第38話 最後の戦い


 転移した先の学校にはゾンビの大群が待ち受けていた。そのすべてが下っ端ゾンビなので、一体一体なら雄平の敵ではないが、なんせ数が多い。ここで足止めされるのは避けたかった。


「雄平さん、このゾンビは私たちが倒します」

「良いのか?」

「ええ。今の私の実力なら遅れを取ることはありません」


 そういって花原は日本刀を振るう。ゾンビの首から上を綺麗に跳ね飛ばした。


「なら本官は後ろから援護するであります」

「それなら私は応援する係で」


 安藤と高木も花原と残るようだ。


「すまんな、任せた」


 雄平はゾンビの群れをジャンプして飛び越える。ゾンビの意識が雄平に集まるが、花原の剣戟と安藤の銃撃によって、すぐに意識は逸らされた。


「校舎の中も酷いもんだ」


 雄平は血と臓物が飛び散る廊下を歩いていく。足元から広がるヌメリのある感触。学校は地獄となっていた。


「さてと……」


 雄平は自分の教室の前まで来ていた。おそらく勇者と可憐はここにいるに違いない。彼の勘が告げていた。


「可憐!」


 教卓の上に意識を失った可憐の姿があった。雄平は可憐へと駆け寄る。


「息はあるし、身体を怪我しているようでもないな」

「当然さ、僕は何もしていないからね」


 雄平は物陰から現れた男を見て驚く。制服姿のその男は雄平の知り合いだった。


「藤田……」

「久しぶりだね、雄平君。君に別れてから日は経っていないはずなのに、なんだか何年も過ぎたような気がするよ」


 再開した藤田の顔からは生気が感じられなかった。まるでゾンビのように目が虚ろだ。


「藤田、お前ゾンビに噛まれたのか?」

「ああ。君と別れた後にね」


 藤田は雄平と別れた後の出来事を説明する。


「食料がなくなった僕らは街へと繰り出したのさ。次々と現れるゾンビたちを倒して、僕らは何とか食料を得た」

「お前が上手くクラスをコントロールしたんだな」


 でなければ、あの自己中心的な人間ばかり集まったクラスが、ゾンビとの戦いを乗り越えられるわけがない。


「そう。僕はクラスに貢献した。誰よりも危険を顧みず、誰よりも進んでクラスのために働いた。なのに僕は裏切られたんだ」

「なにがあったんだ?」

「食料を得た僕らの前にゾンビの群れが現れたんだよ。そしてクラスメイトたちが言ったんだ。僕が囮になって、クラスメイトを逃がしてくれって」

「それは酷い話だ」

「そう、酷い話だ。だから僕は断ったんだ。するとクラスの連中は僕を捕まえて、ゾンビの群れに投げ込んだんだ。笑えて来るだろ。奴らにとって僕の価値はゾンビの餌程度しかなかったんだ」


 藤田は乾いた笑いを漏らす。


「だから僕は誓ったんだ。ゾンビに噛まれ、ゾンビになったら人間に復讐してやるって。するとね、僕はゾンビになったけど、意識がちゃんと残っていたんだよ。僕はこの奇跡を喜んだよ。死ななかったことにじゃない。復讐できることにね」


 藤田はゾンビなったと話した。そして意識が残っているともいう。


 隊長ゾンビ以上の存在になったのは確実だった。雄平は藤田のステータスを確認する。



――――――――――

名前:不明

評価:不明

称号:不明

特異能力:

・不明

魔法:

・不明

スキル:

・不明

能力値:

 【体力】:不明

 【魔力】:不明

 【速度】:不明

 【攻撃】:不明

 【防御】:不明

――――――――――


「もしかして木崎を食ったのはお前か?」

「やっぱり、あの時狙撃をしていたのは君だったんだね」


 雄平は背中に冷たい汗が流れるのを感じる。ステータスを確認できない強敵を前に、雄平はどう対応すべきかを悩んでいた。


「それにしてもゾンビの身体はいいね。色々な力が手に入った」

「力だと?」

「そう。例えば魔法やスキルなんかだね。あとは身体能力も凄く強化されたんだ。君のおかげだよ」


 藤田は喉を鳴らして笑う。不気味な笑い声だ。


「俺のおかげとはどういうことだ?」

「そのままの意味さ。君に異世界の食事を食べれば強くなれることを教えてもらった。だから僕はゾンビを食べたのさ。そしたら見る見るうちに強くなっていくんだ」

「ならなぜ木崎を食った? 奴は人間だろ」

「雄平くん、僕は言ったよね。異世界の食事を食べれば強くなると。異世界からやってきた勇者を食べても、僕は強くなれるんだよ。こんな風にね」


 藤田は地面に転がっていた死体の一つを持ち上げる。見たことのある顔だった。


「哲也くんというらしいね。異世界で魔王を倒した力を、ヤクザになって活かそうと考えたらしいよ。馬鹿だよね、ヤクザになるなんてさ」


 藤田は哲也の首から上を切り取ると、口を大きく開けて放り込んだ。頭蓋骨をバリバリとかみ砕く音が聞こえる。


「可憐を連れ去ったのは、勇者だと聞いたが……」

「ゾンビ化して、僕が操っていたんだ。僕にはね、ゾンビを操る力があるんだ」


 雄平は隊長ゾンビ以上であれば、下位のゾンビを操れることを思い出す。ゾンビを操っていたのは、勇者の力ではなく、ゾンビとしての種の力だったのだ。


「僕は君を食べたい」

「…………」

「君を食べると僕はより高位の存在になれる気がするんだ。まずは目玉を、次は足を、最後に腕を食べよう。きっと美味しいに違いない」


 雄平は戦闘が避けられないことを悟る。腕を胸の前で構え、ファイティングポーズを取る。


「さぁ、行くよ」


 藤田が一直線に雄平へと駆ける。目で追えない速度ではないが、雄平よりも速度は上である。


 雄平は近寄らせまいと、パンチを数度繰り出す。そのすべてを藤田は躱し、雄平の防御をすり抜けて、蹴りを入れる。


 体重の乗った重い蹴りは雄平の身体を吹き飛ばした。そして同時に悟る。単純な身体能力では敵わないと。


「ならこれはどうだ」


 雄平は炎の弾丸を放つ。だが藤田の目の前で、炎の弾丸は消え去った。


「僕に魔力による攻撃は効かないよ。そういう特異能力を持っているからね」

「なるほど。謎が解けた」


 雄平は『観察眼』が藤田に通じないからくりを悟った。


「なら他のやり方を選ぶだけだ」


 雄平はアイテム一覧から『黒霧』を選択する。手には黒刀が握られていた。


『Aランク:黒霧』

 刀身を自由自在に変形させることが可能な刀。自由に伸び縮みが可能で、最大一三キロ先まで伸びる。また刀を霧の形状にすることもでき、広範囲の敵を攻撃することが可能。使い勝手の良さから、七代大業物の一つに選ばれている。


「剣を持ったくらいで僕に勝てるとでも?」

「勝てるさ」


 雄平は『黒霧』を構える。『剣術』スキルのおかげで、雄平の構えには一部の隙もなかった。


「行くよ」


 藤田は同じように地面を駆け、雄平へと接近する。雄平は今度こそ近づけさせないために剣を振るう。振るわれた剣を藤田はギリギリのところで躱そうとする。


「この刀は躱せないんだ」


 雄平は『黒刀』の刀身を伸ばし、藤田の肩を切り裂いた。切られた腕が床に落ちる。


「な、なんなんだ、その刀は」

「友人からの贈り物でね。お前との力の差くらいなら、埋めてくれるのさ」

「そうか。素晴らしい友人だね」


 藤田は雄平から逃げるように後ろへと下がる。そして教卓の上にいる可憐を掴み、首元に口を当てる。


「何をする気だ!」

「分かるだろう。彼女にはゾンビになってもらう」


 雄平が可憐を助け出す前に、藤田は彼女に噛みつくだろう。すでにゾンビ化の呪いに掛かっている可憐に対して、もう一度噛みつくとどうなるのかは分からないが、今より良くなることはないように思えた。


「もし止めてほしければ、君の武器を僕に寄越せ」

「……分かった。その代わり、約束しろ。可憐は助けると」

「良いだろう」


 雄平は『黒霧』を藤田に投げる。彼がその刀を受け取ると、口元に笑みを浮かべた。


「素晴らしい刀だ。この刀があれば僕は最強になれる」

「約束は果たしたんだ。可憐を返してくれ」

「いいだろう。ただし……」


 佐藤は可憐の首元に噛みついた。歯が彼女の肌に食い込んでいるのが分かる。雄平は咄嗟に駆け出し、藤田と可憐を引き離す。


「刀を渡せば可憐を無事に返す約束だったはずだ」

「無事に返したさ。ただゾンビになっただけさ」

「殺してやる!」

「武器のない君がかい」


 藤田は馬鹿にするように笑う。片手を失ったとはいえ、武器のない雄平相手なら負けるはずがないという余裕の現れだった。


「さぁ、素手でかかってくると良い。君の刀を持った僕相手にね!」

「素手になるのはそっちだ」


 雄平は自身のステータスを思い出す。異世界に転移した際に取得したスキルを思い出していた。


『Eランク:装備強奪』

 対象に手の平をかざして発動する。相手から一定確率で装備を奪い取る。奪い取れる装備は手で掴めるモノだけである。スキルランクが高ければ高いほど装備を奪える確率が上がる。


「スキルランクはEだが……」


 スキルは使用するたびに体力を消費する。だが雄平には体力がかなり残されているおかげで、『装備強奪』を成功するまで使用し続けることが可能だ。これはゾンビの群れとの戦いを、花原たちが代わってくれたおかげだった。


「なにをして……」


 手の平をかざす雄平を見て、藤田は怪訝そうな表情を浮かべるが、雄平が何をしようとしていたのか、彼は知ることとなった。


 藤田の手に握られていた『黒霧』は雄平の手に戻っていた。藤田は驚愕の表情を浮かべる。


「なにをしたんだ!」

「取り返したのさ。これは仲間に貰った大事なモノだからな」


 雄平は刀を構える。藤田も仕方ないと構えを取った。


「刀を奪われたとしても、僕の方が身体能力は上だ。まだ勝機は――」

「ないさ。俺には奥の手があるからな」


 雄平は『超人化』のスキルを発動させる。


『ランクA:超人化』

 魔力をすべて消費し、魔法を数時間使用できなくなる代わりに、身体能力を爆発的に向上させる。スキルランクが高いほど上昇値が増加し、魔法を使えない期間が短くなる。


 魔力を燃やす感覚と共に、強くなっていくのを雄平は感じられた。


「さよならだ、藤田。お前はあのクラスの中ではマシな奴だったよ」


 雄平は藤田の動体視力を上回る速度で接近し、刀を振り下ろした。頭の上から叩き落とされた刀は、藤田の身体を縦半分に切り裂いた。


 藤田の死体は床に転がり、血の池を作っていく。決着はついたのだ。


「可憐っ!」


 雄平は可憐へと駆け寄り、『観察眼』でステータスを確認する。


――――――――――

名前:奥井可憐

評価:D

称号:ゾンビと化した少女

特異能力:

・なし

魔法:

・なし

スキル:

・なし

能力値:

 【体力】:95

 【魔力】:260

 【速度】:85

 【攻撃】:55

 【防御】:45

――――――――――


 可憐の称号に変化が生じていた。ゾンビへと変わっている。


「そうだっ!」


 雄平は藤田の死体を見る。彼の頭の中には可憐を救うための方法が思い浮かんでいた。

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