第20話 幽閉された片翼の少女
「……お願い、この手紙をだれか」
思いを込めた紙ひこうきを外に向かって投げる。慣れない手つきで折ったそれは、風に乗ることもなくそのまま真下へと落ちていった。
真下には様々なガラクタやゴミが入り乱れるスクラップホール。そんな場所に落ちていく手紙に気付く人間などいるはずもない。
ただ、スクラップホールという言葉にある少年を思い浮かべる。何度も自分の窮地を救ってくれル度に無邪気にわらった小さな冒険者の事を。
今回ばかりは奇跡でも起こらない限り彼の元へたどり着くことはないだろう。だが、そうは思っても願わずにはいられないのだ。
見慣れぬ部屋のベッドに顔をうずめる。一体今は何時ごろになるのだろうか。
少し空気を入れかえようと窓を開ける。本当ならば顔を出して外の景色を眺めたいところだったが、細い鉄格子の柵によって阻まれる。隙間から腕を伸ばすことくらいしかできない。
そこから見える景色から、ここは岩肌に面した地下にある部屋ということがわかった。
「ランドル叔父様の屋敷に、こんな部屋があったなんて知らなかった」
ベッドがあり、本棚があり、簡易的にだが風呂場もトイレもあった。人が一人住むには少しばかり狭く感じたが、最低限の生活する上で必要なものは揃っているように感じた。むしろ、ここまで用意されているとは思っていなかった為、意外に感じた。
だが、どうしても慣れない。窓にあるの同じように、部屋の外に繋がるドアにも鉄格子によって阻まれているのだから。まるで罪人を収容しているかのように。
そんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「……どうぞ」
小さく返事すると、入ってきたのは白衣を着たなで肩の男。
喋るよりも早く挨拶代わりの舐めるような視線が背筋に冷たいものが走る。
「どうもどうもごきげんよう、ユウナさん。お元気そうでなによりです。この部屋はいかがですか? 気に入ってくれましたか? いやあ、急ごしらえで用意したには最高の部屋になったと思うのですがねぇ」
「………やっぱり、あなたが叔父様をたぶらかしたのですね」
甲高い声で喋る男は更に狐のように眼を細くしてからにたりと笑う。
「たぶらかした? そんな人聞きの悪いことは言わないでください」
やけに芝居がかった口調にますます信憑性を感じさせない。
「何故、私はここにいるのでしょうか?」
ランドルの屋敷に入ったところまでは覚えているが、そこからは気を失ってしまったのか記憶がない。眼を覚ました時にはこのベッドに横になっていた。
「落ち着いてくださいね、ユウナさん。あなたはこの浮島の危機を救える唯一の存在なのですよ」
一体何を言っているのかわからなかった。終始気分の悪くなる笑み浮かべた男を見てふざけているのかと思えるほどに。
「先日にも説明しましたが、あなたには実に素晴らしい膨大な魔力が秘められています。この部屋は一種の、そうですねポンプの様なものでしょうか。あなたの魔力を少しずつ吸い取りまして、さらに地中にある浮遊魔石に必要な魔力を送り込んでいるのです。なあに、少しずつですからね。溢れんばかりにため込んでいるあなたの身体には何の影響もありませんのでご安心を」
「浮遊魔石に……何故、そんな事をする必要があるのですか?」
「言いましたよね。危機が迫っているのです。それも緊急的な危機がこの浮島には迫っていたのですよ」
段々と喋り方ももちろんだったが、身振り手振りが激しくなる。一人劇が始まったかのように、アーヴァインと名乗る男は大げさに表情をころころと変えて、早口に喋り始める。
「ユウナさんはご存じだったか忘れてしまいましたが、私ことアーヴァインはかの魔道研究所の研究員の一人でして、浮遊魔石についてそれなりに詳しいのです。依頼を受けまして、この町に訪れた際に、ユウナさんを診察させて頂きましたね。その後、ランドル町長にお願いして見せてもらったのですよ。浮遊魔石を。いやあ私、感動してしまいましたよ。こんなにも巨大な浮遊魔石を拝見したのは初めてでしたからね。……でも、気付いてしまったのです。ええ、本当に気付いてよかった。私が気付かなかったらどうなっていたのか。―――浮遊魔石に限界が近づいてきているではないですか」
「浮遊魔石だけに限らず、魔力を宿している魔石には生きとし生ける全てのものに等しくあるように寿命が存在します。はい、それは神子であるあなたにも等しくあります。え、神子と決まったわけではない? いえ、あなたは神子なのですよ。その膨大な魔力に、あの美しくも歪で禍々しい銀色の片翼といい、神子でなければ一体なんだというのですか? それで普通の人間を語るにはあまりに辺鄙な話だとはユウナさん自身思っているでしょう」
「――おっと、話がそれてしまいましたね。ですから、あなたは浮遊魔石の枯渇してしまった魔力の代わりになってもらいたいのです。言い方を悪くすれば浮島の住人の為の生贄になって頂きたいだけです。……はっはー、別に言い方を悪くする必要はありませんでしたね。申し訳ありません口が過ぎました」
「なに? 他に何か方法はないのかと。ありません。どこにもありません。まあ、この浮島を浮かせるだけの巨大な浮遊魔石を手に入れることが出来れば話は別になりますがねぇ。この大陸中探した所であるのかどうか。もし、あったとしてもそれは一体おいくらになるのでしょうかねぇ。まあまあ、そんな絶望に満ちた顔はしないでください。別に嫌いじゃありませんがね。私、これでもかの魔導研究所の研究員でありますから、なにか代用になるものをできる限り探したいと思います。もしくは開発にいそしみたいと思います。……ランドル町長の『ご融資』の元で」
そこまで喋り終わると「喋りすぎましたね」と頼んでもいないのにお辞儀をしてくる。
アーヴァインの話はユウナにとってあまりに大きすぎる話だった。それを鵜呑みにできるほど心の容量は大きくない。まだ十五歳になったばかりの自分には荷が重すぎる内容だ。
すがるように両親の顔を思い浮かべる。
「お父様とお母様は無事なのでしょうか……会わせてください!」
「無事に決まっているではないですか。何を疑っているのか私にはわかりません」
「じゃあ、会わせてください」
「それが残念なことに、あなたのご両親は大変お忙しいとのこと、お呼びすることができません。安心してください、ちゃんと許可は頂いています。そのうち会えることでしょう」
そんなはずはない。あの心配性で優しいお父様やお母様が簡単にこの問題をお許しになるはずがない。まさか二人の身に何か―――。
血の気が引いていくようだった。心臓が警鐘を鳴らしている。
「ここから出してください、お願いします!」
「だから、先ほど言ったことが聞こえていなかったのですか?」
急に甲高い声に野太さが増す。
「この浮島がいまこうして問題なく浮かび続けられるのもあなたがこの部屋いるおかげなんですよ。この部屋から出てしまえばこの浮島は地面へと真っ逆さまに落ちていく。そうなれば、どうでしょうね。あなたのお父様、お母様だけではなく、浮島の住人が一体どうなることやら。あなたがこの部屋を出たばかりに多くの住人が苦しむことになる」
「そ、そんな事言われても……私」
今までアーヴァインは鉄格子越しに喋っていたが、おもむろにポケットから鍵を取り出し、鉄格子を開ける。
「さぁ、出たいのでしょう。ならばいっそのこと出てみますか? 多くの住人を犠牲にしてでも出たいと言うのであれば」
手のひらを差し出し誘導する。たった数歩の距離で出る事ができるというのに。ユウナの足は動かない。ここから出ることで浮島の運命を左右するなどという話はにわかに信じがたい。だが、もしも目の前にいる奇妙な男の話が真実であれば。
「出ないのですか? ……それは良かった。実に賢明な判断でしょう」
再びガチャリと鍵が閉められ、そのまま無言でアーヴァインは部屋を出ていく。
ユウナは力なくベッドに突っ伏した。どうしようもない無力感に声を殺して泣く。ひたすらあふれ出る大粒の涙が枕を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます