第15話 隠していた秘密
「ヴァンさんは〈生活魔法〉というのは知っていますか」
「ん、あれだろ。薪に火つけたり、風呂の水溜めたりする時に使うやつ。あれを魔法って呼ぶのはなんか違うんだよなぁ。魔法って言ったらさ、もっとこうどかーんとしたすげえやつだろ」
ヴァンらしいな、と思いながら話を続ける。
「私は今年で十五歳になったので、そろそろ生活魔法ぐらい覚えた方が良いと母が教えてくれることになりました。父は魔法を扱うのが苦手だったので、少し複雑な顔をしていましたが、私は嬉しくて舞い上がってしまいそうでした。ヴァンさんの言う通り生活魔法は、様々な魔法の中でも低級に位置する魔法で、コツさえ掴めれば誰にでも簡単に使える魔法と聞いてます。それでも、大人たちが扱う魔法を使えるようになるんだ、と思うとわくわくが止まりませんでした」
「母から魔法を扱う上での心得を教えてもらい、いざ実践することになりました。不安で仕方なかった私に「心配しなくていいのよ。最初は誰でも失敗するんだから」と優しい声で励ましてくれる母のおかげで、集中することができました」
「簡単に使える風魔法。そうは言っても、『少し強めの風を発生させる』程度で、魔法というには少しばかり物足りないものかもしれませんが、私はできる限りの集中力で臨みました。体内で魔力を感じそれを練りこむ。じょうろの口から水を吐き出すように、手のひらから魔力を放つイメージ。眼を瞑り必死に思い描きました」
「すると、後ろで見守っていた母の悲鳴が聞こえたと同時に、大きな音が響き渡りました。一体、何が起きたのか私にはわかりませんでした。手のひらの先の方向に生えていた庭の木は無残にもなぎ倒されていて、まさかそれを自分がやったとは思えなかったのです」
「―――でも、それよりも驚いたのが、その場にいた母と父、それに偶然通りかかった近所の方が一斉に視線を注ぎこんでいたのは倒れた木ではなく私に、それも私の背中に向けられていました」
ユウナはゆっくりと立ち上がる。話に聞き入っていたヴァンは一体何が起きるのかと、ユウナの動向を眼で追う。
「んん?―――おあぁ!」
背を向けたユウナの背中から最初はおぼろげに、蕾からゆっくりと花びらが開くように、月明りに照らされた銀色のそれは浮かび上がり、完璧に姿を現した。
―――左肩から腰にまで届く〈銀色の片翼〉
月明りのせいなのか仄かに発光するその片翼は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「何故かはわかりませんが、魔法を使う際の魔力を練ろうとすると、どこからともなく背中からこれが現れるんです」
悲し気な顔をしながら、ユウナは説明を続ける。
「神子の中には膨大な魔力を授かる者がいるのと同時に〈魔症〉という難病を患うものが少なくないと聞かされました。その症状は様々で、ある日、全身が黒く染まってしまったり、腕や足が何本も増えてしまったり、中には………原因不明の死を迎える者もいるらしいのです」
そこで一旦話すのを躊躇うも告白を続ける。
「……実は、先ほどトールさんに話した内容にはひとつ嘘があります。医療魔術師は偶然訪れたと話しましたが、本当は父が町長であるランドル叔父様に頼み込んで、私の為に連れて来てもらったのです。ここから一番近い都市に商談のために向かったついでだったのですが……結果、わかったのは私が膨大な魔力を宿していて神子の可能性が高いということだけで、この片翼のことは全くわからなかったのですけどね」
トールに咄嗟な嘘をついてしまったのは実に反射的なものであった。自分でもよくわからないものを初対面である者に伝えて良い者なのか判断することができなかった。
ふと、ヴァンの顔を見てみると、話しなど聞いていない風にユウナの背中にくぎ付けになっている。口はだらしなく開き、この世のものとは思えない様を眼にしているかのように呆然としている。
「気持ち悪い……ですよね。ごめんなさい。こんなものを見せてしまって」
消え入りそうな声を出してから、すっと銀色の片翼は消えた。魔力を込めなければ簡単に消すことができる。心には申し訳ないという罪悪感と、どうすればいいのかという無力感が残った。
銀色の片翼が背中に現れ、異形な姿となったユウナを目撃した近所の者は後ずさるようにして、何も言わずにその場を去っていった。見てはいけないものを見てしまったように。
両親は心配こそしてくれたが、その眼には『恐れ』が微かに入り混じっているように見え、ユウナを酷く不安にさせた。
そして数日経つと、少しずつ、町で声をかけてくる者は少なくなった。噂が広まってしまったのだろう。
「おはよう」と気軽に声をかけてくれた散歩中のおばあさん。
「おつかい偉いね」と褒めてくれるパン屋の店主。
「今日も遊ぼう」と最年少の前歯が生え変わり途中な可愛い女の子。
皆が私を避けるようになった。それもしょうがない。あんな歪な姿を見てしまっては。それに、魔症というものはどんな症状に発展するのかわからない。それが自分の中だけで終わるものなのか、感染症のように周りに悪影響を及ぼすものなのか、それすらわからないのだから。
得体のしれない姿を見せてヴァンがどんな反応をしようとも、ユウナは受け入れようと心に誓っていた。今すぐここから出ていけと言われてもその通りにしようと思っていた。
冒険者としての熱い思いを話してくれたヴァンには勇気をもらった。その上、何度も危機を救ってもらっているヴァンに対して、隠し事をするくらいならいっそのこと嫌われてしまった方がマシだ。
そこまで決意したところで、ヴァンの様子がおかしいことに気付く。
「……か……か、かか」
「かか?」
うめき声にも似た声を発するヴァンは焦点の合わない目線で宙を仰いでる。一体どうしたものかと心配になるのもつかの間、急に焦点が定まったと思えば、勢いよく立ち上がり眼をらんらんと輝かせた。
「……か、かっけぇ。めちゃくちゃかっけぇじゃんかよ!」
かっこいい? この異形の姿が?
「すげえ。すげえよユウナ! こんなのギルバートの話でも出てこなかったぜ。頼むユウナ、あと一回だけ見せてくれ、頼むよぉ!」
「も、もう一回ですか?」
今日、一番興奮するヴァンはユウナの手を両手で握り懇願する。その尋常じゃない勢いに圧倒されたユウナはとりあえず再度魔力を練り、背中から銀色の片翼を出現させた。
「ほわああぁぁ。すげえ、なんだよこれ。ちょっと触っていいか?」
「え、あ――きゃ、ちょっと待ってください、触られるとちょっとくすぐった……きゃ!」
返事を待たずに片翼に触れる。色からして少し硬いイメージがあったが、ふかふかと柔らかく、両手にはさんでみると微かに弾力があった。
これを枕にしたらものすごく気持ち良いんじゃないか、などとしばらく楽しんでいると、すっと、姿を消してしまった。
「うお、消えちまった」
「もう……やめてください」
何故だか顔を真っ赤にしているユウナ。もう、真っ赤な顔をしているユウナの方が平常なのではないかとヴァンは思った。
興奮が収まらない様子のヴァンに、小さな声で問いかける。
「その、ヴァンさんは、気持ち悪くないんですか」
「ん、何が?」
「……背中の翼ですよ。銀色で、片方にしか現れない歪な翼のことです。こんなの変じゃないですか。すごく、気持ち悪いじゃないですか」
「全然。めちゃくちゃかっけぇ」
迷うそぶりも見せずに即答する。
どうして、と聞こうとするユウナを遮るようにしてヴァンは応える。
「だってよ、それってユウナにしか出せないんだろ。それって凄いことじゃねえか。それに、ユウナの髪と同じで月の光を浴びるとキラキラ光ってさ、なんか綺麗だ」
なんか綺麗だ。なんか綺麗だ。なんか綺麗だ。
――――ぼっ、と顔に火が付いたかのように熱くなる。
違う。私の事ではなくて、片方にしか現れない変な銀色の翼のことなのに。
眩暈がしてくるのを感じ、そのままベッドに横になる。
「ん、大丈夫かユウナ?」
「あ、明日は早いので、もう寝ます」
壁に顔を向けたままかろうじて聞こえた小さな声に、ヴァンは大きな欠伸をする。いくら怪我の治りが早いといっても、相当な体力を消耗したのだ。思い出したかのように、いびきをかきながら眠ってしまった。
しばらくの間、熱の冷めやらない頬を両手で押さえていたユウナも、清々しいくらいの大きないびきに誘われるようにして、眠りに落ちていった。
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