第二十三話『Extermination―殲滅―(後編)』

「ニコライさん。私、気になることがあるんですが」

 暗い森の中、エンジン音を絞りながら微速前進する九七式中戦車――『霊山りょうぜん』の車内で、由機が控えめに言葉を発した。

「何だ、由機?

 車長用展望塔キューポラから上半身を乗り出した機十郎が、前方に目を向けたまま続きを促す。

「あの三式といい、八九式といい、日本を守る為に作られた兵器が……どうして、こんなことをするんでしょうか」

 由機の声には、くすぶるような怒りがこもっていた。

「どうして……か。分からんことはいくらでもある。奴らが何の力で蘇ったのか……何故、ソ連製の火砲と行動を共にしているのか。お前が三式を見た時の状況も、不可解なことばかりだ。だが……そんなことは、戦闘が終わった後で考えればいい」

 機十郎の声は、あくまで落ち着いていた。

「いずれにせよ、日本を守る為に作られた兵器が日本の街を蹂躙するなど、あってはならんことだ。せめて人々の憎悪に晒される前に、俺達の手で葬ってやろう」

「はい。分かりました」

 一呼吸置いて由機は、はっきりした声で答えた。

 機十郎が由機からの返答を受けた直後、不意に前方が明るくなった。

「楓、停止だ。静かにな」

 林道の行き止まり――木々の間から飛行場が目視できる距離で機十郎は停止を命じた。

「承知した」

 楓の泰然たる声と共に、霊山が履帯を止める。

 機十郎は懐中時計を取り出し、時刻を確認した。午後六時二二分……宵闇はすぐそこまで迫っている。

 時計の文字盤に目を落としたまま、機十郎は小さく唸った。夜間戦闘だけは避けなくてはならない。

 帝国陸軍戦車隊の有名な戦闘の一つに、サイパンにおける米軍上陸部隊への夜襲作戦がある。太平洋戦争中最大の戦車戦にして、精強を誇った帝国陸軍戦車第九連隊が一夜で壊滅した悪夢の戦闘。

 夜間攻撃を成功させるには、周到な準備と地形及び敵情の把握が不可欠である。それを欠いて攻撃を行うことは自殺行為に等しい。機十郎は勇敢さと自殺行為の違いを理解していた。

「さて……二人とも、準備はいいな。打ち合わせ通りに行くぞ」

「はい!」

 由機と楓の声が一つに重なった。

「最終確認だ。まず現在の位置から射撃を行い、飛行場の火砲二門を速やかに撃破する。その後、森を突破し飛行場に突入、絶えず移動しながら格納庫に連続で榴弾を撃ち込み、これを炎上させる。格納庫から三式が姿を見せたら即座に攻撃し撃破する。全てにおいてスピードが命だ」

 そこまで話して、機十郎は小さく咳払いをした。

「操縦手と砲手の連携が取れていなければ攻撃は成功しない。お前達が互いを信頼し、この戦車……霊山と心を一つにして行動することが何より重要だ。『人車一体じんしゃいったい』……戦車がその性能を保証し得る範囲で乗員が最大限の努力をすれば、戦車は必ずそれに応えてくれる。いいな、二人とも」

「はい!」

 二人の声が再び一つとなると、機十郎は満足げに口元を緩めた。

「いい返事だ。早いところ作戦を終わらせて夕飯にするぞ。土浦駅前なら、開いている店もあるだろうからな」

「……外食なんて久しぶり。楓ちゃんは何が食べたい?」

 数秒の沈黙の後で、由機が楓に問いかけた。

「私は……そうだな、鍋料理がいい。家族で一つの鍋を囲む……以前から憧れていた」

 楓はやや恥ずかしそうに答えた。

「いいね。私も賛成!」

 由機はそう言って車長席に立つ機十郎を見上げた。由機の視線に気づいた機十郎は困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。

「ふぅむ……今晩はすき焼きにするか。無論、俺のおごりだ」

「やったぁ!」

「すき焼きか……! 食べるのは初めてだ」

 由機と楓の嬉しそうな声に微笑む機十郎だったが、その笑顔に一瞬だけ影が差した。無論、車内の由機と楓がそれに気づくことはない。

「……ふ、ふふっ。ははははっ……!」

 やがて、機十郎は吹っ切れたように声を上げて笑った後、静かに目を閉じて大きく息を吸い込んだ。

「さて……雑談はここまでにしよう。始めるぞ」

 威厳に満ちた機十郎の声に由機と楓は居住まいを正し、表情を引き締めた。

「由機。距離四〇〇、砲塔二時。弾種榴弾!」

「はい!」

 由機は勢いよく返事をすると砲塔旋回ハンドルを回し、主砲を目標へと向けた。照準器のレンズを通して、切り立った防盾から長い砲身を突き出した火砲が見える。ソ連製のZis‐3・七六ミリ野砲だ。

 こちらに側面を見せる野砲は機十郎と偵察に出た時と同様、周囲に操作する人員の姿もない。にもかかわらず、レンズの向こうに見えるそれは何十年も放置されていたようには見えず、異様な雰囲気を放っている。

「装填完了、撃て!」

「はいっ!」

 待ちわびたかのような返事。尾栓が閉塞する金属音と機十郎の号令に、由機は胸の高鳴りを感じていた。

 主砲の俯仰ハンドルを回して仰角を取り、十字線レティクルを目標のやや上に合わせる。彼我の距離は四〇〇メートル――砲弾の自由落下を考慮に入れる必要がある為だ。

 深く息を吸い込み、呼吸を止める。そして撃発機の引鉄にかけた指に力を込め、静かに引き絞った。

 轟音と共に砲口から青い炎がほとばしり、衝撃波が木々の枝葉を散らす。次の瞬間には滑走路上で榴弾が炸裂し、爆炎が巻き起こった。

「命中、次弾装填! 照準はそのままだ」

 命令通りに照準を固定したまま、炎に包まれる野砲をレンズ越しに見つめる。数秒の間を置いて、弾薬が誘爆したのか再び爆発が起こった。

 防盾やタイヤが吹き飛び、大小の部品が周囲に飛散するのが見えたその時、音を立てて心臓が脈を打った。

「撃破確認。砲塔十時、距離五〇〇!」

「はい!」

 由機は背筋がぞくぞくするのを感じながら砲塔旋回ハンドルを回した。『装填完了』、『命中』、『撃破』……これらの言葉を聞く度に喜びを覚える自分がいた。

「装填は完了している。照準を合わせたら、すぐに撃て」

「分かりました」

 キューポラの上で飛行場の様子を窺っていた機十郎が、あることに気づいた。操作する人員もいない四五ミリ対戦車砲が……動いている。

 飛行場の裏側に向けていた砲口を自身の背後に向けようと、砲身を少しずつ左に旋回させているのが分かった。

「由機、動いているぞ」

「……そうですね」

 由機は全く動じなかった。対戦車砲の多くは左右の射界が限られており、前方の目標にしか照準を向けることができない。

 地面に重い二脚を固定することで初めて射撃可能となる対戦車砲。砲口を背後に向ける為には数人がかりで二脚を持ち上げ、位置を変えねばならない。それは、このM42・四五ミリ対戦車砲も例外ではない。

 ――こっちを撃てないのは、分かってるんだ――。

 由機は口元に笑みを浮かべながら、静かに引鉄を引いた。発射の轟音とそれに伴い全身を襲う反動が、心地良かった。

「命中!」

 機十郎の声と同時に爆炎が上がる。重量六〇〇キロを超える対戦車砲は爆風で宙に押し上げられた後、数秒の間を置いてアスファルトの路面に叩きつけられ大破した。

「撃破確認!」

 機十郎の声が胸の中で反響する。由機は拳を握り締めながら、敵を倒した感激に打ち震えていた。

「次弾装填! 楓、前進だ。森を突破するぞ!」

「承知した。任せてくれ!」

 待っていたと言わんばかりに楓が叫ぶ。それに応えるかのようにエンジンが大きく唸りを上げ、起動輪が回り始めた。

「これより突撃する! 由機、森を抜けたら即座に射撃開始だ!」

「はい!」

 鋼鉄の車体が低木を突き崩し、左右の履帯が音を立てて枝葉を踏み砕く。楓は素早くギアを入れ換えて速度を増し、道なき道を強引に突き進んだ。

 やがて視界が開け――三人を乗せた霊山は滑走路へと履帯を踏み入れた。

「由機、自由射撃だ! 照準は一任する!」

「はい!」

 返事をするより早く、由機は引鉄を引いていた。

「命中!」

 幅三〇メートルの格納庫は大きすぎる的だ。走りながらの射撃――行進間射撃こうしんかんしゃげきでも外すはずがない。

 遅延信管を備えた榴弾が薄い外壁を突き破り、格納庫の内部で炸裂する。貫通孔と窓から炎が噴出するのを認めた由機は、激しく揺れる車内で次弾発射に備えていた。

「装填完了!」

 待ち望んでいた声に心からの歓喜を覚えながら、由機は再び引鉄を引く。レンズの向こうで爆炎が上がる光景に、由機は興奮を抑え切れなくなるほどだった。

「楓。敵が出て来るまで、とにかく動き回れ!」

「任せてくれ」

 楓は巧みに操向レバーを操り、霊山は格納庫の周囲を不規則な動きで駆け回る。その間にも、由機は次々と格納庫に砲弾を命中させていった。

 九七式中戦車には砲塔内部に座席とバスケット(砲塔旋回に連動して回転する床板)が存在せず、車長と砲手は砲塔が旋回するのに合わせて動き回る必要がある。その為、行進間射撃も慣熟した砲手でなければ成功させるのは難しい。

 しかし、由機は当然のようにそれをやってのけた。細かくステップを踏んで砲塔の動きに身体を合わせ、履帯から伝わる振動を身体で吸収しながら極めて正確な射撃を行っていた。

 由機と楓の働きぶりを前に機十郎が笑みをこぼしたのと同時に、格納庫から一際大きな炎が上がった。機十郎の狙い通り、格納庫内の可燃物が引火したのだった。

「停止! 弾種徹甲。来るぞ!」

 機十郎が言い終わる前に雷鳴が轟き、それと同時に格納庫の外壁を突き破って一台の戦車が躍り出た。全身に炎を纏ったその姿は、兵器というよりも想像上の怪物のように見えた。

「三式中戦車……!」

 一瞬の間を置いて、由機が口走る。主砲を前方に向け、炎に包まれたその姿はまるで怒りに身を燃やしているようだった。

「距離三〇〇、砲塔一時! 装填完了、撃て!」

「はい!」

 ――これで終わりだ――!

 既に照準を終えた由機が怒りを込めて引鉄を引き絞った。轟音と共に徹甲弾が放たれ、三式の砲塔から火花が上がるのが見えた。

「やった……?」

「油断するな! 次弾装填!」

 二人の会話が聞こえたかのように、三式の砲塔が旋回するのが見えた。

「装填完了! まだ動くぞ、撃て!」

 由機は引鉄を引くことで機十郎の命令に答えた。再び三式の砲塔から火花が上がり、車輌全体が大きく揺れた。それでも三式は砲塔を旋回させ、主砲をこちらに向けようとしている。

「次弾装填! 楓、後退しろ。すぐにだ!」

「承知した!」

 車内に響き渡るギアチェンジの音。やがて起動輪が逆回転し、霊山が急速に後退を始める。

「由機、装填完了!」

 機十郎がそう叫ぶのと同時に三式の七五ミリ戦車砲が火を噴いた。

 忌まわしい発射音が車内にまで聞こえた瞬間、砲弾が付近へと着弾し火柱を上げた。

「くッ……!」

 由機が歯を食いしばって息を漏らす。三式中戦車の装甲は最も分厚い砲塔正面でも五〇ミリ。距離五〇〇メートルで厚さ六〇ミリの装甲板を撃ち抜く一式四十七粍戦車砲を以てすれば、撃破は容易たやすいはず――!

 ――どうして……!

「何故かは分からん。とにかく撃て! 奴が動きを止めるまでだ!」

 由機の心の声に応えるかのように、機十郎が叫んだ。

「……はい!」

 由機は額の汗を拭い、再び三式に照準を向けた。

「楓、側面に回れ!」

「承知!」

 楓は返答するより早くギアを入れ換えた。霊山が方向を変え、三式の側面に回り込むように前進を始める。

「今だ、フェンダーの下を狙え!」

 砲口が三式の側面を向くのと同時に、機十郎が命令を下した。由機はあやまたず車体側面下部に十字線レティクルを合わせ、引鉄を引いた。

 青い発射炎の向こうで、三式の車体が大きく揺れる。命中だ。

「まだだ、次弾装填。立ち止まるな!」

 三式はそれでも砲塔を旋回させ、こちらを狙い撃とうとしている。

 再び轟く七五ミリ砲の発射音。しかし照準が霊山の機動に追いつかず、砲弾はセスナの残骸に当たって炸裂した。

 ――どうして……こんなはずじゃ……!

「由機!」

「えっ……はい?」

 由機は素っ頓狂な声を上げた。キューポラの上にいたはずの機十郎が、気づけば隣にいた。

「案ずるな。お前と楓の力があれば、必ず勝てる」

「……はい!」

 機十郎が見せた笑顔を前に、由機は気を取り直し大きく頷いた。

「楓、格納庫の裏に回れ。一旦停止しろ」

「承知した。お祖父様、どうする。一度撤退するか?」

 楓が操向レバーを操りながら、機十郎に問いかける。その間に霊山はセスナの残骸が並ぶ駐機場から格納庫の裏に抜け、三式の射線から逃れて履帯を止めた。

「ふぅむ……撤退か。その必要はない!」

 機十郎は声も高らかに言い放った。

「それじゃ、どうするんですか?」

 機十郎の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「体当たりだ。側面からぶつかって奴の火力を封じ、接射で撃破する」

「正気か、お祖父様?」

 楓が驚きの声を上げた。

「距離を取れば、装甲と火力で劣るこちらが不利になる。退いて不利になるなら、前進あるのみだ」

「無茶です、そんな!」

 抗議する由機に機十郎は微笑んでみせた。

「由機、楓。俺はお前達を信じているぞ。だから、お前達も俺を信じろ」

 そして、再びキューポラの上に上がってしまった。

「楓ちゃん……やろう」

「……そうだな」

 由機と楓は短い会話の後で同時に深呼吸し、共に大きく目を見開いた。

「楓、方向を変えて駐機場から滑走路に出ろ。待ち伏せに遭うぞ」

「承知した」

 楓が機十郎の指示通りに車体を一八〇度旋回させる。そして元来た道を戻り、駐機場から再び滑走路に出た。

 キューポラから顔を出した機十郎の視線上には、雨で炎を洗い流された三式の姿があった。装甲の塗装が燃え尽きたのか、全身緑色だったものが真っ黒に変色している。

 滑走路上で履帯を止めていた三式が慌てた様子で砲塔を旋回させる。こちらが反対側から顔を出すと思っていたのだろう。機十郎の読みは正しかった。

「……距離一五〇! 由機、撃て!」

「はい!」

 由機は狙いを外さない。砲口から放たれた一式徹甲弾は車体側面上部に命中し、砕け散って炎に変わった。

「命中、貫徹せず! 次弾装填!」

 砲弾を命中させたのはこれで四発目だ。しかし、どれも貫徹しない。にもかかわらず、機十郎は笑みを浮かべていた。

「由機、案ずるな。この戦車を……霊山を信じろ」

「……はい」

 照準器から目を離すことなく答えた由機は、レンズの向こうの標的が極めて遅い速度でしか動こうとしないことに気づいた。

 三式中戦車は、九七式中戦車の発展型である一式中戦車の車体に大型砲塔を搭載し火力強化に成功した、帝国陸軍最後の量産戦車である。しかし実際のところは米軍のM4中戦車と戦う為に急遽開発された急造車輌であり、カタログスペックでは霊山――新砲塔チハを上回るが、欠点も多い。

「楓、全速前進の用意をしておけ。奴は射撃の時に必ず停止する」

「承知した!」

 三式は小さな車体に釣り合わない大きな砲塔を載せたことが災いし、主砲を前に向けて走ると砲塔が激しく振動するという欠点を抱えていた。

 その為、これを受領した戦車兵達は主砲を後方に向けて走ることで対処したと言われている。これでは帝国陸軍戦車兵が得意としていた行進間射撃など不可能に近い。

 兵器としての性格は戦車というよりも、敵戦車を待ち伏せて狙い撃つ対戦車自走砲に近いといえる代物だった。

「楓、俺が合図をしたら方向転換し全速で突っ込め。いいな」

「承知した」

 迷いのない楓の声。やがて機十郎の目は、三式がこちらに側面を見せながら砲塔を旋回させ、停止しようとしているのを捉えた。待ち望んでいた瞬間だ――!

「楓、十時に旋回! 由機、射撃の用意だ!」

「はい!」

 二人の声が一つに重なる。

「全速前進!」

 機十郎の号令と共に楓は左右の操向レバーを前に倒し、思い切りアクセルを踏んだ。

 左右の履帯でアスファルトを削りながら、霊山が三式の左側面目がけて突進する。三式は主砲を発射したものの砲弾は命中せず、霊山の砲塔側面を掠めて虚空へと消えた。

 操縦席の速度計が瞬く間に最高速度を示す。それでも楓は一向にアクセルを緩めない。

「二人とも、衝撃に備えろ! 歯を食いしばれ!」

 機十郎が叫んだ直後に轟く雷鳴。その残響を消し去るように、凄まじい衝突音が周囲に響き渡った――!

「……よし……!」

 激突の後で、最初に声を上げたのは楓だった。

 三式の車体側面にはくさびを打ち込まれたように霊山の車体先端部が喰い込んでいた。三式はこの状況を脱しようと前進を試みるものの、車体は突き上げられ左の履帯は断ち切られ、全く動くことができない。

「由機、砲塔側面の扉を撃て!」

 機十郎が大きな声で号令を下す。激突時の衝撃をものともしていなかった。

「は、はい……!」

 装甲板にしがみついて衝撃に耐えた由機はすぐさま撃発機のグリップを握った。三式に比べ主砲が短い霊山チハならば、車体を敵に接した状態でも射撃ができる。

 砲塔側面に設けられた開閉式の視察窓クラッペに素早く照準を合わせ、由機は引鉄を引いた。

 四七ミリ砲の発射音と砲弾が命中する金属音が殆ど同時に轟き……しばしの静寂が訪れた。

 数秒後、音を立てて金属の塊が路面に落下した。分厚い板状の部品――砲塔側面のクラッペ。砲弾は貫徹こそしなかったが、衝撃でクラッペを弾き飛ばしていたのだ。

「次弾装填、弾種榴弾!」

 由機はすぐさま機十郎の意図を理解した。今や三式の砲塔側面には、大穴が空いているのと同じだ。

 不意に、鈍い金属音。砲塔に外側から何かがぶつかっている。

「案ずるな、無駄な足掻きだ」

 由機と楓が声を上げるより早く、機十郎はそう言って口元を歪ませた。三式が砲塔を旋回させ、長い主砲の横腹をこちらの砲塔側面にぶつけていたのだ。

「莫迦め。由機、とどめだ!」

「はい!」

 由機は戦車砲の肩当てに力を加え、クラッペが無くなったことでポッカリと空いた砲塔側面の穴に砲口を向け――引鉄を引いた。

 轟く発射音、車体を震わす反動。次の瞬間、砲塔側面の穴から凄まじい勢いで炎が噴き出した。

「楓、全速後退!」

「承知!」

 短いやり取りの後、楓は霊山を急速に後退させ、炎を上げる三式から遠ざかった。

「……やった」

 由機は、ぼそりと呟いた。レンズの向こうで三式の車体から噴き出した爆炎が膨れ上がり、砲塔が空中高く吹き飛ばされるのが見えた。

「……撃破確認。よくやったぞ、二人とも」

 三式の砲塔が路面に落下するのを見届けると、機十郎は優しい声で二人を労った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る