053 - hacker.throw(ball);

 突然に始まった生徒抜きの保護者面談。スクイー君の母親と名乗った婦人は言葉を続ける。


「大体ねぇ、あなたもマギハッカーだか何だか知らないけどぉ、たかがマギエンジニアがいちいち大げさじゃないかしらぁ。所詮は新興マギサービス企業の社員なんでしょう? しかも移民だっていうし、マギランゲージの正規の教育だって受けたわけじゃないんでしょう? 私はマギアカデミーにスクイーちゃんを入れたけどぉ、あなたみたいな人にスクイーちゃんをお願いした覚えはないんですけどぉ?」

「それは……その通りですが、私は学校長から依頼を受けた身ですので」

「そうそう、それよぉ。保護者である私が子供であるスクイーちゃんを託したのは学校長。あなたは所詮、その学校長から依頼を受けただけの、ただの一教師じゃないかしらぁ。それも正規の教師ってわけでもないのよねぇ」

「え、ええ。特別教師という形でスクイー君を含む生徒を一時的に担当しています」

「なら話は簡単じゃない。うちのスクイーちゃんはあなたの授業に参加しないって事で、いいわねぇ?」


 保護者にこう言われてしまっては、教師が反対するのは難しい。デルフィさんが言っていたのは、こういう事なのだろう。

 語尾を伸ばしたのんびりとした口調とは裏腹に、キツイ言葉が次から次に飛び出してくる。感情的には認めたくないが、保護者の立場であれば得体の知れない人間に子供を預けるのが不安だというのも確かに理解できる。


「で、ですが、スクイー君の意思を確認するべきではないでしょうか?」


 そう問いかけると、彼女はフッと笑って扇で口元を隠す。


「スクイーちゃんが何を知るべきか、何を学ぶべきか、決めるのは私なのよぉ? スクイーちゃんは私の言う通りにしていれば、間違いなく幸せになれるのよぉ」


 ダメだ、話が通じない。典型的な『子供をコントロールしたがる親』だ。


 彼女の言動はいちいち僕の鼻についた。マギランゲージを書くのが泥臭い下っ端の仕事だと言い放ったのはカチンときたが百歩譲って認めよう。確かに日本ではそういう傾向があったからだ。多くの企業でコードを書くのは下っ端社員の仕事とされている。だから、成果を出せるエンジニアほど現場を離れて管理職になる傾向があり、日本のIT業界の生産性は一向に上がらない。


 恐らくこちらのマギサービス企業でも、そういったエンジニア軽視の風潮がはびこっているのだろう。先ほどから僕を見る目が明らかに見下したものになっている。

 だが、こういう視線に晒されるのは慣れている。僕が腹を立てているのはその事に対してではない。


 彼女は僕や他のマギエンジニアだけでなく、マギというを馬鹿にしているのだ。


 仮にもマギサービス企業の社員でありながら、彼女からはマギシステムやマギランゲージといった技術への敬意がひとかけらも感じられない。そんなもの下っ端に書かせておけばいい、という考えが透けて見えるのだ。技術の可能性を信じている僕としては見過ごす事はできなかった。

 スクイー君に対する態度も、技術を軽視しているからこそだろう。技術を学ぶ価値など無いと本気で思っているのだ。

 マギゲームでのスクイー君は非常にがんばっていた。第一関門では中心となっていたヴィル君の誘いを断ってコードを書いていたのだ。だからこそ、他の皆と別れて一人で初級コースに行くはめになった。少なくとも僕の目から見た彼は、マギランゲージを真面目に習得しようとしているように見える。

 本人にやる気があるのに、親がそれを阻害するのは干渉が過ぎるのではないだろうか。


「お、お子様の自主性をもっと大事になされてはいかがでしょうか!」


 僕が婦人の言動に思わず言葉を失っていると、横から別の女性が口を挟んだ。僕とのやりとりを聞いていたデルフィさんだ。緊張感の漂う面持ちで婦人に意見する。


「あらぁ? あなたはぁ、確かぁ……そう、そうねぇ。前にこのバンペイとかいう教師と同じように、スクイーちゃんに余計なお世話をしようとした方だったわねぇ」

「え、えぇ。そして、やはり同じように彼への教育を禁止されましたが……」

「うふふ、それでまた私に意見なさるのねぇ。それで、何だったかしらぁ? スクイーちゃんの自主性? もちろん大事にしてるわよぉ。スクイーちゃんのほしいものは何だって買ってあげるし、何だってしてあげるのよぉ」

「そ、それは自主性を大事にしているとは言いません! ただ甘やかしているだけではありませんか!」

「そうかしらぁ? じゃあ、どうしろって言うのぉ?」

「彼のやりたい事をさせてあげるべきです! 彼がマギランゲージを学びたいと思っているのなら、それを尊重してあげるべきではありませんか!」

「スクイーちゃんのやりたい事ぉ? うふふ、スクイーちゃんだって私の言う事を聞いているのが一番正しいってわかってるわよぉ。だから、なのよぉ」

「な……」


 あまりの言い草に絶句するデルフィさん。僕もまた唖然となった。この人は本当にスクイー君の事を考えているのだろうか?


「とにかくぅ、スクイーちゃんはもうあなたの授業には出しませんからねぇ。それでは、ごきげんよぅ」


 言いたいことだけ一方的に言って、彼女は来た時と同じようにツカツカと音を立てて職員室を出て行った。後には言葉を失った僕とデルフィさん、そして周囲で遠巻きに様子を見ていた教師達が残される。


「……もう! なんなんですの、あの母親は! 信じられません!」


 ようやくフリーズから回復したデルフィさんが珍しい大声を出して気色ばむ。相当腹に据えかねるようで、地団駄を踏んでいる。


「強烈な母親でしたね……。あそこまで自分の子供をコントロールしたがるなんて、一体スクイー君をなんだと思っているんでしょうか」

「あの方は子供を自分の所有物だとしか思っていらっしゃらないのですよ! 子供の事など何も考えていないのです! 自分に都合の良い子供が欲しいだけなのですわ!」


 まさにその通りなのだろう。あの母親はスクイー君の将来を考えているような口ぶりだが、本当に将来を考えているなら実力にそぐわないコネ入社などさせない。


「それにしても、デルフィさんも同じように彼への教育を禁止されたのですね」

「そう! そうなのです! 一時期は私が教鞭をとっておりました。彼は要領が悪いだけで、丁寧に教えてあげれば水を吸い込むように学習できる、素晴らしい素養をお持ちなのです。それなのに、あの母親のせいで……! キー!」


 やっぱり教育熱心なデルフィさんの目からすると、スクイー君の現状は到底我慢できるものではなかったらしい。それにしても、あの母親に限らず、保護者が好き勝手に学校に口出ししてきたら収拾がつかなくなりそうだが、学校側はどう考えているのだろうか?


「いくら母親とはいえ、授業の内容に口を出したり、出席を断ったりする事について、学校長は何か言わないのでしょうか?」

「学校長は頼りになりませんわ……。というのも、あの母親が勤めている企業というのが、このマギアカデミーを大口で支援しているからです」


 なるほど、そういう事か。相手がスポンサーなら話は変わってくる。このマギアカデミーは国立ではなく、生徒達からの授業料とマギサービス企業からの寄付で成り立っている私立学校なのだ。

 わざわざ支援を打ち切られるリスクをおかしてまで、保護者に逆らう事はできないという判断なのだろう。ビジネス的に見ればその通りなのだろうが、一人の人間の未来はお金には代えられるものではない。


 学校長だってその辺りは十分わかっているはずだが、表立った反発は立場上なかなか難しいのだろう。

 今回、僕が授業を依頼されたのは校内の成績上位者が集まるクラスだという事だったはずなのだが、スクイー君はどう考えてもそれに当てはまらない。あの母親が、体面上の理由で無理を通した可能性が高い。

 僕のような人間が授業をすれば、あの母親が反発する事など容易に想像できる。それでもあえて僕に依頼してきたのは、スクイー君の未来の事を考えてだったのかもしれない。


「とにかく、本人であるスクイー君に話を聞いてみたいと思います。本当に彼も母親と同意見というのであれば、教師の出る幕ではないかもしれません。ですが、彼が学びたいというこころざしを少しでも持っているなら、教師として助けるのもやぶさかではありません」

「シライシさん……。そう、そうですわね。目の前に困っている生徒がいるのに、放置したままでいるのは教師のすべき事ではありませんわね。わたくしとした事が、教師の本懐を見失っていたようです」


 どうやらデルフィさんは調子を取り戻したらしい。銀縁のメガネがキラリと光った。


//----


 それから善は急げとばかりに二人でスクイー君を探したのだが、残念ながらすでに放課後で帰宅しているようだった。あの母親と一緒に帰宅したのかもしれない。

 特別授業はないが明日再び学校に来る事にして、僕もオフィスへの帰路につくことにした。マギゲームに特別参加してもらっていたバレットも一緒だ。最後にはぺぺ君に捕まってしまったが大活躍だったな。


 道すがら頭に浮かんだのは、前世での母親の事だった。あのスクイー君の母親とは違って、僕の事を理解して尊重してくれる良い母親だったと思う。僕が18の時に病気で亡くなってしまった。あっという間で、親孝行もできないままだったのが心残りだ。

 それから父と二人で暮らしていたが、母が亡くなってからの父は、悲しさを紛らわすように仕事に没頭して遅くに帰って寝るだけの生活になっていた。もうほとんど成人している年齢だったので寂しいとかは無かったのだが、ますますコンピュータに傾倒するキッカケになったのは確かだと思う。


 もし僕が親からコンピュータを禁止されていたら、どうなっていただろう。

 僕からコンピュータとプログラミングを取ったら、何が残るんだろう。


 空っぽの自分を想像して身震いする。


 異世界にきてからというもの、自分の存在意義を考える事が多い。もちろん、そんなものをいちいち考えるべきではないというのはわかっている。だが、地球から異世界へと送られた事には、誰かの意思が関わっているように思えるのだ。

 そして、それはきっと空っぽの僕では意味がなかった。コンピュータを愛し、プログラミングが好きな僕でなければできない『何か』を期待されているのだ。今回、僕が先生になったのすら、その一環なのかもしれなかった。


 僕は、期待されている役割を果たせているだろうか?


 答えレスポンスは未だに、返ってこない。


//----


「バンペイ! なんなんだあの問題は。学生達には難しすぎるのではないか?」


 そうだった。そういえば、この人も今日のマギゲームに参加していたのだった。

 オフィスへと帰宅した僕にブーブーと文句を言ってくるのは、成人しているはずの女性である。どうやらボスはマギゲームで出した問題が気に食わなかったらしい。ボスは、スクイー君と初級コースの第三関門に挑戦している途中でタイムアップになったんだったな。


「そうですか? あの問題はマギランゲージの基本的な知識を問う問題ですよ?」

「むぅ、だがマギランゲージの本を読んだ私でも、さっぱりわからなかったんだぞ」


 ボスの場合、マギランゲージに関しては本を読んでも右から左へ流れていくだけである。


「それに、一緒にいたスクイー君も苦戦していたようだった。仮にもあのマギアカデミーの学生が苦戦するのだから、相当に難易度が高かったのだろう?」

「それは……」


 ボスにスクイー君の事情を話すべきか逡巡する。生徒の家庭の事情を軽々しく吹聴すべきではない。そしてボスに話してしまうと、ボスのことだから母親の元へ直談判しに行くと言ってオフィスを飛び出しかねない。でもボスにはあまり秘密を作りたくないし……。

 迷った末に、やはりスクイー君の事情を話しておく事にした。これからの展開次第ではボスに迷惑をかける恐れもある。

 最初は難しい問題への不満でいっぱいだったボスの顔が、話を聞いている内にみるみる別のものへの憤りでいっぱいになる。


「な、なんだと! なんでも親の言う通りにしていれば良いだと!? 子供を一体なんだと思っているんだ! 許せん!!」


 ああやっぱり。ボス自身、早とちりとはいえ父親に反発して家を飛び出した身だ。親からの過干渉は嫌うと思っていたが予想以上の反応を見せた。予想通りだったのは、すぐにオフィスを飛び出そうとした事だ。予想できていたので慌ててボスを抑える。


「ええい、離せバンペイ! その母親に一言いってやらないとダメだ!」

「お、落ち着いてくださいボス! まずは本人から話を聞いてみるべきではありませんか!」

「どうせ母親に押さえつけられて、自分の意見などまともに言えないに決っている! 私と一緒にいた時だって、なかなか自分の意見を言わないからイライラしたんだ! 気が弱いだけなのかと思ったが、きっとその母親が彼の意見をことごとく潰しているに違いない!」


 どうやらボスも、スクイー君の様子を気にかけていたらしい。


「むぅ……こうなったら……」


 ジタバタと暴れていたボスを抑えるのは苦労したが、どうやら何か思いついたらしく大人しくなった。


「決めた。バンペイ、我が社もマギアカデミーに寄付するぞ」

「えっ。でも、寄付したからと言ってスクイー君の母親が大人しくなるとは思いませんが……」

「だが影響力は間違いなく落ちる。少なくとも傍若無人に振る舞う事はできなくなるはずだ」


 確かにそうかもしれないが、あの母親がそのぐらいでどうにかなるとも思えない。スクイー君が自分の子供である事を声高に主張し、身分の怪しい教師の授業への欠席を正当化するかもしれない。

 そしてそれ以前に、会社のお金を個人的な理由で使うのはいかがなものだろうか。


「我が社にとってもメリットのある話なのだ。我々は今、初めての事業が成功して事業拡大すべき時期に来ている。こういう時期に必要なのは何か? そう、人材だ!」

「人材……つまり、学生達を雇うという事ですか?」

「うむ。マギサービス企業がマギアカデミーを支援するのは、卒業生達を自分の企業に優先して斡旋してもらうためだ。だから我々のような新興企業の元には、学生達はやってこないようになっている。この状況を改善するには、下世話な話だがマネーの力を借りるのが手っ取り早い。マギアカデミーを支援しているとなれば、学生達や教師達の信頼も得やすくなるだろう」

「確かにそうでしょうが……果たして学生達は我が社を選んでくれるでしょうか?」

「そこはバンペイの頑張り次第というわけだな! いいか、授業にかこつけて我が社の魅力を精一杯アピールするんだ! 我が社の未来はバンペイの肩にかかっているぞ!」

「はぁ……」


 会社の未来、生徒達の未来。どちらも僕の肩に重くのしかかってくる。

 確かにどれも重要なのだが、時にはボールのように遠くへ放り投げてしまいたくなる。


「ん? ボール、ボールか……」


 ふと思いついた事を検討してみる。いくつか越えるべきハードルはあるが、可能かもしれない。


「ボス、寄付の件はちょっとまってください」

「ん? だがなぁ……」

「どうせ使うなら、もっと面白い事をしてみませんか? 我が社のアピールも十分にできるはずです」

「ほう? それは面白そうだ。詳しく話してみろ」


 ボスの目が興味深げに輝く。どうやら、話に乗ってくれそうだ。

 この異世界にまた一つ、新たな種がまかれようとしていた。

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