第二章:名を上げる
第一節:煌めく刃(やいば)
―――― 最悪だ。
今の状況はこの一言に尽きる。
「何、その顔? 不満そうだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
藤堂さんとの記憶探しから数日。私は記憶探しができると袴に袖を通して迎えを待っていると、現れたのは私を捕らえたあの人だった。
「言っとくけど、僕だって不満なんだよね。せっかくの休みに君のお守りなんて、余計な仕事が増えたって感じなんだけど」
不満な顔がありありと顔に出ているらしく沖田さんは、はっきりと私にそう言った。
「・・・・・・・・・それは申し訳ありません。でも、どうして沖田さんが私の記憶探しを手伝って下さるんですか?」
この人のことだ。私の記憶探しを手伝うように言われ素直に応じたとは、とても思えない。きっと、文句を言ったに違いない。なのにどうしてここにいるか知りたかった。
「土方さんに君を連れて来た責任だって言われたんだよ。だから、罰として君の記憶探しを手伝わされる羽目になったんだ」
溜息交じりに沖田さんはそう言うと玄関の扉を開けた。
「ほら! 準備ができてるなら、さっさと行くよ!」
沖田さんは私のことなど気にせず、さっさと歩き出した。
*
沖田さんは一度も私の方を振り向きもせず、黙々と足早に前を歩いて行った。私は小走りをしながら、やっとの思いで沖田さんに追いついていた。
「きゃ!?」
すぐそこの脇道から急に飛び出してきた人にぶつかってしまい私は倒れてしまった。
「っっ・・・・・・」
「あぁ、すみません。お怪我はありませんか?」
そう言って私に手を差し伸べたのは、ぶつかってきた男性だった。
「だ、大丈夫です」
私はその人の手を借り立ち上がるとその人は剃髪の頭を下げて私に謝った。
「申し訳ない。慌てていたのでぶつかってしまいました」
「い、いえ。お気になさらないで下さい。たいしたことありませんから」
私がそう言うと剃髪の男性は顔を上げた。
――― あれ? この人の顔どこかで・・・・・・・・・・・
「そうですか? なら、良かったです」
「先生、お急ぎになりませんと」
「あぁ、そうだった。では、私はこれで失礼します」
剃髪の男性はもう一度、私に頭を下げるとお供の人と一緒に足早に私の横を通り過ぎた。
――― あれ? この匂い・・・・・・・・・
「っっ!」
剃髪の男性から微かに懐かしい匂いを感じると頭痛が起こった。すると、どこかの部屋と薬品棚の景色が一瞬浮かんだ。
「何? 今の?」
どうしてそんな景色が浮かんだのか分からなかった。去って行った剃髪の男性の後ろ姿を見つめていると、
「ちょっと、早く来てくれないかな?」
沖田さんは、こちら見て怒った口調でそう言った。
「あっ、すみません!」
私は謝ると慌てて沖田さんの後を付いて行った。
「いい所に連れて行ってあげるよ」
「?」
沖田さんはそう言うと再び歩き出した。
*
「おまたせ~!」
「あっ、総司だ!」
「総司!」
お寺に着くと沖田さんは境内に集まっていた子供達に手を振って子供達の元へ歩いて行った。
私は記憶探しに何処か街を案内されるのかと思っていたのに、まさか子供達の所とは思わなかった。
「あれ? アイツ誰だ?」
「見たことないな?」
「ねぇ、総司! アイツ誰だ?」
「あぁ、あの子?」
初めて会った私に興味津々なのか子供達は沖田さんにそう訊いていた。
「あの子は訳ありで近藤さんが預かってる子なんだよ。今日は皆に一緒に遊んでもらおうと思って連れて来たんだ。皆、仲良くしてくれるかな?」
沖田さんが優しい笑みを浮かべて子供達にそう聞くと元気に了承の返事をしてくれた。
「じゃあ、今日は何して遊ぼうか?」
沖田さんが子供達と同じ視線までしゃがんでそう訊くと子供達は口々に色んな遊びを提案してきた。沖田さんは、そんな子供達の様子を嬉しそうに見つめていた。
子供達の意見を聞き暫く話し合った後、鬼ごっこをやることで話がまとまった。
「アホヅラ下げてどうしたの?」
私がその光景を呆然と見ていると沖田さんは私の所まで来てそう言った。
「あの・・・・・・いい所ってここなんですか?」
私がそう尋ねると沖田さんは「そうだけど」と答えた。私は、沖田さんのその答えに溜息をついた。すると、沖田さんはそんな私を見てニヤついた口調で言った。
「何? 出会い茶屋にでも行きたかったの?」
「なっ!?」
「悪いけど、僕は君みたいな子に手を出す趣味はないんだ」
「ち、違いますっ!!」
私は顔を真っ赤にして勢いよくそう否定した。
「あははは! 冗談だよ、冗談! そんなに慌てて否定しなくてもいいんじゃない?」
そんな私の姿を見て面白かったのか沖田さんはお腹を抱えて大笑いした。
「総司、まだぁ~! 早くやろうよ!」
「あぁ、ごめん、ごめん。ほら、皆が待ってる。行くよ」
沖田さんは子供達にそう言うと鬼を決めるため子供達の所に向かった。
*
沖田さんに逆らうことができない私は沖田さんと一緒に子供達と鬼ごっこをした。
「ご、ごめんなさい。・・・・・・も、もう・・・・・・・・・無理、です」
「もう体力の限界なの? ちょっと、情けなくない?」
何度目かの鬼ごっこで体力の限界に達した私は鬼ごっこから離脱した。そんな私を見て沖田さんや子供達は情けないと笑われてしまった。
その後、沖田さん達は鬼ごっこからちゃんばらに遊びを変えた。楽しそうに遊んでいる沖田さんと子供達を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
沖田さんは、子供相手なのでかなり手加減をしているけど、その剣捌きはとても綺麗でいつまでも見ていられると思った。
「あっ、俺の勝ち!」
「弱いぞ、総司!」
「あはは、負けちゃった」
沖田さんは時々、わざと負けてあげたりして子供達を楽しませている。
――― 冷酷な人だと思ってたけど、違うのかな?
子供は本能的に良い人か悪い人か分かるという。子供達に優しく接している沖田さん。そんな沖田さんを子供達が慕っているのが見ていればよく分かる。
――― 本当は優しい人なのかもしれない。
そんなことを思いながら私は子供達と遊んでいる沖田さんを見つめていた。
*
子供達を沖田さんと一緒に家まで送り届けていると、すっかり日が暮れてしまった。
「どうだった?」
「えっ?」
「何か記憶は戻った?」
帰り道、沖田さんの横を歩いていると突然沖田さんにそう聞かれた。
「記憶ですか?」
私がそう尋ねると沖田さんはコクンと頷いた。
「戻ったかって言われても・・・・・・・・・・・今日は記憶探しをしていませんし、子供達と遊んでいただけなので特に何かを思い出すということはなかったです」
「そう・・・・・・・。それは残念。子供達と遊べば子供の頃や息抜きになってひょんなことから何か思い出すかもしれないと思ったけど無理だったか」
沖田さんは肩を落とすと、溜息を吐いてそう言った。
「あの・・・・・・・・・私の記憶探しをしてくれてたんですか?」
「そうだけど。って、それが目的で僕は君を迎えに行ったんだよね? 何を今更言ってるの?」
私がそう尋ねると、沖田さんは呆れた口調でそう言った。
「で、でも、私の記憶探しは余分な仕事で不本意だって言ってましたよね? なのにどうして?」
「近藤さんの頼みだからだよ。近藤さんの頼みを僕は無下にすることなんてできない。絶対にね」
沖田さんのその言葉から近藤さんを慕っていることがよく分かった。いくら慕っている近藤さんからの頼まれごととはいえ私のことを気遣って考えてくれたのは嬉しかった。
――― 不器用なだけで、やっぱり沖田さんは優しいんだ。
「ありがとうございます、沖田さん。沖田さんって本当は優しいんですね」
「!?」
今日の子供達と遊んでいるのを見て思ったけど、改めてそう思った私は沖田さんにお礼を言った。すると、沖田さんは驚いた顔をした後、何かを閃いたようで「ちょっと付いて来て」と言って私を人通りの少ない脇道に
人通りの少ない脇道は細くて月の光があまり当たらないため暗くて怖かった。どうして、こんな道に誘われたのか分からなかったけど、沖田さんなりの理由があるのだと思い私は素直に後を付いて行った。
すると、前を歩いていた沖田さんが急に立ち止まった。
「あ、あの―――― !?」
沖田さんに声をかけようとすると、白刃に
「動かないで。動いたら斬り捨てるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
低い声でそう言われ私の動きは止まった。そんな私を見て沖田さんは満足げに微笑んだ。
「君は僕のことを優しい人って言ったけどこんな状況でもまだそう思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「思わないよね? この際だからはっきり言っとくけど、僕は優しくも何でもないよ。こうやって君に戸惑いもなく刃を向けることができる」
沖田さんがそう言うと再び
「僕は新選組のために動く。だから、命令が
私はそう言う沖田さんの真剣な眼差しから目を離すことができなかった。
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