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 なぜか王様まで来る事になってしまった、マギフェスティバルの開催日当日。

 プレッシャーから重くなった足をなんとか動かして、朝早くからボス達と一緒に会場に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。


 人、人、人。


 マギアカデミーに特別に設けられた入り口にはすでに長蛇の列ができており、多くの人々が入り口が開くのをまだかまだかと待っているようだった。

 宣伝までしたのだから、たくさんの人に来てもらえるのはありがたいのだが、ちょっとすぎる。CM動画を社員食堂でしか流さなかったのは、マギアカデミーを一般開放する事自体が初めての試みであり、あまりに多くの人に来られても不安があったためだ。

 並んでいる人達から漏れ聞こえてくる会話を聞くと、どうやら王様が来るという事がどこかから漏れたらしい。マギフェスティバル目的というよりも、王様が目的の人達が多数いるようだ。ミーハーというべきか、それとも忠誠心が篤いというべきか。


「これは……すごい人出だな」

「ええ……王様の事がバレてるみたいですね……」

「うわー! すごーい! 人がいっぱいいる!」

「がうが」


 しばらく三人と一匹でポカンとしながら円周率のように終わりが見えない長い列を眺めていたが、あんまりぼやぼやとしていられない。これだけの人が集まったのであれば、イベントを失敗させるわけにはいかない。ますます大きくなったプレッシャーに気のせいか胃がしくしくと痛む。


 関係者入り口から中に入ると、そこにはすでに今日のマギフェスティバルの開催に協力してくれていた他の教師達が待機していた。デルフィさんとニシキさんはもちろんだが、他にも何人かの教師が協力を申し出てくれたのだ。どうやら彼ら彼女らもまた、王様の演説に触発されたらしい。

 マギフェスティバルの競技は主に僕が地球の競技を参考に考案したものだが、他の教師達のアイデアもたぶんに含まれている。一人で考えるには限界があったため、非常に助かった。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「おう、バンペイの! おおっ? 今日はまた、ぶちかわええ娘をつれとるのぅ。お前の娘か?」


 どっしりと座っていたニシキさんが僕に気がついて手を挙げながら聞いてくる。彼が言っているとは当然ながらシィの事である。シィを学校関係者の前に連れてくるのは初めての事だ。いつもは仕事だからと自重していたのだが、今日は特別なイベントなので大目に見て欲しい。


「ははは、違いますよ。この子はシィちゃんです。色々あって僕達で保護しています」

「ほーん、なんじゃワケありなんじゃのぅ。隣にはまた別嬪なネエちゃんもつれとるし、わしゃあてっきりバンペイが家族連れでやってきたと思ったけぇ。その歳でこがーにおっきい娘がおるんなら、バンペイもやるもんじゃと思うたのにのー」

「べ、別嬪なネエちゃん……家族……」


 ニシキさんの言葉にボスは赤くなっている。シィは僕の陰から一歩前に出て、ペコリとお辞儀する。


「シィです! いつもバンペイおにーちゃんがおせわになってます!」

「おー、ちっこいのにしっかりしとるのぅ。おじちゃんはモンティ=ニシキ言うんじゃ。よろしくのぅ、お嬢ちゃん」


 どうやらニシキさんも子供好きのようだ。さすがにボスの父親であるデイビッドさんのようなはないが、頬を緩めてニコニコとしている。いかつい見た目から小さい子には怯えられる方が多いのかもしれない。シィは相手の外見を一切気にしないのだ。

 他の教師達に挨拶をして回っていると、いつもは『いの一番』に挨拶してくる人が見当たらない事に気がついた。ニシキさんに尋ねてみる。


「デルフィさんはまだいらっしゃっていないのですか? あの人なら真っ先に来ていそうなものですが」

「おうそれそれ。まだ来とらんよ。まあまだ時間があるけぇ大丈夫じゃろうが、あのデルフィが遅れてくるのは珍しい事じゃのぅ。興奮しすぎて寝坊でもしとるんかのー」

「はは、ありえますね」


 何しろデルフィさんは今回のマギフェスティバルに非常にやる気をみせていた。発案者の僕よりも熱心に準備していたほどだ。どうやらこのイベントの趣旨が彼女の教育者精神を大いに刺激したらしい。生徒達から情熱ややる気が失われている事を誰よりも嘆いていたのがデルフィさんなのだ。

 だったら授業内容を工夫すれば良いと思うのだが、いくら工夫をしてもマギランゲージ自体の難解さが変わるわけではない。デルフィさんはマギランゲージそのものよりも、周辺の歴史や文化が専門の先生なので、あまりマギランゲージの深いところまで踏み込む事もできないようだ。

 だからこそ、彼女はこのマギフェスティバルの取り組みに力を入れていた。いつもの調子で興奮していたら、夜に寝付けなくて朝起きれないという事もあるかもしれない。


「ま、そのうち来るじゃろ。それよりわしゃあ、人がようけぇ来とる事にぶちたまげたけぇ。一体どうするんじゃ? 大事になっとるぞ?」

「ええ……僕も驚きましたよ。どうやら陛下がいらっしゃるという事が、どこかから漏れたみたいです」

「うーむ、ほうか。わしも陛下がこられると聞いとったから驚かんが、初めて聞いた時はたまげたもんじゃからのぅ。あの陛下はなかなかわしらに顔をお見せしてくれんけぇ」


 そう、フットワークが軽い王様なのだが実は最近まではほとんど表に出てくる事はなかった。まあ、あまりホイホイと出てきてもありがたみが薄れて威厳がなくなってしまうのだが、国民の中には王様を一度も見たことが無いという人も多かった。それだけに先日の演説は衝撃をもって国民達に迎えられたのである。

 どうして急にアクティブに活動しはじめたのかはわからないが、何か心変わりがあったのかもしれない。


 そうこうしている内に、いよいよ会場を開く時間がやってきた。

 大量に流れ込んできた人達を何とか見物席へと捌いていくのに忙しく精一杯になった僕達は、結局その時になってもデルフィさんが現れなかった事を気にかけつつも、特に連絡をとろうとはしなかった。


//----


『皆様、大変お待たせしました! 第一回マギフェスティバルを開会いたします! 本日の司会は私、ルビィ=レイルズが務めさせて頂きます!』


 ルビィ=レイルズとは忘れられがちなボスの本名だ。CM映像の音声を務めた流れで司会もお願いしたのである。最初は渋っていたボスだったが、音声を録った時のセリフ読みが意外と楽しかったのに味をしめたのか、最後には気持よく引き受けてくれた。けっして、僕から「司会ができるのはボスしかいない」とか「ボスの美声を観客が楽しみにしている」とか言ったわけではない。ないのだ。


『それではまず開会に向けてのお言葉を、本日ご臨席なされている国王陛下から頂戴したいと思います。皆様、ご清聴をお願いいたします』


 いつの間にか会場入りして、準備されていた専用の観覧席に腰掛けていた王様が皆の声援を受けながら立ち上がる。王様がさっと手を挙げると会場は一斉に静まった。


「愛する民たちよ。大儀である」


 王様の声は静かに会場に染み渡った。相変わらず低くも高くもない、絶妙な声だった。


「マギアカデミーはこの国におけるマギ教育機関としては最古のものであるが、そのような最古の機関からこのような新しい試みが始まった事、朕は嬉しく思う」


 マギアカデミーは公立ではなく私立学校なので、本来は国賓が招かれるような場所ではない。ただ、王様の言う通り最古の教育機関なので、ほとんど公立みたいなものだ。国が独自にマギの教育機関を設置しないのは需要が少ないというのもあるが、マギアカデミーの存在が大きい。


「先日に朕が述べた言葉は皆の記憶にも新しいだろう。『変革を恐れてはいけない』、それは必ずしも皆に変革せよと求めるものではない。だが、必要とあれば変革を恐れるな、という意味である。本日めでたく開かれる運びとなったマギフェスティバルであるが、この試みは必要とされたからこそ開かれたのだ」


 そこで王様は言葉を切って、起立している生徒達へと目を向ける。


「この国ではマギエンジニアの地位が低い。それは朕も憂いておる事であった。マギランゲージの難解さから来るマギエンジニアの専門性は決して軽視されるべきではない。しかし、マギサービスの普及によって気軽にマギを扱えるようになった結果、その陰で働いているマギエンジニア達の努力は忘れられつつある。その事実は、マギエンジニアを目指す者達から熱意を失わせるものだった」


 王様もどうやらマギエンジニアの現状を憂いていたらしい。


「本日は生徒達にとって自分達の目指すマギエンジニアの新たな価値を知るための良い機会となるであろう。そして皆にとっても、マギエンジニアとは一体どのような存在なのか。皆が普段から恩恵を受けているマギサービスはどのようにして作られているのか。十分に知るための良い機会となる。趣向をこらした競技が用意されておると聞き、朕も楽しみにしていたところである」


 うぐぐ、ハードルを上げてくるなぁ。趣向をこらしたつもりではあるが、果たして王様の眼鏡にかなうかはわからない。


「本日は未来のマギエンジニア達の力をしかと目にし、楽しんでもらいたい。以上を朕の言葉とする」


 王様が観覧席に着席すると、わっと歓声が上がる。どうやら王様の言葉は皆の期待と興味を大いに刺激したらしい。そして生徒達もまた、王様の言葉で気を引き締めたようだ。先ほどまではどこか浮ついて落ち着かない様子だったのが、今は興奮してやる気を出しているように見える。


 このマギフェスティバルの本番が開かれるまでに何度か大会の流れの予行練習を行なったのだが、生徒達にはあまり身が入った様子がなかった。僕にも覚えがあるが、こういう学校行事というのはどうしても「やらされている感」がなかなか拭えず、自主的に参加しようという意欲がなければ真剣になれないものなのだろう。

 競技の内容については生徒達も驚いた様子だったが、本番ではないためほんの触り程度しか行なっていない。競技はどれもルール自体はシンプルなので、マギさえ使えれば練習が必要というほどでもないのだ。ただし、使用するマギについては事前に準備させてある。さすがに本番中に書いていたのでは間に合わない。


『国王陛下、お言葉ありがとうございました。それでは次に、学校長からのご挨拶を――』


 プログラムが消化されていく。もちろんこの場合のプログラムというのは式次第の事だ。こういう行事の前置きが長いのはどこも一緒だ。観客たちからは不満のブーイングもチラホラ聞こえてくる。


 そんな中で、僕の袖がクイクイと引っ張られた。


「ん? どうしたんだいシィちゃん?」

「おにーちゃん、おしっこ……」


 どうやらシィは催してしまったらしい。オフィスとは違って初めての場所なのでトイレがわからないのだろう。一人で行かせるわけにもいかないので、付きそうことにする。


「トイレはこっちだよ。一緒に行こうか」

「うん……ごめんね、おにーちゃん?」

「馬鹿だなぁ。そんなの謝る必要なんて無いんだよ」


 シィの頭を撫でてから、手をつないでトイレへと向かう。バレットも一緒だ。が会場内にいる事に驚いた表情を見せる人もいるが、バレットは非常に大人しくしているため問題にはなっていない。さすがにバレットをのけものにしてオフィスに置いてくるのもためらわれたのだ。


「それにしても、すごい人だなぁ。シィちゃん、手を離したらダメだよ。迷子になっちゃうから」

「うんっ」


 トイレの前には行列ができている。想定していたよりもだいぶ観客の数が多いので、トイレが不足しているのだろう。この世界では洗浄マギサービスというものがあるので、最悪外で用を足すという手もあるから大きな問題には至っていない。

 こういう待ち行列を見ると、ついつい待ち行列を効率的に捌くためのアルゴリズムを考えてしまうのは、プログラマの職業病だろうか。待ち行列はキューqueueと呼ばれ、プログラミングを作る際には頻出するデータ構造の一つである。

 シィはさすがにトイレは一人でできるので、女子トイレの前にできた行列に一緒にエンキューする並ぶ。この分だと戻るのが少し遅れるかもしれない。僕の役目は準備段階でだいたい終わっているので、競技の様子を見守っていざという時の対応役なのだが、大丈夫だろうか。


「ま、しょうがないか」


 いざとなれば他の教師達もいるし、大丈夫だろう。


 その思った瞬間、会場の方から大きなが轟いた。

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