第17話 サポチクの実


 


 スクラップホールは昼間になると頭上に浮かぶ浮島によって太陽の光が遮られる。様々なガラクタが集まるこの場所で、見通しが悪くなるのは危険極まりない。うっかり何かに躓き、転がったりすれば鋭利な刃物の如く尖ったガラクタで、大怪我をする者は後を絶たない。

 ガラクタを捨てていくのは何も浮島の住人だけとは限らない。ブラン酒の買い付けに立ち寄った商人達が、商品のスペースを開ける為に捨てていくこともある為、ガラクタの中には粗悪な武器や防具。機能しなくなった魔道具。ボロボロになった衣服や布切れ。貯蔵庫に長年貯蔵していた腐った食料。まさにいらなくなった物達の終着点だった。


 だが、捨てたものよってはガラクタであっても、拾うものによっては意外な掘り出し物になる場合もある。手先の器用なものであれば壊れたものをある程度使えるまでに直し、自分の生活用品として使うこともできる。また二束三文にしかならないが物によっては必要とするものもいる為、売ることもできる。

 職にあぶれた下の町の住人の一部はそうして生計を立てている。あくまで最低限の生活をする上での足しにしかならないが、これくらいしかやることがないのだからしょうがない、と自分に言い訳するようにして、他人の眼など気にせず汚臭漂うこの場所へ集まる。まだ朝日が辺りを照らすスクラップホールに、今日も数人の男たちがガラクタを漁っていた。


「あぁ、つまんねぇな」


 その中の一人であるヴァンは、気だるそうにつぶやく。

 昨日、ユウナが自警団と共に浮島に戻ってから、これまでとなんら変わらない毎日が再開しようとしていた。

 あるガラクタの山に、逆さまの状態で突き刺さっていた椅子。背もたれが半分折れてしまっているそれを見つけたヴァンは、足元の悪いガラクタの上に立てて休憩していた。


 今朝早くからスクラップホールを物色していたこともあり、椅子に座るヴァンの後ろには小さなガラクタの山が出来上がっていた。今日掘り当てた〈上等なガラクタ〉だ。

 後はこれを風呂敷に包み持って帰るだけの作業で、今日一日の仕事が終わる。すぐにでも重い腰を上げれば、昼前には家にたどり着くことができるだろう。途中で暴れ者達の宴亭に立ち寄って、昼食を済ませることもヴァンは考えたが諦める。


 先日、朝早くから集めた上等なガラクタを影も形もなく盗まれたからである。

 とっさにユウナを助ける為にとはいえ、どこまでも見ているだけの傍観者を自負するサルータに見ておくよう迂闊にも頼んでしまったヴァンが悪かったのもあるが、だからといってしょうがないの一言で気分が晴れるわけもない。その後にはトールからのうるさい説教と強烈な拳骨が待っているのだから。


「たくよぉ、トール爺も自分でガラクタ集めたくないんだったら、代わりに集めてくる魔道具でも作れってんだよな」


 軽いため息を吐いてから頭上を見上げる。普通なら空が見えるはずだが、浮島のごつごつとした岩肌が視界を遮る。その岩肌からいくつか出た太い管から小さなゴミが吐き出されていく。

 スクラップホールにいる時は常に頭上を警戒していなければならない。気付いたときには鉄くずの下敷きになっているかもしれないからだ。


「あいつ今頃何してんのかな」


 ぼんやりと、幻想的な銀色の片翼を背中に宿した少女を思い浮かべる。

 あの日は、下手すれば殺されていたかもしれないほど危険な目にあったが、単調に過ぎていく毎日とは違った色濃い一日だった。見慣れたこの町の中でまるで〈冒険〉をしていたかのような感覚を味わったのは初めてかもしれない。

 だが、深い森に囲まれた狭苦しいこの町でそんな破天荒な一日が訪れる事は滅多にない。せいぜいアイウエ兄弟が突っかかってくるか、そこらのゴロツキに喧嘩を売られるくらいが関の山である。そう思うとヴァンはついため息を吐いてしまう。


「こんなことしてる場合じゃねえのに……外の世界には想像できないくらいのすげえ冒険が待っているはずなのに」


 俺は一体何しているんだ。誰に問いかけるでもなく自分自身に問いかける。もちろん返事が背中に背負った剣から聞こえてくるわけでもない。

 その返事の代わりにではないが、集めた上等なガラクタの山の後ろから数人の声が聞こえてきた。


「……け、しけてんな今日は」

「何いってやがる。まだここに来てからそんな時間も経ってないだろうが」


 ガラクタの影から覗いてみると、丁度良く大中小といった大きさの男が三人いるのが見える。


「ああ、こんなことだったら今日も『お宝待ち』した方が良かったかもな」


 かったるそうに喋る小の男はその場でしゃがみ込む。その姿を見て大の男はやれやれと言った調子で喋る。


「お前なぁ、あれは運が良かっただけで、次もそんな簡単にうまくいくとは限らないだろう」


 二人の様子をきょろきょろと伺いながら中の男が言う。


「でもよでもよ、またサルータの所で待ってたら『あいつが』ガラクタを置いていくかもよ?」

「……そうだ。あいつはいつも腹すかせてるからな。こんど適当な場所に大量の食い物を用意して、夢中になって食ってる隙にあの風呂敷ごとかっぱらっちまうのはどうだ?」


 小の男の妙案とは程遠い提案に後の二人も納得する。


「それ、結構いい考えかもしれないな」

「うんうん。良いと思うよ」


 二人の同意に気を良くした小の男はにやりと笑ってから「だろう」と言ってから立ち上がる。


「あのいかにも馬鹿面した『スクラップボーイ』のことだ。腐りかけの食べ物でもそりゃあもう喜んで食べて俺たちには気付かないだろうよ。むしろ腹いっぱいにしてやる俺たちに感謝しろって話だなぁ!」


 大中小三人そろって大きな声で笑う。

 

「―――――――――んだとこのやろおおぉぉおおお!」


 突如聞こえてきた吠えるような声に三人は竦みあがる。恐る恐る声の方向に顔を向けると、ガラクタの山に立つ見覚えのある少年が鬼のような形相で立っていた。


「ススススクラップボーイ!?」


 三人は揃えて驚愕の声を上げる。

 有無を言わさず、その場にあった自分の身体よりも大きい鉄くずを持ち上げたヴァンは、三人に向かって勢いよく投げつけた。


「ひっぃいいいい!」

 

 当たりこそしなかったが恐ろしい怪力を持つ少年に恐怖する。


「てめえら俺の集めたガラクタを盗みやがって……とりあえずぶっ飛ばす!」


 ヴァンは怒りの感情のままに飛びかかった。

 既に大中の二人は逃走していたが、小の男は飛びかかるヴァンにむかって丸い物体を投げる。

 蹴り返そうとした瞬間、ぱんっ、と弾けた。 


「――うお! なんだこれ、ひっついて離れねぇ!」


 命中した物体は弾ける音と共に、粘ついた液体が足元を絡ませる。

 

「はは、どうだ俺様お手製の〈サポチクの実〉で作ったネバネバボールだ!」


 小の男が言った通りにネバネバとした液体がヴァンの身動きを封じる。無理に動こうとすればするほど、液状の物体が足元を絡ませ、次第に立つこともできなくなる。


「ぬが、おい待てよ! ちくしょう、一体なんなんだよこれぇええ!」


 必死にもがいている隙に大中小の男たちの姿は見えなくなってしまった。

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