第21話「スクイッドエスタムの事情」
クポとかいう奴の尻尾は見え始めた。こいつをどうにかするだけなら簡単だろう。問題は敵の規模だ。敵がただの単独犯なら問題はない。問題なのは敵が組織的に、それこそ国家規模以上で地球への侵略を目論んでいる場合だ。
敵の規模も戦力もわからないまま無闇に突っ込むのは危険だ。まずは時間を稼いで情報収集をと言うキラーレディの意見は正しい。だけどようやく敵が見え始めたのにあの二人を助けることが出来ないのがもどかしかった。
デスフラッシュ「………スクイッドエスタムはまだ残ってるか?」
会議を終えて自室に戻り書類を処理した俺は広間へと戻ってスクイッドエスタムを探していた。どうしても今すぐでなければならない用事でもないけど思い立ったが吉日とも言う。今研究中の新しい兵器の改良案を思いついたから話しておこうと思ったのだった。
ウツボカズラン「皆帰ったっすよ。」
デスフラッシュ「ウツボカズランだけか?」
ウツボカズラン「はい。俺は今日夜勤なんでこのままっす。」
コンクエスタムの秘密基地には夜勤がある。監視体制というのは二十四時間三百六十五日機能して初めて意味があるからだ。昨晩見てない間に大事件が起こりました、じゃ監視している意味がないのは誰でもわかる通りだな。
だから観測班と緊急時に対応するための怪人数名は常時この秘密基地に待機することになっている。俺は学院が終わってからの放課後しか来ないけど皆朝も夜もずっと頑張ってくれているんだ。
デスフラッシュ「そうか。これからは何が起こるかわからないから気をつけてくれよ。」
ウツボカズラン「任せてくださいっす。…あっ!スクイッドエスタムさんはさっき帰ったところだからまだ更衣室にいるかもしれないっすよ。」
デスフラッシュ「………ふむ。急ぎでもないけど…。一応覗いてみるよ。ありがとう。それじゃ更衣室を覗いてから俺も帰るから。夜勤頑張ってな。」
ウツボカズラン「はいっす。お疲れ様っした。」
ウツボカズランと別れた俺は広間を後にして更衣室へと向かった。
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皆帰って夜勤の体制になっているのであちこち余計な灯りも消されて最低限通路が見える程度に暗くなった廊下を歩く。
ほどなく辿りついた男子更衣室からはうっすら灯りが漏れているしセンサーにも生体反応がある。まだスクイッドエスタムがいたようだ。俺は扉を開けながらスクイッドエスタムに声をかける。
デスフラッシュ「お~い。スクイッドエスタム。今研究中の兵器のことなんだけど………。」
悠「…えっ?………改太君?………。」
デスフラッシュ「………。」
扉を開けた俺と小柄で可愛らしい顔立ちをした半裸の子が無言で見つめあう。
悠「きっ…。」
デスフラッシュ「………き?」
悠「きゃあああぁぁぁぁ~~~~っ!」
耳を劈く悲鳴が響き渡ったのだった。
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更衣室に居た子は小柄で中性的な顔立ちをしており一見すると幼い少年か少女のようにも見える。悲鳴を上げながら両手で自らの体を抱きしめて胸を隠してしゃがみこむ。その整った可愛らしい顔は羞恥に赤く染まり俺の劣情を催す………、わけはない。
こいつは男だ。胸を隠しているけどおっぱいは膨らんでいない。お察しの通りこいつはスクイッドエスタムの中の人で西園寺悠(さいおんじゆう)という。
昔はある病に罹っており長くは生きられないと言われていた。どの病院でも医者でも手の施しようがなくあちこちの病院をたらい回しにされていた。
ある時偶然俺がうちの系列の病院に居た時に悠がそこへ転院してきたのだった。全てを諦め悟ったような顔をしたやせ細ったガキが目に付いて俺は腹が立った。
自分はもう死ぬとか助からないとか、自分の常識だけで全てをわかった気になって諦めていじけてるガキをぶん殴ってやろうかと思って俺はそいつに近づいた。
それが俺と西園寺悠、スクイッドエスタムとの最初の出会いだった。今言った通り俺にとって最初のこいつの印象はまさに最悪レベルだ。それから色々あって今ではコンクエスタムでは全幅の信頼を寄せる腹心であり私生活では何でも話せる親友となった。
ただ幼い頃からの病のせいか悠は体が小さい。見た目で言えば小学生と言っても通用しそうなほどだ。だけど実は悠は俺より年上のお兄さんなのだ。
五年前の出会った頃に中学生だったから今はもうすぐ成人になる年齢で病院で検査もしてるのでカルテにもはっきりと男と書かれている。実際あれも付いてる。
病のせいか成長が不十分で体が小さく第二次性徴もしていないかのように子供か女性のように声も高く体毛もほとんどない。顔も中性的で悠の裸を見ていると背徳的な気分になってくる。
性格も今さっき俺に体を見られて自らの体を庇いながら悲鳴を上げるような奴だ。今まで何度も手術等でその体を見たことがあるし一緒に風呂に入ったこともある。それなのに毎回俺に体を見られそうになるとこうなんだ。もしかして心は乙女な人なのかと思ってしまう。
デスフラッシュ「お前着ぐるみを脱ぐとそうなのな…。その性格どうにかなんないの?」
俺は更衣室へと入って扉を閉めてから悠に背中を向けるように更衣室の中にあるベンチに座った。
悠「そんなこと言われても…。ボクだってどうにもできないよ…。」
泣きそうな声でそう返してくる。スクイッドエスタムの間ははっきりした性格で熱血正義漢なのに怪人スーツを脱ぐと今みたいになよなよの性格になる。
悠のほうが少し年上だけど全然そんな感じがしないから普通に俺の方が偉そうにしゃべっている。悠も特に嫌がらないし今更悠相手に畏まったしゃべり方なんて出来ない。
悠は幼い頃からの病のせいで学校にもほとんど通ったことがなかった。義務教育ですらほとんど通えなかったのにそれ以上の学校になど通えるはずもなく友達も作ったことがない。悠にとっては俺だけが友達だと顔を真っ赤にして言われたことがあったっけ………。
ただ学校で教育を受けなかったからといって頭が悪いわけじゃない。むしろ悠はすごく頭が良い。学校のおべんきょが出来るだけの秀才タイプのつまらない人間と違って本当の意味で頭の良い人間だった。
前にも言った通り頭の良し悪しや理解力は魔法科学への適性とは関係ないけど悠なら魔法科学以外の科学でも良い研究者か学者になれるだろう。
悠「…それで、何か用だったの?」
デスフラッシュ「ああ…。そうだった。今研究中のやつだけどさ………。」
こうして俺は悠に背中を向けて衣擦れの音を聞きながら話をしたのだった。
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悠が着替え終わり俺も着替えてから二人で一緒に帰ることにした。
麗「改太様。お車をまわしておきましたので表玄関まで………。」
改太「ああ。ごめん麗さん。今日は悠と帰るよ。」
悠「………えっと。」
麗「――っ!西園寺君………。わかってるわよね?」
麗さんが鬼の形相で悠に迫る。
悠「ひぃっ!ごっ、ごっ、ごっ、ごめんなさい!でっ、でもボクだって譲れません!」
いつもは麗さんに迫られたらあっさり折れる悠が今回は引かなかった。二人の視線が火花を散らしている。
改太「麗さんごめんね。今悠と話してるのはクポとか言うやつとの戦いでも使うかもしれない新兵器の話だから一応優先しておきたいんだ。」
最初に言ったように今日明日のうちにどうしてもと言うほど急ぎではないけど本人が目の前にいるなら話しておくに越したことはない。
研究なんて結果はすぐには得られないけど早くに取り掛かる方が良い。むしろすぐに結果が得られないからこそ早くに取り掛かるべきとも言える。
麗「うぅ………。改太様がそう言われるのでしたら………。」
麗さんは泣きそうな顔になって引き下がった。何か悪いことしたかな…。
悠「それじゃ行こう改太君。」
逆に悠はうれしそうな笑顔になって俺の手を引いて歩き出した。
改太「ほんとごめんね麗さん。この埋め合わせはまた今度ね。」
麗「…はい。それでは気をつけてお帰りください。」
泣きそうな顔のまま俺達を見送る麗さんを置いて悠と二人で手を繋いで歩いていったのだった。
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悠「それでね。その回路を………。」
悠は張り切って意見を言ってくれる。麗さんと別れてから上機嫌に新兵器の話をしていた。だけど…。
改太「なぁ悠。いつまで俺の手を引っ張ってるんだ?」
そうだ。あの時俺の手を引いて歩き出してからずっと手を握ったまま引っ張って歩いてる。
悠「え?………あっ!ああぁぁ!ごっ、ごめんっ!」
振り返って握られたままになっていた俺達の手を見た悠は真っ赤になって手を離して慌てて前を向いた。多分赤面してる顔を俺に見られたくないんだろう。だけど耳まで真っ赤で少し後ろを歩いてる俺からでも見えてる。
改太「まぁいいけどな。それで話の続きは?」
悠「あっ、うん。それでね………。」
その後も悠と新兵器の改良案を出しながら歩き続けた。
改太「もう悠の家に着いちゃったな。それじゃ続きはまた明日にするか。」
そこそこ良いところまで纏まったと思うけどもう悠の家に着いてしまったから今日はここまでだ。
悠「えっと…、もうすぐ纏まりそうだし…、その…、よかったらあがっていく?」
悠から思わぬ申し出があった。そういえば悠の家にあがるのはどれくらい振りだろう?昔はよく一緒に遊んだのにいつの間にか悠は俺から少し距離を置くようになった。その悠に誘われたのなら断る理由はない。
改太「いいのか?それじゃ少し寄って行こうかな?」
悠「うっ、うん。」
また顔を真っ赤にした悠に先導されて勝手知ったる他人の家である悠の家へと寄っていったのだった。
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久しぶりに悠の両親にも挨拶しようかと思ったけど残念ながらまだ帰っていないようだった。悠の家は普通の建売の一戸建てで特に裕福でも貧しくもない。でもそれは今の話で昔の悠が病だった頃は何かと大変だったらしい。
不治の難病ということで医療費は基本的に自己負担ゼロになってはいたがそれ以外にも色々とお金がかかる。様々な負担が圧し掛かり両親の仲も悪くなり家庭崩壊寸前だったそうだ。
今は悠の病も治り表面上は家族もうまくいくようになった。だけどその時に知ったお互いの気持ちや本性がしこりのように家族関係に残り余所余所しい家族になってしまったらしい。自分のような者が生まれてしまったせいで両親の仲まで壊れてしまったと悠は気に病んでいる。
俺はそんなこと気にすることはないと言ってるけど悠の性格じゃそう簡単には割り切れないんだろう。
悠「先に部屋に行ってて。飲み物を持っていくよ。」
改太「ああ、悪いな。それじゃ部屋に行ってるよ。」
俺は一人で先に悠の部屋に行く。必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋だ。元々いつ死ぬかもわからなかった悠には思い出の品というものがない。そしていつ死んでも良いようにと必要最低限以外は物を持たないように育ってきた。
病が治った今でもその癖が直らないのか悠は自分の物というのをほとんど持とうとしない。寝床に机に少しの着替え。後は勉強と研究で必要な資料などしか置いてない。何かこちらの方が悲しくなってくるような部屋だった。
悠「ごめん。お待たせ。それじゃ続きをしようか。」
改太「あっ、ああ。そうだな。」
飲み物を持って部屋に来た悠に現実に引き戻された。それからは二人で殺風景な部屋で研究に没頭したのだった。
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二人で話し合ったお陰でかなりスムーズに案が纏まった。これで明日から実際に試してデータを取っていけばいいだろう。
改太「今日のうちに纏まってよかった。明日はすぐに実験に着手できるな。」
悠「そうだね。………ねぇ改太君。今日はもう遅いし泊まっていったらどうかな?」
改太「え?…本当だ。もうこんな時間なんだな。だけど悠の家族にも悪いし帰るよ。」
もうかなり遅い時間だった。夢中になってる間に時間を忘れてたみたいだ。
悠「………大丈夫だよ。今日は両親は帰ってこないんだ。だからそんなこと気にしなくてもいいよ。…泊まっていってよ。」
悠にしては強引なくらいに俺に迫ってくる。いつもはこんなにはっきり自己主張してくることはない。今日は何かあるのかな?
改太「う~ん…。まぁいいか。それじゃ泊めてもらうよ。」
家に連絡して朝早くに帰ればいいだろう。
悠「うん。」
俺の答えを聞いた悠は微笑んだ。その笑顔は何か妖艶なものに見えた………。
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俺は今悠の家のお風呂に入ってる。九条家や三条家に比べたら狭すぎるくらいの普通の家のお風呂だ。尤も俺はこういうのも嫌いじゃない。何というか狭いところも結構好きなのだ。昔からの付き合いで悠の家のお風呂にも何度も入ったことがあるし使い方もよくわかってる。
悠「湯加減はどうかな?」
悠が脱衣所から声をかけてくる。
改太「ああ。良い湯だぞ。」
悠「そう。それじゃ背中流してあげるよ。」
改太「え?」
悠がお風呂に入ってくる。いつもは悠の方が恥ずかしがって一緒に入ったりしたがらないのに今日は珍しいこともあるもんだ。
改太「それじゃ頼むよ。」
俺は湯船からあがって悠に背中を向けて任せる。チラッと見た悠は胸までタオルで巻いていた。女の子みたいだ。腕の力も弱いから背中を流してくれてるけど少し物足りなく感じる。だけど折角悠が一生懸命流してくれているのに水を差すこともないだろう。俺は黙って悠に任せたのだった。
悠「はい。終わったよ。どこか痒いところとか気持ち悪いところある?」
改太「いや、大丈夫。今度は俺が悠の背中流してやるよ。」
悠「えっ!………うん。それじゃお願いしようかな。」
座る位置を交代して今度は俺が悠の背中を流す。タオルを取った悠の背中は白く細い。男のごつごつした体つきと違って子供か女のような体に見える。背中を覆ってたタオルはどけたけどまだ前はタオルで隠したまま両手でギュッと抱き締めてる。
何か後ろから見てると女の子みたいに見えてきてドキドキしてきたぞ…。ちょっと待て。落ち着け俺。俺はノーマルだ。そういう趣味はない。チラッと前を見ると鏡を通して俺を見ている悠と目が合った。
悠は真っ赤な顔をしながらも俺を見つめている。俺もちょっと赤くなってるな。…いや!違う!断じて違う!これはお風呂で温まったからだ。のぼせてるからだ。決して悠を見てじゃない!
改太「じゃあ洗うぞ。」
俺はぶっきらぼうに言ってごしごしと悠の白い背中を洗い始めた。
悠「ちょっ!痛いよ。力強すぎ。」
改太「あ?これくらい普通だろ。これくらい耐えられないでどうする?肌も鍛えろ!」
悠「痛いの…。もっと優しくして…。」
改太「えっ…。」
少し涙目になってウルウルしながら俺を振り返って訴えかけてくる悠。…なんだこれ?可愛いぞ?俺の頭がおかしくなったのか?それにこのセリフってあれの時のああいうセリフっぽく聞こえる。もちろん俺はそういう経験はないけどな!
改太「ごめん。優しくするな?」
悠「…うん。」
やべぇ…。俺アブノーマルの世界に引き込まれつつあるんじゃね?こえぇ…。でもちょっとこういうのもいいかもとか思ってる俺が一番やべぇ………。
その後は普通に背中を流して何事もなくお風呂からあがったのだった。
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お風呂からあがって悠の部屋で一緒に涼む。悠が出してくれた冷えたジュースを飲みながらさっき纏めた案を書き起こしておく。
悠「ごめんね。お布団一組しかないんだ。…ボクと一緒になるけどいいよね?」
改太「え?」
それはさすがに嫌だぞ。嫌っていうか色々とやばいぞ。まず普通なら男同士で同じ布団で寝るのは気持ち悪い。俺にそっちの趣味はない。それなのに今日の悠は何だか可愛い気がしてきて俺の方がムラムラしそうな予感がする。だから余計にまずい。
改太「それはちょっとまずくないかなぁ?」
俺は一応の抵抗を試みる。
悠「どうして?男同士だし平気だよ。」
悠は妖艶な笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。
悠「それに…、そろそろ眠くて起きていられないでしょ?」
改太「…え?」
俺の視界が歪んでくる。眠い………。目を開けていられない…。
改太「ちょっと…ま…て…。」
俺の意識はそのまま深い闇へと落ちていったのだった。
悠「おやすみ改太君。」
誰かの優しく柔らかい声が聞こえた気がした。
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翌朝目覚めると俺は一人で悠の布団で眠っていた。もちろん悠はもういない。だけど俺の右腕の下に俺以外の人の温もりがまだ残ってる。ただの推測でしかないけど悠は俺の右腕に腕枕されながら体をぴったりくっつけて眠っていたに違いない。その証拠に俺の右半身部分だけ人がくっついていた形にほんのり誰かの体温が残っている。
まさかそんなことは…。と思うと同時にもしそうだったのなら悠が俺にくっついて眠っていたのを覚えていないのを残念に思う俺もいる………。俺どんどんやばい方向に嵌りつつあるんじゃないのか?変な扉を開いちゃったんじゃないのか?
悠「改太君おはよう。朝ごはんできてるよ。」
改太「ひゃいっ!」
考え事をしていた俺は悠の接近に気づかなかった。急に声をかけられて驚いた俺は飛び上がったのだった。
その後悠が用意してくれた朝御飯を食べて帰る仕度をする。朝御飯を準備したり片付けたりしてる悠と二人っきりでいたらまるで新婚夫婦のような錯覚を起こしてしまう。早く帰らないと本当にやばい。俺が何かに目覚めてしまう。
悠「そんなに慌てて帰らなくてももっとゆっくりしていけばいいのに…。」
少し悲しそうな顔をして俺を引き止める悠が可愛い…。じゃあまだいるよ!って言ってしまいそうだ。でもここで残ったら本格的にやばいことになる。だから俺は気力を振り絞って帰る。
改太「色々することもあるし学院もあるし帰るよ。お邪魔したな。それじゃ。」
悠「…うん。また後でね。」
少し寂しそうな顔で手を振る悠がまるで新婚のお嫁さんみたいで俺はその夫で『早く帰るよ。』なんて言って悠にキスをして仕事に向かう朝の風景のような錯覚を起こす。これ以上ここにいたらドツボに嵌るので俺は足早に悠の家を立ち去ったのだった。
~~~~~悠~~~~~
ボクは生まれた時から死ぬ運命にあった。何億人に一人の割合でしか患者のいない原因不明の病気のせいでもういつ死んでもおかしくないと言われている。治す手立てもない。ただ死ぬのを待つだけだった。
だけどボクには恐怖も悲しみもない。だって怖いのは死にたくないからだから。悲しいのは失いたくないからだから。ボクにはどちらもない。ずっと昔からそう長くないとわかってたボクにとってはもうすぐ死ぬことは当たり前のこと。失いたくないものなんて最初から持ったこともない。
だからただボクはその時を待ち続けるだけ。夢も希望もないけど恐怖も未練もない。ただ淡々と起こるべきことを待っている。
今までそうだった。これからもその時が来るまでそうだと思ってた。だけどボクの世界は一瞬で全てが入れ替わった。何の色もなかった世界は鮮やかな色に彩られ、聞こえるだけで意味のなかった音には綺麗なメロディーと意味がついた。その原因は彼と出会ったから…。
改太「お前それでいいのかよ?何も知らずに何も得ずにただ死んでいくだけで満足なのか?」
悠「君にはわからないよ。ボクはもうすぐ死ぬんだ。これから先もある君にはボクの気持ちなんてわからない。」
改太「はっ!負け犬の気持ちなんて知るか!いいか?人は誰だって生まれてきた以上は死ぬんだよ。俺だっていつかは死ぬ。何も死ぬのはお前だけじゃねぇんだよ。」
悠「そんなこと君に言われなくてもわかってる!だけどボクは他の人より短い時間しか生きられないんだ!何かを望んでも何かを目指しても何も得られず出来ずに道半ばで死ぬしかないんだよ!」
ボクは生まれて初めて怒鳴った。何でこんなに感情がざわつくのかわからない。今までだって似たようなことを言ってきた人はいくらでもいたのに…。それなのに彼に言われると感情が波打ち今までのように適当に聞き流して済ませることが出来なかった。
改太「時間の長さなんて重要じゃない。ほんの短い間に偉大な功績を残した者もいれば長い間生き続けても何も残さなかった者もいる。それどころか長く上に君臨し続けむしろ害になる人間の方が圧倒的に多い。肝心なのは長さでも残した功績でもない。本人が何を成そうとし何を行ったのか。それが最も重要なんだよ。それがわからないお前は最初から負け犬だ。」
悠「ボクだって!ボクだって何もないわけじゃない!だけど望んだって頑張ったってそれはすぐに絶望に変わるだけなんだ!だからボクは…。」
改太「希望が絶望に変わるのが怖いから夢も希望もない振りをして怖くない振りをするのか?」
悠「それ…は……。」
彼の言うことは当たっていた。ボクにだって本当は夢も希望もやりたいことも欲しい物もあった…。だけどそれを望めばそれ以上の絶望を味わうことになるから…。だからそんな希望を持ってない振りをしてただけなんだ…。
悠「だけど…、だけどどうしようもないじゃないか!ボクはもうすぐ死ぬんだよ!」
改太「だから負け犬っつったんだよ。最後まで抗ってみせろよ。例えどれほど確率が低くとも可能性に賭けてみろよ。それが出来ずに怖いから怖くない振りをして悟ったような澄ました顔してただ全てを諦めるのか?その無駄な時間を少しでも希望を叶えるための努力の時間に変えてみろよ。一年ただベッドの上で寝て過ごすならその時間で何か成してみろよ。」
なぜ彼の言葉がボクの心を波立たせるのかわかった。彼は他の人みたいに同情で言ったり誤魔化しで言ったりしていない。彼自身がそうなんだ。例え明日彼の命が終わるとわかっていたとしても彼はその最後の一瞬まで諦めずに走り続けるんだ。
なのにボクはまだいつ来るかもわからない終わりに全てを諦めて蹲って泣いてるだけだった。だから…。
悠「………生きた。本当はボクだってまだ生きたいっ!やりたいことがある!欲しい物がある!見たいものがある!いやだ!生まれてきた意味もなくただ死ぬなんて嫌だ!」
改太「………よく言った。俺がもう少しだけお前が生きられるようにしてやる。ただお前のその言葉が本当かどうかわからないからな。俺がお前の今の言葉が本当だったと思うまでは俺の傍にいろ。俺がお前の覚悟を見届けてやる。」
悠「………え?」
彼の言ってる言葉の意味がよくわからなかった。どうやってボクを生かすの?色々と疑問はある。だけどいつの間にか意識を失っていたボクが次に目覚めた時にはボクの病は完治していた。
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それからボクは彼に従ってコンクエスタムに入った。彼は今まで誰も無理に連れて来たことはない。そしてこれからもない。ボクだけが彼に付いて来いと言われて呼ばれた。もちろんそれが嫌だなんてことはない。むしろうれしい。
ボクは彼の役に立ちたい。そのためにコンクエスタムで様々な技術や知識を身につけた。少しでも彼の役に立てるために。そしてボクは他の誰も出来ないことができるようになった。ボクだけが唯一魔法科学で彼の役に立てる。
ボクを救ってくれた彼を今度はボクが助けたい。救うと言っても命のことじゃない。例え病が治っていなかったとしてもそんなことは関係ない。彼が救ってくれたのはボクの心だ。だからボクは彼に身も心も全てを捧げてこれからも付いて行く。
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