第二節:深雪太夫との出会い


「近藤さんっ!? 帰って来たのか!?」

たった今、入って来た堅いのいい男の人を土方さんはそう呼んだ。

「あぁ、出先から帰って来たらトシ達がいなかったからな。巡察に向かう隊士にトシ達の場所を聞いたんだ」

穏やかな口調でそう話すその人とふと目が合った。

「おや? 何やらこの場所には似つかわしくない人が居るようだが? これは一体、どういうことだ?」

近藤さんがそう尋ねると答えたのは土方さんではなく斎藤さんだった。

「局長、この娘は沖田が昼の巡察で捕縛した者です」

「捕縛? このお嬢さんは一体、何をしたんだね?」

近藤さんにそう聞かれ、斎藤さんは淡々とこれまでの状況を説明した。

「じゃあ、総司は何の罪もない娘さんを牢に閉じ込めたというのか!?」

「今、彼女が此処にいるのが確かな証拠かと」

斎藤さんがそう言うと、近藤さんは沖田さんを叱責した。

「総司! お前は何を考えているんだ!? 何の罪もない者を牢に閉じ込めるとは!」

「でも、近藤さん、これは仕方がないことだと思いますよ」

「何が仕方がないことだっ!!」

近藤さんには弱いのか先程と違い沖田さんは少し肩を縮まらせたが、反省をしている様子はなかった。

「でも、近藤さんこの子格好を見て下さい。この格好、どう見たって怪しいですよね?」

沖田さんにそう指摘され、近藤さんは私の格好を見た。

「これは異国の着物です。京の町の人達も怪しんでいました。街の安全のためにも彼女から事情を聞くべきだと思って連れて来たんです」

「だからといって、なにも牢に入れる必要はないだろう? こんな行いは横暴すぎる。きちんと事情を説明して彼女から話を聞くべきだったと俺は思うぞ?」

「……………………」

近藤さんに正論を言われ沖田さんは黙り込んでしまった。

「すまなかったね。部下が横暴なことをしてしまって。怖い思いをしただろう?」

私の目線までしゃがみ込むと近藤さんは本当に申し訳なさそうな顔で私にそう謝罪した。私は、ただ首を横に振った。

「ところで、君の名前を教えてくれるかね? もう、夜更けだ。俺がご家族のところまで送り届けてあげるよ」

「……………………」

優しくそう言ってくれる近藤さんに私は何も言えなかった。

「どうしたんだね?」

「……………………」

「近藤さん、この娘、どうやら自分の名前以外の記憶がないんだよ」

「何だって!?」

土方さんがそう言うと近藤さんはひどく驚いた顔をした。

「どこかで強く頭でも打ったのかい?」

「それすらも覚えてないらしい。だから、俺達もどうしたら良いか考えあぐねていたんだ」

「……………………」

すると、今度は近藤さんが黙り込んでしまう番だった。近藤さんも私の処遇に困ってしまったようだ。

「ねぇ、近藤さん。やっぱりこの、怪しいと思いませんか?」

「怪しとは?」

「格好もそうですけど、都合が良すぎませんか? 名前以外覚えていないなんて。自分の素性にやましいことがあるっていってるもんじゃないですか?」

沖田さんがそう言うと近藤さんは優しい口調で否定した。

「それが彼女が怪しい人間ではないという何よりの証拠だと思うぞ」

「えっ?」

近藤さんのその言葉に沖田さんだけでなく私も驚いた。

「本当に倒幕派や間者かんじゃの類なら最初から適当に出身や何でも答えればいい」

「……………………」

「だが、彼女は違う。それは、彼女が我々の質問に誠実に答えている証拠じゃないのか?」

「……………………」

「それにな、総司。目を見れば分かるんだよ。彼女の目を見ると、とても澄んだ綺麗な目をしている。誰かを騙そうとしている目じゃないんだよ」

近藤さんがそう言うと沖田さんは何も言わなかった。もう、反論する意見がないんだろう。近藤さんは沖田さんが納得したことを確認すると、再度私に向き合った。

「さてと、お嬢さん。私の名前は近藤勇。この新選組の局長をしている。改めて、君の名前を聞かせてくれるかな?」

「…………和流華せせらぎはなです」

私が名乗ると近藤さんはニッコリと微笑んだ。近藤さんの笑顔を見ると緊張していた気持ちが不思議と和らいだ。

「和流さん、もし君が良ければなんだがひとつ提案がある。聞いてもらえるかな?」

「はい」

「もし、良かったら俺の家にしばらく住まないか?」

「近藤さんの?」

私が首を傾げてそう聞くと土方さんは驚いた様子で言った。

「近藤さん、まさか家って深雪さんの所か!?」

「あぁ、そうだ。屯所に住まわせるわけにはいかないだろう?ここは男所帯だ。女性が屯所にいるとなれば、隊の風紀が乱れる」

「確かに、そうだが……………」

土方さんは近藤さんの提案に納得出来てない様子だった。

「善良な市民を無理やり連れて来たのは俺達の落ち度だ。その責任は取らないとな。トシは違うのか?」

「まぁ、それはそうだが…………」

「記憶が戻るまでで良いんだ。記憶が戻れば、もちろん家に戻ればいい。だが、それまでの間は新選組が責任を持って君を護ろう。それに記憶の手助けもしよう。早く記憶が戻って家に帰れればご家族の方も安心するだろうしな」

「でも、お言葉に甘えて良いんでしょうか?」

「あぁ、もちろんだよ! 民を守るのは新選組の務めだからな!」

近藤さんは朗らかにそう言った。土方さんは呆れたように頭を掻いていた。

「そうと決まれば、行こうか。深雪もこの時間なら起きてるだろうからな。事情を説明して、君の面倒を見てもらおう。善は急げだ!」

近藤さんはそう言うと、私を牢から外に連れ出してくれた。牢から出ると外はすっかり暗くなっていた。どうやら私はかなりの時間拘束されていたらしい。

近藤さんと一緒に表に出ると、他の隊士の人達も近藤さんの見送りのためについて来た。

「じゃあ、行ってくる。皆、留守を頼むぞ」

「あぁ、分かってる。それから和流、だったか?」

「はい」

土方さんに名前を呼ばれ私は返事をした。

「今日は本当に悪かったな」

「いえ」

「それじゃ、行こうか」

近藤さんに促され、私は他の隊士さん達に頭を下げると近藤さんの隣を歩いた。


                *


「山崎」

近藤さん達の後ろ姿が見えなくなるまで見届けると土方さんは監察方の山崎を呼んだ。名前を呼ばれると何処からともなく山崎は僕達の前に姿を現した。

「何でしょうか?」

「さっきの和流華っていう娘の素性を調べてくれ」

「かしこまりました」

山崎はそう言うと屯所に戻って行った。きっと、これから調査準備に入るのだろう。

山崎がいなくなると土方さんは僕達の方を振り向いた。

「総司、斎藤、藤堂は近藤さんが言っていたアイツの記憶探しを手伝ってやってくれ」

「なんで僕がそんな面倒なことをしないといけないんですかっ!?」

「元はといえばお前がアイツを連れて来たのが原因だろう!? 責任ぐらい取れっ!」

僕が文句を言うと土方さんはそう怒鳴った。

「局長、副長命令であれば対応しますが何故、俺達何でしょうか?」

斎藤君は自分が人選された理由を知りたかったみたいで珍しくそう聞いた。

「お前達3人がアイツと年齢が近そうだからだ。俺達のような年上より年齢が近い方が親しみやすいだろうからな」

「さすが土方さんですね。女性の配慮が行き届いてますね」

皮肉っぽく僕がそう言うと土方さんは僕を睨みつけ、話を続けた。

「アイツの記憶探しだが、仕事に支障が出たら困る。だから、非番の日や巡察以外の時間にやってくれ」

「じゃあ、明日は斎藤君だね。確か、非番だったよね?」

「あぁ、そうだな」

平助がそう言うと斎藤君はそう返事をした。真面目な斎藤君は明日、彼女の所に行って手伝いをするのだろう。

「今日のことがあったから優しく接してあげてね」

「分かってる」

「あっ、待ってよ! 斎藤君!」

斎藤君が少し怒った口調でそう言うと屯所に戻って行った。平助はそんな斎藤君の後ろ姿を追いかけて行った。

 やれやれ、と思いながら土方さんを見ると、再び近藤さん達が消えた方角を見つめていた。

「土方さんも何だかんだ言ってあの子のことを信用してないんですね」

表情から近藤さんのことを心配していることが分かった僕はそう言った。

「少し気になることがあるんだよ」

「気になること?」

「まぁ、勘違いならそれで良いんだがな」

土方さんはそう言い残すと屯所の中へ消えて行った。


                 *


近藤さんに連れられて歩いてしばらく経つと、ある一軒の家の前で近藤さんが足を止めた。その家からは綺麗な琴の音が聞こえてきた。

「ここだよ」

近藤さんはニッコリと微笑んでそう言った。ここに着くまでの道すがら近藤さんは深雪さんの話をしてくれた。深雪さんは近藤さんに身請けされた元・花街の人だということ。そして、その深雪さんは近藤さんが用意したこの妾宅に今は住んでいるらしい。

「深雪~!」

玄関を開けると同時に近藤さんは深雪さんの名前を呼んだ。すると、琴の音は止み玄関に向かってくる優雅な足音が聞こえた。

「あら、勇さん。どうしたんですか?」

「すまんな。連絡もなしに訪ねて来てしまって」

鈴の音のような綺麗な声で出迎えてくれたのは白雪のような肌をした綺麗な女の人だった。

「あら? 勇さん、こちらの方は?」

近藤さんの隣にいた私に気付いた深雪さんは驚いた様子で私を見つめた。

「あぁ、実は彼女の面倒を見てもらおうと思ってな」

近藤さんはそう言うと、これまでの経緯を深雪さんに説明した。

「まぁ、そうなの? 大変だったわね」

深雪さんは心配そうに私の手を握ってそう言った。

「それで頼まれて貰えるかな?」

「えぇ、もちろん! これからよろしくね、華さん。分からないことがあったら何でも聞いてね」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします」

深雪さんが笑顔でそう答えると近藤さんも安心した様子だった。近藤さんが屯所に帰った後、深雪さんは私に部屋を提供してくれた。




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