競争も過熱していく。ヴィル君は網に絡め取られて身動きが取れなくなるかと思いきや、突風を駆使して強引に前進していく。だが、いささか強引すぎて見るからに危険だ。


 止めに入るべきか考えていると、生徒達の前には最後の難関であるビッグウォールこと『巨大な壁』が立ちふさがる。この障害物だけは、今までのような横に進んで回避という事ができない。何とかして壁を乗り越えなければならないのだ。

 どうやらぺぺ君は、例の透明なブロックで足場を創る作戦らしい。ピョンピョンと空中でステップを踏みながら器用に壁を上っていく。

 しかし、ヴィル君は網に絡め取られて身動きがほとんど取れないにも関わらず、無理矢理に突風で自らを打ち上げて壁を登ろうとする。そろそろ止めようと思った時、グラリと身体がブレて打ち上げる方向がズレてしまう。ズレた方向には壁が立ちふさがっていた。


 あわや激突、と思った瞬間。


 ポスンと、ヴィル君の身体がで受け止められる。見れば、スクイー君がマギデバイスを構えていた。どうやら、ヴィル君の危険を察して助けに入ったようだ。

 当然、スクイー君自身のマギ行使が遅れるために壁を登るのも遅れる。後から追いついてきた生徒達がスクイー君を横目に壁を登り始める。


『なんとぉ! ライバルであるにも関わらず助けに入ったぁ!! ゼッケン3番、小さい身体だが中身は一人前の紳士だぁ!!』


 観客たちもこれには拍手喝采だった。スクイー君の他人を思いやる力は、誰にも引けをとらない。


 このままぺぺ君がトップ、スクイー君がビリで終わるかと思われたが、スクイー君は勝負をあきらめてはいなかったのだ。スクイー君は徐ろにマギデバイスを上空へと向ける。


『おっとぉ? ゼッケン3番、どうしたのでしょうか? 壁の下で何やら動いています!』


 スクイー君はそのままマギデバイスを壁の上部辺りに向けて、呪文を唱える。すると、マギデバイスの先端から勢い良く小さな鶏卵ほどの球体が飛び出す。球体にはロープが括りつけられており、球体の飛翔に合わせて、するするとロープが伸びていく。


『なんなんだぁ!? 謎の球が飛び出したぁ! おまけにロープもついているぅ! しかし縄のマギサービスではなさそうです!!』


 飛び出した球体はそのまま壁の上空を通り過ぎて、壁の向こう側へと飛んで行く。そこまで飛んだ時点で、スクイー君はマギデバイスを操作してロープの延長を止める。球体はロープに引っ張られて失速し、壁の反対側にぶつかってコツンと音を立てる。

 そして、スクイー君がロープがつながったままのマギデバイスを構えて呪文を唱えると、変化は劇的に訪れた。


『こ、こ、これはぁ!』


 不思議なことに、スクイー君の身体は引っ張られるようにして壁を登っていく。いや、不思議な事など何もない。単なるだ。

 壁の反対側に行った球体がなぜか『巨大化』している。恐らくスクイー君の呪文による効果だろう。それによってスクイー君の体重よりも重くなり、重りの役割を果たして反対側のスクイー君を引き上げているのだろう。面白い発想である。


 スクイー君がするすると引っ張りあげられる様子は、まるで『バブルソート』で水面へと浮上していく泡のようだった。重いものは下へ、軽いものは上へ。まさしく重力を利用したソート並び替えの力によって彼は壁を登っていく。


 あっという間に先行していた生徒達に追いつき、追い越していく。繊細な調整が必要なマギとは違って、一度動き始めれば何も考えなくても良い。見事な自動化だ。

 最終的に、惜しくもぺぺ君には敗れてしまったものの、2位という素晴らしい結果を残したスクイー君。順位を告げられた時の彼の笑顔は最高のものだった。


 やっぱり、彼には笑顔がよく似合う。

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