第33話 軍隊とヤクザの違い
雄平たちが家の外に出ると惨状が広がっていた。
「これは酷いな」
松林組の襲撃は花原の家にトラックを突っ込ませるところから始まった。トラックの中には拳銃で武装した組員が乗っており、玄関前の庭園で銃撃戦を繰り広げている。
花原組の連中が必死に応戦するが、勢いは松林組の方が上だった。その最大の理由は襲撃者たちの必死さにあった。
拳銃を発砲している者の中には、一見するとヤクザに見えないような者たちが混ざっていた。彼らは自分が弾丸に命中することなど恐れずに、花原組の組員を攻撃している。
「なんて外道な連中だ!」
佐竹が恨めしげに叫ぶ。
「奴らについて何か知っているのか?」
「あいつらはカタギなんです」
「なるほど。無理矢理戦わされている訳か」
おそらく家族や友人を人質に取られているのだろう。必死さの理由が理解できた。
「ゆうちゃん、あれ!」
可憐がトラックを指差す。トラックの中からノロノロと動く人影が現れた。
「奴ら、ゾンビを連れてきたのか」
ゾンビは松林組を無視して、花原組の組員たちを襲い始める。聞いていた通り、ゾンビは誰かにコントロールされていた。
「このまま進めば、花原組は壊滅ですね」
市ヶ谷がボソリと独り言を零す。
「ゾンビを止めるには心臓か頭を潰す必要がありますが、ヤクザさんにそれを行える射撃技術がありませんからね~」
「お前らを雇っておいて正解だったという訳だ」
「さすがはお客様。良く分かってらっしゃる」
市ヶ谷はどこかに電話を掛け、英語で何かを命じている。
「これがチンピラと戦争屋の違いです」
市ヶ谷がそう口にすると、迷彩服を着た集団が花原組へと飛び込んでくる。機関銃で武装した彼らは松林組の組員やゾンビを次々と殺していく。
「民間人も殺しているぞ」
「ええ。家族を人質に取られた民間人を助けるメリットなんてありませんから」
また一人、また一人と、襲撃者が殺されていく。一方的な戦いだった。ゾンビたちも統制された軍隊相手になすすべもなく殺されていく。数分もしないうちに、襲撃者たちは壊滅した。
「撤収させますね」
市ヶ谷が撤収の旨を連絡すると、迷彩服の男たちが花原組を後にする。
「さて、お客様。少しついてきてください」
市ヶ谷にそう言われ、雄平たちは後ろをついていく。彼女が向かった先は松林組の死体が並ぶ庭園だ。
「さすがは私の部下です。きちんと生かしてくれていますね」
松林組の者たちはほとんどが死んでいたが、一人だけ何とか生きている者がいた。パンチパーマの色付きメガネ。一目でヤクザと分かる風貌だった。
「生きてますか~」
「ごほっ」
市ヶ谷が松林組の組員を蹴り上げる。口から血を吐きながら、瞼をしっかりと上げた。
「あなたに聞きたいことがあります」
「き、聞きたいこと?」
「ええ。あなたの組について調査しましたが、どうしても勇者に関する情報だけは得られませんでした。だからあなたの知っている勇者に関する情報をすべて話してください」
「こ、断る」
「そうですか」
市ヶ谷は狂気の笑みを浮かべると、男の人差し指をヒールの踵で踏みつけた。
「ぐッ」
「折れましたね。もう一本行きますか?」
「ま、待て。話す。話すからやめてくれ」
このままだと指の骨をすべて折られてしまうと思ったのか、男は観念したように話し始める。
「勇者については俺も詳しくは知らない。というより組長以外、誰も正体を知らない」
「嘘は吐いていないようですね。なら他に情報はないんですか?」
「ゾンビを自由に操れる。さっきお前らを襲ったゾンビも勇者から貰った奴らだ」
「それは既に知っています。他に何かないんですか?」
「組長が言ってた話なんだが、カリスマのようなものを感じるらしい。何でも勇者の口にする言葉に逆らうことができなくなるそうだ」
「それは興味深いな」
勇者は魔眼を持っている。雄平はゾンビや人を操る魔眼に心当たりがあった。それは『支配眼』という目を合わせた人間を自分の思うがままに操る力だ。異世界では伝説の魔眼のため、使い手こそいなかったが、あまりに強力な能力が伝説になっていた。
「他に知っていることは?」
「ない。本当だ。信じてくれ」
「分かりました。あなたはもう用済みです」
市ヶ谷は地面に落ちている拳銃を拾うと、男の頭に向けて引き金を引いた。
「さて次に我々が取る行動は分かりますね、お客様」
「防御を固めるのですね」
花原がそう答えると市ヶ谷は可笑しそうに笑い始めた。
「違います。我々がすべきこと。それは報復ですよ」
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