052 - hacker.encounter(monster);

 あの後、中級コースの生徒達はヴィル君を中心に一致団結して、無事に第二関門を突破する事ができたようだ。といっても結局はヴィル君がコードの大部分を書いたようだったが、それでも生徒達が参加する姿勢を見せてくれたから十分だ。

 問題が解けて、黒い箱が開いた時のヴィル君の笑顔は素晴らしかった。生徒達も一緒に喜んで飛び跳ねていた。この課題は彼らに強い印象を残しただろう。


 第三関門に到達しても彼らの勢いは衰えるどころか増していて、それなりに難解な課題であったにも関わらずスピードクリアしてみせた。ヒラメキが重要な課題だったので、人数が多い分有利だったという事もあるが、それでもヒラメキを形にするのにマギランゲージを書く必要があり、今度はヴィル君だけではなく皆で協力して書いていたようだった。


 ボスとスクイー君のコンビは初級コースの第二関門を楽々突破してみせたが、やはりというべきか、第三関門で非常に苦戦している。今度の課題はマギランゲージが関わっており、やればわかるという類のものでもないため、ボスは戦力になっていない。全てはスクイー君の頑張り次第だった。


 そして上級コースにいるパールとぺぺ君のペアといえば。


『まっさか、あんな強引な手でクリアするなんてなぁ』

『えへへ、でも、ああでもしないと、いつまで経ってもクリアできなかったよ?』


 そう、第三関門を突破したのはパールの活躍が大きかった。上級コースの第三関門に設定した問題は、ソートアルゴリズムの問題のような、綺麗に解こうとすると難しいが泥臭く解こうとすれば解ける問題だった。パールの強引な解法は、確率の問題で樹形図を全部書き出すようなものだ。

 見た目の印象とは裏腹に『秩序だった理想的な解法』を好むぺぺ君と、『強引でもいいから現実的な解法』を好むパールは、お互いの欠点を上手く補い合っているように見える。


 プログラムを書いているとしばしばこういう『理想と現実のギャップ』に悩む事になる。

 プログラミングの真髄とは『パターンを見つける事』だと思っているが、様々な理由によってパターンに当てはめられず、特別な対応が必要となるケースが発生する。パターンが綺麗に適用できれば気持ちが良いのだが、往々にしてそう上手くはいかないものなのである。


 例えば『利用者の環境』という問題がある。ソフトウェアを作る時に考えなければならないのは、利用者が一体どのような環境でそのソフトウェアを動かすかという事だ。環境というのは、OSであったりハードウェア構成であったり、はたまたウェブブラウザだったりするが、ソフトウェアを動かすために必要なものを指す。

 こういった環境というのは、新しければ新しいほど性能が良く、また、開発を手助けする豊富な機能が多く利用できるようになる場合が多い。当然プログラマとしては新しい環境をベースにしてソフトウェアを開発したいわけなのだが、そうは問屋がおろさない。利用者が全員、新しい環境を利用しているわけではないからだ。

 例え利用者の9割が新しい環境を利用していたとしても、残り1割の利用者がソフトウェアを動かせないのは許容できない。綺麗にパターンに当てはまればよいのだが、現実はそうはいかない。

 こういう場合、古い環境の方に合わせて新機能の利用をあきらめるか、古い環境と新しい環境でそれぞれ別のプログラムを作るかだが、どうしてもコストやスケジュールの問題で前者になる事が多い。せっかく新しい環境であれば使える様々な便利機能も、ただの絵に描いた餅になりさがるわけだ。


「おっと、そろそろ時間か……うーん、ちょっと長かったか」


 端っこに表示していた時計が、そろそろ僕の特別授業の終了時間を指そうとしていた。各コースとも第四関門で最後なのだが、この分だと今回クリア者はいなさそうだ。相手が機械の場合とは違って、人間が相手だと時間の見積もりが難しいな。


「皆さんにお知らせします。そろそろ授業の終了の時間です。今から皆さんを一か所に集めますので、注意してください」

『えー、もう終わりなの?』

『あと少しで解けそうなのに……!』

『ぬがー! バンペイ! この問題わけがわからん! 難しすぎるぞ!』


 生徒達の残念がる声と一緒に聞き覚えのある声が聞こえてきたがスルーして、生徒達と、ついでに先ほどの声の持ち主を集めるためにマギを発動させる。僕も一緒に移動した。


 果たして生徒達は今回の授業をどのように受け取っただろうか。


//----


「あー、難しかったねー」

「俺こんなに頭使ったの初めてかもしれねーわ」


 最初の広い部屋へと集まった生徒達は、ワイワイガヤガヤと雑談している。


「はぁ。つかれた」

「もう、まだ授業は終わってないよ。ほら、先生がいるんだからちゃんとしないと」


 ダランとうなだれる不真面目そうな男子と、それを注意する真面目そうな女子。ぺぺ君とパールの二人は一見すると噛み合わないように見えるが、今回のマギゲームでは抜群の相性を見せてくれた。

 特にぺぺ君は今回の授業で一番の成長を見せてくれたかもしれない。協調性や積極性に問題はあるが、それを上回って余りある才能だと思う。実は影で人知れず努力する努力家なのかもしれない。

 パールの方も頑張ってはいたが、僕から見ればまだまだ課題がたくさんある。特に読みづらいコードを仕事で量産されては困る。仮にも師匠なら、後でしっかり弟子を『教育』しなければなるまい。


「むぅぅ、あと少しで解けていたのだ! ほ、本当だぞ、スクイー君!」

「は、はい、わかりましたから。でも本当に惜しかったですね。僕がもっと上手くマギランゲージを書ければ良かったんですけど……」

「ふ、それを言うなら私はマギランゲージのマの字も書いていないがな! はっはっは!」

「……くすっ」

「ほう? 笑うと良い顔じゃないか。いつもオドオドしているよりも、笑っていた方が良いぞ」

「えっ、は、はい……」


 どうやらボスはスクイー君となんだかんだ言って仲良くやっていたようだ。ボスにからかわれて、スクイー君の顔が真っ赤になっている。でも彼には笑顔の方が似合うと僕も思う。

 スクイー君は残念ながらあまり活躍を見られなかった。だが、彼の様子を見る限り真面目に努力はしているようだから、努力の方向を導いてやれば劇的に伸びる可能性もある。他の教師たちはなぜ彼を放置しているのだろうか? 特に教育熱心なデルフィさんが放っておくとは思えないのだが……

 ボスは……何を言うまい。あの人はあれでいいのだ。うん。


「おつかれー」

「ありがとねっ、ヴィルくん」


 生徒達に囲まれて肩を叩かれながら健闘を労われているのは、最後まで粘り強く問題に挑戦しつづけたヴィル君だ。ヴィル君も頭をかきながら嬉しそうにしている。

 彼は大多数の生徒達をまとめるリーダーシップを発揮しつつ、コードを書いてみせるというマルチな活躍を見せた。ただ、彼の様子を見ていると、どうも『リーダーを演じている』という芝居臭さを感じる事がある。実は彼は望んでクラスのまとめ役をしているわけではないのかもしれない。

 本来の彼は、僕の挑発的な言動に見せた負けず嫌いな一面ではないのだろうか。彼をこれから伸ばしていくには、彼本来の実力を出せる環境づくりが鍵のように思えた。


 他の生徒達はヴィル君に頼りっきりで、積極的に参加しはじめたのは後半からだった。そのため一人一人の実力を細かく把握できたわけではない。もう少し彼らの積極性を引き出す工夫が必要だろう。ヴィル君のためにも彼らには自立してもらう必要がある。


「みんな、おつかれさま。今日の僕の特別授業はこれでおしまいです。続きが気になるかもしれないけど、今回は試験運用だったから次はもっと改良します。問題ももっと難しくするから、覚悟しておいてね」


 僕の言葉に生徒達から悲鳴に近い声があがる。だが口に出した声とは裏腹に、楽しみそうにする生徒もちらほらと見受けられた。どうやら、なんだかんだ言って楽しんでもらえたらしい。


「今回みんなが書いてくれたコードは、宿題として提出してもらったコードと一緒に採点して、次回の授業で返します。得点が低かった人には罰ゲーム……覚えてるよね?」


 今度こそ本当の悲鳴があがる。どうやら大半が忘れていたようだ。


「では、本日の授業はおしまい。解散!」


//----


「シ、シ、シライシさん! なんなんですの、あの黒い建物は!」


 職員室に戻ると、早速とばかりにデルフィさんが飛びかかってくる。いや、もちろん比喩なのだが、そのぐらいの勢いで食いついてくるように質問してきたのだ。


「あ、あはは、あれは僕のちょっとした思いつきで、マギをゲームのようにして授業に使ってみたのです」

「んまぁ! まぁまぁまぁ! なんという事ですの! ああ、なんという事! 素晴らしいですわ! 授業をゲーム感覚で行なうなんて! きっと生徒達の自主性を大いに育むに違いありません! いいえ、それだけではありませんわ、授業のポイントをうまくゲームの内容にできれば――」


 デルフィさんは一人で興奮してブツブツと喋り続けている。どうやらまたしても僕の授業は彼女のを入れてしまったようだ。

 いつもならこのまま放置しておくところなのだが、今回は聞きたい事がある。


「あの、デルフィさん?」

「――ですわ、だから生徒達の理解をうながすためには……あら、なんでしょう?」

「あのですね、僕が担当したクラスにスクイー君って子がいるじゃないですか」

「あぁ、あの子ですか……。確か前回の試験ではクラス内で最下位、全体でも下から3番目だったかしら」

「その事なのですが、どうして彼に適切な指導をしてあげないんですか? 僕が見た限りでは、彼は真面目で努力家の生徒のように見えます。ただ、努力の方向が正しくないだけなので、それをうまく正してやれば大きく伸びるように見えるのですが」

「……ふぅ。そうですわね、確かにシライシさんの仰る通り、あの子には正しい指導が必要です。ですが、そうできない事情があるのですわ……」


 デルフィさんには珍しく自信なさげに俯いてしまう。


「その事情とは……」


 ガラガラガラ、と突然、職員室の扉が勢い良く開かれる。


「失礼するわよぉ?」


 そう言ってツカツカと音を立てて歩きながら職員室に入ってきたのは、非常にふくよかな体型の婦人女性。金色や銀色の派手な飾りでゴテゴテと飾り付けられた豪奢なローブを身にまとい、手には紫色の羽で作られた扇を持っている。


「こちらにぃ、うちの可愛いを担当してるぅ、バンペイ=シライシとかいう教師がいると聞いたのだけれどぉ、どちらかしらぁ?」


 扇で口元を隠しながら職員室の中を大仰に見回す婦人。妙に語尾を伸ばした特徴のある喋り方だ。


「バンペイ=シライシなら、僕ですが」


 手を挙げて答えると、婦人はツカツカと僕の元に歩み寄り、上から下まで舐めるようにジロジロと観察してからフンッと鼻を鳴らす。


「あなたねぇ? うちのスクイーちゃんにな授業をしているというのはぁ。いいかしらぁ? あの子に余計な事を吹き込まないでちょうだぁい。あの子はここを卒業したらぁ、私の会社に入る事になってるんだからぁ」

「む、余計な事を教えたつもりなんてありません。あくまでも、彼がマギエンジニアになるために必要な事を教えているつもりです」


 どうやら彼女は話題の俎上に上がっていたスクイー君の母親らしい。小柄なスクイー君とは似ても似つかない。そして、わざわざ学校にやってきて僕の特別授業に文句を付けに来たようだ。モンスターペアレントというやつだろうか。

 僕の特別授業はもちろん生徒達や教師達だけでなく、生徒の親達からも多少の反発があるとは思っていたが、正面切って『余計な授業』とまで言われれば正直、腹も立つ。


「それが余計だと言ってるのよぉ。あの子は私の会社に入ったらぁ、すぐに部長補佐の席が用意されてるんだからぁ。このマギアカデミーに入れたのは、ただの箔付けなんだからねぇ? まったくぅ、学校長には何度も伝えておいたのにぃ」


 信じがたい話だが、どうやら彼女はどこかのマギサービス企業の偉い立場に就いており、自分の息子であるスクイー君をコネ入社させる気のようだ。彼女の口ぶりでは何度も学校長に抗議しているらしいから、デルフィさんが言っていたスクイー君を指導できない理由というのは彼女の事なのかもしれない。


「で、ですが、彼だってマギランゲージを一生懸命に勉強しています。そんな彼にマギランゲージを教えてあげるのが、本当に余計なんですか?」

「そうよぉ。部長補佐になればぁ、わざわざ現場で泥臭いマギランゲージを書くだなんて下っ端の仕事ぉ、する必要がないのよぉ。むしろぉ、マギエンジニアを使う立場になるんだからぁ」


 どうやら彼女はスクイー君の意思を無視したうえに、マギエンジニアを完全に下に見ているようだ。


 僕の中にほのかな怒りが宿った。

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