03.社長への裏口入学Ⅰ

「起きて……起きて……!」


 天使の声が聞こえてきた。

 あー、確か俺は階段から落ちて死んだんだっけ。


「起きてってば!」


 ああ神様もう少しだけ……


「ほら! 起きなさいよ!」


 うーん。

 俺はゆっくりと、まぶたを薄く開ける。


「え、上原!?」


 髪を結びポニーテールになった上原がいた。

 俺が片思い中の上原だ。


「ほらそこに座って!」

「ここは?」

「ほ・け・ん・し・つ! あんたが転んで意識失うから二人で運んできてあげたのよ!」


 あれ?

 俺は死んだんじゃ。

 まぶた同様ゆっくりと、頭で状況を整理する。


 そうだった。

 辿り着いた結論は、俺のが何匹か逝っただけだったということ。

 思い出したように下腹部がうずく。

 くそっ、女にはわからねえんだよなこの激痛。

 ちなみに運んでくれたもう一人はあのヤンキーくんらしい。

 女子に金蹴りされると男子の同情を得られる。

 これWikiに載せといて。

 ちなみにヤンキーくんはもう帰ったそうな。


「足出して」

「足?」

「早く、右足!」


 足?

 おや?

 右足が痛てえ。


「右足が痛てえ!!!」

「うるっさい」


 俺は言われるがままに右足を茶色の台に乗せた。

 どうやら捻挫したようだ。

 階段でグネったな。


「けっこう酷いわね……」


 まじだ。

 なんか足首が青紫色なんですけど。

 折れてんのかね。

 骨折とかしたことないんですけど。


「こんぐらい大丈夫だろ」


 余裕をかましてみる。


「じゃあ、歩いてみたら?」


 言われて立ち上がってみた。


 が、バキューン!!!!

 激痛じゃん。

 崩れ落ちる俺。


「ほら見なさい!」


 痛いよイタイヨー。

 上原がいなかったら泣いてるヨー。

 冷や汗が出てきた。


「とりあえずアイシングね! あーでも先に固定かな。どうしよ……」


 彼女はワタワタしながら、保健室にある冷凍庫から氷を取り出し袋に詰める。

 しかし上原かわいいな。

 しゃべると思ったよりキツい印象だけど。

 少し鼻にかかった声も俺好みだ。


「これ、足首に当てときなさい!」


 氷の入った袋を俺にズイっと突き出す。


「こ、こうか?」

「そ、そうね。あとなんだっけ?」


 けっこう冷たいじょ。


「もういいか?」

「いいわけないでしょ! だいたい二十分ぐらいは当てるのよ!」


 二十分もかよ。

 なげーな。

 凍るぞ俺の足。


「それと圧迫よ! そうよ紐で縛るわよ!」


 言われるがままに俺の右足は進んでいく。

 いや意味わからんだろ。

 つか、圧倒されっぱなしなんだけど。

 俺の前にしゃがみこみ、『こうかな、こっちかな?』と呟きながら何やら手当てしてくれている。

 まあ、なんだ。

 かわいいから許す。


「なんか、色々スマンな」

「怪我してるからよ! あたしヤンキーとか嫌いなんだからね!」


 いやいやボクはヤンキージャナイヨ。

 そうじゃなくて。


「手当てしてくれた事もだけど、とっさに支えてくれた事とかさ」


 覚えている。

 足を踏み外したとき、避けるではなく俺を支えようとしてくれた。

 上原は女にしては背が高いほうだとは思うが、それでも明らかに俺より小さい。

 胸はデカい。

 おっとそれは今は関係ねえ。

 優しいんだなこの子。


「べっ、べつに普通じゃん!!!」


 上原の顔が赤くなっている。

 なんか一生懸命に手当てしてくれてたっす。

 好きとか置いといても純粋に嬉しかったっす。

 ま、俺の息子を蹴った罪悪感があるからだろうけど。


「と、とにかく!」


 上原は自分のカバンをゴソゴソして、何か小さい紙を取り出す。


「はい、これ」


 名刺?

 まさかの連絡先交換イベント発生!?


 俺はありがたく受け取り、紙を見つめる。


「紹介カード……?」


 おや、上原の連絡先なんてどこにも書いてない。

 彼女を見ると、仁王立ちで不敵な笑みを浮かべていた。

 外科でもなく、ましてカフェの名刺でもなく。

 これは……


「ここへ行けってこと?」

「そうよ」

「今から?」

「そうよ!」


 そう言って彼女は松葉杖を渡してきた。


「使い方わかんねえし」


 ぽかんとしていると、箕面が保健室へ飛び込んできた。


「ゆーま、大丈夫!?」

「おー。面談終わったのか? 」



 そんなこんなで、箕面にいきさつを話し、上原には松葉杖の使い方もきちんと教えてもらった放課後。

 どうやら松葉杖ってのは怪我したほうと逆の手に持つらしい。

 左腕に松葉杖を持って――

 松葉杖、ケガした右足、正常な左足。

 いち、にっ、さん。

 腕が疲れるな。


「じゃ、あたし行くから」


 上原はカバンを背負って、束ねた髪留めを外し、ばさっとロングヘアをあらわにする。

 ほんと、天使だよ。

 上原かわいいよ上原。


「あ、俺そういえば倒れた時に何か良いものを見たような……」


 真っ白な思ひ出が甦る。


「しねっ!!!」


 ガツコンッと、彼女の肘がに飛んできた。

 そこ普通みぞおちで勘弁だろ。

 こいつまじ容赦ねえな。

 パンツのことは良き思い出としてしまっておこう。

 彼女は天使の顔をした悪魔。

 監獄へ放り込まれるような学校じゃなかっただけ良かったよ。

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