第15話 人間の敵は人間!


 花原たちがショッピングモールに逃げ込んだときは、彼女たち以外に男が三人いた。一人は中年男性。教師をしている優しそうな男だった。二人目は筋肉質な格闘家の男で、花原たちのことを常に気にかけてくれていた。三人目は根暗な警察官だったという。


 ショッピングモールの中はゾンビが跋扈していた。この建物を拠点としたかった花原たちは、ゾンビたちを何とか外に追い出そうとした。格闘家の男が活躍してくれたおかげで、すべてではないが大部分のゾンビを外に追いやることに成功した。


 そんな一息吐いた状況で事件が起こった。


「あの男さえいなければ……」


 花原は悔しそうに語る。


「あの男とはどいつのことだ?」

「警察官の男です。あの男はゾンビを追い払った途端、態度を豹変させたのです」


 警察官の男は拳銃を保持していた。その拳銃は決してゾンビに向けられることはなかった。それはゾンビ相手だと効果が薄いという理由ではなく、拳銃が最も効果を発揮するのがゾンビ相手ではなく人間相手に使った時だと知っていたからだった。


「警察官の男は、何の躊躇いもなく二人の男性を殺しました。そして私たちに奴隷になるように命じたのです」

「人間の敵は人間ということか」


 大きな災害で最も恐ろしいのは、その災害そのものよりモラルハザードが起こることだ。人は本気になれば自分のために他人を犠牲にできる。これからより被害が進めば、その警察官の行動は決して珍しいモノではなくなるはずだ。


「私たちは当然奴隷になることを拒否し、何とかこのスタッフルームにまで逃げ込んできたのです」

「良く逃げられたな」

「運が良かったんです。上のフロアにはまだゾンビが何匹か残っていましたから。男は我々を追ってくることに躊躇したんです」

「その後は俺の知る通りか」

「ええ。雄平さんが来るまで私たちはこのスタッフルームに隠れていました。部屋の前にゾンビが溢れ、外に出ることができなくなったので非常に助かりました」


 雄平は階段の前に並べられたバリケードを思い出していた。あれはスタッフルームにゾンビを近づけないためのモノでなく、ゾンビが下の階に降りてこないようにするためのものだったのだ。


 警察官の男はゾンビが下の階に降りてこないか気が気でないはずだ。ならバリケードを突破されていないか、定期的にチェックしに来るのではないだろうか。


 雄平は上の階へ昇るためにバリケードをずらしてしまった。もし警察官の男が、そのことに気づいたとしたら。


「ケケケッ、やっと本官の奴隷共が部屋から出てきたでありますな」


 雄平は声のした方向を振り向く。そこには警察官の男がいた。手には拳銃が握られている。


 男は不気味な表情を浮かべながら雄平たちへと近づく。眼は虚ろでゾンビのようだが、口元に浮かべるゲスな笑いが人間であることを証明していた。


「さて早速貴様らに命令であります」


 警察官の男は拳銃の銃口を雄平たちに向ける。


「本官の前に、全裸で敬礼するでありますよ!」


 男はニヤリと笑いながら、そう告げるのだった。

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