第一章:新選組

第一節:屯所


「お前は、何を考えてんだ!」

「怒られる理由が分かりませんね。僕は別に殺したりなんてしてませんよね?」

「お前なぁ~!」

 誰かの呆れたような怒鳴り声が聞こえる。

「そうだよ、沖田君。こんな所に女性を入れるなんて!」

「副長の言う通り、罪のない者をこんな場所に入れるのはどうかと思う」

 複数の人間が揉めている声が聞こえる。

「っっ……んっ………?」

「ん? 気が付いたか?」

 ぼんやり意識を取り戻すと私は真っ暗で冷たい場所にいた。

「………此処は?」

「新撰組屯所だ」

 私がそう呟くと凛とした声でそう答えたのは髪の毛を後ろで一つに束ねている男の人だった。

「………新撰組、屯所!?――っっ!」

 どこかで聞き覚えがある言葉だと思うと、チクンと頭に痛みが走った。

「だ、大丈夫っ!?」

 私が痛みで顔を少し歪めると、心配してくれたのは私と年が近そうな男の人だった。

「あぁ、ごめんね。上手く起き上がれなかった? 僕が縛ったんだ」

 にこやかにそう答えたのは、浪士達から助けてくれた人だった。

 どうやら、私の苦悶の表情は縄で縛られ上手く起き上がることができなかったからだと思ったみたい。

「土方さん、縄解いても良いかな?」

 ここの場所を教えてくれた人にそう聞いたのは、さっき私を心配してくれた人だった。

「この子、何もしてないんだよね? それなのにこんな所に閉じ込めて縄で縛ったりするなんて間違ってると思うんだけど?」

「………まぁ、確かにな。良いだろう、縄を解いてやれ。どうせ俺達が周りを囲んでんだ逃げられやしない」

「ありがとう、土方さん!」

 この中で一番の権限があるのだろう。土方さんと呼ばれた人から許可が下りると、私の縄を手際よく解いてくれた。

「痛かったよね? 女の子にこんなことしてごめんね」

 縄を解いてくれた彼は申し訳なさそうにそう言った。

「だ、大丈夫です。それに、貴方が私を縛った訳じゃないし………」

 私はそう言うとチラッと私を縛った張本人を見た。縛った張本人は悪びれた様子は一切なく、私を見ていた。

「さてと、お前に聞きたいことがある。正直に話せ。俺達は女だからといって容赦はしない。良いな?」

 私の縄が解けたのを確認すると土方さんは得物を捉えた猛獣のような鋭い目でそう訊かれた。

「そうそう。土方さんは拷問は得意分野だからね。牢に入れられた袋の鼠なんだし素直に答えた方が君のためだよ」

「牢っ!? 私が一体に何をしたっていうんですか!?」

 愉快そうにそう告げられ私は驚きのあまりそう叫んでしまった。

「これから話を聞く相手を怯えさせてどうする? それに此処に入れたのはお前だろ?」

「斎藤君って一言余計だよね。僕は別に当然のことをしたまでだよ。不審者を京の安全のために捕縛しただけなんだから」

「いい加減にしろ、総司! 黙ってろ!」

 おどけた様子でそう言う沖田さんに土方さんはついに堪忍袋の緒が切れたようだった。

 土方さんの怒鳴り声で静寂が戻ると土方さんは私と向き合った。

「単刀直入に聞く。お前は何者だ?」

「何者、って言われても………」

「副長、もっと分かりやすく聞いた方が良いかと。問われてる意味が分からないようです」

 戸惑っている私を見てそう助言したのは、口数の少ない男性からだった。確か、沖田さんに斎藤君って呼ばれていた人だ。

「本題にすぐさま入りたい気持ちは分かりますが、相手は事情を読み込めていない娘です」

「そう、だな。いつも気が荒い連中を相手にしてるからな」

 斎藤さんが冷静な口調でそう言うと、土方さんは咳払いをして、改めて私と向き合った。

「………悪かった。お前には、もっと簡単に聞こう。まずは、名前を教えてくれ」

先程とは違う柔らかい口調で土方さんは私に質問し始めた。

「名前ですか?私の名前は和流華せせらぎはなといいます」

「和流か………。珍しい性だな。出身は何処なんだ?」

「出身、ですか? ……………」

「どうした? お前、何処の藩なんだ?」

「…………………」

「何、こんな簡単な質問に答えられないの?」

 黙り込んでしまった私にそう問いかけたのは土方さんではなく沖田さんだった。

「い、いえ………。その――― 」

「僕らに言えないってことは、何か後ろめたいことがあるんだよね?」

「そ、そんな、ありません!」

「だったら言えるよね? 後ろめたいことないんでしょ?」

「…………………」

 沖田さんにそう聞かれても、私は何も答えられなかった。この答えを上手く説明できる自信がないから…………。

「もしかして、倒幕派出身なのかな? それだったら言えないよね。だって僕らはそういう連中を取り締まっているんだから」

「…………………」

 沖田さんにそう聞かれても何も言わない私を見て、土方さん達の表情に緊張の色が表れた。さっきとは違う重い雰囲気が漂い始めた。

「それに君はどうしてそんな格好をしてるのかな?」

「えっ?」

「君のその格好は町人のものじゃない。君だって町を歩いてたんだ分かるよね?」

「そ、それは―――」

 確かに、町の人達と私は違う格好をしている。だけど、そこまで詰問されることなのだろうか?

「倒幕派じゃないっていうなら君は異国と繋がりがあるのかな? その格好は異国のものだよね?」

「………………」

 沖田さんが投げかける質問にひとつも答えられない私の立場は更に最悪のものになっていった。

「ここまで言っても答えられないんだ。じゃあ、やっぱり君は――――」

「信じてもらえるか分かりませんが聞いてもらえますかっ!」

 沖田さんの言葉を遮って私はそう言った。どう説明すれば良いか迷ってたけど、これ以上黙秘をしていたら疑われるばかり。だったら、信じてもらえるか分からないけど、話すしかないと思った。

「………その、……私………名前以外分からないんです」

「!?!?」

しばらくの沈黙の後、私がそう答えると予想外の答えだったようで新撰組の人達は言葉を失った。

「それって…………記憶喪失ってこと? どこかで頭とかぶつけたの?」

最初に言葉を発したのは私のことを一番心配してくれた人だった。

「分かりません。…………それすらも分からないんです」

「………………」

「だから、出身やこの格好のことを訊かれても答えることができません」

「じゃあ、家も分からないの? 家族も?」

私が頷くと心配してくれた彼が「そう……」と呟いたきり再び沈黙が訪れてしまった。

名前以外の記憶がないなんて、この状況じゃ私に都合が良すぎる。だからだろう、私の言葉の真偽を土方さんは黙って推し量っているようだった。

そんな時――――――

「やっぱり、此処にいたか!」

この沈黙を打ち破るかのように牢に入って来たのは、堅いの良い男の人だった。


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