第四節:志(おもい)を馳せて
お守りを渡して数週間経った、ある晴れた日。私は洗濯かごを持って中庭に出た。
「今日も良い天気」
私は空を見上げて大きく深呼吸した。
「本当、洗濯日和ですね」
優しい穏やかな声が聞こえ振り向くと、そこには頭の包帯を取った藤堂さんが立っていた。
「藤堂さん!?」
「お久しぶり、和流さん」
「もう、お加減は大丈夫なんですか?」
「おかげさまで。今は仕事にも復帰してるよ」
藤堂さんは私の所まで来ると笑顔でそう言った。
「そうですか。でも、あまり無理をしないで下さいね」
「心配してくれてありがとう。あっ、良かったら洗濯物を干すの手伝うよ」
藤堂さんは私が何か言う前に洗濯物を取ると干すのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
「屯所では自分のものは自分で洗濯をやってるから大丈夫だよ。だから、気にしないで」
洗濯物を干し終え、お礼を言うと藤堂さんはそう言った。
「・・・・・・・・・ところで、和流さん。この後、予定ってあるの?」
特に予定がなかった私は首を横に振った。
「じゃあ、久しぶりに僕と街に出かけない?」
「えっ?」
「あれから斎藤君も忙しくて記憶探しにも行けてないよね? だから久しぶりに街に出かけない?」
「で、でも・・・・・・・・・」
仕事に復帰しているとはいえ、まだ病み上がりのはずの藤堂さん。無理をさせるのはどうなのかと悩んでいると、
「僕は大丈夫。それに、お守りのお礼をしたいんだ。だから、行こうよ」
お守りのお礼なんて別に良かった。だけど、街に誘うためにわざわざ来てくれた藤堂さん。藤堂さんのその思いを無下にすることができなかった私は、藤堂さんと街に出かけることにした。
街の中心地に着くと、いつもと雰囲気が違っていた。以前来た時よりも人の往来があり、街の人々はどこか浮き足立っているような気がした。
「なんか街の雰囲気が違いますね」
「お祭りがあるからじゃないかな? もしかしたら、何か思い出すかもしれないね」
藤堂さんは、雰囲気が変われば同じ場所でも見え方が違ってくるだろうと言って私を中心地へ連れて行ってくれた。
*
しばらく中心地を歩いた後、藤堂さんに誘われて近くの甘味処に立ち寄った。
「ここの甘味は美味しいって有名なんだよ。ちょっと待っててね。注文してくるから」
笑顔を私に向けると藤堂さんは店員に注文をしに行った。想像以上の人の多さに人当たりしてしまった私は、空いてる席を探した。
「あぁ、聞いたよ! あそこの呉服屋の若旦那、亡くなっちまったって」
丁度、空いていた席を見つけ腰を下ろすと隣の席では何やら世間話をしているようだった。
「まだ若かったのにお気の毒よね。あそこのたった一人の跡取り息子だったでしょ?」
「それに、あそこの若旦那ってお嫁さん貰ったばかりだったわよね?」
「あぁ、仲睦まじくって見てるこっちが恥ずかしかったぜ。嫁さん、毎日泣いてるって話だよ」
「ひっそりと身内だけで葬儀を済ませちまったみたいだが、どうやら労咳で亡くなったようだ」
「まぁ、怖いわね! 労咳って恋煩いや恋からなるって聞いたけど本当なのね」
―――――― 労咳?
どこかで聞いたような気がして記憶を辿ろうとすると、藤堂さんが帰って来た。
「お待たせ! ここの店主と知り合いだからおまけを付けてくれる・・・・・・・・・・って、どうしたの!?」
「へっ?」
私の顔を見た藤堂さんは慌てた様子で私の側に駆け寄った。
「どうしたの? どこか痛むの? もしかして、足を捻ったとか? ごめん、気付かなくて!」
「い、いえ! 別にどこも怪我してませんよ?」
「嘘! だったら、どうして泣いてるの?」
藤堂さんに指摘され、自分の頬を触れると濡れていた。それは、自分でも知らない内に涙を流していた証だった。
「えっ? な、なんで? どうして私、泣いてるの?」
心配そうに見つめる藤堂さんに本当に何もないことを伝え、目にゴミが入ったんだと思うと誤魔化した。
藤堂さんは腑に落ちない様子だったけど、ちょうど甘味が来て話が中断された。私は、内心ホッとすると甘味に手を伸ばした。
――――― それにしても、さっきの涙は何だったんだろう?
何かを思い出そうとすると起こる頭痛。そして、涙。まるで、思い出してはいけないと警告を受けているようだ。
――――― 私の失われた記憶に一体何があるの?
この日、私は今まで以上に自分の記憶を早く取り戻したいと強く願った。
*
街での用事を済ませた僕は、少し遠回りをして屯所への道を歩いていた。深雪さんの体調が芳しくないと近藤さんが心配してたから様子を見に行こうと思ったからだ。すると、深雪さんの家の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「今日は僕の我が儘に付き合ってくれてありがとう」
「そんな! 我が儘だなんて思っていません。私の方こそ色々ありがとうございました」
そこにいたのは親しげに話している平助とあの子。夜に巡察があるっていうのに平助はあの子と一緒に昼間出かけていたらしい。
「まったく。平助の奴、何やってるんだが」
そんな平助に呆れているはずなのに、楽しそうに話している二人を見ていると胸がきゅっと締め付けられる気分になった。
「何やってるの、平助?」
「沖田君!?」
気付いたら僕は二人の前に顔を出していた。
「夜、巡察だったよね。なのに、こんな所で油を売ってて大丈夫なの?」
「うわぁ!? そうだった! ご、ごめん和流さん! 僕、巡察の準備があるからもう行くね!」
僕が赤く染まった空を顎でしゃくると平助は慌てた様子で屯所に向かって走って行った。
「あ、あの、沖田さん? 沖田さんはどうして此処にいらっしゃるんですか?」
平助が見えなくなるまで見送ると、あの子は僕にそう尋ねてきた。
「どうしてって、街に用事があったから出かけてたんだよ。で、今はその帰り」
「そ、そうなんですか。でも、外に出ても平気ってことは体調、少しは良くなったんですね。良かったです」
そう言って僕に笑顔を向ける彼女。平助にもこの笑顔を見せているのかと思うと、また胸がきゅっと締め付けられたような気がした。
「沖田さん?」
黙って見つめていた僕を不思議に思ったのか彼女は首を傾げて僕の名前を呼んだ。
「・・・・・・・・・・明後日」
「えっ?」
「・・・・・・・・・明後日、祇園祭に一緒に行かない?」
僕がそう言うと彼女は目を見開いて僕を見た。
「べ、別に僕はお祭りなんて興味はないけど、君は女の子だし興味あるんじゃないかって思って」
「行きたいです! 沖田さんと一緒に!」
僕が言葉を探しながらしどろもどろにそう言うと、彼女はパッと明るい顔で嬉しそうにそう言った。
「そう。じゃあ、明後日の夜に迎えに来るから準備しといてね」
僕はそう言うと足早にその場を去った。僕自身、なんであんなことを言ってしまったのか驚いた。だけど、喜んでくれた彼女の顔を思い出すと嬉しくて仕方がなかった。
*
「沖田と祭りに?」
「はい。今日の夜に迎えに来て下さるそうです」
沖田さんと約束した当日。私は斎藤さんと一緒に記憶探しをするため街に出た。その時、斎藤さんに祇園祭の話をされ、沖田さんと今日一緒に行く予定だと話すと斎藤さんは驚いた顔をした。
「そうか。楽しんでこいよ」
「はい、ありがとうございます」
「ところで、どうだ記憶の方は? あれから何か思い出したか?」
私は首を横に振って答えた。すると、斎藤さんは少し残念な顔をしたもののすぐに元の顔に戻った。
「あ、あの斎藤さん。ちょっと、お伺いしたいことがあるんですが」
私は頭から離れないあの光景を斎藤さんに話そうと思った。
藤堂さんと記憶探しに出かけたあの日。私の頭に一瞬、浮かんだ高い建物。この京の街では見たことがないから、きっと別の場所。だけど、私はその場所が何処なのか分からない。
「なんだ?」
「高い建物って何処にありますか?」
「高い建物? 高い建物っていったら江戸城じゃないか?」
江戸城ってことは江戸にあるということ。だけど、あの高い建物はお城じゃない。空まで届きそうな聳え立つ建物はお城なんかじゃない。すると、あの建物を私は何処で見たのだろうか?
「大丈夫か?」
黙り込んでしまった私の顔を心配そうに覗き込んで斎藤さんは言った。
「あっ、はい。すみません。あの、お城より高い建物ってありませんか?」
「城より? ・・・・・・・・・・・悪い。城より高い建物は知らないな」
私が再度尋ねると、斎藤さんはしばらく考えた後そう言った。
「それがどうしたんだ? 何か記憶と関係があるのか?」
「い、いえ! 高いところから何か見渡せば視点が変わって何か思い出すかもしれないと思ったんです。でも、お城に何て入れませんし、無理ですよね」
これ以上聞いても怪しまれてしまうんじゃないかと思った私は、慌ててそう言ってはぐらかした。斎藤さんは納得したようでそれ以上何も言ってこなかった。でも、斎藤さんが知らないとなると、あの建物は一体なんなのか? そんなことを思いながら、私は斎藤さんの後をついて街を回った。
*
沖田さんが迎えに来てくれた夜、私は玄関先で深雪さんと揉めていた。
「深雪さん、この格好はちょっと!」
「あら、良いじゃない今日くらい。ねぇ、沖田君?」
「えぇ、僕は別に問題ないと思いますよ」
「ほら? 沖田君もそう言ってるんだしいってらっしゃい」
深雪さんに背中を押された私は諦めて、沖田さんと祇園祭に向かった。
「沖田さん、ごめんなさい。女物の格好をした私とお祭りなんて迷惑ですよね」
沖田さんの後ろを付いて行きながら謝った。斎藤さんと初めて記憶探しに出かける時、結婚や婚約をしていない男女が隣同士で歩いてはいけないと教わったからだ。
「まぁ、今日くらいは別に良いんじゃない? お祭りなんだし。それより、いつもみたいに隣を歩きなよ。迷子になったら困るから」
「えっ?」
だけど、沖田さんは嫌がっている素振りも見せず、そう言った。
「でも・・・・・・私達、恋人同士でもないんですよ?」
「別に問題ないよ。むしろのその方がありがたいかな」
「な、何、冗談言ってるんですか!?」
サラッとそう言いながら前を歩く沖田さんに私は顔を真っ赤にして思わず大きな声でそう叫んでしまった。
「あぁ、勘違いしないで。別に君と恋人同士になりたいって訳じゃないから」
沖田さんは、後ろを歩いていた私の方を振り向いた。
「祭りの日って逢い引きしてる奴が多いんだよ。だから、恋人のふりをしていた方が自然なんだよ」
「で、でも、だからって!」
「逆に女一人で祭り見物なんて襲って下さいって言ってるものだよ。特に君みたいな土地勘のない人間は暴漢や辻斬りの格好の餌食だね」
「・・・・・・・・・わ、分かりました。失礼します」
私はそう言うと沖田さんの隣に立った。沖田さんはそれを確認すると無言でゆっくりと歩き始めた。
*
「わぁ! すごく綺麗!」
表通りに出ると私は息を呑んだ。笛や和太鼓の祭囃子の音。煌びやかに山鉾を照らす提灯。そして、そんな山鉾を見て語り合う街の人々の声。昼間見る街では見ることができない新たな一面を見せていた。
「誘って下さってありがとうございます!」
「気に入ってもらえたなら良かったよ」
沖田さんは満足そうな顔をしてそう言った。
ゆっくりと目の前に現れる様々な山鉾は飽きることなく私を楽しませてくれた。
「あれは・・・・・・・・・」
その時、私の目の前を通った船を模した鉾に私は目を奪われた。その鉾は、今まで通った鉾と形が大きく違うというだけじゃない。何かは分からない。だけど、私に他の鉾とは違う印象を与えた鉾だった。
*
人の熱気に当てられた私達は、少し遠回りになってしまうけど熱を冷ますため、川岸を歩いて帰ることにした。
「すごい賑わっていましたね。毎年こうなんですか?」
「僕も去年、今日に初めて来たから今年で2度目だけど、去年も賑わっていたよ」
「そうなんですか。お祭り長期間に渡って行われるみたいですから、まだまだ賑わうんでしょうね」
「あのお祭りは、元は疫病で亡くなった人達の霊を鎮めるための御霊会だったんだ。最初の頃は、疫病が流行った年だけ行ってたものらしい。だけど、それが町衆の手で毎年行われる行事になって、ここまで発展したらしいよ」
そんな他愛もない話をしていると、キラキラと輝く光が無数現れた。
「蛍」
静まりかえった夜の川岸に現れた蛍の光は川の水面にも反射していて、此処だけがまるで別世界のようだった。私達は、立ち止まりその光景に見せられたかのように眺め続けた。
「綺麗ですね」
「蛍ってさ、僕らと似てると思わない?」
「えっ?」
目の前に広がる光景に目を奪われていると、沖田さんはそう言って蛍に手を伸ばした。
「1週間しか生きられない儚い命。でも、その短い生を懸命に生きようとしてる姿って人間と同じだと思うんだよね」
どこか遠くを見つめながら沖田さんは話を続けた。
「特に僕ら新選組は切った張ったの世界の人間。いつ死んでもおかしくない。だから、僕は蛍を見るたび思うんだ。僕はいつまで近藤さんのために働けるんだろう、って」
沖田さんが近藤さんのことを敬愛していることは、今までの沖田さんを見ていれば分かる。それに、近藤さんは身元も分からず記憶もない私に優しく手を差し伸べてくれた。だから、私だって近藤さんには感謝しているし、あの人柄を尊敬している。だけど、沖田さんにとっては、近藤さんが全て。
「沖田さんにとって近藤さんはどういう方なんですか?」
いつもだったら、絶対に聞かない。だけど、今の沖田さんを見ていると何故だかどこか遠くに行ってしまいそうな気がした。だから私は、どうして沖田さんがここまで近藤さんを思っているのか知りたくて、理由を聞いてみた。
「僕にとって近藤さんは ――― 恩人だよ」
沖田さんはそう言うと、幼い頃の話をしてくれた。
*
僕は武家の出だけど幼い頃に両親を亡くして姉さんに育てられた。だけど、生活は苦しくて幼い僕を育てるのは難しかった。姉さんは結婚していたから家督は義兄が継いでくれる。だから、僕は内弟子として9歳の時に近藤さんの道場に預けられたんだ。
体が小さくて木刀も満足に持ってなかった僕は稽古より雑用ばかりやっていた。ご飯が出ても、僕は道場で一人。姉上に会いたくても会えない。淋しかった。稽古が終われば、家に帰れる兄弟子達が羨ましかった。
『姉上に捨てられた哀れな子』。近所の人は僕のことをそう噂していた。そんな僕を兄弟子達は嘲笑って、稽古と称して毎日のように折檻を受けた。物を隠されたり、壊されたり嫌がらせも日常茶飯事だった。
「近藤さんは気付かなかったんですか?」
彼女は今にも泣きそうな顔で僕の顔を見上げてそう聞いた。僕は首を横に振った。
「気付いていたのに何も言わなかったんですか!? 僕のために気付いても兄弟子達に敢えて何も言わなかったんだ」
避難めいた口調の彼女に僕はそう言って、話を続けた。
ある日、僕はいつものように道場で折檻を受けた。だけど、この日は気に入らないことがあったらしく、いつもより酷い目に遭った。立つこともできず、荒い息を吐きながら横たわっていると近藤さんが側まで来たんだ。
「・・・・・・・・・・な、なんで、すか・・・・・・・・?」
「お前は、いつもこんな目に遭ってるのか?」
横たわって息も絶え絶えな僕に近藤さんはそう聞いた。
「み、見て、・・・・・・たん、です・・・・・・か」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・見てて・・・・・何も言わないなんて・・・・・・意地悪、ですね」
「立てるか? 手を貸そう」
僕に近藤さんは、そう言って手を差し伸べてくれた。だけど、その手を取らず僕はじっと近藤さんを見つめた。
「何故、俺が見ていたのに何も言わなかったのかと君は俺に聞いたね?」
近藤さんは僕が手を取らなかったのに嫌な顔もせず僕を見つめて言った。
「それは、君に剣の才能があると思ったからだよ」
「僕に?」
「あぁ、そうだ。君は体が大きい兄弟子達の太刀筋を必死に見極めて勝とうとしていた。あの目を見た時、君には高い志を持って剣を振るう意味を見つけて欲しいと思ったんだ。だから、君に手を差し伸べなかった。ここで手を差し伸べれば、他人に哀れみを乞う気持ちが芽生えてしまうと思ったからね 」
「本当に剣の才能があるって思ってますか?」
あの時、どうして僕は近藤さんにそう問い返したのか分からない。だけど、僕のその問いに近藤さんは深く頷いてくれた。
「さぁ、立て! 俺が今日から特別に個人指導をする! 強くなれ、総司!」
再び差し出された近藤さんの大きな手を今度は迷うことなく僕は握り返した。
それからは、本当に大変だった。木刀の握り方から力の入れ方、剣技の全てを近藤さんに教えてもらった。近藤さんの稽古は本当に厳しくて、いつもの温和な近藤さんからは想像もできないくらいだよ。そんな近藤さんの稽古を受け続けて数ヶ月後、近藤さんは試合形式の稽古を催して僕も出場させた。
生まれて初めての試合。僕は、すごく緊張していた。相手は、僕のことをいつも折檻している兄弟子の中でも強い人だった。
「総司、息を深く吸いなさい。大丈夫。必ず、お前が勝つよ」
緊張していた僕に近藤さんは僕の肩に手を置いてそう言った。僕は、近藤さんに言われた通り深呼吸をして「大丈夫だ」って自分に言い聞かせた。
「始めっ!」
合図と同時に木刀のぶつかる音が道場に響いた。近藤さんに教えてもらうまでは、受け流すことも難しかった兄弟子の技も難なく受け流せた。しばらく木刀をぶつけ合っていると、兄弟子の隙を見つけた。そして、一瞬の隙を見逃さず、僕は兄弟子の木刀を薙ぎ払い喉元に木刀の鋒を向けた。
「この勝負、沖田総司の勝ち!」
審判がそう宣言すると、道場にどよめきが流れた。
「君は今回の試合の敗因は何だと思う?」
近藤さんは飛ばされた木刀を兄弟子の前に差し出すとそう問いかけた。
「君は剣を振るう意味を正しく理解していなかった。それが敗因だよ」
「近藤先生、それは一体どういうことですか?」
兄弟子がそう聞き返すと近藤さんはキッと睨み付けて言った。
「君を中心として総司を稽古という名目で折檻していたね。それは一体どんな志でしたことなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「刀というものは救う道具にもなれば人を殺すだけの道具にもなる。総司は救うための刀の稽古をしていたが、君は志を持たず刀を人を制圧する道具として使っていただろう。だから、君は負けたんだ」
近藤さんにそう指摘され、兄弟子はグッと自分の拳を握った。
「これからも剣を学ぶというなら、己を律せよ! そして、高い志を持て!」
道場に響き渡る大声でそう言った近藤さんの背中を見て、僕も近藤さんみたいに強くて優しい人になりたいって思った。
それから試合で強さを示した僕は折檻を受けなくなった。その時、理解したんだ。近藤さんは僕が二度と折檻を受けないようにするために、敢えてあの時に手を差し伸べず相手に僕の力を示す機会を作ったんだって。
「だから僕は近藤さんを尊敬しているんだ。今は、僕の剣技で近藤さんの役に立ちたい! 子供達が安心して遊べるよう不逞浪士を一人でも多く取り締まりたい! それが近藤さんの夢を叶える僕ができる第一歩だと思ってるから!」
「やっぱり、沖田さんは優しいですね」
僕がそう話し終えると、優しい笑みを浮かべて彼女はそう言った。
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