第36話 勇者への貸し

 爆発に巻き込まれた雄平は、松林組事務所前の道路にまで吹き飛ばされていた。全身をチェックする。服はボロボロになっているが、身体はどこも傷ついていない。


「あの爆発で無傷なら、ミサイルを食らっても死なないかもな」


 雄平は爆発され、粉々になったビルを見る。ビルだった面影はすでになく、ただの瓦礫の山と化していた。


「何はともあれ無事でよかった。間違い電話で殺されたんじゃ、死んでも死に切れん」


 松林組の事務所を爆破した連中はゾンビを操る勇者を殺そうとしていた。


「海外マフィアの連中か……」


 片言の日本語と、松林組の戦力を減らしたい勢力を考慮すると、海外マフィアの連中が最も可能性は高いだろう。


「街中でも平気で爆破するような奴らだと聞いていたが、わざわざ人間一人殺すのにビルを爆破しなくともいいだろうに」


 それほどまでに勇者を恐れているということか、それとも自身を晒すリスクを取るのが嫌なのか。


「ただどちらにしろ、奴らは邪魔だな。消しておくか」

「その必要はありませんよ」


 瓦礫の山を退けて、市ヶ谷が這い出てくる。砂ぼこりで折角のスーツが台無しだが、その美貌に衰えはない。


「生きていたのか」

「ゴキブリよりしぶといことが自慢でして」


 市ヶ谷はヘラヘラと笑いながら、スーツについた土埃を払う。


「で、海外マフィアと戦う必要がないとはどういうことだ?」

「そのままの意味です。奴らは我々の獲物ですから。あなたがわざわざ戦う必要はないということです」


 雄平は市ヶ谷の言葉から状況を察した。


「花原組を囮に使ったのか?」

「その通りです。私の本来の仕事は日本に入り込んだ海外マフィアの殲滅です。ですが中々尻尾を見せない連中でして、ずっと機会を伺っていたんです」

「あの電話一本から尻尾を掴んだのか」

「電話一本から住所を特定するなんて朝飯前です。それに奴らは爆破する際、その結果を見届ける人員を配置します。そいつを確保したのですよ」

「どこから監視しているかが良く分かったな」


 姿を晒すリスクを減らすためにも、かなり遠くから監視していたはずだ。


「餅は餅屋です。我々が監視するならここからする。そういう場所を重点的に調べればいいのです」


 雄平は市ヶ谷に利用されたというのに腹は立っていなかった。


「騙されたというのに怒らないんですね」

「まぁな。何となくだが気づいていたしな」

「へぇ、それはなぜ?」

「依頼報酬が一千万円だったろ。俺が市ヶ谷の立場なら、その十倍は吹っ掛けるからな」

「納得です。ですが我らとしても必ず雇ってもらわないといけませんから」


 十倍の金額だと断れるかもしれず、賭けになりますからと、市ヶ谷は笑う。釣られるように雄平も笑った。彼としてはここで市ヶ谷たちが離れてくれることが最良の結果だったからだ。


「あなたの考えていることは分かりますよ。我らが去ってくれてありがたいのですよね」

「なぜそう思う?」

「海外マフィアと松林組、その両方を排除した後、我らの扱いをどうすべきかをあなたは悩んでいたはずだ」


 図星だった。雄平にとって市ヶ谷は、抗争中こそ便利な道具だが、終われば面倒な駒になる。


「あなたの考えはこうだ。山林組と海外マフィアを排除した後、花原組は正式な組長を決めるはずです。その新しい組長には、あなたか、もしくはあなたの息のかかった人間を据えたいと考えていたはずだ。だがその考えを実行に移すには、組長になるだけの実績が必要です。例えば抗争を勝利に導いたとか」

「だが市ヶ谷がいると、その実績を傭兵に頼った結果だとされてしまうかもしれない」

「そうなれば折角の活躍もアピールポイントとして弱くなります。もちろん実績は実績ですから、完全にゼロになるわけではないでしょうが……」


 きっと花原組の連中は傭兵のおかげだという理由をつけ、雄平に少々の金を褒美として渡し、実績に報いたという形を取るだろう。


 だが雄平は小金が目的で花原組のために尽力しているわけではない。可憐を救えるほどの大金。唸るほどの金を手に入れるために、雄平は働いているのだ。


「では私はこれで失礼します。海外マフィアの連中を殲滅する仕事が残っていますから」

「花原組のためにも完膚なきまでに殲滅してくれ」

「言われるまでもなく」


 市ヶ谷は去ろうとするが、「あ、そうそう」と、何かを言い残したのか言葉を続ける。


「今回の件は貸しにしてあげます。あなたが困ったなら、私が一度だけ助けてあげます」

「それは嬉しいな」

「私への貸しは高いですよ。なんたって私も勇者の一人ですから」


 市ヶ谷の濁った瞳に魔法陣のような模様が浮かびあがる。気づくとボロボロだった雄平の服は綺麗になっていた。


「では、また会う日まで」


 市ヶ谷はそう言い残して、雄平の元から去っていった。その後ろ姿はどこか嬉しそうだった。

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