第19話 浮島行きのチケット
「ま、待ってくれってスクラップボーイ!」
予想以上のちょこまかとネズミの様な素早さを見せた小の男だったが、素早さと身長の低さにかけてはヴァンも負けていない。いよいよ追い詰めた先は、スクラップホールだった。回りまわってここに戻ってきてしまったのだ。
頭上の浮島により太陽の光が遮られてしまっているせいで、昼間だというのに夜のように暗かったが、一時すらもう男から眼を離そうとしない。
「っへへ、頼むよ………くらえ!」
不意に懐から取り出した丸い物体を投げつけてくる
が、一度種明かししてしまえば、もう当たることはない。並外れた反射神経の持ち主であるヴァンにとって、止まっているかのようにのろく感じられた。
「もう、こんなもん当たるか!」
楽々とかわして、距離を詰めていく。一緒にいたあと二人の姿が見えなかったが、そんな事はどうでもいい。
聞こえることに気にすることもなく、追い詰められた小さな男は舌打ちを鳴らす。
「ちっ、運がわりい。 あいつらに合流しようと来た道をもどってきたのがダメだった……ちょ、ちょっと待ってくれって。そうだ。あの大量のガラクタ、実はまだ売り払ってないんだよ。ぜ、全部返すから許してくれよ、頼む。ちょっとした悪戯心だったんだよ」
もちろん全くの嘘である。
業者や個人に全て売り払い済の為、もうどこにも残ってはいなかった。この場をどうにかやり過ごせれば逃げるチャンスがどこかにあると踏んだのだ。へらへらと浅薄な笑みを見せて懇願する。
「じゃあ、ぶっ飛ばしてから取り返す」
だが、形勢は変わらない。むしろ、ぼこぼこにされた後に、嘘だと知り更に痛めつけられるのではたまったものではない。このままでは正にガラクタみたいな身体にされてしまう。
ごくり、と唾をのみ込む。
先ほど眼にした子供にしてはありえない怪力といい、スクラップボーイの暴れっぷりを小の男は耳にしたことが何度もある。一昨日、火魔法を使う凶悪な人攫いを撃退したという噂が一番耳に新しい。
実際に目の前にするまで、ただのガキじゃないか、と鼻で笑っていたこともあったが、そんな考えはどこかに吹っ飛んでしまった。大人顔負けの迫力にとても立ち向かえそうになかったのだ。
考えろ、考えるんだ。何とかこの状況を逃げる為にはどうすればいい。
少しでも眼を離せば襲いかかってくるだろう獣の雰囲気を発するヴァンに顔を向けていると、視線の遥か先の上空からひらひらと舞い落ちてくる紙のようなものが見えた。
小の男は閃いた。
「……あっ、空から『浮島行きのチケット』が降ってきた!」
腕と人差し指を全開に伸ばしてヴァンの背後の空から落ちてくる紙に向かって勢いよく指差す。それは恥ずかしくなるほど陳腐な苦肉の策だった。
小さな子供ですらこんな嘘に騙される奴はいないだろう。さすがに馬鹿馬鹿しくなってしまった男は観念してヴァンに向き直る。
「あれ?」
そこには怒れる獣の姿はいなかった。
浮島には楽園が待ち受けている。
そんな幻想を抱く下の町の住人は誰しもが浮島に行くことを密かに夢見ている。空と地上を繋ぐ唯一の連絡船のチケット。その値段はあまりにも高額で、低賃金で働く住人にとって手を出せる代物ではなかった。
ヴァンは走る。空から舞い落ちてくる〈浮島行きのチケット〉めがけて走る。辺りは暗い上に足場の悪いガラクタの上を問答無用で走る。走る。走る。一心不乱に走っていく。
特に浮島に興味があるわけではなかった。浮島に楽園なんてものは存在しないとトールに言い聞かされていたことも大いにあるが、ただ浮いているだけの小さな島なのだ。それ以上には想像は膨らまない。もちろん、行ってみたくないわけではなかったが、一心不乱に走らせる理由は他にあった。
浮島には他の町からやってくる〈空飛ぶ商船〉が停泊する。ということはつまり、その船に乗ればこの町の外に出られるということだった。それは長年思い描いていた冒険の始まりを意味する。
あれさえ手に入れば……待ってろよ。
初めは点にしか見えなかったのが段々と形がはっきりしてくる。そして、徐々にその形が想像してものと違っていることに気が付くと、次第に足に力が抜けていった。
地面にたどり着く少し前に、ヴァンはその真下にまでたどり着いた。落ちてくるのを待つ顔には落胆の二文字が浮かぶ。
「紙、ひこうき?」
ヘドロの様な色をした水溜りに着地したそれは、いかにも墜落しそうな紙ひこうきの出来そこないだった。
「……あのやろう!」
後ろを振り向くも、薄暗いスクラップホールの上に人影は全く見えない。見事に騙されてしまったのだ。
掴みかけていた冒険への道のりが一瞬にして見えなくなってしまった。しばらく水溜りに頭から沈みゆく紙ひこうきを呆然と見ていると、うっすら文字が浮かびあがっているのに気付く。
興味本位から半分以上浸かってしまった紙ひこうきを拾い上げる。元から形が悪かったのもあるが、すでにひこうきを模していたとは思えない。破いてしまわぬようにゆっくりと広げてみせる。
案の定、ほとんどが泥で読めなくなってしまったが、手紙だった。
「えっと……私は……の中で……ダメだこりゃ全く読めね、え?」
放り投げようとしたその時、最後の一文に眼が止まる。全身の毛が逆立つようだった。
『――――――誰か助けてください。 ユウナ・ルーティエ』
内容はほとんど理解できなかったがヴァンにとってはその一文だけで充分だった。
手紙を無造作にポケットに入れると、また走りだす。連絡船の泊まる船着き広場に向かって。
「―――待ってろよ、ユウナ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます