第30話 武闘派ヤクザ
「その話、俺たちも聞いてもいいか?」
雄平が佐竹に訊ねる。彼は困ったような表情を浮かべていた。
「お客さんには申し訳ないんですが、これは組の話ですから」
「いえ、話をするなら雄平さんにも聞いてもらいましょう」
花原が雄平に助け船を出す。
「ですがお嬢さん」
「雄平さんは頼りになります。今までゾンビを何人も倒してきましたし、私の命も救ってくれました。信頼できる人です」
「まぁ、お嬢さんがそう言うなら……」
佐竹は渋々納得する。花原が説得して折れる性格ではないと知っていたからだ。
「ではこちらに付いてきてください。幹部連中が集まってますから」
雄平は佐竹に案内され、別室へと移動する。案内された部屋には強面の男たちが集まり、テーブルを囲うようして座っている。
花原は上座へと案内される。雄平と可憐はその後ろに控えるように座った。
「まずは組の今後についてだが――」
「ちょいと待てや! その前に決めることがあるやろ」
スキンヘッドの男が怒鳴り声をあげる。
「なんだ、佐藤。何を決めるんだ?」
「当然、次の組長や」
「そんなもん決まっとる。正式な組長が決まるまでは、お嬢さんに組長代理になっていただく」
「ふざけんなやっ! ゾンビが跋扈しとるこの非常事態に、お嬢さんを組長にする。冗談もたいがいにせいっ」
「だったら誰が組長になるんだ!」
「ワイや」
「佐藤、お前にやらせるくらいなら俺がやる」
「佐竹、本来の筋でいうたら、若頭のお前がなるんが筋や。けどな、お前は武闘派やない。どっちかというと人望で成り上がった男や。そんな男に、この非常事態の組を切り盛りできるか? 武闘派のワイこそ、次の組長に相応しい。そうやろ、みんな」
佐藤が周囲に視線を配る。およそ半数ほどの人間が頷いていた。
「他人事に口出しするようで悪いが、少し良いか」
雄平が立ち上がり、佐藤を睨み付ける。
「なんや、お前! ガキは引っ込んでろ!」
「さっきから聞いていたが、少し可笑しくてな」
「なにがや?」
「この中で俺を除いて最も強いのは花原だ。武闘派とやらのお前じゃない」
雄平がそう口にすると、佐藤は口を大きく分けて哄笑する。嘲るような笑い声だった。
「阿呆抜かせ。ワイもな、お嬢さんが剣道の達人やとは知っとる。けどな実践と剣道は違うんやっ」
「そんなことは俺も知っている。花原の方が強いと言ったのは、単純な腕っぷしの話だ」
「それこそ冗談やろ。お嬢さんの細腕がワイ以上の力を発揮する。漫画の読み過ぎや」
「試してみるか?」
雄平は挑発するように訊ねる。あからさまな挑発を黙って流せるほど、佐藤は大人ではなかった。
「何をするんや?」
「花原がデコピンでお前の頭を叩く。それを耐えたらお前の勝ちだ。逆に気絶すれば花原の勝ちだ」
「ワイがその勝負に勝てば……」
「組長にはお前が成ればいい。ただし負ければ花原が組長代理だ」
「その勝負乗ったで!」
「お、お客さん」
佐竹がそんな勝負には乗れないと、非難を込めた視線を雄平へと向ける。
「大丈夫だ。必ず花原が勝つ」
「そんなわけが……」
「花原はどうだ?」
「わ、私ですか?」
「ああ。俺は花原が勝つと信じている。そんな俺を信じることができるか?」
雄平が真剣なまなざしで訊ねる。花原は一瞬迷うような表情を浮かべたが、すぐに首を縦に振る。
「雄平さんがいなければ、私は既に死んでいました。私はあなたの言うことを信じます」
「よし、お前の力を見せてやれ」
「はいっ!」
花原は立ち上がり、佐竹のデコの前で輪っかを作る。
「お嬢さん、思いっきりやってくれて構へんからな」
佐藤は笑う。その笑い声がすぐに消えるとも知らずに。
異世界飯を堪能した花原のステータスは極端に向上している。彼女の攻撃力は130という高い数値だ。100を超えると熊すら殺せる力のだから、そんな力でデコピンを放つとどうなるのか。花原がデコピンを佐藤に食らわせることで証明した。
佐藤はデコピンを受けると、まるでトラックにでも衝突したかのように、はるか後方へと吹き飛ばされる。ゴロゴロと転がっていき、家の柱にぶつかることで、何とか勢いが止まる。気絶しただけでなく、柱にぶつかった衝撃で、骨が二、三本は折れているはずだ。
「これで花原が組長代理で決まりだな」
花原組の幹部たちからはぐうの音も出なかった。
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