058 - hacker.start(new Game(IMPOSSIBLE));
「きゃあっ!!」
「な、何だなんだ!?」
突然鳴り響いた大きな爆発音に、周囲から悲鳴や焦燥の声が聞こえてくる。
相当大きな音だった。花火の音に近いかもしれないが、もちろん花火を打ち上げる予定などない。一体何が起きているのだろう。
僕が考案した競技の中に、このような爆発音を出す競技はないはずだ。生徒達のマギかもしれないが、爆発を引き起こすようなマギを書けるとしたら僕の課外指導を受けた三人ぐらいのはずである。
やがて悲鳴をあげながら会場から人が次々に飛び出してきた。どうやら本格的に非常事態らしい。最初は数人だったが、次第に飛び出してくる人数が増えていく。最後には人の波がうねり、僕達を簡単に飲み込んでいった。トイレに並んでいた人達からもとりあえず一緒に逃げる人が続出し、長蛇の列だった行列はだいぶスカスカになっている。
そして再び爆発音。今度は先ほどのよりも少し小さい気がするが、誰かの怒声のような声もかすかに聞こえた。明らかにまずい事態になっている。
手をつないで一緒にトイレに並んでいたシィは、キョトンとしていた。爆発音と危険が結びつかないのだろう。周りの人達が慌てて逃げているのを不思議そうな顔で見ている。
早く会場に戻らなくてはならないが、こんな状況でシィを置いていくわけにもいかない。にっちもさっちも行かずにもどかしい状態になる。
「おにーちゃん、おっきな音だったけどなーに?」
「うーん、僕にもわからないんだ。危ない事になってるのかもしれない」
「えっ、それなら早くいかなくちゃ!」
「いや、シィちゃんが終わるまで待ってるよ。ほら、今のでみんな逃げちゃったから、すぐにシィちゃんの番になるしね」
「で、でも……ボスは、ボスは大丈夫なのかな?」
それが僕にとっての一番の心配事であった。ボスの身の心配ももちろんなのだが、むしろ一人で無茶をしていないかという心配が一番大きい。ボスの事だから自ら危険に飛び込んでいてもおかしくない。
「うん。僕も心配だから、ボスに電話してみるね」
「あっ、そっかぁ」
こういう時のための電話マギサービスである。マギデバイスを取り出して、急いでボスにコールする。呼び出し音が何度か続いたあと、電話がつながった反応が返ってくる。
「ボス、バンペイです。爆発音が聞こえましたが、そちらは大丈夫ですか?」
「……バンペ……にげ…………」
「……ボス? ボス! もしもし!? ボス! 返事をしてください!!」
ボスの声が途切れ途切れ聞こえてくる。音声だけでなく映像を映すはずなのだが、画面の中には地面が映されている。どうやらボスのマギデバイスは地面に転がっているらしい。マギデバイスを起点に撮影するので、マギデバイスを手にしていないとこういう状態になる。
音声が遠いのもそのせいだろう。雑音の軽減のために、一定以上の距離がある音源の音はほとんどカットするようになっている。ボスは自分のマギデバイスから離れた場所にいるという事だ。
その後、何度か呼びかけてみるがやはり返事はなかった。チラリと人影が写った気がするが、誰かはわからない。ボス以外にはマギデバイスが扱えないため、電話を切る事もできないはずだ。どうやらマギデバイスは更に遠くに置かれてしまったらしく、途切れ途切れだったボスの音声すら聞こえなくなった。
転移マギで呼びだそうにも、あのマギは相手のマギデバイスを起点に転送するものだ。マギデバイスを手放している状態では利用できない。こうなると地道に足で助けにいくしかない。
「ごめん、シィちゃん。ちょっと行ってくる。後で迎えにくるから、待っててくれるかな?」
「うん……ボス、大丈夫なのかな……」
「何か起きてるみたいだ。バレットも、シィちゃんの事よろしく頼むよ。いざとなったら一緒に逃げて」
「がうっ」
任せとけ、と言わんばかりに小さく吠えるバレット。シィを置いていくのは非常に気がかりだが、危険に巻き込まれていると思われるボスをすぐに助けにいかなくてはいけない。シィとバレットに見送られながら駆け足で会場へと急ぎ戻る。こんなに走ったのは久しぶりだ。
人の波を逆流する方向のため、非常に前に進みづらい。波をかきわけながら会場に飛び込むと、そこには不思議な光景が広がっていた。
まず目に入ってきたのは、会場の中央、競技が行われるサッカーコートほどのスペース。そこに数人の人影が集まっているのが目に入った。しかし、二人を除いて全員が倒れ伏している。そして立っている二人には非常に見覚えがあった。
一人は小柄の女の子で、ライトブラウンのツインテールを揺らしながらもう一人の男の子にしがみついている。しがみつかれている方の男の子は、それを迷惑半分、嬉しさ半分な複雑な表情で受け止めている。
そう、パールとぺぺ君だ。
倒れている人達に何があったのかは不明だが、どうやら彼と彼女に差し迫った危険はなさそうだ。即座にスルーして目当ての人物の姿を探す。
次に目に入ったのは、王様のために特別に用意された観覧席だった。そこに王様の姿はなく、いつもは側に侍っているジャイルさんの姿も見当たらない。どうやら王様は避難したようだ。観客席もほとんど避難したようで、満杯だった会場はもはや空っぽに近い。
焦りながらボスを探すが見つからない。運営のために設営されたテントスペースに近づいていくと、中から声が掛かった。
「お、おう、バンペイ! こげーな時にどこいってたんじゃ!」
ニシキさんだ。いつもの奔放な態度とはうってかわって、切羽詰まった表情をしている。短い付き合いではあるが、見たことがない慌てぶりだった。
「すみません、ちょっとシィちゃんの付き添いをしてまして。何があったのでしょう? あと、ボスを、えーと、僕と一緒にいた女性を知りませんか?」
「襲撃じゃい! いきなり物騒なマギをぶちこんできよったんじゃ! お前の連れは知らん!」
「しゅ、襲撃ですって? 一体誰が……?」
「わからん! だが、一人じゃなくて複数人じゃったのぅ。どうも狙いは陛下だったみたいじゃけ」
「王様を……? 一体どうして……」
「知らん! それよりも、けが人が多くて人の手が足らん! バンペイも手伝いんさい!」
「すみません。僕はボスを探さなくちゃいけないんです。電話もまともに出られないほど危険な状態になっているようなんです」
「……ほうか。お前も男じゃのう。よしわかった! ここは任せときんさい! バンペイは早うあのネエちゃんを助けてやるんじゃ!」
「はい! すみません!」
ニシキさんからの声援を背に、また別の場所に駆け出す。社会人になってからめっきり運動する機会が減ったため、体力が落ちている。息があがってしまうが走る足を緩めるわけにはいかない。
しばらく会場を走り回っていたが、ボスは姿形が一切見当たらない。次はどこを探すかと立ち止まって考えながら息を整えていると、「ブツッ」とマイクのスイッチが入る音が聞こえてきた。
『あー。あー。おーう、すごいね。ほんとに会場中にきこえてるんだ』
マイクの仕組みは僕がマギで作り上げたものだ。ボス以外の人がしゃべるかもしれないので、特に制限は入れていない。どうやら誰でも使えるマイクをボスから奪い取った人物が喋っているようだ。どこで喋っているのかはわからないが、明らかに今回の事件の首謀者か、それに近い人間だろう。
『えーっと、どうもー。われわれはー、【フォークス】っていいまーす。ははは、すげー、堂々と宣言しちゃったよー』
気だるげな若い男の声だ。こんな時にふざけた調子で喋り続けているので非常にイラつく。我々ということは、複数人いるということだろう。
『われわれの目的はー、マギを面白おかしく使って、世界をめっちゃめちゃにする事でーす。あはは、冗談冗談。ほんとはー、世界を平和にしたいでーす』
この口調で言われると例えどちらが正解でもろくな事にならないと思える。気に入らない。特に、マギを面白おかしく使って、という部分がだ。明らかにマギを悪用する意図が込められている。
『いままで地味ーに活動してたけど、今回はマギフェスとかいうイベントをやるっつーことだったから、僕達も派手に参加してみましたー。王様ねらってマギをうつの、ちょーたのしかったです! あはは、王様の焦った顔、超うけるー』
どうやら王様を狙ってマギを撃ったのは単なる遊びみたいなものだったらしい。主張のない政治的活動ほど馬鹿らしいものはない。どうやらフォークスと名乗る集団は享楽主義の愉快犯が集まる犯罪者集団であるらしい。そんな事のために何人の負傷者を出したのだろう。
『われわれ【フォークス】はー、どこにでもいまーす。あなたと仲がいい隣人がーフォークスの一員かもしれませーん。もしかしたら恋人がフォークスの一員かもしれませーん。フォークスに義務はなくー、責任もなくー、リーダーも上下関係もありませーん。ひたすら楽しいことをしたい奴が集まってるだけでーす』
厄介だ。普通の組織ならトップを潰せば自然消滅を狙う事もできるが、完全にフラットな組織だと一人を追い詰めても意味がない。地球にも似たようなハッカー集団はたくさん存在していたが、まさかこの異世界にも同じような組織があるとは思わなかった。
ハッカーという言葉のイメージは人によって両極端だ。ポジティブな意味でのハッカーは僕の憧れであり目指すべきところだが、ネガティブな意味でのハッカーにはなりたくない。前世では、政治的主張のためにシステムをクラックしたり
世の中を変えたいという志は素晴らしいが、それを犯罪でやったのでは意味がない。あくまでルールに則ってやるからこそ価値があるのだと思う。
『なんでも? マギハッカーの再来とか呼ばれてる奴がいて、調子に乗ってるらしいのでー、ムカついてる奴らが集まってみました。ははは、俺もムカついてまーす』
どうやら今回の件の一因は僕にあるらしい。ムカついてるのはこっちだ。
それにしても、名前が売れてしまい有名になってしまった弊害が早速あらわれはじめた。それも、いきなりこのレベルの騒ぎだ。これから先、さらに悪化していくだろう事を考えると頭が痛くなる。
『おい、マギハッカー。聞いてるんだろー? ほらほら、お前のかわいー彼女も預かってるからさ』
『……せっ! はなせっ! バンペイ! 私の事はいいから逃げ――』
『おっと。逃げられちゃったりしたら興ざめじゃーん。ま、そん時はそん時で、色々と楽しみようもあるけどさー』
思わず握りしめた拳から音が鳴る。ボス、あなたを置いて逃げられるはずがないでしょう。わかっていてそう口にする貴女は悪い人だ。いや、そんな悪い人に惚れてしまった僕が悪いのかもしれない。
『あーそうそう。マギハッカーの娘も確保しに動いてるからさー。あ、娘じゃないんだっけ? わざわざ俺たちのために、ひとりぼっちにしてくれるなんて、気がきくよねー』
シィが狙われている。いてもたってもいられなくなった僕は慌てて会場の外のトイレへと向かおうとする。
『あー。残念ながら、もう確保し終わっちゃったみたいでーす。なんか変な犬がうるさかったらしいけど、マギでボッコボコにしたってさ。あわれー』
「バレット!!」
魔物とはいえ、今は身体が小さくなっているバレットだ。マギを使われたら抵抗は難しい。
「くっ……」
『んじゃ、そろそろゲーム、はじめよっか? ゲームのルールは一つだけー。時間内に、俺たちのうち誰か一人でも見つけられたら君の勝ち。見つけられなかったら君の負けだよー。君が勝ったら預かってる人達は解放してあげるー。どう、すごい親切ルールでしょ?』
「ふざけるなっ!!」
『あ、そうそう、見つけるっていうのは、面と向かって【お前がフォークスだ】って宣言することね。でも当てずっぽうに宣言されまくっても面白くないから、宣言して外すたびに預かってるおねーさんとおこちゃまが傷つくと思った方がいいよー』
実質、一回も外す事ができないと考えた方が良い。しかし、実際の顔も名前も知らない集団を相手にしてどうやってメンバーを見つけ出せというのか。親切ルールなどとうそぶいているが、その実は完全に不公平なゲームである。どうやら愉快犯だけに、僕が右往左往する様子を見て楽しみたいのだろう。
『じゃ、ゲームスタートってことで!』
生徒達に理不尽なマギゲームを仕掛けていた側が、理不尽なゲームを仕掛けられる側になってしまった。
今なら生徒達の気持ちがよくわかる。
どう考えても、クリアさせる気ない無理ゲーだろ。これ。
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