第37話 差し出しちゃった♪
雄平が花原の家へ戻ると、すぐに異変に気付いた。まずは匂いだ。嗅ぎ慣れた血と臓物の匂いが飛び込んできたのだ。
雄平が門を潜ると、そこには地獄が広がっていた。ゾンビに襲われたであろう食い散らかされたヤクザの死体。拳銃で必死に応戦したのだろうが、数に押し切られ、殺されてしまったことが一見しただけで分かった。
「偶然ゾンビが襲いに来たという訳ではなさそうだな」
結局正体の分からなかった勇者がゾンビを操り、花原組を襲撃したのだ。
「可憐は無事なのか……」
雄平は気づくと駆け足になっていた。家の中に飛び込み、可憐がいた部屋へと急ぐ。
「可憐! 無事なら返事をくれ!」
雄平は声をあげて、可憐を探す。だが可憐からの返事はない。
「雄平く~ん」
その代わり高木の声が聞こえる。猫撫で声は、この状況だと無性に腹が立った。
「高木、可憐はどこだ?」
「うん。そのことなんだけどね、雄平君に素敵なお知らせがありま~す」
「なんだ?」
「雄平君には可憐ちゃんより素敵な彼女ができました♪」
高木が手を挙げて、そんなことを口にする。
「冗談は必要ない。可憐はどうした?」
「答えないと駄目?」
「駄目だ」
「勇者さんに差し出しちゃった。てへぺろっ」
雄平は気づくと高木の頭を掴み、力を込めていた。
「い、痛いっ、痛いって。ギブギブギブギブ!」
「地獄を体験させてから、地獄へ送ってやる」
「ま、待って。まだ話に続きがあるの!」
雄平は手に込める力を緩める。
「続きとはなんだ?」
「私のこと、殺さない?」
「内容による」
「だったら話さないも~ん」
「……分かった。殺さない。だから話せ」
「勇者は学校にいるよ」
雄平は不審げな表情を浮かべる。
「どういうことだ?」
「勇者が可憐を連れていくときに、言い残したの。雄平君の学校で待ってるって」
「……勇者とはいったい誰なんだ?」
「金髪で頭の悪そうな哲也って呼ばれていたチンピラよ」
「あいつか……」
ブス専だと話していた男だ。美醜が逆転していない世界から来た人間なら、勇者であることにも納得だ。
「だがなぜあいつは学校に来いと?」
「分かんない」
学校を拠点として雄平を迎え撃つ考えなのだろうか。だがその考えは誤りだと雄平はすぐに気づく。拠点とするなら、花原の屋敷でも構わないはずだ。
「そういえば花原と安藤はどうした?」
「ここにいるであります」
雄平は声のした方向を見る。安藤と申し訳なさそうに頭を下げる花原の姿があった。
「申し訳ありません、雄平さん。私の力不足で」
「……そんなにも強い敵だったのか?」
「いえ、私は勇者と戦っていません。ですがゾンビの数があまりに多く、可憐さんを守りきれませんでした」
「花原のせいじゃない。こういう事態を想定できなかった俺のミスだ」
雄平は深呼吸して落ち着く。
「勇者が可憐を連れ去ったということはまだ無事なはずだ」
でなければ、わざわざ連れ去らず、その場で殺すはずだ。
「俺は学校へ行く」
「なら私も連れて行ってください。必ずお役に立ちます」
「おそらく学校はゾンビが跋扈しているぞ。怖くないのか?」
「怖くありません。それよりも受けた恩を返せず、恩人を死なせるほうが嫌です」
雄平は花原の同行に同意する。勇者相手なら心許ないが、ゾンビ相手なら十分戦力になるだろう。
「水臭いでありますな。本官も当然一緒に付いていくでありますよ」
「私も! ヤクザの家で一人なんて嫌だし」
「……勝手にしろ」
雄平たちは花原の屋敷を後にすることを決めた。向かう先は学校だ。雄平はスマホからアイテムを選択する。
『Bランク:学園転移』
使用者の入学したことがある学校へ転移することができる。一日に一度しか使用できない。
浮遊感に包まれ、移動した先は、雄平の通う学び舎だった。
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