第35話 松林組襲撃


 雄平と市ヶ谷は松林組へと訪れていた。可憐や花原組の者たちは付いてきていない。これは市ヶ谷の足手まといになるという提案が原因だった。


 戦争屋の戦いに素人が入り込む余地はない。だが雇い主が誰も監視しないのはマズイ。そういう事情があり、雄平が市ヶ谷に指名され、彼だけが共に来ることとなった。


「可憐は心配しているだろうな」


 雄平がヤクザの事務所の襲撃に付いていくと聞いて、一番反対したのは可憐だった。反対する可憐を説得するのは大変だったが、可憐のためにも松林組を潰すのはメリットがある。


「やはり護衛がいるだけで動きやすくなるな」


 可憐の護衛は花原に任せてある。彼女ならヤクザ程度の相手なら遅れを取ることもないだろう。


「ではお客様、戦争を始めましょうか」


 雄平は眼前のヤクザの事務所を見つめる。一見するとただの商業ビルだが、中に入るとその異常性に気づく。中に入るまでの廊下が異常に長いのだ。


 迷彩服を着た男たちが機関銃片手に廊下を進んでいく。雄平と市ヶ谷はその後ろから守られるように付いていった。


「出てきましたね」


 監視カメラで雄平たちが襲撃してきたことを知った松林組の組員が短刀を手にして現れる。


「機関銃相手にドスで戦いを挑むか」


 雄平は松林組の組員に憐憫の視線を向ける。殺されるためだけに登場するなんて、可哀想なやつだ。


「ファイヤ、ファイヤ」


 市ヶ谷がそう口にすると、機関銃の銃弾が雨となって敵を襲う。ハチの巣となった組員たちは血を流して、廊下に倒れた。


「面白くなるのは、これからですよ。そろそろ拳銃が出てくるはずですから」

「なぜ最初から出してこなかったんだ?」

「ヤクザは警察のガサ入れを警戒して、普段は拳銃を隠しているんですよ。簡単に取り出せない場所に仕舞ってあるでしょうから、すぐには用意できなかったのでしょう」

「なるほど」


 雄平たちは廊下を進んでいく。道中に扉を見つけると、中を確認し、人が隠れていないかを探す。


「市ヶ谷たちは先に進んでいてくれ。俺は少しやりたいことがある」

「分かりました。安全を確保しながら進みますので、ごゆるりといらしてください」


 雄平は部屋の中にある金目になりそうなモノを手当たり次第に吸い込んでいく。時計やバッグ、それに未開封ワインなど、見栄を気にするヤクザの所持品なだけあり、高級品ばかりだ。


「そろそろ合流するか」


 雄平はもう制圧が終わっているだろう扉を開く。扉を開いた先には迷彩服姿の男たちの死体が転がっていた。


 部屋の中で生き残っているのは、市ヶ谷と松林組の組長、そして俺だけだ。


「まさかリベンジの機会が訪れるとはな」


 雄平は壁に張り付く黒い人影を睨み付ける。ショッピングモールで見かけた隊長ゾンビだ。口元には血をべったりと付けている。


「お客様、鴨狩りのつもりが虎狩りに変わってしまったようです」

「そのようだな」


 だが今の雄平にとっては虎が相手だとしても問題なかった。隊長ゾンビのステータスと自分のステータスを見比べてみる。


――――――――――

名前:腹ペコゾンビ

評価:B

称号:隊長ゾンビ

特異能力:

・なし

魔法:

・硬化

スキル:

・なし

能力値:

 【体力】:100

 【魔力】:30

 【速度】:400

 【攻撃】:150

 【防御】:120

――――――――――


――――――――――

名前:奥井雄平

評価:A

称号:魔王を殺した勇者

特異能力:

・課金ガチャ

・観察眼

魔法:

・炎魔法

・透視魔法

・五感強化

スキル:

・狙撃(ランクB)

・剣術(ランクC)

・超人化(ランクA)

・装備強奪(ランクE)

能力値:

 【体力】:330

 【魔力】:360

 【速度】:440

 【攻撃】:330

 【防御】:350

――――――――――


 能力値はすべての数値で雄平が勝っていた。あの絶望するような速度でさえ、雄平の方が上だ。


「あの時逃げたことを後悔するんだな」


 隊長ゾンビが雄平に襲い掛かる。銃弾より速い速度は人間の目では到底追うことはできない。だが今の雄平にはスローモーションで見えた。


 雄平はカウンター気味に、隊長ゾンビの頬にフックを食らわせる。顔を吹き飛ばすような一撃がはっきりと着弾する。


 隊長ゾンビは吹き飛ばされ、壁へと激突する。壁には大きな裂け目が入った。


「おい、ゾンビ! ワシを助けろ! やられるんじゃない!」


 松林組の組長は必死の表情でゾンビに呼びかける。ぶくぶくと太った顔からは、汗が滝のように流れていた。


「今ので死なないのか……」


 雄平は倒れたゾンビを見据える。頬が黒曜石のようなモノでコーティングされている。まるで鉄でも殴ったような感触の正体が、隊長ゾンビの『硬化』の魔法によるものだと雄平は気づいた。


「今度は少し本気で殴るか」


 雄平はゾンビの前に瞬時に移動し、顔を蹴り上げる。『硬化』の魔法で強化された頬へと繰り出された攻撃は、敵の防御を突破し、隊長ゾンビの頭を吹き飛ばした。


「ば、化け物!」


 松林組の組長が雄平の実力を見て、顔を真っ青にする。雄平の実力は人間を遥かに超え、畏怖の対象となるまでになっていた。


「さて、お前に聞きたいことがある」

「な、なんだ?」

「勇者について知っていることを話せ」

「し、知らん。ワシは何も知らん」

「お客様、私にお任せください」


 市ヶ谷が嗜虐的な笑みを浮かべながら一歩前へと出る。


「ヤクザという人種は指を詰める風習があると聞いています」

「な、なんだ、何をする気だ!」

「丁度ここに短刀がありますから、あなたの指を切り落としてあげましょう。何本目で口を割るかが楽しみです」


 市ヶ谷が一歩近づくたびに、組長は泣きそうな表情を強くしていった。


「わ、分かった。話す。話すからやめてくれ」


 組長は観念したのか口を割り始めた。


「勇者がどんな奴かはワシも知らない。顔も名前も何も分からない」

「それはオカシイですね。あなたが勇者のことをカリスマがあると評価したと聞いています。その話と矛盾するのでは?」

「勇者と会うとき、奴は必ず顔を隠し、声も変声機で変えている」

「顔を隠すとは口元だけか。それとも目も隠しているのか?」

「眼もサングラスで隠していた」


 雄平はその言葉に驚く。彼が予想していた『支配眼』の力は瞳に浮かんだ魔法陣を相手に見せることで洗脳する。サングラスをかけていては使えないはずだ。


「少しオカシイですね」

「な、何がだ?」

「顔を隠し、変声機で声を変えてもカリスマを感じる。そんなことがあり得るのでしょうか?」

「ワシのような男になるとな、正体が分からずとも、そいつがどんな人間かくらいは分かるようになる。あの男は人を束ねてきた経験がある。それは間違いない」


 人を率いた経験がカリスマを生み出しているのだと、組長は説明する。


「敵の秘密がより分からなくなってきたな」


 カリスマ性を持つゾンビを操る勇者。正体を特定するには情報が少なすぎる。


「勇者について知っていることは他にないか?」

「な、ない」

「そうか。では次の質問だ。いや質問というより命令か」


 組長は何を命じられるのかと、ゴクリと息を呑んで待つ。


「金目のモノをすべて俺に寄越せ」

「か、金目のモノだとっ!」

「ああ。金庫がどこかにあるはずだろ。どこにある」

「それならそこに」


 組長は部屋に飾られた神棚の直下にある引き出しを指さす。雄平がそこを開くと、巨大な金庫があった。


「暗証番号は?」

「教えてほしくば、ワシを解放しろ」

「いや、結構だ。自分で開ける」


 雄平は金庫の取っ手を掴むと、力づくで金庫をこじ開ける。


「その金庫、ブルドーザーでも潰れんという歌い文句だったんだが……」

「核ミサイルでも潰せない金庫を勝っておくのだったな」


 金庫の中には札束の山と貴金属類が入っていた。雄平はそれらをすべて金に変えて、スマホに吸収する。


「所持金が億を突破か」


 雄平はスマホの所持金を確認する。三億円。当分金に困ることはなくなった。


「折角だし、ガチャでも回しておくか」


 雄平は上限なしガチャを一千万円ずつ、十回引いてみる。


『Bランク:センテンス・サマー』

 魔王領の人気雑誌、週刊文夏を百年間無料でお届け。今週号はあの有名魔人の浮気メール流出だぞ。


『Bランク:魅惑の棍棒』

 叩けば叩く程、高感度が上がる棍棒。痛いけど、それが癖になる。


『Aランク:ゴブリンキングの王冠』

 百体のゴブリンを召還し、手駒とすることができる。ゴブリン一体一体の戦闘力こそ低いが、命令に忠実で扱いやすい。


『Aランク:ワイバーンの煮卵』

 ドラゴンの卵を醤油と味醂で煮た絶品料理。ラーメンに入れると旨さ百倍。


『Aランク:ギャンブルドロー』

 Sランクのアイテムをランダムで一つ取得する。ただしこのアイテムを使用した日は、上限なしガチャを使用できなくなる。


『Bランク:必殺仕事人』

 指定した相手を殺すことができる。そのかわり自分も死ぬ。


『Sランク:絶対の忠誠』

 指定した相手に絶対の忠誠を誓わせる。忠誠を誓った相手は、自分の命や家族より使用者を優先するようになる。ただし好感度が一定以上の相手にしか通じない。


『Aランク:魔女の若返り薬』

 飲むと五歳若返る。重複して効果は発動しない。また五歳以上にしか効果がない。


『Bランク:一日異世界転移券』

 異世界へと一日だけ転移することができる。一日経過するか、使用者が現実世界に帰りたいと念じれば、元の世界へと戻される。

 

『Bランク:学園転移』

 使用者の入学したことがある学校へ転移することができる。一日に一度しか使用できない。


 雄平は課金ガチャの結果に満足する。特に『異世界転移券』とSランクアイテムを引けたことが嬉しかった。


「あとはこいつを始末すれば――」


 雄平の言葉を遮るように、携帯が着信音を鳴らす。音の発生源は組長の持つ携帯電話だった。


「貸せ」

「わ、分かった」


 雄平は組長から携帯電話を受け取り、着信元を確認する。電話帳に登録されていない電話番号だった。


「勇者か……」


 雄平はそう思い、通話開始ボタンを押す。相手に着信が繋がった。


「誰だお前は?」

「そういうアナタこそ誰ですか?」


 電話先の相手は片言の日本語だった。


「ワタシはアナタに聞きたい。アナタがゾンビをコントロールするユウシャですね」

「違う」

「アナタのアンサーが正解かどうか確認できないので、どちらでも構いません。ただヒトコト、お知らせします」

「なんだ?」

「ゾンビをコントロールするアナタはデンジャラスです。ワタシたちのために死んでください」


 そう言い残して電話が切られる。


 その直後だ。部屋の隅に置かれたキャリーバッグが爆発し、雄平たちを襲う。爆風と激しい熱量は雄平の肌を焼き、松林組の事務所ごと吹き飛ばしたのだった。

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