第18話 隊長ゾンビ


 スタッフルームの外は、まさしく地獄であった。ゾンビたちの臓物が周囲に飛び散り、血の水たまりができている。


「酷い光景だな」


 雄平はゾンビたちが殺された理由を考えていた。ゾンビたちの死骸を見ると、噛まれたような歯形が残っている。食い殺されたのは明らかだ。


 だが人がゾンビを食うとは思えない。なら可能性として最も高いのはゾンビがゾンビを食った可能性だ。


「高位種のゾンビがいるのか……」


 ゾンビにはいくつかの種類がある。


 まずは下っ端ゾンビ。知能も低く、ただ動物のように近くにいる人間を襲うゾンビだ。身体能力もさほど高いわけではなく、数が集まらなければ脅威とはならない。


 次に兵隊ゾンビ。下っ端ゾンビとは違い小学生低学年程度の知能はある。剣や槍などの武器を扱うこともでき、下っ端ゾンビ以上に厄介な敵である。


 兵隊ゾンビの上に位置するのが隊長ゾンビ。隊長ゾンビは複数の兵隊ゾンビを束ね、普通の人間と変わらない程度の知能を有する。魔法とスキルを扱うことができ、中堅クラスの冒険者と同程度の力を持っている。隊長ゾンビより高位に位置するゾンビは、人だけでなくゾンビも食うようになるのが特徴だ。


 その隊長ゾンビをさらに束ねるのが将軍ゾンビ。将軍ゾンビになると、高度な魔法やスキルを操り、実力は上位の冒険者が複数で挑んでようやく勝てる程になる。


 最後に将軍ゾンビの上に位置するのが大王ゾンビだ。大王ゾンビは世界に一体しかいないゾンビたちの王で、実力だけなら魔王と同等だとも言われている。異世界にいた頃の雄平ですら勝てるかどうか分からない強敵である。


「隊長ゾンビより上位の奴がいるのか」


 もし隊長ゾンビがこのショッピングモールを拠点とした場合、兵隊ゾンビが集まってくる可能性がある。


 一人や二人の兵隊ゾンビ相手ならば問題なく勝てるだろうが、集団となった兵隊ゾンビと正面から戦って確実に勝てる自信が雄平にはなかった。


「可憐、このショッピングモールから脱出するぞ」

「うん、分かったよ」


 雄平は可憐を連れて、脱出しようとした時、花原に声を掛けられる。


「雄平さん、私たちも連れて行ってください」


 花原と友人の少女が雄平に縋るような視線を向ける。


「私たちだけではゾンビに殺されてしまいます。それに雄平さんにはまだお金を支払っていません」

「いいだろう。俺も信頼できる仲間は必要だと考えていた」


 雄平は花原たちの同行を認める。


「もちろん本官たちも一緒でありますよな」

「雄平君、イケメンだし~、付いていくのが当然だよね~」


 安藤と高木も雄平への同行を願う。


「お前たちが役に立つとは思えんが……」

「本官は警察官でありますよ! きっと役立つであります」

「私も金持ちだし役に立つよ」

「まぁ、いいだろう。付いてきたければ、一緒に来い」

「ひゃっほい。さすがは雄平殿! 話が分かるであります」

「イケメンは心までイケメンだよね」


 雄平たちは行動を共にすることを決めると、早速下の階へと降りていく。階段を下りるたびに、死臭が漂ってくる。


「あれが出口か」


 一階に辿り着くと、外へと通じる扉があった。といっても扉は壊れた状態で床に転がり、外との出入りを防ぐものは何もない。


「やっと外に出られる!」


 花原の友人の少女が一人走り出す。この行動こそ少女の最大の失敗だった。走る少女と突然現れた黒い人影が交差する。あまりに速い人影の正体を目で追えたのは雄平だけだった。


「きゃあああっ」


 花原が悲鳴を漏らす。彼女の友人だった少女は頭部が捻じり取られていた。胴体だけとなった死体が床に転がり、血の池を作っていく。


 捻じり取られた胴体は人影の手元にあった。雄平はその人影を観察する。黒い筋肉で身体を覆い、二つの瞳は蜘蛛のように真っ赤である。


 こいつが隊長ゾンビだと雄平は悟った。ステータスを確認する。


――――――――――

名前:腹ペコゾンビ

評価:B

称号:隊長ゾンビ

特異能力:

・なし

魔法:

・硬化

スキル:

・なし

能力値:

 【体力】:100

 【魔力】:30

 【速度】:400

 【攻撃】:150

 【防御】:120

――――――――――


 特筆すべきは硬化の魔法と速度の高さだ。特に速度は雄平を圧倒している。先ほどの隊長ゾンビの動きも何とか目で追うことはできたが、今の雄平に捕まえられる速度ではなかった。


「な、なにをしているんですかっ!」


 隊長ゾンビが少女の頭部を食い始めたのを見て、花原は叫ぶ。まるでハンバーガーにでもかぶりつくように、少女の頬肉を食いちぎっていた。


「奴は食事に夢中だ。今なら……」


 雄平は手の平に魔力を込める。全力の炎魔法で攻撃すればあるいは。


「いや、無理だな」


 隊長ゾンビは硬化のスキルを保持しており、防御力も低くはない。一撃で殺せる自信が雄平にはなかった。


「殺さなくとも・・・・・・」


 雄平は安藤から奪い取った拳銃の銃口を隊長ゾンビの足元に向ける。命中させないように注意しながら発砲する。発砲音が鳴り、隊長ゾンビは驚いた表情を見せる。そして少女の頭部を丸呑みした後、ショッピングモールの上の階へと逃げていった。


「逃げちゃいましたね」

「いいや、逃げてくれたのさ」


 雄平は安堵のため息を漏らす。隊長ゾンビが拳銃という不可思議な攻撃を警戒してくれたからこそ得られた結果だった。


「強くなる必要があるな」


 雄平は拳を握りしめる。もう一度戦うことになった時、同じ手が通じるとは限らない。雄平は可憐を守るためにも強くなることを誓った。

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