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「そうか! よかったじゃないか!」

「はい。あとは準備を進めるだけですね」


 オフィスに帰ってボスに報告すると、手を叩いて喜んでくれた。僕のマギフェスティバルの提案を聞いた時から、まだかまだかとウキウキしているのだ。どうやら身体を動かしたりしてマギで競い合うというわかり易さが、ボスの琴線に触れたらしかった。


「それにしても、本当に良かったんでしょうか? せっかく電話マギサービスで稼ぎだした資金も、結構消費してしまうと思うのですが……」

「ふっ、それは何度も話しただろう。私は電話マギサービスで『宣伝』の大事さを嫌というほど理解したからな。今回の『スポンサー』は形を変えた宣伝活動だ。しかもマギアカデミーとなれば求人効果も期待できる。我が社にとっては消費した対価に見合う十分な効果が見込める。つまり、これは『投資』だという事だ」


 意外かもしれないがボスは社長だけあってビジネス上のメリット・デメリットの判断基準をしっかりと持っている。ボスが苦手なのはあくまでもマギランゲージに関わる事だけで、どうしてこんな人がマギサービス企業を始めようと思い立ったのか本当に不思議だ。


「それに、思ったよりも電話マギサービスの利用料がな……」

「ああ……」


 王様の演説以来、利用者はうなぎ登りというべき調子で伸び続けている。演説から数日で十万の大台に乗ったのは驚きだったが、一ヶ月が経ってついにその『売上金』が計上されたのだ。

 その額、金貨にして実に。目もくらむほどの大金である。日本の物価感覚に例えるなら、家が一軒建つぐらいだと考えてよい。

 電話マギサービスの利用料は、一回につき銅貨一枚という低価格だ。銅貨三枚でやっとパンが一つ買える程度の価格なので、一回につき金貨を要求するような他の高額マギサービスに比べると驚くほどに安い。しかし利用者が十万人もいれば、チリも積もるものだ。

 金貨はちょうど銅貨千枚分の価値になるよう、金含有率が法律で定められている。金貨五百枚というのは、五十万回分の電話マギサービス利用料に等しい。一人あたり五回以上利用している計算になる。多いように思えるが、五回かけたってパン二つ分に満たないほどの金額なのだ。人々は気軽に電話を使うようになりつつある。


 しかもこれは今月分だけの数字だというのだから恐ろしい。これが毎月続くのである。


「正直まだ使い道を迷っているところだ。事業拡大に利用していくべきだろうが、どこから手を付けたものか……。人を増やすべきだろうが、その前にこのオフィスをどうにかすべきかもしれん……むむむ」

「人を増やすのは僕も賛成ですが……求人はマギフェスティバルまで待った方が良いかもしれませんね」

「うむ。すぐにどうこうなるわけではないしな。それに、問題はバンペイと一緒に仕事ができるほどのマギエンジニアがやってくるかという点なのだが……」

「ははは。今回マギアカデミーで教師をやってみたら、これが案外楽しくてですね。もし未熟なマギエンジニアがやってきても、ビシバシ鍛えてみせますよ」

「ほう! 教師の依頼を引き受けた事の思わぬ効果だな」


 僕の強気な言葉に目を丸くするボス。僕が強気なのには理由がある。ここ何週間か生徒達にマギランゲージを教えていると、その時は僕の持病ともいうべきコミュ障とあがり症が鳴りを潜めるようになったのだ。

 どうも、自分の中で「マギランゲージを教える」という行為はプログラミングに近いと判断されているらしく、プログラマとしての『傲慢さ』が顔を出した。少しは自分に自信が持てたとも言える。

 スクイー君に課外指導しているのも、その自信を裏付けている。彼には基礎からみっちりと指導したので、ある程度の指導方法が確立できつつあった。良い生徒とは先生を育てるものだと思う。彼には感謝しなくてはならないだろう。


「ふふ……バンペイと初めて会った時に比べると、ずいぶんと良い顔をするようになったな」

「そうでしょうか?」

「ああ。あのスクイー君という子がいただろう? 初めて会った時のバンペイにそっくりだと思ったよ。オドオドとして、自信なさげでな。まあ、バンペイは話してみるとしっかりと『芯』があったから、すぐにそんな印象はなくなったが」

「スクイー君に……? 確かに言われてみれば、そうかもしれません」


 彼の自分に自信が持てない気持ちはよく理解できる。僕もまた自分に自信がない一人だからだ。ボスが口にした僕にとっての『芯』とは間違いなくプログラミングの事だろうが、それだって世界中にもっと凄いハッカー達がたくさんいるのを知っている。


「バンペイもスクイー君も、どうしてそうビクついてるのか私には全く理解できんがな。他人の目など気にしなければいい。はっはっは!」

「まあ、ボスらしくて良いですけどね……」


 ガクリと力が抜ける。ボスはいつまでもそのままでいてください。


//----


 そして月日はあっという間に流れていく。マギフェスティバルの準備を始めてから一ヶ月ほど経った。


 この間に特別授業が何度かあり、生徒達を次々と未体験ゾーンに放り込んでいった。マギゲームも改善して再び開催したが、ついにクリア者が現れた。何を隠そう、パールとぺぺ君のコンビである。

 どうやら課外指導の成果が如実にあらわれたらしく、僕が設定したハードルを次々に飛び越えられてしまった。もともと実力が高かった二人であるから、それも仕方ないところだろう。二人のために、次のマギゲームでは上級コースの更に上に超上級コースを用意したいと思う。


 そして、同じく課外指導を受けていたスクイー君はといえば、残念ながら母親の横槍によって特別授業には出席していない。どうやら母親が監視のため、特別授業のある日には送り迎えをしているようだ。マギサービス企業の幹部であるはずなのだが、暇なのだろうか?


「ダメだ。この書き方は効率が悪すぎるよ。この前教えた通り、こういう末尾再帰はループに最適化できるからやってごらん?」

「はい、わかりました。やってみます」


 しかし課外指導はしっかりと効果を発揮していた。スクイー君は見違えるようにコードをスラスラと書き下せるようになっている。まだまだ甘いところもあるが、これなら仕事としても十分にやっていける範囲だろう。真面目で勤勉な彼は、僕に一度言われた事はしっかりとメモをとって家に帰ってからも復習しているらしい。もちろん母親の目を盗んでだ。

 そういえば、スクイー君の父親はどうなっているのか聞いてみると、どうも母親の言いなりになっているようだ。スクイー君に似て気の弱いタイプらしく、よくあの母親と結婚できたなと思ったが、案外あの母親の方から強引にアプローチしたのかもしれない。


「でもマギランゲージのループってなんだか面倒ですよねぇ。もっと簡単に書ければいいのになぁ。あーあ、師匠の上級言語ならもっと楽なのに」

「上級言語? ああ、あの先生が作ったとかいうアレか。確かにありゃ楽ちんそうだけどよ、アレばっかり使ってるとマギランゲージなんてすぐに忘れちまいそうだよな」


 パールとぺぺ君もなんだかんだ言って仲良くやっているようだ。なにもかもが対照的な二人だからこそ、案外うまくいくのかもしれない。まあ、マイペースなパールに対して、大人なぺぺ君が我慢しているとも言えるかもしれないが。

 上級言語は特別授業や課外指導では特に教えていない。マギアカデミーはあくまでマギランゲージの学校だからだ。例え難解で複雑であっても、それが業界標準なのであればキチンと学ばなければならない。マギランゲージを知らずに上級言語だけ学んでも、いざという時にマギランゲージが使えないと困る事はしょっちゅうある。


「そういえば、マギフェスティバルって明後日でしたよね! あー楽しみだなー」

「はぁ……なんでまた面倒な事を……。どうせまた先生のせいだろうけどよ……」

「うう……緊張、します……」


 そう、ついにマギフェスティバルの開催が近づいていた。たった一ヶ月であったが、学校長が乗り気だったために話がスムーズに進んだ。幸い、教師達からも大きな反対はなかった。むしろ、デルフィさんなどは「んまぁ! マギで競い合ってやる気を引き出すとは教育の革命ですわぁ!」と興奮した様子だったが。


「大丈夫、教えた事をしっかりと実践できれば三人とも心配ないよ」

「師匠に言われると本当になんとかなりそうな気がしてきます!」

「あーあ。すっかりオベンキョーしちまったからなぁ」

「が、がんばります」


 三者三様の返事だが、三人とも自分なりにやる気をもって臨むようだ。

 三人の成長を見るのが楽しみである。


 だが、ここまで来るのにそれなりに苦労もあったのだ。


//----


『新たなマギの祭典! マギフェスティバル開催!』

『多種多様な競技によって生徒達が競い合う! 悲喜こもごものドラマを見逃すな!』

『普段は見られない様々なマギが飛び出す! あなたはマギの本当の姿をまだ知らない!』


 先ほどから繰り返し流れているの音声、そして生徒達がマギゲームに取り組む様子の映像が映し出されている。

 そう、これはマギフェスティバルの宣伝のために制作した宣伝用映像、CMというやつだ。


 一般開放するといっても今までになかったことだ。まずはイベントの存在自体を知ってもらわないことには始まらない。そしてできれば、興味を煽って来たくなるようになってもらわなければならない。

 地球ではテレビや新聞などのマスメディアや、インターネットで宣伝するところだが、異世界にはそういったものは存在しない。電話マギサービスの宣伝でさんざん苦労したところだ。

 そこで思いついたのが、ないなら自分で作ってしまえばいいという事だ。録画のマギはすでに作ってあったわけで、映像を流し続けるだけなら簡単に実現できる。


 オフィスはあまり人が来ない場所にあるので、人通りが多そうな大通りにある社員食堂の外壁を借りてCMを流させてもらっている。今までに見たことがない動画によるCMに、通行人は興味をもって足を止めている。どうやら効果は十分にありそうだ。

 その流れで食堂に入る人も多いため、おかげでお客さんが増えた、と看板娘であるキャロルちゃんはほくほく顔だ。いつも食事をお世話になっているから、多少は恩返しになればよいのだが。


 ボスに何も言わずに、考えた宣伝映像用のセリフを渡して「読み上げてください」とお願いしたところ、ノリノリで読み上げてくれた。最後の方はノリすぎてアレンジまで入れ始めていた。

 その録音した音声を編集して制作した映像を見せたところ、今度は羞恥から「うぎゃああ」と悲鳴をあげて悶絶していた。「ま、まさか、これを誰かに見せるつもりなのか……?」と恐る恐る聞いてきたので、ニッコリとほほ笑みながら「王都の人全員が見られるようにしますよ」と答えたら、ソファでゴロゴロ転がっていた。ボスは元気だなぁ。

 もちろんある程度の要望は聞いたが、基本的に映像はその時のまま流している。素人の僕にしては、なかなか良く出来たと思う。ボスも最後までブツブツと言っていたが、通行人達が笑ったりせず思ったよりも真剣に観ているとわかると、コロッと態度を改めて機嫌を良くしていた。


 そうして、いよいよ開催が近づいてきた時、大きな問題がやってきたのである。


「ごめんであーる!」


 そう言ってオフィスの扉を豪快に開いたのは、王国の軍人であるジャイル=ムライさんだ。立派な黒髭をたくわえた偉丈夫である。オフィスの玄関扉を頭を下げてくぐるように中に入ってくる。


「ジャイルさん、お久しぶりです」

「うむ! バンペイも息災そうで何よりである! その節は誠に世話になった!」

「いえ、こちらこそ、あの時はお世話になりました」


 ジャイルさんが言っているのは円卓議会での騒動の話である。ボスの父親であるデイビッドさんの冤罪を晴らすために議会を招集する際、大いに助けてもらったのだ。おかげで王様まで現れて大変な事になったのだが。


「それはそうと、バンペイも人が悪いである。なぜ我輩に教えてくれなかったのだ!」

「え、な、なんの事でしょう?」

「マギフェスティバルの事である!! あんな楽しそうな催し物、我輩を呼ばずに誰を呼ぶと言うのだ!」

「えええ、で、ですが、言ってみれば学生の競技大会ですよ? 軍人であるジャイルさんが楽しめるかどうかはわかりませんが」

「学生達が汗を流して己の技を競い合う……なんと素晴らしい事であるか! これは万難を排してでも観る価値があるのであーる!」

「は、はぁ……」


 どうやらジャイルさんはマギフェスティバルを非常に楽しみにしているらしい。ふんふんと鼻息を荒くしている。こういう大会のようなものが好きなのかもしれない。


「陛下のお耳に入れたところ、非常にご興味を持たれたようだったである!」

「そ、それは大変に光栄な事です……」


 王様までマギフェスティバルの事を知っているのか。光栄な事だとは思うが、その期待感に応えられるかプレッシャーが大きくなる。どうしてこう、すぐに事が大きくなってしまうのだろう。

 予想以上に大事になり始めた事に頭を痛めていると、ジャイルさんから耳を疑う一言が飛び出した。


「当日は陛下もなされるのでそのつもりでな!」


「は……? はああああ!?」


 陛下、フットワークが軽すぎませんか?

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