第11話 トルシェンとランドル



 その日の夜は、憂鬱な気分でした。身体が見えない鎖で縛られているみたいに、重くて、冷たい。何も考えたくなくて、何もしたくありませんでした。

 私の部屋は二階にあって、その窓から見える景色がお気に入りだったのですが、それすらも色あせて見えて、ただただベッドでうずくまってました。


「……―――ってくれ、兄さん」 


 夜遅く、なかなか寝付けない私の耳に声が届いてくる。もちろんそれは私に向けてではなくて、恐らく父に向けて。

 それは父の弟であるランドル叔父様の声だった。

 こんな夜更けにどうしたのでしょうか。気になった私は、下に降りていきました。怒鳴るような声から察して、できる限り足音を立てないように。

 一階のリビングから見えない位置の階段に座りこんで聞き耳を立てた。こんなことをしてはいけないと思いながらも、好奇心には勝てませんでした。温厚なランドル叔父様があんなに大きな声を出すのは初めて聞いたのですから。それも兄である父に。


「言っている意味はわかった……だが、それを許すはずがないだろう」


 厳かな口調で返事をする父、顔は見えないけれどきっと険しい表情をしているのがわかった。


「兄さんが心から大事に思っているのはわかっている、それは私も一緒なんだ……だが私は、町長である上でこの浮島という小さな町を守る責務がある」

「他の方法を探すしかないだろう」

「そんな悠長な事は言ってられないんだ!」


 つい、声を上げてしまいそうになる。鬼気迫る叔父様の声に心臓が飛び出そうになる。本当にどうしてしまったのでしょうか。こんなに声を荒立てる叔父様は初めてです。


「ランドル、少し落ち着け……ユウナに聞こえてしまうだろう」


 ごめんなさいお父様、すでにしっかりと聞いています。


「たのむ兄さん……ユウナの力が必要なんだ。その、別に『人柱に立てよう』という話ではないじゃないか。問題が解決する間の期間だけだ」

「それは、いつになるんだ?」

「……そ、それはまだわからない。ただ数年の間には――」

「馬鹿を言うな! 十五になったばかりのユウナにそんな苦しみを与えるつもりか!」


 張り上げる父の声にも驚いたが、それよりも聞き捨てならない言葉に今度は心臓が止まりそうになる。

 私の力が必要。人柱。数年の間?

 正直全く訳がわかりませんでした。ただ、足の先が急に冷たくなってそのまま凍ってしまうのではないかと感じたほどに、不安が迫ってくるように思えました。

 

「……わかってるさ、だがもう時間がないんだ。兄さんだって見ただろう? ユウナには考えられないほどの膨大な魔力が宿っている。あの子はきっと〈神子〉なんだ。この町を、浮島の住人達を救う運命だとは思わないか」


 昼間の出来事を思い出す。あれは、何かの間違いに決まっている。きっと機械の故障に違いない。何度もそう思いましたけど、やはりそうではないみたいです。

 私が〈神子〉。そんなの馬鹿みたい。


「馬鹿馬鹿しい……あの医療魔術師に何か吹き込まれたのか? どうにも怪しいと思ったんだ。よし、明日、直接私が話をしよう」

「待ってくれ兄さん。彼は、医療魔術師である上にあの〈魔導研究所〉のメンバーでもあるんだ。ちゃんと研究員である証を確認させてもらった。専門家の彼が言うのだから間違いないじゃないか?」

「研究員である証? 全くそんなものを真に受けているのか。あの子は他の子となんら変わらない私の愛する娘だ。そんな話を聞き入れるわけがないだろう……帰れ、もう話すことはない」

「兄さん……頼むもう一度よく考えてくれ」

「帰れと言っているだろうが!」


 ガタっと大きな音がする。椅子を蹴るようにして立ち上がったのだろうか。直ぐに母の声が聞こえてくる。


「あなた、落ち着いてください。―――ランドルさん、今日の所はお帰りください」


 父の傍にいるのであろういつも暖かな母の声は、どこか冷たく刺々しい。

 少しの間があってから、ドアを開ける音が聞こえてくる。きっと叔父様が家から出ようとしているのでしょう。最後に聞こえてきたのは、小さく震える声で一言だけ。


「……もう時間がないんだ、兄さん」

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