第23話 古酒を求めて


 浮島中央の町へ向かうと、まだ昼過ぎだというのに人影は少なかった。浮島自体が面積がそこまで広くないので住むにも限界があると思うが、それにしても少ない。ほとんどの者が家に閉じこもっているのだろうか。

 先に向かったヴァンがユウナという少女を助けるため、手当たり次第に声をかけていったのかもしれない。姿を見かけないところを見ると、何か手がかりを見つけて走り去ったのか。もしくは誰も話を聞いてくれないまま闇雲に飛び出していったのか。

 ふと、鼻に香ばしい匂いが潜り込んでくる。今日も実に美味そうな匂いだ。

 依頼を受けてからすぐに空飛ぶ商船に乗って、最果てに位置するブランディアというこの町まで来たロックだったが、浮島の住人はやたらとよそ者を毛嫌いしている節がある。

 その為、依頼された〈浮遊魔石の暴走以前のブラン酒〉を持っていそうなトルシェン・ルーティエの家を探し当てるのに少しばかりか骨が折れたことを思いだす。

 香ばしい香りのするパンを一つ、二つ、三つほど買ってからやっと店主が教えてくれたのだ。ただ、単に商売上手だったと言ってしまえばそうなる。


「さて、今日のご機嫌はどうだろうね」


 ブラン酒の製造に関わっているのが、工場長であるトルシェン・ルーティエと浮島の町長であるランドル・ルーティエ。

 昔は二人で工場を取り仕切っていたようだが、現在は実質トルシェンにほとんど任されているという話を聞き、トルシェンの家を訪ねることになったのだが。

 前回、訪ねた時には酷くうろたえた様子のトルシェンがドアを開けた。

 欲しい酒がある、という会話を切り出すも、今はそれどころじゃないんだ、の一点張りで全くと言っていいほど取り合ってくれなかった。

 どうしたものかと、ただ佇んでいるわけにもいかないので下の町に降りて酒場を回ってみたが、どこも腐った果実のような匂いを発する粗悪品しか置いていなかった。


「長い間滞在するわけにもいかないしな。あんまり遅くなると殺される」


 依頼人である一人の禍々しい女性を思い浮かべると、それだけで背筋に悪寒が走る。ひょっとすれば今この瞬間もどこかから見られているんじゃないかと不安にもなるが、そんな事を心配してはキリがない。これだけ晴天の日に暗い気持ちになるのだけは避けたかった。


 頼むぜ、とつぶやきながらノックする。トルシェンの住む家は赤い屋根以外は全て真っ白に塗られている。建てられてからそれなりの年数が過ぎているのが所々見える痛みや風化具合でわかったが、全体的に掃除が行き届いているのか主だった汚れは見えない。

 少ししてから、足音の後に声が聞こえてくる。


「誰だ」


 ドア越しの声は少し高く、若い男の印象を思わせた。

 おかしい、トルシェンは頭に白髪が混じる老人のはずだ。昨日の声を思い出す限りでもこんな声ではなかった。それに情報によれば子供は確か娘だったはず。

 少し間を開けてから明るい口調で問いかける。


「どうも、昨日お伺いしたロックです。体調の方はどうですか? トルシェンさんに頼まれていた薬をお持ちいたしましたが」

「薬……ああ、頼んでいた薬は必要無くなった。今は忙しいので帰ってくれ」

「そうですか、わかりました」


 数歩後ろに下がる。首や足首を軽く回してから走る。いきなりの運動は身体に負担をかけるからだ。軽い準備体操を終えると、助走をつけて真っ白なドアに向かって飛び上がり足を突き出す。

 激しい音と共にドアは内側へ吹っ飛んでいく。ドアの無くなった入口からゆっくりとロック入る。


「な、何しやがる!」


 もくもくと埃が舞うリビングでナイフを片手に持つ男は驚愕に顔を染めていた。

 

「何しやがるって、別にここはお前の家じゃないだろう。俺は薬なんて頼まれてないんだよ。なりすますならもう少し上手くやれよ」

 

 リビングを見渡すもトルシェンや家族の姿は見当たらない。

 少し冷静さを取り戻したのか、代わりにいた男がナイフを構えじりじりとロックに詰め寄る。


「さて、と。派手にぶっ壊れたなこのドア。老朽化が進んでたんだろう。あ、修理代は頼んだぜ」

「てめえが壊したんだろ!」

「さあな、目撃者もいないし案外お前なのかもしんないぜ。いかにも安そうなナイフ持って怖い顔してるし」


 馬鹿にした態度のロックに激高した男はナイフで斬りつけてくる。

 十分な距離を取ってから、ぶんぶんと無駄に振り回している男を見てため息を吐く。


「芝居が二流とくればナイフの腕は三流か、こりゃもうお手上げだな」

「ふ、ふざけるな!」


 降参といわんばかりに両手をあげる顔は、まるでやる気がない。

 怒りも頂点に達した男は青筋立てながら腕を振るう。

 斬りつけてくるナイフをぎりぎりのところで躱し、男の腕を逆手にとりその反動のまま床に背中から叩きつけた。カラン、と金属音がリビングに響き渡る。


「あいにく野郎とダンスを踊る趣味はねぇんだよ。そこで大人しく寝てな」



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