第16話 嘘
翌日の朝、トールは自警団の団長であるビンス含め数人の団員を家に連れてきた。ビンスに一筆書いた手紙を二枚渡す。「一つはトルシェンに、もうひとつは船長にこれを見せれば連絡船に乗れるはずじゃ」と言った。
それを聞いたヴァンがしつこく一緒に行きたがっていたが、トールのジャンピング拳骨が見事に炸裂し、頭を抱えながら床にうずくまった。その隙にユウナを連れた自警団一行は出発した。
ユウナはきちんとしたお礼も言えずに立ち去ってしまったのが心残りだったが、今度は自分から訪ねていこうと心の中で誓った。
連絡船の停まる船着き広場にまでたどり着く。トールの手紙を差し出すと、なんの確認もなく船長はすんなりとユウナ達を乗せてくれた。
一体トールさんは何者なんでしょうか、と常に隣にいてくれるビンスに聞いてみるが「さあ、詳しいことは私もわかりませんね」と優しく微笑むだけだった。
連絡船全体が慌ただしくなってきたかと思うと、船体がゆっくりと浮き上がる。徐々に地上との距離は離れていき、町の住人が豆粒のように小さくなる。
初めて乗った時は、景色など見ている暇は微塵もなかったが、改めて乗る連絡船(簡易型宙船と呼ぶらしい)からみる景色は、ユウナの部屋から見える景色とはまた違っていてとても清々しく感じた。
今度はヴァンさんにもこの景色を見せてあげたい。お父様に頼み込めばどうにかなるのかしら。
そんな事を考えていると、キレの悪い鐘の音が耳に飛び込んできた。懐かしささえ感じるその音を聞いて、もう着いてしまったのかとユウナは驚く。
決死の思いで飛び込んだこの連絡船。怯えるまま下の町に降りてから、まだ一日しか経っていないことを不思議に感じる。あまりにも多くの出来事がユウナの周りを駆け巡っては通り過ぎいった。こんなにも濃密に感じた一日を過ごしたのは初めてだった。
もし、またあの傷の男が現れた時の為に、自警団がユウナの家に数人張り込み護衛することになっている。自警団の皆を巻き込んでしまうのは申し訳ないと思ったユウナだったが、また簡単に捕まってしまっては、元も子もない。
先日の『凶悪な人さらい』が出没していると勘違いしている自警団。それは団長を含め団員全員がそう知らされている。
まだ今回の黒幕がはっきりしていない状態で、浮島の町長であるランドルの名前を出すのはいささか早計である。そう判断したトールは団長であるビンスに、その部分を伏せた状態で護衛を依頼した。
ビンスが持つもう一通の手紙。トルシェンに渡す手紙には『ユウナについて下の町で話したい事がある。できればランドルと二人で。それが叶わず、もし危険が迫っているようでなら家族全員で儂の家に来い』そういった内容が記されている。
トールは、ランドルが今回の黒幕ではないと踏んでいた。トールの知る限り、ランドルはこのような大胆な犯行に手を染めるとは到底思えない。努力家ではあるが、今一歩踏み出すことのできない臆病さがある。そして、仲の良い兄であるトルシェンの娘に対して、傭兵を雇い、攫って奪おうとするのはどこかおかしい。
同じように数人の自警団と共に我が家へと向かうユウナも、おかしいと思っていた。
あの優しいランドル叔父様がこんなことをするとは思えない。―――やっぱり『あの人が』ランドル叔父様をたぶらかしているに違いない。一刻も早くお父様にに今回の事を話し、ランドル叔父様を説得して助けなければ。
嫌でも忘れられない。背筋を這うような視線を送る狐目の男。
浮島の町中を歩いていると、ユウナにとってはいつも通りの変わらぬ光景が迎えた。
わざとらしく話声をひそめる者もいれば、外で遊んでいた子供を無理やり家に戻らせる親もいた。
首をかしげる自警団には特に説明することなく進んでいく。
家が見えてくると、ユウナの足取りは自然と早くなる。勢いよく扉を開けてみると、そこには思いがけない人物が待ち受けていた。
「――おや、ユウナ。待っていたよ」
「ランドル……叔父様?」
扉を開けると、ランドルが一人佇んでいた。まるでユウナが帰ってくるのを待ち受けていたかのように。
「どうして、叔父様がここに?」
「いや、下の町で『凶悪な人攫い』が出没しているって話を聞いてね。それで居てもたってもいられなくなって、ここで待っていたんだよ。……ん、どうしたんだいユウナ。そんな不安そうな顔をして」
「お父様やお母さまは……?」
「私の家に来ているよ。昨日からユウナが帰ってこない、と相談に乗っていたところなんだ。無事に帰ってきてくれて本当に良かったよ」
叔父様の家にお父様とお母さまが? じゃあ、なぜ叔父様はここにいるのでしょうか。
疑問を浮かべるユウナに続き、遅れてビンスが中に入る。
「おや、あなたはランドル町長ですね」
「君はたしか下の町の自警団の……ビンス団長ではなかったかな」
「ええ、そうです。お久しぶりですね」
二人は知り合いだったらしくがっちりと握手を交わした。
「……して、今回はどのような用件でここに?」
「今回はトール殿の頼みで、ユウナさんをここまで護衛していたのです。実は子供を狙う凶悪な人攫いが出没していまして、昨日ユウナさんと下の町の子どもが攫われかけましてね」
「それは怖い話だ。いや、ここまで護衛してくれて助かった。後は私たちに任せてくれれば良い」
どこかランドルの声色が変わったように感じたユウナ。終始優しい笑みではあるが、何か冷たいものを感じる。
「はあ、そうですか。トール殿には数日の間、この家を護るように言われているのですが……」
予定外の状況に困った顔したビンスの肩に手が置かれる。
「いや、大丈夫だ。私の屋敷には特別に雇っている者がいるのでね。しばらくの間はそこで兄の家族も匿うことにしているんだ。それのほうが間違いなく安心だからね」
「え、それはどういう……」
「少し静かにしていなさいユウナ」
ユウナの声を遮るランドル。
「そうですか……そういうことなら私どもはここで引き上げさせて頂きます。では、トール殿から預かっているこの手紙をトルシェン殿に渡して頂きたい」
「わかった。トール殿には、今日中にでも私が直々にお礼を申し上げにいくので特に報告はしないで構わないよ」
そうして自警団の面々は挨拶もそこそこに来た道を戻っていく。一緒に家を出た二人はその方向とは逆に位置する屋敷に向かって歩いていた。
「あの……叔父様?」
ランドルに手を握られながら速足で歩いていく。屋敷は民家が立ち並ぶ通りから離れた、うっそうと茂る林を抜けた先にある。
手を握られて並んで歩くのは何年振りだろうか。そんな事を思いながらも、今は照れくさい気持ちにもなれないユウナは、隣を歩く白髪混じりの髪をしたランドルの顔を見る。眼の下には大きなくまが浮かんでいた。
「なんだい、ユウナ」
その声は相変わらずいつもの優しい声とは違う、異様な冷たさを帯びている。
「どうして……どうして、自警団の方々に『嘘をついた』のですか?」
ランドルは応えない。表情を変えずに、何かに追われるようにして歩く速度は少しずる早まる。
「叔父様は、凶悪な人攫いが下の町で出没していると知っていたのに……何故、知らないふりを?」
まるで厄介者をすぐにでも追い返したいと言わんばかりにビンスとの会話を終わらせていた。普段のランドルであれば、最低でも礼儀としてお茶ぐらいは出していたはず。それに特別に人を雇っているなんて話は聞いたことがない。
そして、ユウナはもう一つランドルの『嘘』に気付いていた。
「――――どうして叔父様は、下の町で人攫いが出没したと『知っていた』のですか?」
「……浮島の自警団の人間から聞いたんだよ」
ぶっきらぼうに返事を返すランドル
「いえ、それはおかしいです。浮島の自警団に既に伝わっている情報であれば、町の方々にすぐにでも警告されているはずです。人攫いが出没しているので注意してください、と」
だが、町の住人達はいたっていつも通りだった。小さな子供でさえ外で楽しそうに遊びまわっているほどに。
ユウナの知る限り浮島の住人は、少しでも自らの身に危険が及びそうな話であれば、敏感に反応する。また浮島の町の面積は狭い。住んでいる住人の数も下の町に比べれば圧倒的に少なく、情報はあっという間に触れ回る。自分に対しての反応がそうであったように。
「叔父様。本当に、お父様とお母さまはお屋敷にいるんですか?」
静かに、握られた手を離そうとした瞬間、握る力が明らかに強くなる。まるで逃がさないといわんばかりに。
「痛い……痛いです叔父様。は、離してください!」
大声を上げて抵抗しようと、しゃがみ込むと林の影から人影が近づいてきていることに気が付く。偶然、その場所にいたにしてはタイミングが良すぎる。
やがて、影の正体が明らかになる。
「そ、そんな、どうして……?」
小刻みに身体が震える。フードを深く被った大柄な男の鋭い視線に身体に力が入らない。困惑した表情で手をつなぐ叔父を見つめるが、視線を合わそうとしないで、ランドルはつぶやく。
「すまない、ユウナ。もう……こうするしかないんだよ」
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