鶏頭の花が咲く頃に

秋月ことは

序章

知らない町


「ここは何処?」

それが私の第一声だった。

脆い木材で建てられた建物が連なる人通りが少ない路地裏。そこで私は目が覚めた。

どうして此処にいるのか? 此処に来る前、何処にいたのか? 思い出すことができない。

「っく……っっ……」

ううん。思い出そうとすると激しい痛みが頭に走って考えることができない。

「………とりあえず、ここが何処なのか調べないと」

覚束ない足取りで私は微かに人の声がする方に向かって歩き出した。時々、頭痛がして建物の壁に身体を預けながらやっとの思いで裏路地を抜けた。

「わぁ!」

裏路地を抜けると、色々な物を売買する活気ある場所だった。ここなら此処が何処なのか尋ねるのに困らない。早速、近くの人に聞いてみよう。そう思い声を掛けようとしたけど、町の人達を見て私は歩みを止めてしまった。

「おい、見ろよ!あの娘の格好」

「なんだい、あの格好?」

「はしたない!あんな格好で出歩くなんて!」

「見たことがない格好だな」

「南蛮の着物ってやつか?」

そう囁き合い町の人達は奇怪な眼差しを私に向ける。その様子から私は声を掛けることができなかった。

私は、そんなに可笑しな格好をしているのだろうか? 私は町の人々と自分の格好を見比べてみた。町の人々と私の格好は違う。だけど、奇怪な眼差しで見られるような格好じゃない。町の人達の様子を不思議に思いながら私はこの場所を知るため歩き始めた。


                  *


彷徨い歩いてどれくらい経ったのだろう? 手がかりが一つも見つからない。

いくら歩いても私はこの場所に心当たりがなかった。町の人に此処が何処なのか聞くのが一番手っ取り早い。だけど、町の人達は相変わらず私に訝しげな眼差しを向けてくる。

「………っっ」

それに何か思い出そうとすると、激しい頭痛と目眩が起きて思考が鈍る。そんな痛みに耐えながら町を歩いていたけど、もう限界だった。私は、近くの壁に寄りかかって頭痛が治まるのを待つことにした。

「おっ、コイツじゃねぇか?襦袢じゅばん姿で町を出歩いてる女って」

「え?」

振り向くと、そこには着物を着崩したいかにも柄の悪い男が二人いた。ニタニタと白いワンピースを着ている私を見つめている。本能的に危険だと感じた私は一歩後ろに下がった。

「そんな格好で出歩くなんてお前、元娼妓か?」

「ち、違います!これは襦袢なんかじゃありませんっ!」

私の否定の言葉なんて聞こえてないのか男達は話し続ける。

落籍ひかしてくれた旦那でも死んで家から追い出されたのか?」

「やっぱり、娼妓は娼妓。身を売ることでしか生きていけないってことだな」

「だ、だから違――」

「なんなら、俺らがお前の新しい旦那になってやっても良いぜ。さぁ、こっち来い!」

私の言葉を遮り、下心丸見えの顔で私に手を伸ばしてきた。

「嫌っ!!」

私の叫び声と同時にパーンと乾いた音が道に響いた。

「あっ!」

「っっ!………痛ってーな!」

男が伸ばしてきた手を払おうとしたら誤って男の頬を叩いてしまった。

「おい、大丈夫か?」

頬を叩かれた男を心配してもう一人の男はそう聞く。頬を叩かれた男は頬を抑えなが舌打ちすると私を睨みつけた。

「チッ!こっちが下手に出てれば図に乗りやがって!元娼妓の分際で武士を殴るったいい度胸だな!」

頬を叩かれた男は腰の刀を抜いた。

「………!!」

「俺達は国のため日夜攘夷を論ずる志士。その高名な侍である俺を殴った償いは重い」

刀のきっさきが私の方に向くと、狙いを定めるような鋭い目で睨まれた。

「お前の命を持って償ってもらう。恨むなら愚かな行動をした自分を恨むんだな!」

男のやいばが勢いよく振りかざされる。私はその場から動けず固く目を閉じ、ただ訪れる運命を待つしかなかった。

肉が勢いよく切り裂かれた音が聞こえる。だけど、私は訪れるはずの痛みを感じることはなかった。

「ぐわっ!」

「お前、その羽織は!?………ぐわっ!」

「!?」

男達の苦痛の叫び声に思わず目を開けると、刀を握り締めた別の男性が一人立っていた。その人は空と同じ色の羽織を着ていて、倒れた男達を黙って見つめていた。

助かった。そう安心した途端、力が抜け私はその場に崩れ落ちた。

「沖田隊長ー!」

向こうから誰かをそう呼ぶ声が聞こえる。私を助けてくれた人は、その声に反応して振り返った。

「沖田、隊長?―――っく!」

聞き覚えがあるような名前な気がしてそう口ずさむと急に頭が割れるような頭痛がした。私の苦悶の声が聞こえたのか沖田と呼ばれた人は私の方に向き直った。

刀を鞘にしまうと私に近づき町の人達と同じ瞳で私を上から見つめる。私は頭を押さえながら彼を見上げた。すると、彼は私と同じ目線までしゃがみ込みニッコリと微笑んだ。

「うっ!」

次の瞬間、何が起こったのか? 首に鋭い痛みが走った。

「おやすみ」

私は意識を手放す直前、微笑んだまま優しい声音でそう言う彼を見たような気がした。

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