第二節:池田屋事件


「まだ手がかりは見つからないんだな、山崎?」

「はっ。申し訳ございません、副長。未だ情報が掴めておりません」

山崎の報告に俺は思わず舌打ちしてしまった。

――― 一体、あの娘は何者なんだ?

アイツらに記憶探しの同行をさせて数ヶ月経つが、未だ和流とかいう少女の身元は分からないままだ。

「私も再度、別の方法で探りを入れてみます」

「あぁ、頼む。俺も調べてみることにする。ところで、例の件はどうなってるんだ?」

山崎に和流の身元調査と一緒に頼んでいた長州の動向調査の報告を訊いた。

「はい。副長のお見立て通り限りなく黒に近いかと。事前に副長からご命令をいただいた通り隊士達を既に派遣しております」

「そうか。首尾良くいけばいいがな」

山崎の報告を聞き、吉報に期待していると表が騒がしくなった。

「ん? 何事だ?」

「見て参りましょう」

俺がそう言うと山崎は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。すると、巡察から帰って来た幹部隊士が俺の部屋にやって来た。

「副長! 古高俊太郎を捕縛致しました!」

「本当か!? で、状況はどうだった?」

「はい。武器弾薬を押収しました。また、証拠として諸藩浪士との書簡や血判書も押収しました」

「そうか。後で、俺の所に証拠を持って来い。近藤さんと俺が直々に古高を尋問する」

「はっ! 古高に見張りをつけた後、証拠の品を持って参ります」

報告を終えると幹部隊士は隊士達に指示するため部屋を後にした。

「山崎、近藤さんは今何処にいるんだ?」

「はい。局長は深雪様の所に行っていらっしゃるようです」

「深雪さんの所だと!?」

近藤さんは妾宅へよく顔を出しているが、昼間から顔を出すことはない。いつもと様子が違う近藤さんに俺は思わず大きな声を上げてしまった。

「ここ最近、深雪さんの体調が思わしくないようです。私も今度、診察をして欲しいと頼まれました」

「ったく、近藤さんは相変わらず女に弱いな。人が良いにも程があるぜ」

俺は山崎の話を聞き、溜息を吐いた。

「行っちまってるもんは仕方がない。悪いが山崎、近藤さんを迎えに行ってくれるか?」

「かしこまりました」

山崎は深々と頭を下げると、俺の部屋を後にした。


                   *


「心配をかけてごめんなさい」

「本当に大丈夫なのか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。こうして起き上がることも出来ますから」

お見舞いに来た近藤さんを安心させようと布団の上で微笑む深雪さん。

 昨日、近藤さんがここを訪ねて来た時、深雪さんは倒れてしまった。深雪さんは元々、体が弱いらしい。でも、ここ最近は歩くのも覚束なく昨日は近藤さんの前で倒れてしまった。

 近藤さんは泊って看病しようとしたけど、深雪さんは断った。局長である近藤さんが急に外泊しては何かあったのではないかと思い、他の隊士さん達が心配する。自分の体調のために周りに迷惑をかけたくないという深雪さんの強い希望で近藤さんは昨日屯所に帰った。

 いつもは日が沈んだ頃に訪れる近藤さん。でも、昨日の深雪さんが心配だったみたいで朝早くからお見舞いに来てくれた。近藤さんと深雪さん。二人を見ていると、お互いのことを大切に想い合っていることがよく分かる。

「深雪は体が弱いんだ。無理は禁物だよ」

「えぇ、分かっています」

「局長」

二人のやりとりを見ていると、中庭から聞き慣れない男の人の声が聞こえた。振り向くとそこにいたのは、かしこまった様子で跪いている男の人だった。

「山崎君? どうしたんだね?」

近藤さんに山崎君と呼ばれたその人は顔を上げた。

「急な来訪お許し下さい。局長、今すぐ屯所にお戻り下さい」

「何があったんだね?」

「本日、例の件に進展がありました」

「それは本当か!?」

例の件というものが何か分からないけど、近藤さんの表情から大事な件だということは理解できた。

「はい。副長が局長と共に相手に話を聞きたいとのことです」

「例の件であればすぐに戻らないといけないな。だが、しかし―――」

近藤さんは深雪さんを見て悩んでいた。きっと、深雪さんのことが心配で離れるのが心苦しいんだと思う。

「勇さん、私のことは気にせず行ってきて下さい。部下の方もこうしてお迎えに来て下さったんですから」

すると、深雪さんが微笑んで近藤さんにそう言った。

「だが――――」

「勇さんは国のために働いていらっしゃるんでしょ? だったら、勤めを果たして下さい」

「・・・・・・・・・わ、分かった。行ってくる」

しばらく悩んだ末、近藤さんはそう言うと腰を上げた。

「和流君」

「は、はい!」

部屋を出る間際、近藤さんは私に声をかけた。

「深雪がまた倒れないように気を付けて見ていてくれるかね?」

「はい! もちろんです!」

「ありがとう」

私がそう返事をすると近藤さんは嬉しそうに微笑んだ。深雪さんは「勇さんは心配性なんですよ」と言って呆れていた。


                  *


 僕らは隊服に着替えると、広間で近藤さんと土方さんが来るのを待っていた。

「それにしても、さすが土方さんだよね。拷問に関しては隊の中で右に出る人なんていないんじゃない?」

「沖田。副長は勤めを果たされただけだ。その言い方は副長に失礼ではないか」

僕がそう言うと斎藤君は顔をしかめてそう言った。

 古高を取り調べた結果、風の強い日を選んで京の街に火を放ち、その機に乗じて天守様を長州に連れ出すという計画をしていたようだ。長州は尊皇を掲げている。それなのに、天守様が住んでいる京の街に火を放って、誘拐しようなんて全然敬ってる感じがしない。

 だけど、この計画に賛同した長州の多くの浪人が京の街に既に集まっているという。古高の証言から偵察に行った監察方からの報告で、今日にでも会合が開かれることが分かった。どうやら、奴らは古高が捕縛されたことに焦ったみたいだ。その報告を聞いた土方さんは、いつでも出陣できるように隊服を着て広間で待ってるよう指示した。

「長州が会合する場所って行ったら何処なの?」

「今までの奴らの動きを考えれば池田屋か四国屋だろうな」

斎藤君がそう答えると、広間の扉が開き近藤さんと土方さんが入って来た。

「動ける隊士はこれだけか?」

集まった隊士の人数を見て近藤さんは驚いていた。

「動ける隊士はこれだけです。他の隊士達は体調不良なので休ませています」

平助がそう説明すると、近藤さんは少し顔をしかめた。いくら剣に腕のある新選組でもこの人数で長州の奴らと戦うのは厳しいのは目に見えていた。

「それで、京都所司代と会津藩から連絡はあったのか?」

「いえ、未だに連絡はありません」

土方さんのその問いに斎藤君が答えると、土方さんは「事が起きなきゃ動かないのかよ!」と悪態をついた。

「どうするんですか? このまま屯所で待機ってのもどうかと思いますよ?」

「あいつらを待ってることなんてするか! 近藤さん、出発しよう!」

僕が土方さんにそう言うと土方さんは近藤さんに出陣を促した。

「そうだな。これ以上は待っていられないな。だが、どちらが本命か分からないのは痛手だ。この人数での出陣となると本命がはっきりしていた方が良い」

「四国屋が本命の可能性が高いと思いますよ」

近藤さんが決断しかねていると、屯所守備を任された山南さんがそう言った。

「彼らは四国屋より池田屋を頻繁に利用していたようです。そう考えると、古高が捕縛された夜に池田屋を使うとは考えにくいですね」

「だが、池田屋を捨てるっていう選択も博打だな。・・・・・・・・・・近藤さん、ここは隊を二手に分けよう。長州の奴らを逃がす方が大問題だ」

「・・・・・・・・・・そう、だな。分かった。二手に分かれよう」

池田屋と四国屋は近い。もし、四国屋が間違いで踏み込んだ場合、こちらの動きに気付かれ残党の捕縛ができなくなる。しばらく悩んだ末、近藤さんは隊を二つに分けることを決心した。

「じゃあ、俺が四国屋に行こう。近藤さんは池田屋に行ってくれ」

山南さんの助言を聞いて土方さんは長州の奴らがいる可能性が高い四国屋に行くことを志願した。たぶん、隊を二手に分けるから危険が少ない方に近藤さんを行かせたいんだろう。こういうところは、土方さんに抜け目はない。

「それじゃあ、トシは二十四人連れて行ってくれ」

だけど、近藤さんも土方さんの思惑が分かったみたいでそう言った。

「近藤さんが十人で行くのか!? それはいくら何でも無茶だろ?」

「大丈夫だ。その代わり、総司、永倉、藤堂の隊を連れて行く。それなら良いだろ?」

近藤さんがそう言うと僕は土方さんと目が合った。

―――― 分かっていますよ。近藤さんは僕が護ります。

僕が目で意志を表明すると土方さんは「必ずだぞ!」と僕に投げ返した。

「分かった。それで行こう」

「こっちが本命だった場合は頼むぞ」

近藤さんの言葉に土方さんは深く頷いた。

 漸く話がまとまると僕らは二手に分かれてそれぞれの場所に向かった。


                 *


「どうやら、本命はこっちのようですね」

通りの物陰から池田屋の様子を伺っていると、長州の姿を見た永倉さんがそう言った。

「山南さんの予想が外れるなんて珍しいね」

「連中が考えなしなんじゃない? だから、いつも使ってる池田屋で会合するんでしょ。そんな低脳な奴らの考えを山南さんに理解しろっていう方が無理だと思うけど?」

僕は池田屋を睨み付けながら平助にそう言った。

「会津藩や所司代はまだか?」

焦った声で近藤さんがそう聞くと、まだ連絡はないと他の隊士が答えた。近藤さんにしては珍しく舌打ちをした。

「局長、私がもう一度行って参ります」

「ああ、頼む。トシ達にも連絡を頼んだぞ」

「御意」

何処からともなく現れた山崎君に近藤さんは伝令を頼むと、山崎君は駆けて行った。上からの指示がないまま動けない僕達は連絡が来るまで池田屋を見張ることにした。

 

                   *


 亥の刻(22時頃)。

 山崎君が戻ってくるまでの間、池田屋を見張りつつこれからの動きを話し合っていた。

「山崎君、遅いね? どうしたんだろう?」

平助は月を見上げながらそう呟いた。

 会津藩や所司代に連絡を入れに行った山崎君がまだ戻って来ない。色よい返事が聞けていないのか、それとも道中何かが起こったのか僕らには分からなかった。

「どうしますか近藤さん? これで逃がしちゃったら無様ですよ」

「・・・・・・・・・もはや、時間切れのようだな。皆、踏み込むぞ!」

僕がそう問いかけると近藤さんは皆を見てそう言った。皆、近藤さんの指示に頷いた。

 事前に話し合った通り、池田屋の表と裏に三人。近藤さん、永倉さん、平助、僕の四人が池田屋に突入する。物陰から駆け出すと、僕らは自分達の配置についた。

「会津中将殿お預かり新選組! 詮議のため宿内をあらためる! 御用改めである!」

近藤さんは池田屋の扉を蹴破ると、宿中に響く大声でそう宣言した。

「お、お、お客様ぁ~~~!!」

僕達の隊服を見ると、宿の主人は怯えた表情でそう叫ぶと二階に駆け込んだ。すると、宿に灯っていた明かりは全て消された。

「総司!」

「はい!」

近藤さんと僕は宿の主人を追って二階へ向かった。永倉さんと平助は、一階で下りて来た浪士達を迎え撃つため待機していた。二階に上がると、ある部屋から微かに人の気配を感じる。

―――― 気配からして二十人くらいかな?

そんなことを思いながら刀を鞘から抜き、部屋の障子を開けると、予想通り抜刀した不逞浪士達が待ち構えていた。近藤さんはゆっくりと部屋の端から端に視線を動かすと、

「手向かえば容赦なく斬り捨てる!」

二十数人の浪士達を目の前にしても臆することなく声高にそう宣言した。

「う、うわああああーーーー!!」

僕達と不逞浪士達の間で一瞬、緊迫した空気が流れた。だけど、その緊張した空気を破るように一人の浪士が近藤さんに斬りかかろうとした。

「ぐわぁ!?」

「バカだね。僕が近藤さんに向ける害悪を見逃すはずがないでしょ」

僕は、一振りでその浪士を斬り捨てた。それを皮切りに浪士達と戦闘が始まった。


                  *


 何人かは近藤さんや僕に挑んできたけど、次々と斬り捨てた。そんな僕らの剣技を見て何人かの浪士達は脱走を図ろうと吹き抜けになっている中庭へ二階から飛び降りた。

「うわぁ!?」

「さすが、魁先先! 俺も負けてられないな!」

「永倉さん! 余所見なんてしてないで下さい! どんどん来ますよ!」

一階で待機していた永倉さんと平助が浪士達を斬り捨ててるようだ。

 二階に残っていた浪士達も数人を除いてどんどん下へと降りて行った。それもそのはず。二階は天井が低くて刀を振りかざして戦うことが難しいからだ。逃げるにしても戦うにしても一階の方が戦いやすい。そのため、戦況は一階の方が厳しくなってきている。

「総司! 俺は下で永倉達の援護をする。ここは任せても良いな?」

「もちろんです!」

二人で十数人の浪士達を相手にするのは厳しいと判断した近藤さんは永倉さん達を援護するため下に向かった。

「さてと、君達をどうやって痛めつけようか?」

僕は目の前にいるのは浪士達と向かい合った。


                  *


 二階にいた浪士達は次々と一階に降りて来て、主戦場が二階から一階に移った。

「っく! 斬っても斬っても出てきやがって一体何人いるんだよ!」

「土方さん達が到着するのを信じて今は敵に立ち向かうしかありませんよ!」

「永倉! 藤堂! 大丈夫か!?」

永倉さんが浪士達を斬り捨てながら文句を言っていると近藤さんが二階から降りて来た。

「近藤さん!? 二階は大丈夫なんですか?」

「あぁ、総司に任せておけば問題はない。俺も加勢するぞ」

近藤さんはそう言うと奥の部屋に移動して浪士達を斬りつけた。

「沖田君、一人で本当に大丈夫なのかな?」

「アイツなら一人で平気だろ。アイツの三段突きなら狭い場所でも有効だからな!」

永倉さんは近藤さんが加勢してくれたことで調子を取り戻したみたい。戸外に逃げようとした浪士を斬り捨てた。

 沖田君のことは少し心配だったけど、近藤さんが沖田君一人でも大丈夫と判断したんだ。沖田君の腕は新選組の中でも天下一品。僕も沖田君を信じることにした。

「僕も負けてられないな」

僕は目の前で逃亡を図ろうとした浪士の背中を斬りつけた。永倉さんは厠に逃げ込もうとした浪士を串刺しにしていた。

 戦闘が始まってどれくらい経っただろうか? 戦闘はまだ続き、会津藩や土方さん達はまだ到着しない。多勢に無勢の僕らは、いくら毎日稽古して鍛錬しているとはいえ体力の限界が近づいていた。

「っく!」

戦闘が激しいからか僕の刀は刃こぼれが酷かった。この戦いが終わるまで刀が保つか不安だったけど、目の前の浪士を思いっきり斬りつけた。

「ぐわぁ!?」

浪士が絶命したのを確認し次の敵に向かおうとしたその時、汗で僕の鉢金がずれた。

「こんな時に・・・・・・・・・・」

周りに敵がいないことを確認すると僕は鉢金を付け直すため外した。

「うわぁ!?」

その時、物陰に隠れて息を潜めていた浪士が暗闇から飛び出し、僕の額を斬りつけた。

「平助!? テメェーー!」

倒れた僕に止めを刺そうとした浪士を永倉さんは斬り捨てると、僕に駆け寄った。

「大丈夫か、平助?」

「っっ・・・・・・!」

額から流れた血は目に入り、このまま戦い続けることは不可能だった。この後、僕は戦線離脱することになった。


                 *


 僕の剣技を見ていたにも関わらず、二階に残った浪士は五人。余程、自分の腕に自信があるんだろう。実際、戦ってみると斬り捨てた浪士達よりは骨があった。

「なかなかの腕だけど、遊びはここまでにしようか?」

「なっ!? ――― ぐわぁ!?」

刀を交えながら浪士にそう言うと僕はその浪士を斬り捨てた。

「さて、次は誰が相手をしてくれるのかな?」

血振りをすると僕は次の相手に備えて刀を構えた。

「己、よくも仲間を!」

威勢良くそう僕に刀を向けてきた浪士に僕は少し距離を取ると、得意の三段突きお見舞いした。急所を的確に突いた浪士はそのまま絶命した。

 二階に残った浪士達は僕の三段突きを見て怖くなったのか一人は腰を抜かし、一人は壁に寄りかかり怯え、一人は刀を向けながら足や腕が震えていた。

「どうしたの? 仲間を殺されて悔しいんでしょ? だったら、僕を倒してごらんよ?」

僕はそう言うと近くで腰を抜かしていた浪士を斬り捨てた。その次に壁に寄りかかって怯えていた浪士を串刺しにした。

「残ったのは君だけだね。どうする?」

「あ、あ、あ、ああぁ・・・・・・・・・・・・」

僕に刀を向けたまま震え上がっている浪士にゆっくり近づきながら間合いを詰めていく。

「ぶっ、・・・・・・・・・ぐわぁ!?」

斬り捨てようとしたその時、僕は突然、激しく咳き込むと喀血かっけつした。

「!?」

掌を見ると斬られてもいないのに血が付いていた。それでも、残った浪士を斬り捨てようと一歩前に進んだ。だけど、呼吸するのさえ苦しくて、立っていることさえできなくなった。ついに僕は、その場に膝をつくと動けなくなってしまった。

「う、うわあああーーーー!!」

殺し損ねた浪士は腰を抜かしながら慌てた様子でこの場を去って行った。

「っく!・・・・・・・・・浪士を逃がしちゃうなんて僕もまだまだだな」

僕はそう呟くと次第に意識が失われていった。


                 *


「クソッ! 始まってるのか!」

山崎の伝令を受け池田屋に向かった俺達だが、池田屋からは既に戦闘の音や声が聞こえる。

「斎藤は正面から、原田は裏を頼む! 源さん達は周りを固めてくれ!」

俺がそう指示を出すと隊士達は頷いた。

「いいか、誰一人逃がすんじゃない! 手向かうようなら斬り捨てろ!!」

指示通り分かれようとした隊士達の背中にそう言うと俺は立ち止まった。後ろを振り向くと、予想通り手柄を取りに奴らは現れた。

「今頃のこのこやって来やがって! 腰の重たい役人共め!」

俺は奴らの道を塞ぐため道の真ん中に立ち塞がった。

「何だ貴様? そこを退け!」

「我々、新選組。池田屋にて御用改めの最中である。池田屋には立ち入らないでいただきたい!」

俺は会津藩の役人達にそう声高に宣言をした。

 近藤さんや仲間達は少ない人数で踏み込んで、今も浪士達と戦っている。もし、ここで会津藩を池田屋に踏み込ませたら、手柄は全て会津藩のもの。命を賭けて戦った仲間の働きなどなかったことにされる。

「何を言っている! 我々はその池田屋に集まる不逞浪士を制圧に来たんだ!」

「そうだ! 壬生狼のくせに我々の邪魔をするな! いいから、そこを退け!」

―――― 壬生狼のくせに、か。俺達の立場なんてそんなもんだよな。

役人達の暴言に拳を力強く握りしめるも、感情に流されないよう冷静な口調で異議を唱えた。

「私は貴方方のためを思って忠告しているんです。隊服を着ていない人間が踏み込めば、浪士だと思い中の隊士に斬られますよ?」

「何だと!?」

「斬られる覚悟がおありだというなら止めはしません。ですが――――」

俺の言葉に後退った会津藩の役人達を睨み付けると、言葉を続けた。

「命が惜しいと仰るようでしたらどうぞ中に立ち入らないでいただきたい!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「今一度申し上げましょう。一切の手出しご無用です」

役人達が池田屋に立ち入る意志がないことを確認すると、俺は刀を抜き池田屋に突入した。


                *


「どうします近藤さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

藤堂が戦線離脱し、一階は俺と永倉の二人となった。二階には総司がいるが、まだ降りてこないところを見るとまだ浪士達と戦っているのだろう。一階にいた浪士達は次第に俺達の所に集まり、ついに囲まれてしまった。

「局長!」

もはや、これまでかと思ったその時、斎藤君が近くにいた浪士を斬り捨て部屋に飛び込んできた。浪士達は予想外の出来事に驚きを隠せないでいた。しかし、その隙を見逃さず斎藤君は浪士達に斬り込んで行った。

「近藤さん! 無事か!?」

「トシ!」

トシが駆けつけたことを見ると、四国屋に向かっていた隊士達は全員池田屋に集まったようだ。

「これより、捕縛に切り替える!」

俺がそう言うと隊士達は斬り捨てから捕縛に切り替え浪士達と戦闘を始めた。戦況は一気に新選組が有利に傾き、夜明け前には戦いを終わらせることができた。


                *


 浪士達との戦闘を終えると、池田屋の壁や床、天井は血に染まり浪士達の死体が転がっていた。俺達は敵が何処かに潜んでいないか池田屋内の捜査を行い、それと同時に仲間の隊士達の状況の確認を行った。

「総司が!?」

二階に確認に行った斎藤と原田から総司が倒れているとの報告が上がった。俺は、他の隊士達によって下まで運ばれてきた総司の顔を覗き込んだ。

「お前、その血はどうしたんだ!?」

見たところ斬られた様子がない。にも関わらず、共襟の辺りが血で真っ赤に染まっているのを見て俺はそう訊いた。

「・・・・・・・・・・・これは返り血ですよ、土方さん」

「返り血って、お前・・・・・・・・・・・・」

俺のその問いに疲れ切った表情で弱々しく俺にそう言い返してきた。

「他に異常はないのか?」

「骨などが折れた様子はありませんが、発見するまで意識を失っていましたので医師には診せた方が良いかと思います」

弱々しい総司を心配して近藤さんがそう聞くと、斎藤はそう答えた。近藤さんは、それに頷き屯所に帰ったら至急医者の手配をするよう指示を出した。

 平助はこの戦いで額を斬られたが、命に別状はなく医師の治療を受ければ問題ないだろう。不幸中の幸いといえる。

 俺達は浪士九名を討ち取り、四名の捕縛に成功した。数に勝る相手の懐に突入したことを思えば、俺達の戦果は目覚ましいものといえるだろう。だが、その結果、隊士一名が戦死、重傷者が二名と俺達新選組の被害も大きかった。

 月が沈んで日が昇ると空が白み始めた。新しい一日が始まったのだ。

「捕縛した浪士は屯所に連行! 監察方は逃げた浪士の行方を追え!」

近藤さんがそう指示をすると隊士達はすぐに行動を開始した。

「残りの者は屯所に引き上げるぞ!」

隊士達は誇らしそうな表情で力強く返答をした。

 池田屋の周りには会津藩士だけでなく見物人達で道は溢れかえっていた。俺達は誠の隊旗をはためかせながら、威風堂々と屯所まで凱旋を果たした。

「・・・・・・・・・・これが、新選組。まるで、吉良邸討ち入りを成功させた赤穂浪士のようだ」

俺達の傷を負いながらも誇らしく晴れがましい姿を見た町人の誰かがそう呟いたのが聞こえた。

 この日、新選組は歴史の表舞台に立ち、その名を世に轟かせることになった。

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