第2話 美少年は高飛車2
校長室は、小さな部屋だった。六畳ほどの部屋の中に、革張りのソファーとローテーブルの応接セットが置かれているせいで、余計に狭く感じるのかもしれない。壁の高い位置には歴代の校長の写真が飾られ、ガラス張りの棚には、大小のトロフィーが飾られている。
座るよう勧められ、奏だけが軽く会釈をしてから、二人で並んでソファーに腰掛けた。
「急にお呼び立てしてしまいまして、申し訳ありません」
そう言ったのは、疲れ切った顔の白髪頭の校長だった。ちょうど奏の前へ座っている。丁寧な言葉使いだったが、若者二人に、どういった態度で接すればいいのか迷っているようだった。
彼の横には、若い女性が腰掛けて、ドア付近には頭のはげ上がった教頭が控えている。
「ほーんと、急に呼び出されて、こっちはご飯食べる時間もなかったんだから。さっさと用件だけ言って終わらせてよ」
蓮は相手が誰であろうとお構いなしだった。大抵、学生も、もう学校に通っていない年齢の人でも、校長と聞くだけで少し構えてしまうものだが、少しもそんな様子はない。脚を組んで座るその姿は、インタビューに答えるハリウッドスターのようだった。当然ハリウッドスターではないので、くつろいでいると言うよりは、ただただ図々しい。
一見、男か女か知れない麗人に、とげとげしい口調で言われて、案の定、校長たちが委縮していた。驚いているのか、面食らっているのか。
「こら、蓮。そういう態度をとるなと言ったばっかでしょうが」
教育を疑われる、と奏が小声でたしなめても、蓮は涼しい顔で、出されたお茶をすすっている。完全に無視だ。奏は、黙ってくれただけで良しとすることにした。
「すみません、ちょっと態度のでかい奴で」
「いえ。あの、それであなた方は心霊相談所の『狩人』をなさっている……」
「なさっている、というか、それは二つ名だけどな。俺が
蓮をたしなめたものの、奏もあまり目上の者にするような話し方ではない。面食らう相手に、にこにこと笑みを向けているだけましだが。
「それで? 用件ってのは?」
そんな二人に、態度が大きく礼儀を知らない今時の若者、という評価を下したのだろう。職業柄か、驚いただけなのか、校長は居直ったように尋ねる。
「その前に、お二人は学生かな? 失礼だが、年齢をお尋ねしてもいいかな」
問いかけに対し、せっかく黙った蓮があからさまに顔をしかめた。
「なあにぃ、いきなり。ホントにしっつれーだな。いくつに見えるって言いたいわけ? そんなことどうでも……」
「ああのっ、俺たち学生とかじゃないよ。ええと、あの、義務教育とかいうもの受けてる年齢じゃないし、高校生でもないし。こう見えて結構年食ってるし」
慌てて蓮をさえぎり、奏が早口にまくし立てた。今度は蓮の矛先が奏に向いてしまう。
「だから、歳食ってるとかそういうこと言うなって言ってんの。ジジババみたいじゃないか」
「ああもういいから蓮ちゃんは黙ってろって。後でご飯おごってあげるから」
「当たり前だろっ」
なだめようとする奏に怒鳴って、蓮はぱたりと黙り込んだ。おごりに満足したわけではなく、空腹を思い出して、怒るのが面倒くさくなっただけだろう。
「あの、何か出前でもお取りしましょうか」
対応に困った様子で校長が言った。蓮の剣幕に驚いたのか、また敬語になっている。
「いやそんなの気にしないでいい……」
「ぼくうどんが食べたい。天ぷらうどん定食」
奏が断ろうとしたそばから、蓮は平然とで言った。奏は胡乱な顔で蓮を見るが、そんなこと全く気にしていない。ここで食事を出してもらって、依頼を引き受けるつもりがあるのかといえば、蓮はそんなことをわきまえてなどいない。だが、図太さでいえば、奏も同じだった。
「それじゃ、俺釜揚げうどん。かしわご飯付きで」
しっかりと自分の分の注文をしている。
面食らった様子で校長が頷き、電話をかけるために教頭が出ていった。蓮が黙ったのをこれ幸いと、奏は再び話を進めることに努力した。流されてしまった問いを再び口にする。
「それで、用件というのは」
問いかけに、校長は目を覚ましたかのような反応を見せる。助けを求めるように隣の女性を見るが、苦笑される。仕方なしに再び奏を見た。
「ああ、それが……。これは外に知られては困ることなので……」
「分かってるって。秘密厳守。基本中の基本だろ。とにかくさっさと依頼内容を言ってくれ。電話で大まかなことは聞いてるけど、細かい説明がほしいし」
「そう、そうですね」
奏に急かされて、校長は何度もうなづいた。
「実は数日前、学校の屋上から生徒が投身自殺をしまして。それ以来、良くないことが起きるようになってしまいまして」
「投身自殺ねえ」
「遺書などは特になかったのですが……、そういうことにしておくように、と。警察では、受験のストレスでは、ということで片が付きました」
「なんでまた」
「遺体が、おかしかったんです。残っていたのは、右手と両足だけ。切り取られてそこに置かれた、という様子ではないそうで。野犬にでも食い荒らされたかのようになっていました」
校長自身も見たのだろう。思い出したのか、震える両手を押さえるように握りしめた。
「その後、課外授業で残っていた生徒たちが、妙な影を見た、妙な声を聞いた、と言うので、夜の警備のアルバイトを増やしたのです。ですがそのうち二人が、心臓をえぐられて、またばらばらになって死んでいたり、下校しようとした生徒が、突然教師の運転する車に飛び込んできたりと、奇妙なことが相次いで起きていまして……。何よりここ数日の間で、校内で十二人も死んでいるのです。その原因を調査して、排除していただきたいのですが」
それだけのことが起こっていて、よく親が黙っているものだ。マスコミが群がっている様子もない。警察が止めているのだろうが、同時にこれは、他の機関が動いている可能性が高い。それもほぼ確実に。――自殺だとしておくように、と、言ったのは誰か。
「最初に投身自殺と言ったな。なんで投身自殺になるんだ。手足が転がってただけなんだろ?」
「ええ、それが、目撃者がおりまして。――目撃者、と言うよりは、第一発見者なのですが。物がぶつかるような大きな音を聞いた、地面に倒れている人を見た、と言う生徒がおりまして」
「そいつはありがたい。何かその子に話が聞けないかな」
「それが、投身自殺があったのと同じ日の同じ頃に、生徒が集団自殺を図りまして。三人の女生徒が手首を切って倒れていたのを見つけたのが、投身自殺を見つけたのと同じ生徒なのです。立て続けにそんな光景を見て、ショックのあまりに寝込んでおります。今も家で療養中でして、まともに状況をお話しできるか分かりません」
「あーそりゃあ、酷だなあ」
「あの、それでは、お引き受けいただけるのですか?」
手がかり探そうとするかのような奏の言葉に、校長はすがるように言ってきた。相手がおかしな二人であっても、他に頼る当てもないのだろう。
「んー、まあ、そういう話を聞いちゃあ、断れないなあ」
「まったく、お人好しなんだから。おめでたいね。奏にまかせてちゃタダでやりかねないから、報酬の相談はぼくにしてよね」
今まで黙ってふんぞり返っていた蓮が口をはさむ。どうやら一応聞いてはいたようだった。不服そうな態度ではあるが、反対はしていない。
「それで、そちらのお姉ちゃんは?」
蓮の言葉に構っていたら話が進まないので、奏は校長の隣に座る女性を見た。校長と、電話をかけて戻ってきた教頭は、安堵する間もなく身を強張らせた。
彼らの視線を受けている女性は、品のいいダークグレイのスーツを着て、長めのストレートヘアを後ろでひとつに束ねている。落ち着いた風貌だが、かなり若い。彼女は紹介しようとした校長を止める仕草をしてから、黒いバッグを引き寄せて、何かを取り出した。
テーブルの上に差し出す。顔写真の載った小さなカードだった。免許証のようだが、違う。「特殊警察」と書かれた下に名前や生年月日や身分が記載されているもの。奏は彼らが、警察ではないこと、けれどその行為が違法でないことを知っている。彼らの持つ手帳は、いざというときに見せて人の勘違いを誘って黙らせ、自分の行動を妨げられないための小道具だ。
警察とも自衛隊とも、政府とも切り離された、もう一つの権威。そして、もうひとつの武力。世俗の争いごとには関わらないから、正しい表現ではないが、人間に対するものではなく別の事象に対しては確かに、武力だった。見れば彼女の胸元に小さなバッジが光っている。
「わたしは巫女の
「やっぱりあんた、協会の人か」
奏も今更驚かなかった。
協会、とは通称である。呼び名は多数存在する。組織そのものが隠されていて、一般の会社としての体裁で東京にビルを構え、国や財団などの支援を受けてなりたっている。
『常人とは違う』能力者が所属していて、公表できないような事件や、怪奇のからむ事件が起きれば、その大小を問わず動く。警察や政府の要請を受けて、または個人の依頼でも同様だった。彼らの行動を、警察であろうと政府であろうと規制することは許されない。
そこに集う能力者も実に多彩だった。オーソドックスな魔道士や崇子のような巫女から、希少能力と言われる者まで、それが使えそうな能力であればかき集められる。けれど組織に属するには、その能力が、かなりの水準に達していなければならない。だから所属しているだけで、かなりの能力者であることを証明している。
校長が不安そうに補足をする。
「わたしたちはどの程度備えればいいものかも分からないのです。大事な子供たちを預かる身ですから、万全を期して、もう少し人員をさいていただけないかとお願いしたのですが……」
彼女だけでは頼りないと言っているのだが、崇子は気にしていないようだった。にっこり笑いながら、校長の言葉を引き継ぐ。
「時期の悪いことに、協会内部の人間は出払ってしまっていて、あなた方にお願いしてはどうかと薦めさせていただきました。他にも、フリーの魔道士にも依頼はしてみたのですが、断られてしまいまして。人員に物足りないところもあるかとは思いますが、よろしくお願いします」
「ほお? 魔道士ね」
「壊し
聞いて驚いたのは、奏だけではなく、校長たちもだった。
彼らは、協会から派遣されてくる人間を、もっと年かさの人間だと想像していたに違いない。だが、実際に来た崇子を見て、不安を抱いた。研修生のような者を送り込まれては困ると、協会に増員を依頼して、結果、今度こそと期待した者も、また予想とは違った。校長たちとしては、常識外れの彼らの能力の良し悪しなど分からない。見た目が安心できる人物が理想だった。
外野の反応が見えていないはずないのだが、崇子は軽く笑むと、それはさておき、と続ける。
「打ち合わせをいたしましょうか。あまり悠長に出来る事態ではありませんから。できれば週末、学校がお休みの間に決着をつけてしまいましょう」
そうだな、と奏がうなづきかけたところで、彼の横から剣呑な空気が割り込んだ。
「やだ」
蓮が口をはさむ。ソファーに身を沈めて、足を組んで、尊大に顎を上げて、不機嫌な目で崇子を見下ろしている。美貌の凄みが増している。
奏がしまったと思うよりも早く、まくし立てた。
「ぼくはお腹空いてんの! さっきから言ってるだろ! もう忘れたの? 記憶喪失なの? 馬鹿なの? ご飯食べたらぼくは昼寝するから、奏と勝手に打ち合わせでも見回りでもすればいいだろっ」
「蓮ちゃん、あのねえ……」
喰っちゃ寝宣言をした蓮に、奏はがっくりして蓮を見た。
そこにちょうど出前の配達が到着する。
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