第19話「動き出した事態」
まさかまだ聖香と静流がこの辺りをウロウロしてたなんて………。この二人は今まで一度変身するとその日はもう家に帰って大人しくしてた。一日二回もパトロールすることはないだろうと思って完全に油断していた俺の失態だ。
俺は今まさにスクイッドエスタムにフラッシュメモリを手渡されて手が触れ合ってる場面だ。普通に考えたら仲間か少なくとも取引相手のように見えるだろう。咄嗟に思いつく言い訳は何もない。この場を切り抜けるのは不可能だ………。
聖香「その手を離しなさい!」
静流「その人をどうするつもりですか?!」
改太・スクイッドエスタム「「???」」
俺とスクイッドエスタムは顔を見合わせる。………あっ!そういうことか。あの二人には俺は今スクイッドエスタムに手を掴まれて絡まれているように映ったんだろう。俺は慌てて〝いつも君の隣に………つながる君〟でスクイッドエスタムと会話する。
改太『あの二人は俺がスクイッドエスタムに絡まれてると思ってるみたいだ。なんとかそれを利用して脱出出来ないか?』
スクイッドエスタム『………下手に言い訳するよりも忘れ物を届けに来たと本当のことを言った方が良いんじゃないでしょうか?』
改太『おいぃ!それって俺の学院生活も終わりそうなんですけど?何でコンクエスタムの怪人が俺に忘れ物を届ける状況になるのかどうやって説明するんだよ?』
スクイッドエスタム『そう…ですね……。それでは落し物を拾ってあげたということでどうでしょうか?』
改太『う~ん………。じゃあスクイッドエスタムがあの二人を説得してみろよ。ただしあまり迂闊なことは言うなよ。あの二人との会話は黒幕に聞かれてると思っておけ。』
スクイッドエスタム『わかりました。』
話が纏まった俺は〝つながる君〟を切る。あとはスクイッドエスタムが迂闊なことを言わないように気をつけながら成り行きを見守る。
スクイッドエスタム「別に何の危害も加えるつもりはない。落し物を拾ってあげただけだ。」
聖香・静流「「………。」」
二人は訝しみながらも様子を窺っている。問答無用で即座に襲い掛かってこないだけマシかもしれないけどただ単に変身できないだけの可能性もある。
もし変身出来るのならあの二人は今まで変身してから俺達の前に現れていた。今回変身もしていないのに俺達の前に出てきたということは変身出来ないからと考えることが出来る。
何しろ今日は一度タイフーンクリーナーに変身を阻止されてその後倒すためにもう一度変身してる。すでに二回変身してると言えるのにさらに変身するだけのエネルギーというか黒幕の意思というかがない可能性は高そうだ。
そうだとすれば黒幕に操られてここにやってきたというよりは偶然出会っただけか?俺達にとって想定外の事態ではあったけど黒幕にとっても想定外だったとすればこれはチャンスになり得るかもしれない。
聖香「とにかくその人の手を離しなさい。」
スクイッドエスタム「あっ………。」
スクイッドエスタムは俺と触れ合っていた手を引っ込めた。何かちょっとモジモジしてるような動きをしているぞ?可愛い女の子がするといいかもしれないけど烏賊の怪人がやってもあまり可愛くない。っていうかそんな女の子みたいな反応するなよ!ちょっと気持ち悪いぞ!
静流「この怪人は………、確かイカ焼きの?」
改太・スクイッドエスタム「「???」」
俺とスクイッドエスタムは再び顔を見合わせた。イカ焼き………?ああっ!思い出した。確か廃ビルに誘い込んだ時に小麦粉を持ってきてもらって資金不足だからイカ焼きを始めるとかいう嘘をついたんだっけ。
自分で言っておいて何だけどどうでも良いことすぎてすっかり忘れてた。そういえばそんな設定もあったなぁ…。スクイッドエスタムもそれを思い出したようで恨めしい目で俺を見ている。烏賊の表情なんてわからないけどきっとそういう類の視線だと思う。
聖香「そういえばこの怪人は倒してなかったわね………。」
静流「………あなたはもう人々を襲っていないんですか?」
おお!この二人がまともだ。やっぱり今は操られていないようだな。このまま話し合いで何とかなるかもしれないぞ。
スクイッドエスタム「人を襲ったことなんてない。君達はもっと見た目ではなく人の中身を見る目を養った方がいい。」
おいおい…。スクイッドエスタムは喧嘩でも売るつもりか?いきなり怪人にこんな説教されたら普通怒るんじゃないか?
聖香「………そうね。」
静流「コンクエスタムの構成員だったとしても望んでそうしている人ばかりとも限りませんか………。」
何かコンクエスタムが悪者という考えは変えられないようだけどそこに所属する者だからすなわち悪という思い込みからは解き放たれたようだ。
実際犯罪組織に加担している者でも脅されたりして望まず協力している者もいるかもしれないからな。その辺りを考慮して調べるというのは必要なことだろう。犯罪組織に加担しているからと言って問答無用で襲い掛かって殺して良い理由にはならない。
今回の二人は一見まともなように感じる。普段学院にいる時のような公平で冷静な観点からものを考えられるんだろう。ただしこれが黒幕の罠ということも考えておかなければならない。この二人を俺達に近づけさせてコンクエスタムを調べる魂胆かもしれない。
聖香「だけどこのまま見過ごすというわけにはいかないわ。」
静流「あなたを監視させてもらいます。その条件が飲めないと言われるのでしたら戦うしかありません。何ら疾しいことがないのなら私達の監視も受け入れられるはずです。」
確かに二人の立場からしてここでただ見逃すのは出来ない相談だろう。本当に人を襲っていないのか確かめるために暫く監視下に置きたいというのも正論に聞こえる。
だけどスクイッドエスタムに近づくということはその裏にいるコンクエスタムを調べようとしている可能性が高い。俺はもう一度〝つながる君〟でスクイッドエスタムと会話する。
改太『今の二人は黒幕に操られていないように見える。だけどこの提案は黒幕の誘導でコンクエスタムに近づいて調べようとしている可能性も高い。もしこの提案を受け入れてスクイッドエスタムが二人の監視下に入るつもりなら二人に秘密を悟らせないことやこちらの技術力を知られないようにすることはもちろん当分の間は秘密基地に出入りも禁止にする。受けるか受けないかはスクイッドエスタムが判断するといい。』
スクイッドエスタム『気持ちとしてはこの二人に監視されてでも身の潔白を証明したいです。ですがその間に俺の体や能力を調べられる危険が高いです。後で解放されても何らかの追跡装置を付けられて秘密基地の場所を知られてしまうかもしれませんし俺が洗脳なり何なりで操られる可能性もあります。とても受けられません。』
改太『そうか………。スクイッドエスタムがそれでいいならそうすればいい。』
スクイッドエスタム『はい。残念ではありますがこれは流石に受け入れられません。』
スクイッドエスタムはそう決断したようなので俺から言うことは何もない。通信を切ってスクイッドエスタムに任せる。
スクイッドエスタム「その提案は受け入れられない。」
聖香「………はぁ。そうでしょうね。」
静流「………そうなりますよね。」
二人はため息を吐いて肩を落とした。戦いになるか………。
聖香「それであなたどこかでイカ焼き屋でもしてるのかしら?」
静流「生活全てを監視することは出来ないと思っていましたがせめてお店をしているのならその場所くらい教えていただいてもいいんじゃないでしょうか?」
んん?何か話の流れが変わってきたぞ?二人は最初からスクイッドエスタムが監視下に入ることを受け入れないと読んでいたのか?
スクイッドエスタム「生憎店なんてしていない。」
聖香「う~ん…。さすがに何もなしで放置は出来ないかなぁ…。」
静流「困りましたね…。」
二人は前向きにスクイッドエスタムを見逃す方向で検討してくれているようだ。ただしまだ油断は出来ない。こちらの警戒心を解くための駆け引きという可能性は捨ててはいけない。
スクイッドエスタム「俺はこの町に現れることがある。街中で会った時は好きなだけ付いてくればいい。ただし私生活などは教えられない。それはお前達も同じことだろう?」
聖香「そうね………。それじゃ街中で会った時は追跡や監視をさせてもらう。そういうことでいいかしら?」
静流「他に良い案はなさそうですね。」
スクイッドエスタム「俺はそれで構わない。」
聖香「それじゃそういうことにしましょう。」
おおお?何か知らないけどトントン拍子に話が纏まったぞ?二人と戦うことも回避されたようだ。ただスクイッドエスタムを泳がせてコンクエスタムの基地を調べたりしようとしているかもしれないということは忘れてはいけない。二人が黒幕に操られる可能性があるだけに完全に心を許すのはまだ早い。
スクイッドエスタム「それでは俺はこれで失礼する。」
そう言うが早いかスクイッドエスタムは闇夜に紛れてこの場から離脱したのだった。
………取り残されたのは俺とコケティッシュシスターズの二人だけだ。
聖香「それであなたは本当にただ落し物を拾ってもらっただけなのかしら?」
静流「何かの取引の相手という可能性もありますよね?」
二人は俺に詰問してくる。っていうか、あれれ?俺だってバレてない?何か余所余所しいぞ?
改太「………えっと?」
………あっ!わかった!俺今〝いつからそこに………めだたーぬ〟掛けてないじゃん!つまり素顔の俺を始めて認識した二人は俺が九条改太だってわかってないってことか?!
聖香「それで拾ってもらった物って一体何かしら?」
静流「そうですね。まずはそれを教えてもらいましょうか?」
ただのフラッシュメモリだけど二人には見せたくないなぁ…。メモリなんて渡されたと知れたら中身まで見せろと言いかねない。
そもそも二人は今変身してないしただの若い女の子二人組でしかない。何で俺がこんなに詰問されなきゃならないんだ?…そうだよ。ただの女の子に職質みたいな真似されてホイホイ答える奴の方が少ないよな?だったらここは何でも二人の言いなりになる方が不自然なはずだ。
改太「どうして君達に教えないといけないのかな?」
とりあえず俺は抵抗してみることにした。そりゃそうだよ。俺達はこの二人がコケティッシュシスターズだって知ってるけど一般人からすればこんな女の子二人に詰め寄られて何でも言うことを聞くなんてあり得ない。
聖香「さっきの怪人をよく見てなかったの?悪の秘密結社の怪人と何かしてたら仲間かと疑うのは普通じゃないかしら?」
改太「着ぐるみのバイトの人が俺の落し物を拾ってくれただけでしょ?そんな親切な人に君達の方こそあんなに責めるような言い方をしてひどいんじゃない?」
よしよし。それっぽく言えたはずだぞ。
静流「………普通の人から見ればそう見えるかもしれませんね。その手の中にあるメモリを受け取ったのでしょうか?」
改太「え?なんでそれを?」
手を握り締めて見えないはずなのに!っという風に驚いた真似をしておく。俺はピンクが透視能力のようなものを持っていることを知ってるけど初対面の体だから普通の人なら驚くはずだ。
静流「それで何のデータが入っているのでしょうか?裏の取引のデータとかだというのなら見過ごせませんが…。」
改太「初対面の人にプライベートなデータの入ったメモリの中身を教えたり、ましてや見せるはずないでしょ?」
うんうん。そうだよな。思春期の男の子だったら女の子には見せられないデータとかだってあるだろう?きっと皆あるよな?だからそんな簡単に中身を教えるなんてないはずだ!
…って力説してるけど別にこの中のデータは疾しいものじゃないからな。科学雑誌の記事や他の人の論文なんかがまとめてあるだけだ。
静流はじっと俺の手の中のメモリを見つめてるな。もしかして電子的なデータでさえ透視出来るのか?普通に考えたら記録されてる信号だけ読み取ってもただの信号の羅列を意味のあるデータに並べ替えなくては何が記録されているかわからないはずだ。
だけど魔法科学なら陳腐な現代科学では想像もつかないようなことが出来る。フラッシュメモリの記憶信号の暗号化パターンから内容を読み取ることくらいは出来るのかもしれない。
静流「あなたは学生さんか研究者さんでしょうか?」
やっぱり静流は中の内容を読み取ったようだ。科学関連のデータばかり入っていたら学者や研究者かそういう勉強をしている者と考えるのが普通だろう。
改太「…ああ。学生だけど?」
静流「そうですか。失礼致しました。それでは私達は失礼しますね。」
聖香「いいの?」
静流「はい。それでは。」
聖香は内容を透視出来ないのか静流の判断に任せたようだ。静流はメモリの内容から一目では怪しい点を見つけられないと思ったのか簡単に引き下がった。
ただ小難しい論文や科学雑誌の記事が入っているのでその中に暗号などを仕込んでいてもすぐには解読出来ない。静流はそれを考えたはずだけど俺とスクイッドエスタムを信じることにしたのかな?なんてな。そこまで甘くないだろう。
だけどそれはこっちも同じこと。俺は二人から離れる方向へ歩きながら魔法科学を使って二人の会話を盗み聞きする。
聖香『それであの中は何だったの?』
静流『何か難しい英文の論文のような物や雑誌の記事のデータが入っていました。雑誌も難しい科学雑誌のようでしたし学生さんならばそういう勉強をされていることはあり得ます。』
聖香『それはそうかもしれないけどそんなに簡単に信用しても良いの?』
静流『そうですね。あれだけの論文の中に何らかの暗号が隠されていたとすれば私達では解読出来ません。どちらにしてもわからないのなら無理にあの中を調べるよりも本人達を見張ったほうが良いでしょう?』
聖香『そっか…。そうね。………それにしてもさっきの男の人格好良かったね。』
静流『…そうですね。少し雰囲気もあの人に似ていましたし…。』
聖香『あれ?だったら静流はさっきの男の人に乗り換える?私は彼一筋だけど。』
静流『聖香ずるいですよ!聖香が先に男の人が格好良いなんて言い出したんじゃないですか。私だって彼から他の人に乗り換えるなんてありません。』
聖香『だよねぇ…。出来ればお互い違う人を好きになれたらよかったんだけどね…。』
静流『確かに聖香と同じ人を取り合うのはあまり良い気持ちがしません。ですがこればかりは譲れません。』
聖香『私だって…。例え静流が相手でも…。彼に直接振られない限りは諦められないよ。ううん…。きっと彼に振られても諦められないと思う………。』
静流『それなのに彼ときたら鈍くって…。私達の気持ちなんて気付いてくれていないのでしょうね。』
聖香『だねぇ…。はぁ………。先は長いね。』
………これ以上はプライベートな会話ばかりになりそうだな。俺は二人の会話を傍受していた〝ストーカーじゃないよ?………盗み聞きする気はないけど聞こえちゃう!〟を切る。
やっぱり俺やスクイッドエスタムを完全に信じたわけじゃないようだな。それに俺達を見張るようなことを言っていたから何か仕掛けられているかもしれない。念のため俺とスクイッドエスタムのスキャンをしてみたけど何も発信機や追跡をされている痕跡は見つからなかった。
これから街中で見張るっていう意味か?それとも本当は追跡されてるけど俺達のスキャンじゃ気づかないだけか?
………もし俺達が気づいていないだけで監視されているのなら俺とスクイッドエスタムは暫く秘密基地に行かない方がいいだろう。
だけどもしそれが出来るのなら今までだってデスフラッシュ大佐に仕掛けるなどして秘密基地の場所を調べたはずだ。
つまりもしそれが出来るのならもう敵に秘密基地の場所は知られていると見るべきであり今更気にしても手遅れだということだ。出来るのならもう知られているはずだし出来ないのなら心配はないのだからもう気にせずこれまで通り普通にしているしかない。
今の俺達にどうすることも出来ないことを悩んでも疲れるだけ無駄だから俺は悩むのをやめてこれからのことを考える。
家に帰っても特に何も起こらなかったから多分追跡はされてないだろうと思うことにしたのだった。
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翌日学院へと向かう。毎朝恒例の二人に捕まった。
聖香「おはよう九条君。」
静流「九条君おはようございます。」
改太「二人ともおはよう。」
…二人に変わった様子はない。やっぱり二人は俺が昨晩の奴だとは思っていないようだ。そのまま三人で教室に向かって授業を受ける。
昼休みになるとやっぱり恒例のあ~んが始まる。いつものベンチに向かって今日は静流にあ~んしてもらう。
放課後もいつも通り三人でパトロールに出かけた。まったくもっていつも通りだ。何の変化もない。今日はペルディッソも現れることはなく無事にパトロールを終えた。
そして秘密基地へと帰ってきて麗さんに迎えられて自分のオフィスへ行けば全ていつも通り………。
だけどこの日はいつも通りとはいかなかった。
キラーレディ「おかえりなさいませ。改太様。」
改太「ただいま。……キラーレディ?………どうして変身してるの?何かあった?」
キラーレディ「………はい。お着替えが済みましたら会議室までご足労願います。」
キラーレディの真剣な顔を見て緩んでいた俺の心にも緊張が走る。何かよっぽど大変なことが起こったのかもしれない。いつもならオフィスまで付いて来る麗さんなのに今日はキラーレディとして早々に戻っていった。
何かただならぬことが起こったのだと言う不安が胸に広がる。俺は焦りながらも自室へと向かい急いで着替えて会議室へと向かったのだった。
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