第三節:思いを形に
あれから一週間。京の街では新選組の話でもちきりだった。
池田屋という宿屋で新選組は数に勝る敵の懐に飛び込み、見事過激派尊王浪士を捕縛したという。しかし、この戦いで新選組にも死傷者が出たらしい。
私はどこかで聞いた名前だと思い記憶を辿ろうとしたけど、それを止めるかのように頭の芯に亀裂が入ったような激しい痛みを感じた。まるで、思い出してはいけないと警告を受けているようだった。
それよりも私は、近藤さんをはじめとする新選組隊士さん達の安否の方が気になった。あれから、ここを訪れない皆さん。深雪さんは「あの方達ならきっと大丈夫ですよ」って言ってたけど、姿を見ないことには安心できなかった。
そんな心配な日々を送っていると斎藤さんが深雪さんに近藤さんの無事を伝えるために久しぶりに訪れに来た。深雪さんとの話を終えると斎藤さんは私を連れて記憶探しのため街に連れ出してくれた。
「久しぶりだな。変わりはないか?」
「はい。斎藤さんが無事で安心しました。噂で先日の捕物で新選組に死傷者が出たと聞いて心配していたんです」
「そうか・・・・・・・・・。心配かけて悪かったな」
斎藤さんはつい最近まで池田屋事件での残党の捕縛を行っていたこと。そのため、その後処理で忙しくなかなか訪ねることができなかったこと。噂になっている故人はその時、近藤さんの隊に所属していた平隊士さんらしい。
「えっ!? 藤堂さんと沖田さんが!?」
だけど、藤堂さんと沖田さんが先日の戦いで大怪我をしたと聞いて驚いた。以前、深雪さんから新選組の幹部の人達は強者揃いだと聞いていたからだ。幹部の人が二人も深手を負ったということは、池田屋での出来事は想像以上に新選組にとって苦戦を強いられていたことがそれだけで理解することができた。
「それで、二人の具合はどうなんですか?」
「今は屯所で治療を受けて養生している。だが、心配はない。生死に深く関わる程の怪我ではない。時期に良くなるだろう」
「そうですか・・・・・・・・・・・・」
斎藤さんはそう言ったけど、私は二人のことが心配で記憶探しどころではなかった。
その時、ふと私の目にある一軒のお店が目に止まった。
「あの・・・・・・・・・斎藤さん!」
「何だ?」
「あそこのお店に寄っても良いですか?」
「あぁ、構わないが」
私は斎藤さんの了承を得ると、お店に入った。
*
斎藤さんと久しぶりに街に出てから数日後。私は、斎藤さんにお願いして新選組の屯所を訪れた。
「あの時、今度訪ねて来られる日はいつかと聞いてきたのはコレのためだったのか?」
「はい。・・・・・・・・・でも、迷惑だったでしょうか?」
屯所まで来て急に不安になった私は斎藤さんにそう尋ねた。
「いや、そんなことはない。俺はお前の思いを知って嬉しかった。きっと、喜んでくれるはずだ」
深雪さんの所で先に渡したモノを大切そうに見つめて斎藤さんはそう言った。
「見舞いに行く前にまずは挨拶をしに行くぞ。事前にお前が今日来ることは局長や副長に伝えているが到着したこと報告しないといけないからな」
私は近藤さんの待っている部屋に案内された。部屋には近藤さんと牢屋で会った副長の土方さんも同席していた。土方さんは始終しかめっ面で私を見ていた。久しぶりに会った近藤さんは、変わらず元気そうで優しい笑みを浮かべていた。
私はこの日のために用意したモノを近藤さんと土方さんに渡した。すると、土方さんは案の定驚いた顔をしていたけど、近藤さんはすごく嬉しそうな顔でお礼を言ってくれた。
「和流君、ありがとう。君の気持ちが嬉しいよ。大切にする」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんだトシ? 受け取らないのか?」
「い、いや・・・・・・。ありがたくいただくよ」
土方さんは何か言いたげな様子だったけど、近藤さんの手前何も言えないようで渋々といった様子で受け取った。沖田さんと藤堂さんの分を除いたモノを近藤さんに渡すと、二人の所にお見舞いに向かった。
藤堂さんは、起き上がれるくらいまで回復したようで、部屋を訪ねると布団の上で起き上がって待っていた。
「いらっしゃい」
微笑んで私を迎えてくれた藤堂さんは頭に包帯を巻いていた。
「元気にしてた?」
「はい。おかげさまで。藤堂さんは具合どうなんですか?」
「順調に回復してるよ。先生からもお墨付き貰ってるし」
「そうですか。良かったです」
「心配してくれてありがとう」
私がホッとすると、藤堂さんは笑顔でそう言った。
「それで・・・・・・良かったら、これ受け取って貰えますか?」
「これってお守り?」
藤堂さんにそう聞かれて私は頷いた。
今回の件で改めて隊士の皆さんにいつ何が起こるか分からないと感じた。そう思うと心配でせめて私にできることはないかと考えて、たどり着いたのが『お守り』だった。
「あの………ご迷惑でしたか?」
まじまじとお守りを見ていた藤堂さんに思わず、そう尋ねると首を横に振った。
「ううん。そんなことない。凄く嬉しいよ! ありがとう、大切にするね」
藤堂さんは、お守りをそっと手で包み込むと、斎藤さんとお守りをどこに付けるか相談し始めた。
*
沖田さんの部屋の前で行くと、中から入室許可の返事があった。
「沖田は気配に敏感なんだ」
声をかける前に返事があり、驚いている私に斎藤さんはそう言った。
「本当に来たんだね」
恐る恐る部屋の襖を開けると、沖田さんは刀の手入れをしていた。
「沖田!? お前、何やってんだ!」
「何って、見て分かんない? 刀の手入れをしてるんだけど?」
「そういうことじゃない! 安静にしてろと言われているのにどうして起きてるんだ!」
「う~ん………暇だから?」
「暇って…………」
斎藤さんは呆れた様子で沖田さんを見ていた。
「沖田さん、無理はいけないと思いますよ」
斎藤さんから池田屋で意識を失って倒れていたと聞いていた私は思わず口出しをしてしまった。
「お医者さんが安静にと言っていたなら横になっていた方が良いんじゃないんですか?」
「へぇー、僕に意見するなんてね。君も医者と一緒で過保護過ぎ。僕はこんなに元気なんだよ」
「総司、和流はお前を心配して言ってるんだ」
不機嫌な口調で私を睨み付ける沖田さんに斎藤さんはそう言った。
「別に心配してなんて頼んでないんだけど。っていうか、男装してまでお見舞いに来たいってどういうこと?」
新選組は男所帯。女性が幹部を訪ねて来たというだけであらぬ噂が立つという。だから、私は街に行く時と同様男装して訪れた。
「それは、これをお渡ししたくて」
私は巾着から沖田さんのお守りを取り出した。
*
「もしかして、お守り?」
僕がそう聞くと、彼女は頷いた。巾着から出てきたお守りは、明らかに寺社のものではなかった。
「一体、どういうつもり?」
「どういうつもりって・・・・・・・・・・・」
彼女は僕の問いが理解できていないようで困惑していた。
「どうして、お守りなんて作ったの? 何か企んでない?」
「そんな!? 私、何も企んでいません!」
僕がそう問い直すと、彼女は心外だと言った様子でそう叫んだ。
「池田屋でのことを聞いて、いつ沖田さん達の身に何が起こるか分からないと思ったんです。私は、皆さんと違って刀を持って戦うことはできません。でも、そんな私にでも何かできることはないかと思って考えついたのがお守りだったんです」
「・・・・・・・・・ふーん、なるほどね。僕らのことを心配して作ったんだ」
「はい………」
僕は、お守りをつまみ上げた。もっともらしい答えだったけど、僕は納得がいかなかった。
「まさかとは思うけど、君、こないだ僕に刀を向けられたこと忘れたわけじゃないよね?」
「なっ!? 沖田、刀を向けたとはどういうことだ!?」
僕が彼女に刀を向けたと知って、説教を始めようとした斎藤君を制して彼女の答えを待った。
「…………もちろん、覚えています」
彼女はそう言うと、刀を向けた時のことを思い出したのかギュッと自分の袖を握った。
「そうだよね。覚えてないわけないよね。だったら、なんでそんな奴のためにお守りなんて作ったの?」
僕は出逢った時から彼女を邪険に扱ってきた。なのに、どうして僕なんかの心配をしてお守りなんて作ったのか理解できなかった。すると、彼女は予想外の答えを返してきた。
「沖田さんは、本当は優しい人だと分かったからです」
「はっ?」
彼女のその発言に僕だけでなく斎藤君も唖然としていた。
「・・・・・・・・・僕が優しい? 一体、何を根拠に君は言ってるの?」
僕がそう聞くと、彼女は僕と出かけた日を振り返り、子供達と遊ぶことで彼女の記憶を取り戻そうと考えたこと。子供達に信頼されている僕がどうしても悪い人間には思えなかったと話した。
「でも、一番の理由は沖田さんの剣です」
「僕の剣?」
彼女の言っている意味が分からずそう聞き返すと、彼女は頷いた。
「沖田さんの剣からはいつも沖田さんの意志を感じました。あの時、沖田さんの刀から新選組や近藤さんを絶対に裏切らないっていう強い意志を感じました」
彼女は僕を真っ直ぐ見つめたまま話を続けた。
「あの時の行動は過激だったかもしれません。でも、本当に冷酷な人なら初めて会った時に異国の格好をしていた私は問答無用で斬り殺されてたはずです。でも、私はこうして生きています。それはきっと、沖田さんが優しくて人を護るために剣を使っているからだと思うんです」
「!?」
僕はそんな彼女に何も言い返すことができなかった。お守りを渡すなんて、絶対に何か裏があると思っていた。なのに、彼女の言動からそんな感じを全く受けなかったからだ。
「まったく、君って変わってるね」
僕がそう言うと彼女はキョトンとした顔をしていた。
――――― いいよ。分からなくて。
「手作りだから御利益があるかどうか期待はできないけど、一応貰っとくよ」
僕がお守りを懐にしまうと、斎藤君は人の気遣いを無下にするような言動は慎むようになんて僕に説教を始めた。
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