第25話 安全確保された屋敷

 花原の屋敷へと招待された雄平たちは、門から住居までの長い道のりを歩いていく。道沿いには整備された庭園と鯉が泳ぐ池があり、歩く者を楽しませてくれる。


 住居は純和風の建物で、どこか懐かしさを覚える佇まいだった。だが中に案内され、廊下を歩くと違和感に気づく。ヤクザの住居は敵が襲ってきたときのために内部が複雑になっているのだ。


「お嬢さん!」


 サングラスをかけたスーツ姿の男が近づいてくる。身長は低くも高くもないが、身体を鍛えているのか、筋肉質なのがスーツ姿でも分かった。


「無事で良かったです」

「佐竹さん、あなたも無事だったんですね」

「へい、親父さんが守ってくれたおかげで……」


 佐竹はサングラスを外し、目元を抑える。泣きそうな表情を何とか見せないように努めていた。


「お父様に何かありましたか?」

「すいません、親父さんはゾンビに食われてしまって」

「そうですか、覚悟はしていましたが、やはり辛いですね」


 佐竹に心配かけまいと、花原も何とか涙を抑える。だが表情は見るからに辛そうであった。


「組の皆さんはどうなりましたか?」

「かなりの数が死んでしまいました」

「そうですか。やはりゾンビの力は恐ろしいですね」

「いえ、そのゾンビなんですが……おっと、その前にこちらはお客さんで?」

「ええ、私の命の恩人です」


 花原はショッピングモールから警察署を経由し、ここまで何とか来れたのだと説明する。説明の節々に、雄平たちへの感謝の言葉を混ぜていたのは、佐竹に彼らを客人だと思わせるためだった。


「お嬢さんをここまで連れてきてくださってありがとうございます。どうぞ、この屋敷は安全です。ゆっくりしていってください」


 佐竹は雄平たちに部屋を用意してくれると告げる。彼らはその提案に甘えることにした。


「こちらです、ついてきてください」


 雄平たちは長い廊下を歩いていく。すると若い男がこちらを観察していることに気が付いた。


 男は色付きの眼鏡を掛け、髪を金色に染めていた。耳には髑髏のピアスを付けている。独創的なファッションだった。


 その若い男が隣にいるもう一人の男と何かを話していた。雄平は聴力を強化し、耳をすませる。


「へぇ~、あれが組長の娘さんですか、美人っすね。それに周囲の女も皆レベルが高い」


 雄平は、男の美的感覚が逆転していないのかのような言葉に驚く。


「……哲也、お前相変わらず女の趣味悪いな」

「へへっ、俺ってブス専って奴なんっすかね」


 雄平は男たちの会話を聞いて少し冷静になる。美醜が逆転する前の世界でも、美人が苦手でブスが好きな男はいた。その逆がいたとしても何らおかしくはない。


「え~っとそっちの美形の男性」

「俺のことか?」

「そう、お客さんの名前は?」

「俺は雄平だ。そしてこっちが可憐だ」

「で、私が高木」

「そして本官が安藤であります」


 佐竹は安藤の服を上から下まで舐めるように見つめる。


「その服装、コスプレってわけじゃないんですよね?」

「本官は正真正銘の警察官であります」

「すいやせんね。ニュースで警察官が全員殺されたとあったから」

「こいつはクズだからな。生き残ったのさ」


 可憐にした仕打ちなどを省いて、雄平は安藤の今までの行いを説明する。


「私もヤクザなので社会のクズですが、お客さんも相当のクズですね」

「だから余計な心配はしなくていいぞ」


 雄平は佐竹の心配事を察していた。現在花原の家には銃器で武装した組員が駐在している。非常時とはいえ普通なら犯罪なのだから、警察官がいると心配にはなるだろう。


「雄平さんたちの部屋はこちらです。どうぞ好きな部屋を使ってください」


 雄平は手前にある部屋を可憐と共に利用し、高木と安藤は別の部屋を一部屋ずつ使いたいと申し出る。


「悪いんだが、花原には少し話があるから部屋に来てくれないか」

「良いですよ」


 雄平たち三人が部屋へと入る。純和風の客室は、旅館の一室のようだった。


 佐竹は一礼すると、部屋の扉を閉める。静寂が客室を包んだ。


「で、話とは何ですか?」

「話というよりも頼み事だな」

「頼み事ですか?」

「これから三時間の間、可憐の護衛をしてくれないか」

「護衛ですか……雄平さんがいらっしゃるなら私は必要ないかと……」

「俺は少し行かないといけない場所があるんだ」

「ゆうちゃん、どこかへ行っちゃうの?」


 可憐が強い反応を示す。言外に行かないでくれと告げていた。


「すまんな、可憐。どうしても行かないといけないんだ」

「どこ? どこへ行くの?」

「異世界」


 雄平は一言そう告げる。


「異世界なんて行かないで。お願い、傍にいてよ」

「可憐。悪いがこれは俺たちのために必要なことなんだ。安全を確保できた今のうちに行っておきたいんだ」

「絶対に戻ってくる?」

「戻ってくる。約束だ」


 雄平が異世界へ戻るには、安全が確保された場所と、信頼できる護衛が必要だ。この条件が揃った今は、まさにチャンスだった。


「すぐに戻ってくるから元気にしていろ」

「うん」


 雄平はスマホのアイテム一覧から目当てのアイテムを探す。


『Bランク:一日異世界転移券』

 異世界へと一日だけ転移することができる。一日経過するか、使用者が現実世界に帰りたいと念じれば、元の世界へと戻される。


「では行ってくる」


 雄平は『一日異世界転移券』を使用する。浮遊感に身を包まれ、現実世界から異世界へと転移するのだった。

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