第3章 ここにあるもの、ここにないもの
第1話 美少年は高飛車1
長い艶やかな黒髪を風に遊ばせて、その人は立っていた。校門から出ていく制服の群れのど真ん中に立ちはだかっている。邪魔になっているのなど少しも気にしていない。
黒いシャツに赤いネクタイ、黒いパンツを身につけて、すらりとした細身をそらすようにして、腕を組んでいる。真冬にはあまりにも軽装だ。顔は目の前の大きな建物を向いていて、サングラスで隠れていても不機嫌なのが分かる。
「そんなに睨んでも、何が見えるってモンじゃないだろ、
少年はかけられた声に、神経質そうに振り返った。
「うるさい」
イライラと声を吐き出す。
「人が寝てたのを叩き起こして、こんなトコ連れてくるなんて、一体どういう神経してるんだ。ご飯も食べてないのにい」
「昼まで寝てるお前が悪いんだろうが。……って、やっぱ飯食わせてくりゃ良かったかな」
噛みつかれた
「だいたい、なんだ。年寄りみたいに早くから起きてたくせして。ぼくより奏の方が起き抜けみたいじゃないか」
蓮に輪をかけて奏は軽装だった。半袖のシャツ一枚にジーンズだけ。
「見た目にこだわる蓮ちゃんとは違って、堅苦しい格好は嫌いなの。ま、ご依頼は先方からいただいている上に、急に呼び出されたんだし、スーツじゃないからって追い返されるってことはないでしょ」
「無駄足だったら、ただじゃ帰らないからな」
顎を上げて、ふん、と鼻を鳴らしてから、蓮は髪をなびかせて再び建物の方を向いた。眼前にそびえる大きな校舎。足を踏み出しかけてから、目的の部屋を知らないことに気がつく。
「校長室ってどこ」
さらに眉をつりあげて、奏を振り返る。
「……どこかなあ……。とりあえず玄関まで行ってみるか、その辺の子に聞くしか……」
「ちょっとっ、あんた」
奏が言い終えないうちに、蓮は近くにいた生徒に声をかけていた。腰に手を当てて。
金曜日の午後、普通ならまだ授業中だが、今日は早めに切り上げられたため、校門付近は帰宅する生徒たちであふれていた。アイドルかモデルかというような外見の、珍妙な二人組を興味津々に見ながら歩いている。
たまたま蓮の横を通りかかり、声をかけられた女生徒たちは、心底びっくりして固まった。
「校長室ってどこ?」
目が合うように少し腰を折った蓮に、サングラス越しに詰め寄られた女生徒の一人は、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。まわりの友人たちがひそひそ言いながら小突きあっているが、質問に答えている子はいない。蓮の眉間の皺が深くなる。奏は恐怖を覚えながらフォローを入れようと、蓮の肩に手を置いたが。
「玄関から入って左のつきあたり」
助け船は別のところから来た。ぞんざいな言葉は、こちらもちょうど通りかかっただけの、数人の男子生徒のうちの一人だった。
「どこって?」
きちんと聞き取れなかったのか、イライラしたついでにサングラスを外して蓮が問いただす。
長い睫に縁取られた大きめの瞳は、深い闇の色をしていた。隠されていた中性的な美貌があらわになって、その場にどよめきすら起こる。一見して美少女に見える蓮に、顔を真っ赤にしながら、少年はカチコチになってしまった。蛾眉をつりあげて、蓮は再び問う。
「どこって?」
「玄関から入って、左のつきあたりにあります。プレートがあるから、すぐ分かると思います」
少年の口調が敬語になっている。苦笑しながら奏は、トントン、と蓮の肩を叩いた。
「行くぞ」
言われるまでもなく、蓮はサングラスを無造作にポケットにおさめて、さっさと歩き出す。人だかりが左右に割れた。そのただ中を堂々と行ってしまった。奏は慌てて少年たちに礼を言ってから、後を追う。
「蓮ちゃん、人に親切にしてもらったら、礼くらい言いなさい。子どもじゃあるまいし」
追いついた奏が少し怒った風に言うと、蓮はしらっと返した。
「うるさいな。どうせ奏が礼言ったんでしょ。大したことじゃあるまいし、あの程度、ひとつの善事に礼ひとつで十分」
「そういう問題じゃないだろ……。要は気持ちだ、気持ち。心の持ちようだろ」
「奏とぼくは一心同体だから、奏が言ったんならぼくが言ったことになるからいいの」
「だからお前、そういうことは誤解を招くから人前で言うなって言ってるだろ」
「細かいことにうるさいなー。ハゲるよ」
「俺がハゲるんなら、蓮だってハゲるぞ。なんたって一心同体なんだろ」
「だからこそぼくがそういう危機に陥ったときは、奏の体が引き受けるの」
「へりくつ言ってもうー」
奏は首をすくめて、わざとらしく息を吐く。
「どうでもいいけど、依頼人にそういう態度とるなよ。ただでさえ俺たち若作りで、なめられやすいんだ」
「若作りってなんなの。中身も若人だろ。少なくともぼくは。奏はどーだか知らないけど」
「はいはい」
蓮に口で勝てる訳がないので、奏は言い返すのをやめた。
流れていく生徒たちを眺め、門を振り返る。蓮のせいで、ちょっとした渋滞を起こしていた。
それを見て苦笑してから、奏は顔を戻す。
――あの門は、血臭がする。
血なまぐさい腐臭がとどこおっていた。
冷たく吹く冬の風は、その忌まわしい臭いを消すでもなく、運び去るでもなく、ただ彼らに吹きつけて流れていく。
冴えているだけ、悲しかった。
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