第9話 可憐の子供時代

 子供の頃、可憐は雄平のことが嫌いだった。絶世の美男子だというのに、なぜだか顔に不快感を覚えていたからだった。


 嫌いで嫌いで堪らない雄平と可憐はいつも一緒にいた。両親同士の仲が良く、家族ぐるみの付き合いがあったため、両親たちが話し込んでいる時は、子供同士で遊ぶようにと命じられたからだ。


 可憐は雄平と一緒にいたが仲良くしようとは思わなかった。玩具やお菓子を独占し、一人で遊ぶ可憐を雄平が眺めるだけ。それが二人の過ごし方だった。


 雄平は玩具を独占されているというのに、文句の一つも零さなかった。それどころか一人遊ぶ可憐を見て、楽しそうに笑っていたのだ。可憐にとってその表情が、生理的に受け入れられなかった。


 そんな可憐と雄平の関係を変えたのはある事件が切っ掛けだった。


 それは夏の連休の日だ。雄平の家族が旅行に行くのだと可憐は耳にした。


 可憐の両親は仕事のため、彼女は一人家でお留守番だった。不公平だと思った。そして雄平だけが楽しんでいることを我慢できなかった。


 可憐は雄平に、「体調が悪くなってしまい寝込んでいる、看病してほしい」と連絡した。すると雄平は両親を連れて戻ってくるという。可憐は心の中で「ざまぁみろ」と思いながら、旅行が台無しになったことを喜んだ。


 だが雄平は戻ってこなかった。嘘を吐かれたと、可憐は自分のことを棚に上げ、怒りを湧きあがらせた。


 それから三日後。雄平は戻ってきた。だが雄平の両親の姿はなく、彼の全身は包帯で覆われていた。


 何が起こったかは可憐もすぐに知らされる。


 交通事故だった。雄平が可憐の元へ戻るよう両親を急かしたため、スピードオーバーし、車をガードレールにぶつけてしまったのだ。


 雄平が無事だったのは彼の両親が事故の寸前に身を呈して守ったからだった。おかげで雄平は全身に怪我こそ負ったが、命に別状はなかったそうだ。


「ごめんなさい」


 可憐は雄平に謝った。いくら嫌いな相手とはいえ、自分の嘘が原因で彼の両親が死んだようなものだった。


 求められれば土下座だってする。そんな覚悟で可憐は謝罪したが、雄平はただ笑ってこう答えた。


「可憐の病気が治って良かった」


 雄平は可憐を責めなかった。それどころか心配の声を投げかけた。両親が死んだというのに何を言っているのかと可憐が訝しんでいると、雄平の手が震えていることに気が付いた。


 その時、可憐は気づいたのだ。雄平が両親の死を誰よりも悲しんでいることを。そしてその気持ちを我慢し、可憐に罪の意識を感じさせないように強がっているのだと。


 気付くと雄平の顔を見ても不快に思わなくなっていた。それどころか好意的にすら感じるようになっていた。


「私、あなたのためなら……」


 可憐は心に誓った。この人が幸せな人生を送るためなら、自分の残りの人生をすべて捧げても構わないと。


 その後、可憐は自分の両親に頼み込み、雄平を家族として迎え入れた。家族四人の幸せな生活。当時の彼女はこの幸せがいつまでも続くと思っていたのだった。

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