第二章 話すにも潮時があり、黙るにも潮時がある

 がらーんごろーん、と学院の古びた鐘が鳴る。


 ずいぶん古いものなので、鈍い音しか響かないが、八年も聞き続ければ慣れるものね、とユニは独りごちた。


 現に目の前の見慣れた背中は、全く鐘の音など気にならないようで、大きくのびをしながら「ふあああ……」となんとも気の抜けた声を出している。


「ルーク、おはよう」


 声をかけると、あきらかに眠そうな目のままルークは後ろを振り返った。その横を


「ユニ、おはよう。今朝は学生会のミーティングがあるから、先に行くよ」


 と、ウィルが足早に通過して行く。

 いつも通り制服にリボンタイをきちんと締めて、一部の隙もない。颯爽たる様子だ。


 ノーネクタイどころかブレザーの下はパーカーというルークとは大違いである。


「朝から大変だね、ウィル」


 彼はユニの姉のマリアや、マクシムと同じく学生会に属している。

 学生会とたいそうな名を持っているが、特段大きな権力を持っているわけでもなく、連絡事項の伝達や突発的に開催される行事の進行が主な役目。


 要は学舎の雑用である。


 たいして人数のいない学舎の生徒は、島の人間の六割を占める。そして残りの島の人間が教師を務め、学ぶ内容によっては教師が年齢も関係なく、学舎に入りたいものが入り、学びたい授業を学ぶ。


 先ほどまで教鞭をとっていた者が、別の授業では学びを受けている。それどころか、生徒もしばしば先生役になる。そういった光景はこの学舎においては珍しくはないものだった。


 もっとも、ユニとウィルとルークなどの島の年少組と見なされている者達は、専ら教わる側である。


 ルークなどは、最近機械工作の授業を受け持とうと何やら画策しているらしいが、学生会の賛同が得られないために念願は叶っていない。


 誰が反対しているのかは明白だ……などとユニは思っている。


「おっはようさーん!!」


 後ろから大きな足音と共に、明るい声が響き渡った。


 ユニ達と同じクラスの最後の一人、高弥だ。


 細くひょろりとした体型に、あちこちはねた無造作な黒髪。整った顔だが、好奇心と老成の入り交じった漆黒の眼は、不思議な愛嬌を感じさせる。「西国訛り」と自分で言っている微妙にイントネーションの違う話し方も、その印象を強くした。


 黒のキャスケットを斜に被り、ゆったりとした服をだらしなく着こなしているのはいつものこと。上に羽織った外套は『ハオリ』という東の国のものだそうだ。


 彼は大きくジャンプすると、ルークに飛びついた。


「ぐえ」


 ルークの口から悲鳴が飛び出る。腰の辺りからぼきりと異音が鳴り響いた。

 腰が、腰がといううめき声をBGMにユニは「おはよう」と高弥に笑顔を向けた。

 その時、高弥の眉が微妙に曇った。


「ん?」


 その目は、ユニの制服のポケットを見つめている。


「そこ、何か入っとらへん?」


「え? ここ?」


 何かおかしなものがあっただろうかとユニは首をかしげるが、高弥は断りなくユニのポケットを漁り、中身を出し始める。


「おい! いきなりなんだ!?」


 あっけにとられるユニよりも早く、ルークが叫んだ。が、高弥はそんなもの気にするような男ではない。


 ハンカチ、砂糖菓子、メモ用紙の切れ端、そんなものの後から、ころんと白い固まりが現れた。


 昨日拾った携帯電話である。


「あれ? ユニ、これ昨日拾ったやつ? 持って来ちゃったのか?」


 ルークが興味ありげに覗き込む。電源の入っていないそれは、何の使い道も持たない。


 だが、ユニはそれが捨てがたくて、お守りのようにポケットに忍ばせていた。


「悪いんやけど、これ――気になるんで、少し預かってええ?」


 なぜか、とは言わない。だが、高弥は昔からどうしてか、妙な事に鼻が効くのだ。


高弥の勘で危険から助かったことは、数知れない。それを知っているユニは、気が進まないながらも不承不承「はい」と高弥に携帯を差し出す。


「おおきに」


 にこやかに高弥はそれを受け取り、匂いを嗅いで一瞬顔をしかめた後、放り込むようにそれをバッグに投げ入れた。その横を、見知った人物が横切った。


「君たち、のんびりしていると遅刻しますよ」


 先輩で学生会の一人である朱典(しゆてん)が、眼鏡を陽光にきらめかせながら三人の横を通り過ぎる。


「あれ? 朝は学生会はミーティングがあるんじゃないの?」


「ふっ、そんなものは寝坊して開始時間に間に合わなかったので、スルーですよ」


 黒髪を風になびかせて、朱典が胸をはる。


 一見理知的で几帳面な外見の彼は、実はおおざっぱでルーズな性格というマイナス方面のギャップを備えている。


「いいのか、それ、学生会の一員として。なんか学生会って、生徒の模範となるべき存在って聞いた気がするんだけど」


 ルークがツッコミをいれるが朱典は全く気にした様子もなく


「反面教師にしてください」


 と鷹揚な笑みを見せ、小脇に抱えていた紙袋に目を細めている。去り際にそれからただよってくる匂いがユニの鼻をくすぐる。


 優雅に朱典が去った後、ユニはぽつりと言葉を落とした。


「――あれ、鶏の唐揚げの匂いがしたよ」


「ミーティングよりも、朝飯をとったんやろな」


 皆は呆れぎみにその背中を見送った。と、それを図ったように学舎の鐘の音が鳴り響く。


「予鈴や、急ぐか」


 ユニとルークは頷き、教室へと向かう。

 それはいつもと変わらない朝の始まり、いつも通りの日で、あるはずだった――。



「と、いう訳で英国はスペインの『最高の祝福を受けた大いなる艦隊』、通称無敵艦隊をアルマダの海戦で破ったわけです。これが、スペインの衰退を招く原因にもなり――」


 メリュジーヌ先生の歴史の授業は、退屈だ。ユニは教科書の影でこっそりとあくびをかみ殺す。


 場所も知らない国の歴史なんて聞いても、物語を聞かされているようでピンと来ない。


(知らない国の話なんて、聞いてどうなるっていうんだろう)


 なんでこんな事を勉強しているんだろう、という疑問はしばしば浮かぶが、教師達は義務であるかのように歴史や文化をはじめとしたありとあらゆる知識をユニ達に教え込もうとする。


「なんでこんなに覚えることが多いんだろうな。歴史や言語、風俗や技術、料理に理化学、科学に――って、教科が多すぎだっつーの! 選択できるようにしてくれよ」


 ルークの愚痴はユニからすればもっともだと思うが、普段不真面目そうに見える高弥は、


「そんな事言いっこなしや。昔の人達の知識はちゃんと受け継いでいかなあかん」


 と、案外理解を見せる。


 ウィルはといえば与えられた知識を極めて淡々とした姿勢で受け入れているように見える。


 ユニは、知らない事を知るのは好きだが、なにせカリキュラムが膨大すぎて、疲労を覚えることがしばしばだ。


 マリアに愚痴をこぼしたこともあるが、それはやんわりとたしなめられた。


「これは、とても大切なのよ。あなたたちに、受け継いでいかなければいけないの。今までの、この星の人間達の得た知識、考えた数々のことを」


 今まで似たような言葉を教師の口からも繰り返し聞かされてきたが、使命感すら感じさせるそれは、正直ユニには圧迫感すら感じられて、息が詰まる気持ちになった。


(私はこんな、死んだも同然の知識なんか、必要ないのに)


 失われた文明の数学、物理、法律、そんなものがユニがやりたいことに役に立つとは思えない。ユニはもっと生きた情報を知りたいのだ。


 しかし、そのやりたいことを言えば、皆一様に反対するに決まっているだろう。


「この島を出てみたい」


 そんな事を言っただけで、猛反対にあうのだから。

 ユニは、分厚い教科書を読むふりをしながら考える。


(私の考えに賛成してくれる友達ができたらいいのになあ)


 もちろんルークやウィル達は友達だし、保護者のマリアとだって仲は良い。だが、それだけじゃない、たわいない事を話して、共感しあえる同性の友達。それが自分にはいないのだ。


(あの携帯がもし動いて、この街以外の誰かと話せる事が出来たら)


 ユニの想像は膨らんでいく。もちろん携帯は今手元にはない。高弥に取り上げられてしまったからだ。


(そうしたら、自分の夢や、面白かったこと、困ったことなんかを、相談できるのに)


 ふと自分のポケットで何かが小さく振動したような気がして、ユニは苦笑した。また錯覚だと思ったのだ。


 携帯電話は、高弥に渡してしまった。だから、ここにあるはずはない。よって、これは気のせい。


 三段論法でそう結論づけ、虫でも入り込んだのかしらとユニはポケットに手を突っ込んだ。が、その動きが固まる。


 そこにあるはずのない硬質の物体を指先で確かめてユニは硬直した。それをそっと引っ張り出す。


 それは、見紛うはずもない、高弥に渡したはずの携帯電話だった。


「……ひ」


 思わず喉の奥でうめき声をあげてしまい、周囲の生徒が一斉にユニに目を向ける。ルークとウィルの怪訝そうな様子が目の端にうつる。


「どうしましたか、ユニさん」


 メリュジーヌ先生はおっとりと首をかしげてユニに尋ねた。


「あ、あの……なんでもありません」


 咄嗟に何も言わない方が良いだろうと判断して、ユニは携帯電話をポケットに押し込み、無理矢理に笑顔を作って見せた。


 ちらりと視線をおとしたポケットの中は、薄く灯が灯っていた。光を出すようなものなど、ユニは一切持ち歩いてはいない。


 唯一原因が考えられるとすれば、それは、どうしてだかここにある携帯電話のみ。


(どうしよう)


 理解不能な事態におののきつつも、なぜだかユニはそれを誰かに言う気にはなれなかった。再び、ポケットが震えるのを、今度はユニははっきりと確認することが出来た。触れる指先で、携帯電話は振動を続けている。


(誰かから、この携帯電話の持ち主に連絡が来たのかしら)


 それは、この街の住人以外の人かもしれない。そう思えば、ユニの胸は期待に膨らんだ。


(自分がこの携帯電話を拾ったことを説明すれば、そのかけてきた人と話せるわよね)


 この街から出たことのないユニにとって、それは驚天動地の出来事だった。

 他の街の話を、聞けるかも知れない。それに、ひょっとしたら。


(お友達にだって、なれるかもしれない)


 それを叶える事ができれば、自分の願いは大きく前進するだろう。

 考えるほどにとりとめもなく夢が膨らんでしまいそうで、ユニは努めて自分を落ち着けるように教科書に目を落とした。


「――イギリスはこのような経緯の末に、大英帝国を築き上げていったのです」


 授業では、見も知らない国の話がまだ続いている。でも、それはもしかしたらまだどこかにある国なのかも知れない。そこに住む人と、もしかしたら話す機会があるのかもしれない。


 はじめてそう思うことが出来て、ユニはポケットの中の携帯をそっと握りしめた。



「では、学生会議を始める」


 マクシムは、居並ぶ役員の顔を見回しながら重々しく呟いた。


 朝に居なかった朱典の耳をひっぱり説教しながら学生会室に引きずり込み、もうすでに揃っていた学生会員の前で黒板に本日の議題を書きつけたのはつい先ほど。


 そうして示し合わせたように会議が始まる。落ちかけた日の光が、室内を朱く染めて皆の顔を照らし出していた。


 その中でしれっと朱典は何事もなかったように席につき、涼しい顔で黒板を眺めている。


 この会議にウィルのは参加していない。ウィルはこの会議の存在すら知らない。彼には秘匿するべき会議と見なされているからだ。


 全てのメンバーが揃ったのをみとめると、マクシムは軽く咳払いをした。


 学生会室のほぼ半分を占める円卓の周囲には、五人が等間隔に間をあけて席に着いている。これは、学生会の中心メンバー。そして、この島の運営の中核的な役割も担っている。重要な事は全てこのメンバーによって決定され、運営されていく。


「本日の議題は――」


「別に今更言わなくてもいいだろ。ここに書いてあるし、いつもの事じゃないか」


 気だるげにほおづえをつきながら、マクシムの左横に座っていた男が黒板を顎で指した。


 副会長のレヴィである。

 白銀の短髪は冴え冴えとした美貌を彩り、黒曜石の色をした切れ長の目はまるで人間に害を及ぼす危険な生きもののように底光りしている。


 美醜を問えば、間違いなく美しいと言われる類の外見ではあるが、背の高い痩身も、人外めいたあやしい美しさも、生命力に溢れた偉丈夫たるマクシムとは対照を成す。


 彼が示した方向、そこには『第二百八十一回 世界復活会議』とでかでかと記されていた。


 たかが学生会が取り扱うにはずいぶんと壮大な議題である。


 だが、居並ぶ学生会役員は、極めて当たり前のようにその板書を見つめていた。まるで、自分達がそれをなすことが使命であるというように。


「で、今日は彼らはどうだった?」


 マクシムの問いに、部屋の中央でただ一人立っていた少年――高弥は


「どうもこうも、いつも通りや」


 と、手を気楽に頭の後ろで組みながら、これまたいつも通り決まりきった答えを返した。が、ふと何かを思い出したように動きを止める。


「そういや、忘れとった。何か妙な匂いのするもんをユニがもっとってな。念のため預からしてもらったんやけど、すっかり忘れとったわ。何や、気づけば匂いが薄れ

とってな。気のせいやったかもしらんが――」


 内ポケットを探る高弥が凍り付いた。


 慌ててポケットを覗き込み、終いにはポケットの内布を引っ張り出して部屋の真ん中で振り出した。雪崩のように中身が転がり落ちる。


「ちょっ、無茶苦茶しないでよ! さっきせっかく掃除したんだから! ああ、食べかけのせんべいが床で粉々になってるじゃないの!」


 円卓についていたマリアは激高するが、高弥はそれを聞き流して床の上に這いつくばり、落ちた私物を確認している。


「……やっぱりあらへん」


「何がだ」


 普段ひょうひょうとしている高弥の様子があまりにも真剣だったせいか、マクシムの右隣の少女――エレンが西洋人形のように端麗な顔をかすかにゆがめた。艶やかな赤い髪がさらさらと揺れる。


「ユニが、懐かしい物をもっとったんよ。ほらあの、ケータイデンワとかいうやつ」


「ケータイ……ああ」


 マクシムが何かを思い出すような顔をした後、理解したように頷いた。

 機械に関してはそれほど詳しいわけではない。だが、瞬く間に普及したそれは、何度か目にしたことも、触れる機会もあった。


「だが、あれはもはや失われた技術ではなかったか?」


 今の自分達には不要。そう判断されて、それが使えるようになるための整備は見送られたはずだ。しかし、その端末が残っていることはありえる。そこまで考えて、マクシムは高弥に問うた。


「携帯電話を、ユニが拾ったのか?」


「ルークとウィルにも聞いてみたんやけどな、昨日崖下で拾ったみたいやで。保存状態がよかったみたいで、えろう綺麗やった」


「拾っても使えなきゃしょうがないだろうに。で、妙な匂いってなんだい? 死体がそれを握りしめてでもいたのかい?」


 レヴィの言葉に、その光景を想像したのかマリアが嫌な顔をする。高弥は考えるようなそぶりを見せた後、ぽつりとつぶやいた。


「いや、死臭やない。一瞬妙な気配がしたんやけど、あれはユニの匂いに近かった」


「ユニの匂い?」


 朱典は目を眇め、その言葉を反芻する。室内は一気にざわめきを増した。


「――新たな――? まさかそんな事は――」


 マリアは、ありえないというように首をふった。


「あの希望の箱の中から出てきたのは、あれらだけ。皆も周知のことだ。気のせいではないのか」


 エレンも淡々と高弥の意見を否定する。

 朱典は無言だが、高弥の話は半信半疑なようで首をかしげている。あげくの果てには


「酒が入ればよい考えが思い浮かぶかも知れません」


 などと言いだしたが、速攻で却下された。


 良い考えが浮かぶどころか酒乱の名をほしいままにする朱典なので、当然の処置だといえる。


 このまま高弥の意見は認められずに流れるかに見えたが、それをさえぎる者がいた。


「でもさあ」


 レヴィが空気を一掃するようににんまり笑う。


「全ての世界を虱潰しに探したわけじゃないよね。もしかしたら、ということもあるんじゃないかな」


 ねえ、と視線を流した先のマクシムは、唇を引き結び、渋い顔で腕を組んでいる。


夜の始まる空気が、少し開かれた窓の隙間から、室内を浸食していく。空は紫に染まり、もう少しで夜一色に塗り替えられようとしている。


 薄暗い部屋の中、学生会の面々は、何かを思うように目を閉じて黙り込んでいる。


 高弥の話を受け入れれば、世界の枠組みが変化する。

 皆はそれをわかりきっていたが故に、おいそれと判断が下せなかった。


 それはマクシム達――少なくともマクシムににとっては、喜びと同時に、おそれを産むものだ。


 地上の王者が交代する。


 いや、正統なる者達へと返還されると言うべきか。


 日が完全に落ちきって部屋の中は完全に闇に塗り込められた。月明かりさえも届かない部屋の中、マクシムはゆっくりと目をあけた。


「――我々の時間が来たな」


 と、その声を待っていたかのように、水が止まっていた中庭の噴水から、さあさあと水がほとばしった。底の見えないほど深いその池の中で、何かの影が大きく揺らいだ。遠くでほおと何かが息をつくような音が聞こえてくる。


 マクシムの目は、獣のような光を帯びて暗闇の中で輝いている。それに続くように、皆は次々と目を開けていく。


 どの瞳も、闇の中でそれとわかるほどの輝きを帯びていた。


「やっと息がしやすくなったわ。昼間は、やっぱり活動が鈍るもの」


 犬のように緑に光る目を瞬かせて、マリアが自分の指先を見つめた。いつしかそのしなやかな手には、鋭いかぎ爪が伸びている。


 存在を増した犬歯をもてあますように、マリアは唇を甘噛みする。


「それは、お前が未熟だということだろう。何年生きてるんだ」


 赤く光る目を眇めてエレンが唇をぺろりとなめた。朱を増したそれは、ぬれぬれと妖しく光っている。


「でも、それはわかる気がするなあ」


 レヴィはそう言うなり、大きくのびをした。

 が、その行動はいつもどこかわざとらしさがつきまとっている。


 無理矢理人間くさく振る舞っているようなその仕草。高弥は半眼でレヴィに視線を向けるが、その口は言いたいことをあきらめたように、引き結ばれている。実力の差を考えれば、無理もない事であるのだが。


 レヴィに言いたいことを忌憚なく言えるのは、マクシムくらいであろう。彼は


「お前は昼だろうが夜だろうが、力を発揮するのにそうたいした違いはないだろう。小物ぶるのはやめろ」


 と言いながら、大きさの増した体を椅子の上でもてあますように丸めていた。

 その様子が微笑ましくて、マリアはこっそり笑いをかみ殺す。


「移動しましょうか。もうユニ達も帰りました。校庭に行きましょう」


 朱典は頭上の角をさすりながら部屋の扉を開ける。その姿は、彼の種族を知る者が見れば、こう呼んだだろう。


 ――鬼、と。


 美しい鬼は、窓からの月を見上げて独白するようにつぶやいた。


「これからの時間こそが、この学校の本当の顔の始まり――と、彼女たちが知ったらどんな顔をするでしょう」


 校庭の木々が風もないのにざわめき、門がひとりでに大きく開いてゆく。誰もいない校内で、壁に映るいくつもの影が軽快に踊りながら廊下を通り過ぎていった。


「子供達は、眠りについた」


 誰の声か、校庭を張りのある声が響き渡った。呼応するように噴水の池の中から、大きな蛇のしっぽがぱしゃりと水を跳ね上げる。


「我々の時間が来た」


「夜の生きものの時間」


「今この世界で、最大の種族」


 ささやくような、興奮するような声が、さざめきとなって校内を流れていく。


「そう、我々は夜の生きもの。そして、昼の子供達の守護者だ」


 マクシムの声と共に、様々な生きものが暗闇から姿を現した。


 その中には、メリュジーヌ先生と呼ばれていた女性の姿も混じっている。


 気だるげに授業を行っていた昼間とは打って変わって、噴水の中から蛇の半身をくねらせ、楽しそうに噴水の水を浴びている。


 高弥は、背中の黒い翼をばさりと開いた。窓から飛び上がれば、校内のあちこちで何者かが跳ね回っているのが見える。


「今のこの世界の最大多数は、俺らあやかしや」


 自負ではなく、ただ現実の事として高弥はそう思う。


 あの隕石の後、かつての最大多数であった人間は、滅びてしまった。

 荒涼とした地球で高弥はその栄枯盛衰を思い、自分を祭り上げたこともあった人々を懐かしんだ。


 人には天狗とも呼ばれた事もあった自分。しかし、今の自分をそう呼ぶ者はもういない。


「鳥、夜に浮かれていないで。会議を再開するわよ」


 下からのマリアの呼び声に手を振ることで答えると、高弥はゆっくりと下へ降りていった。翼があるというだけで鳥呼ばわりされるのには閉口したが、もう慣れた。


 所詮西洋のあやかしに、東洋のあやかしを理解してもらおうなんて無駄なこと、と割り切れるようにもなった。


 呼ばれ慣れた最近では、愛着すら感じるようにもなってしまった。


 再びこの世界が人で満ちることはあるのだろうか。

 幾度も考えたその問いを、再び高弥は思う。


 いますぐというわけにはいかない。だが、いつかは――と期待していいのだろうか。

 自分達は、それを願い、そのためにこの学舎を作り上げた。


 それは、この世界の二人の人間の子供のためだ。

 ――そう、今、この世界に、人の子は男と女、たった二人。


「なんや、昔そんな神話があったかなあ」


 遙か昔を思い出すように、高弥は目を細めて夜空を仰いだ。

 ずいぶん長く生きてきたので、いつその話を仕入れたのかははっきり思い出せないが、確かにそのような話を読んだことを記憶している。


 神の作り上げた楽園に住まわされた一対の男と女。

 その名前は何といっただろうか。


「なら、この学舎はさしずめ楽園ということやなあ」


 様々なモノの群れ集う学院を眼下に見下ろし、高弥は悠然と校庭に降り立つ。


 居並ぶ学生会の中央に立つのは、獣の王ベヒモスの化身たる、学生会長マクシム。


 その脇をかためるのは最強の海の魔物リヴァイアサンのレヴィと、吸血鬼であるエレン、人狼のマリア、鬼の朱典といった面々だ。


 思えば奇妙な事であるかも知れない。人に害を成すと信じられていた自分達は、人間達に手ひどい迫害を受けていたことも、ざらであったのに。


 しかし、マクシムやレヴィは、その事に関して何の疑問も持っていないらしい。


 この二人は人間が太刀打ちできないほどの強大な力を持っているから、そんなものは気にならないのだろうといってしまえばそれまでだが、彼らに関しては、人がいた

方が面白いから、単純にそう考えているらしい。


 そしてマクシムに心酔するマリアは、彼がそうであるならば盲目的にその考えを受け入れるタチであるし、引き取ったユニを同族のように可愛がっている。


 吸血鬼のエレンは、極上の餌である人間がいなくなってしまうのは、楽しみが減ると言っているし、ウィルと暮らし始めてからだいぶ性格が円くなったともっぱらの評判だ。


 鬼の朱典はといえば


「人がつくる食べ物は、美味しいものばかりですからね。人ならざる皆さんは料理なんてしないですし、味覚もお粗末なものですから、嫌になります」


 と理由になっているんだかなっていないんだかわからない事を述べ立てていた。


 まあ要するに、皆それぞれの理由で人がもう一度復活して欲しいのだ、と高弥はそう自分の中で締めくくった。


 そのためには、その障害になるだろう事には、細心の注意を払っておかねばならない。


 会議室に降立った高弥は、五人を見回した。


「さっきの話の続きやけど、携帯の件、気になるんでちょっと気いつけさせてもらうわ」


 五人は五通りの様子で頷いた。


 が、皆、先ほどまでの落ち着きは半減している。


(こらもう駄目やな)


 わかっていたことだが、高弥はそう独りごちた。


 本性に戻れば、あやかしは本能に引きずられがちだ。


 どこから出したのか干した肉をつまみに、酒を飲み始めた朱典。これはもう使い物にならない。近寄りたくもない。


 他の面々はといえば、この光景を気にした様子もなく、思い思いに席を立ち始めた。


 いや、辛うじて保たれていた平穏が、夜の到来によってあっさり破られたのだ。


「……お腹が空いたわ」


 つぶやくエレンを警戒して、マリアはユニの元へ戻ろうとする。


 自分の養い子を餌にしないのはあっぱれであるが、その他の者には吸血鬼の本能のままに頓着なく手を出そうとするのは頂けない。


 それが原因でマリアと血で血を洗う諍いをしたことは数え切れない。


 気がつけばレヴィはいなくなっていた。


 楽しい事、興味がある事があれば、平穏をためらいなく引っかき回すこの男を、高弥は苦手としていた。


(まあ、あのヒトが得意なヤツなんておれへんけどな。対等に相手できるのはマクシムの旦那くらいなもんやし)


 当のマクシムは、未だ微動だにせず、何事かをじっと考え続けているようだった。


 ――もう今日は帰ろう。


 思い始めた高弥の前で、ふいに彫像のような唇が動いた。


「私も気をつけておく。何か変わったことがあったら些細な事でも報告してほしい」


「……了解や」


 理性を小揺るぎもさせず、マクシムは闇の果てを見つめる。


(――この方がおってよかった)


 その思いを新たにして、高弥は窓から飛び立った。


「やや面妖な! 酒がなくなりました!」


 酒瓶を逆さにして叫びだした朱典を眼下に見下ろし、高弥は自分が飛べることに感謝した。酒はお前の腹の中だ。などとツッコミもしない。


 所詮高弥の力はあの五人には及ぶべくもない。


 あやかしは力の階級が厳然としている。


 昼はなんとなくなあなあになっているが、夜はくっきりと差違が浮き出てくる。


 かといって蔑まれることもなく、高弥は大災害後の世界をのほほんと生きている。


「全く変な世界になったもんやで」


 そうは言いながら、高弥は今の世界が嫌いではない。

 むしろ――反対だ。


 空には満天の星が輝いている。人で埋め尽くされていた時代には、ついぞお目にかかれなかった光景だ。


 このように堂々と飛ぶなんて事は、もちろん出来るはずもなかった。


 髪をなぶる夜風をここちよく感じつつ、高弥は、この世界の幼子に思いを馳せる。

 ユニ、ウィル、ルーク。


 この中で、人であるのはたった二人。


 そう、二人なのだ。


「全く、女どもは面倒なことを思いつきよって」


 高弥はぼやいた。


 子供の時は余計な事を悩まずに、伸び伸びと育って欲しい。


 そう育ての親であるマリアが主張したことに、誰も反対できなかったからだ。

 だが、そろそろそういうわけにもいかないだろう。

 

 ユニ達は思春期に入っている。


 誰かに恋心を抱きはじめる時期だ。そこで人以外を好きにならせるわけにはいかない。

 

 マクシムはそう言ったことがあるし、高弥もそう思う。

 

 だが、女であるエレンやマリアは、全く違う意見を持っていた。

「もし選択の余地のない相手に、恋愛感情を持てなかったらどうする? その相手を好きにならなければいけないと思うことが、重圧になることもあるだろう。恋愛感情くらい、あれの好きにさせてやれば良い」


 普段エレンと仲の良くないマリアも、この意見には賛成をみせた。


「――そうよね。異種族恋愛、上等じゃない。かえってその方が、子供のバリエーションも増えていいわよ。昔からよくあったじゃない。人外のものとの婚姻譚なんて」


 そう言う問題だろうか。子供ができないだろう相手もこの中にはいるのだが。

 そうなったとき、人間が子孫を残す道は断たれてしまう。それは避けた方が――いや、絶対に避けるべきだろう。


 そんな男性陣の控えめな主張は一笑に付された。


「最終的には、ユニの腹を借りて子供をつくるということも、本人の承諾があれば可能かもしれんが、私はそこは無理にすることではないと思う。これで滅びるのなら、人間はどの道滅びる運命だったということだ。あの二人が生まれることが出来たのも、人類の歴史のなかでのおまけのようなものだしな」


「義務で好きでもない男の子供を産むなんて、私ならまっぴらごめんよ。子を産めなくても好いた男と一緒にいたい。それが女というものだと思うわ。生まれたときから子を産まなくてはいけない運命を担って、相手も決められているなんて、どんなつまんない人生かしら。それに、私たちと交わってここから新人類が誕生するなんて、すごいことじゃない。絶対普通の人間より丈夫だし、良いことだと思うわ」


 つまるつまらないの問題なのだろうか。

 ちょっとその意見は楽観的にすぎないか。


 高弥は女達の意見に賛同しかねるところはあったが、人間ではなくとも、同じ女としての一家言に、男達は押し切られた形となった。

 

 ユニには、何も知らせない。

 

 そして、少年達にはユニが大切な存在であると教えつつも、自分達が何であるかは、あえて伏せたままにしておいた。

 

 彼らには真実を教えておいた方がいいんじゃないか、そういう意見もあるにはあったが


「義務や責任なんて考えないままで自然なままに結びつくならそれがよいだろう」


「好きでもない相手の子を産むなんて、どんなに窮屈なことかしら」

 

 この事に関してだけは女二人の意見はぴったりと合致するようだ。男どもにはなかなか理解しがたい事ではある。

 

 人という種族の未来。

 一人の少女の恋。

 

 それは天秤にかけられるようなものではないと思うのだが、女性の観点からはそうではないらしい。


「奇跡のように、この子達が生まれてきたんだもの。人間という種が続いていく運命ならば、奇跡はもう一度起きるはず。そうならないのなら、その種はもう存続する道を選ばないという事よ」


「この少女を通して、人間が次代の子供を残すか残さないかを選ぶということですか?」

 

 レヴィは興味深そうに二人の話を聞いている。


「少女だけではないわ。それは少年にも言えることでしょう。種族の繁栄を選択して少女を愛するようになるか、それとも新たな道を見いだして他の者を選ぶのか」


 マリアは言うなり、目を輝かせて二人の赤子を覗き込み、言ったものだ。


「人がどういう道を歩んでいくのか、それを見ることが出来るなんて光栄だわ。それに、私たちに子供達と恋をする可能性が生まれるなんて、面白いと思わない?」


「なるほど、面白いですね」


 締めくくるように朱典は自作の餅を頬張りながら、賛意をみせる。


「ともあれ、私たちができる最善の事は、この子達の意思を見守るということではないでしょうか。昔の言葉にもあります。後は若い人達にまかせましょう、と」


 それは違うだろう。

 すんでの所で口から出かかった言葉を飲み下し、高弥は不承不承ながらも了承した。


 そういういきさつを経て、世界の秘密は保たれている。

 彼らの感情の動きを見守り、影からサポートするのが高弥の役目だ。


 思春期になり、彼らの気持ちは揺らぎ、形を取り始めている。

 だから、この時期に妙なものの影響は受けて欲しくない。


 この島は二人の少年少女を守り、育むために作られたものだ。住人もそれをわかっていて陰に日向に彼らを見守っている。


 しかし、外界には人の少年少女を餌としか見ない、あるいは疎ましく感ずるモノもいるだろう。

 現に、街の外からやってきてそのような事を言った輩、さらにはユニ達に害を及ぼそうとしたモノもいた。


 人がいなくなり、次のこの世界の支配者は自分達だ、など思い上がったそれらにマクシムや高弥は手酷い報復を加えて追い返したものだが、この世界はもはや人に対して安全なものではなくなっている。


「だからせいぜい見守ったらんとな」


 空高く、高弥は黒い翼を広げる。


 ――夜は我らの時間。


 微睡む彼らを守護し、そしていつかその子供達とも遊ぶ機会があればいい。背中に乗せて飛ぶのもいい。昔語りだってしてやろう。


(それが俺の、ささやかで自分勝手な望みなんやから)



 ユニはランプの薄ぼんやりとした光の下で、ベッドに寝転がりながら白い携帯電話を飽きずに眺めていた。


 昼にいきなり動き出したこの機械は、どうしたわけか今は電源が灯り、画面は微かな光を放ちながら、一つのメッセージを映しだしている。


『はじめまして、こんにちは』


 これは、この携帯電話を持っていた誰かへの言葉なのだろうか。


「それとも、私に、挨拶?」


 言ってから、そんな訳はないわ、と即座に否定してユニはベッドの上で反転する。


 他に電話の中にメッセージはないのか探してみるが、これ以外は見つけ出すことが出来なかった。それ以上手がかりを探りようがないので、ユニはその一言を見つめながら、あれやこれやと考えを巡らせていた。


(この持ち主はどこにいるのかしら)


 ルークの話では、この街では携帯電話は使えないらしい。


(携帯電話をつかうのは、何かの仕組みがいるって言ってたわね。使えるって言うことは、その仕組みがあるっていうことで)


 ルークの母親は、この街で一番の機械の専門家だ。その家の子供であるルークが仕組みがないと言っているからには、この街にはそういう仕組みはつくられていないのだろう。なのに、なぜ使えるのか。


「もしかしたら、外の街から来た人がこの辺りにいるのかしら。だから、この携帯電話を使えるのかな?」


 きっとその街には携帯電話を使って連絡を取り合うような技術を持った人達が、いるのだ。


 そう思うとワクワクがとまらなくなって、ユニはベッドから体を起こした。

 外の人と、もしかしたら話せるかもしれない。それは、なんて素敵なんだろう。


 もし会えるなら、色々な話を聞いてみたかった。


 この街しかしらないユニは、外の世界の話に飢えていた。

 それは、本や映像、教科書の中でしかしらない世界であった。外から来た人なんて、会ったことはない。でも、その人がこの街の近くにいる。


 そう思えば嬉しくて仕方がなかった。自分の世界に新たな道ができたような気がして、ユニは携帯電話を握りしめた。


(この持ち主に会ってみたい)


 ユニはそう強く願う。

 その時、携帯電話がまた微かに震えた。まるで自分の願いに応えたような反応をする携帯電話を、ユニは驚いて見つめる。


 画面を見つめると、そこには新たなメッセージが入っていた。


『あなたは、だあれ?』


 ユニは目を見開いた。これは、まるで自分に問いかけているような。

 そう考えて、ユニは


「まさかね」


 そう一笑に付そうとする。


(他の誰かにあてたに決まってるわ)


 そう考えて、この電話の持ち主は困っているだろうかとユニは思いあたった。

 拾った場所に行けば、持ち主に会えないだろうか。これを落として、探しているに違いない。


 いつも一緒に行動しているルーク、ウィルと言った面々を思い浮かべ、ユニはやっぱり一人で行こう、と思った。


 みんなといるのは楽しいし、好きだ。

 でも、最近は少し違う感情が交じるようになってきた。


 じりじりとして、落ち着かないような。衝動的で、強い何か。

 それは、ユニにはどういう意味をもつのかはわからない。だが、それをはっきり知ってしまうと、今の関係は終わってしまうような気がして。


 戸惑いと不安で、ユニはその気持ちを深く掘り下げることができないでいた。

 幼い頃から皆と一緒にいるので、余計この思いが強くなってしまうのかもしれない。


 今の関係が崩れてしまうと、困ってしまう。それなら、このままでいい。ユニはそう思う。


 それをマリアに相談したこともあったが、マリアは微笑ましいような顔をして


「もうユニもそんな年になったのね」


 と言っただけだった。


 そんな感想を聞きたかったんじゃないの、とユニはむくれる。


「だって、どうしていいのかわかんないもん。みんなと一緒にいたいのに、その人とはもっと話したいとか思うなんて、変じゃない」


 あらあら、と笑みを深くするマリアに、ユニは相談したことを後悔し始める。


「もういいよ」


 赤くなって部屋から出て行くユニを、マリアは微笑ましげに笑って見守るだけだった。


 その時から、ずっと思っていた。


「女の子の友達がいたらいいのに」


 本や映像の中では、とても楽しそうに女の子同士は色々なおしゃべりに夢中になっていた。そういうシーンを見る度に、ユニは切なくなったものだ。


 いくら仲が良くても、ルークやウィルや、高弥達では絶対そんな風に話はできない。

 マリアやエレンは、自分を子供扱いするばかりだ。


(この人なら、お友達になれるかな)


 華奢なデザインの白い携帯電話から、ユニは勝手にそれが同年代の少女だと想像してしまっていた。


(明日、拾った現場のあたりにこっそり行ってみよう。誰にも内緒で)


 ルークやウィル、マリアなどの「誰かと一緒」が行動の基本であったユニは、誰にも内緒というその事にも後ろめたいようなわくわくするようなどきどきを味わっていた。


(よし、授業が終わったら、ルーク達には体調が悪いって言っておこう)


 それで、ひとりでこっそりとささやかな冒険に旅立つのだ。


 あれやこれやと空想を巡らせながら、ユニはいつしか眠りに落ちていた。その手のひらから、コトリと携帯電話がこぼれ落ちる。


 と、それは微かな震えと共にメッセージを受信し、触れてもいないそれは勝手に中身を画面に映し出した。


『明日、あなたと会えるのを楽しみにしてるね』


 ハートマークの絵文字と共に映し出されたそれは、瞬きと共に消えてしまう。それを見たものは、誰もいない。


 ベッドの上に転がった携帯電話は、自分の仕事は終えたとでも言うように、静かに動かなくなっていた。

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