第14話 因縁の相手
高木晶子は雄平と同じ中学で、彼を三年間苛め抜いてきた女だった。学園で可憐に次ぐ美人で親が大金持ちということもあり、中学では無茶苦茶な振る舞いをしていた。
そんな女に標的にされた雄平の中学時代はまさに地獄だった。虫を食わされることもあれば、全裸で校内をマラソンさせられたこともある。
美醜が逆転したこの世界では美人の高木もブスになっているはずだから、少しは性格が丸くなっているかとも思ったが、全く変わっている様子はない。
「可憐、あなたと会うのは久しぶりねっ!」
「ひぃっ」
可憐は高木の顔を見ると、怯えて歯をガタガタと鳴らす。ニヤニヤと笑う高木を見て、雄平はすべてを悟った。
この世界では可憐も高木に虐められていたのだ。雄平がいた世界では、可憐が美人ということもあり、いじめの標的にはならなかったが、この世界では美醜が逆転しているせいで、彼女は校内一のブスである。いじめられる理由は十分だった。
「覚えている、私のこと?」
「た、高木さん……」
「そんな泣きそうな顔をしないでよ、まるで私が虐めているみたいじゃない」
「な、泣いているわけじゃ……」
「もしかしてあなたまだ昔のことを根に持っているの? どれ? どれが辛かったの?」
「わ、私は……」
「あなたを下着一枚でホームレスの住居に御宅訪問させたこと? あれは笑ったわ。あなたがブスすぎてホームレスでさえ手を出さないんだもの。それともあなたのカバンにゴキブリを詰め込んだことかしら? あれも面白かったわね。あなた、ゴキブリを見て漏らしちゃうんだもの。いったい何歳なのよ、あなた」
雄平はニヤニヤと笑う高木の顔が我慢ならなくなり、彼女の頭を鷲掴みにして持ち上げる。
「い、いだいっ、いだいっ」
「このまま続けるなら死んでもらうことになるが構わないか」
「ご、ごめんっ、謝るから、謝るから離して」
雄平はスタッフルームの扉を開けて、部屋の中に高木を放り投げる。部屋の中には高木以外に四人の女子生徒がいた。
四人の女子生徒たちは高木と異なり、皆大人しそうな容貌である。服装も黒を基調とした制服を着ていた。
雄平は思い出す。高木が県内有数のお嬢様学校に入学したということを。つまりこの生徒たちは、高木の級友たちということだ。
「あなたたちはいったい……」
女子生徒の一人が一歩前へ出る。色白の肌と前髪パッツンが特徴の少女だ。愛嬌のある顔は美醜さえ逆転していなければさぞかしモテたに違いない。つまりこの世界ではブスということだ。
「俺は奥井雄平というものだ。そっちは奥井可憐だ」
「私は花原と申します」
花原と名乗る少女は頭を下げる。髪がハラリと舞った。
「雄平さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ああ、構わんぞ」
「部屋の前にはゾンビがいたと思うのですが、どうされたのですか? さっきは倒したと言っていましたが、いくらなんでもゾンビ相手に人が勝てるとは思えません」
「色々と戦う手段を持っているからな」
雄平は金属バットを見せる。それを見た少女がなるほどと納得する。
「何か強力な武器を持っているのですね」
「まぁ、そういうことだ」
「ならゾンビはもういないのですね?」
「気になるのか?」
「ええ。お恥ずかしい話ですが、お腹が空いてしまいまして。可能ならご飯を取りに行きたいのです」
雄平はその言葉に口角を釣り上げる。彼女はまだショッピングモール内にゾンビが溢れているかもしれないと考えている。
それは即ち、食料を取りに行ってやれば、恩を売るチャンスになるということだ。 お嬢様学校の生徒ということは金もあるだろうし、味方にするなら絶好の人選だと思えた。
「俺が食料を取ってきてもいいぞ」
「本当ですかっ! け、けどやっぱり駄目です。外は危ないですもの」
「俺は強いから大丈夫だ。その代わり食料をやるから、その代価として金をくれ。ゾンビが溢れたこんな世界では金なんて何の役にも立たんだろ」
「お金ですか。私はクレジットカードしか持っていないので、お渡しできる現金は……」
花原は財布からクレジットカードを取り出す。黒一色のカードを雄平はニュース番組で見たことがあった。確か限度額が無制限のクレジットカードのはずだ。
予想以上の大金持ちなのかもしれないと、雄平は恩を売っておく重要性を再認識した。
「可憐、一緒に付いてきてくれ」
「うん」
可憐と雄平はスタッフルームを後にし、倉庫に積まれた段ボールの一つを手に取る。中に入っている食料はカロリーメイトなど、準備がなくても食べられるモノばかりだった。
「これにするか……」
「ゆうちゃん、どうしてゾンビはもういないって教えてあげないの?」
「教えたら恩を売れないだろ。あいつらは役に立つ。俺たちの今後のために、信頼を得る必要がある」
「ゆうちゃん、どんどん悪い子になっている気がする」
「俺の事、嫌いになったか?」
「ううん。私のためにしてくれているってわかってるもん」
「なら良かった」
雄平は食料の詰まった段ボールを持ち上げ、スタッフルームへと戻る。食料を目にした少女たちは誰もが喉を鳴らしていた。
「約束の食料だ。金は安全になったら払ってくれ」
「はい。必ず払います」
花原は段ボールの一番上にあったチョコレート味のシリアルバーの包装を破り、口の中に放り込む。
「美味しい、美味しいです」
「お嬢様の口に合って何よりだ」
「わ、私にも一つ頂戴」
高木が久しぶりの食料だと、笑顔を浮かべながら近づいてくると、無遠慮に段ボールへと手を伸ばした。その手を雄平が掴む。
「は、離してよ!」
「この食料はお前にはやらん」
「私に飢えて死ねといいたいの?」
「飢えて死ぬのもゾンビに殺されるのもお前の自由だ。好きな方を選べばいい」
「そ、そんなぁ~」
高木は不満そうな表情を浮かべる。そして何とか媚びを売ろうと、彼女は財布を取り出した。
「ここに10万円あるわ。これで食料を売ってよ」
「駄目だ」
「可憐にしたことを怒っているの。それなら謝るから、それで良いでしょ」
「本当に謝るんだな」
「うんうん、謝る、謝る」
雄平は手を放し、高木が謝るのを待つ。すると彼女は手刀を切りながら、「ごめんなちゃい」と軽く頭を下げただけだった。
「これで謝ったし、食料を……」
「駄目だ。あれは謝罪じゃない」
「え~、十分反省してるって」
「土下座だ。最低でもそれくらいはしてもらおう」
「冗談キツイって。みんなからも何か言ってよ」
高木のクラスメイト達は皆俯いたまま何も言わない。高木を庇うと食料を貰えないのではないかという恐怖と、高木の虐めがさすがにやりすぎだと思っていたことが彼女たちを黙らせていた。
「な、なによ。なんで庇ってくれないのよ」
「土下座だ。それともゾンビの群れの中に食料を取りに行くか?」
「そ、それは……」
高木が出す答えは分かっていた。安いプライドのために命を投げ出せるほど、こいつに勇気はない。
「分かったわよ。土下座すればいいんでしょ」
高木は膝を付いて、頭を下げる。見ると可憐は泣いていた。今までの地獄を思い出していたのだろう。
雄平は少しでも可憐の辛さを和らげるために、土下座する高木の頭を足で踏みつける。まるでゴミでも潰すように、足のつま先でグリグリと彼女の頭を床に擦りつけた。
「これで可憐の気持ちも少しは晴れたか」
「うん。ありがとう。本当にありがとう」
可憐が眼尻に溜まった涙を拭う。
雄平が足を退けると、高木はぱっと立ち上がる。そして親でも殺されたかのような強い視線を可憐へと向けていた。
「雄平さん、あなたのおかげで助かりました」
花原が二本目のシリアルバーを口にしながら、そう口にする。彼女は久しぶりの食事を噛みしめながら、涙を浮かべていた。
「あなたが来てくれるまで色々ありました」
「よければ何があったのか聞かせてくれないか」
雄平がそう訊ねると、花原は何があったかを語り始めた。
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