第7話 ゾンビとなった両親


 実家帰還のアイテムの力で、家へと戻ってきた雄平は変わらない光景に安心していた。一年前と変わらぬ家屋、一年前と変わらぬ庭。家が雄平を出迎えてくれたような気がした。


「お父さん! お母さん!」


 可憐が玄関の扉を開けて、家の中へと飛び込んでいく。玄関の鍵は掛かっていなかった。


 オカシイ。雄平の両親は戸締りを忘れない性格だった。家の中にいるときでも必ず鍵を閉める。


「ちょっと待て、可憐!」


 雄平は可憐を制止するが、彼女に声は届かなかった。仕方ないと雄平は彼女を追いかけるように家の中へと入る。


「なんだお前」


 廊下を超えてリビングへ入ると、そこには箪笥を漁る男の姿があった。男は髪を金色に染めている。顔から判断するに、二〇代中頃くらいだろう。男の手には真珠のネックレスが握られていた。


 雄平は可憐を庇うように後ろに下がらせた。


「パニックに乗じた火事場泥棒か……」

「随分と冷静だなっ」


 男は真珠のネックレスをポケットに仕舞うと、立てかけていた金属バットを手に取る。


「このバットで殴られたくないだろ、なら大人しく――って女がいるじゃねえか! ひゃっほー、ラッキーだぜ」


 男は厭らしい笑いを浮かべながら、可憐の身体を嘗め回すように見ていく。足元から順番に上へと視線を巡らせる。そして可憐の顔を見た男は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「喜んだ俺が馬鹿だった。まさかこんなブスだとは思わなかったぜ。お前の相手をするくらいなら、ドラム缶相手に腰を振っている方がまだましだ」


 可憐を侮辱されたことに雄平は腹を立てる。身を包む雰囲気に怒気が混じり始めた。


「いや、ちょっと待てよ。良いこと思い付いたぞ。バットで顔を滅茶苦茶にすりゃ良いんだよ。そうすりゃ多少はマシな顔になるだろ」


 男のその一言が、雄平を動かす切っ掛けとなった。雄平は男の前へ瞬時に移動し、熊すら殺せる膂力を以て、男の腹を殴りつける。


 男は口から血と吐瀉物を吐き出して倒れこんだ。白目を剥いて気絶している。


「気絶してしまったか、こいつには聞きたいことがあったんだがな」


 雄平はスマホを起動し、アイテム欄からミネラルウォーターを選択する。何の変哲もないペットボトルの水がどこからともなく現れる。


「水を掛ければ目を覚ますだろう」

「けどこの人、目を覚ましたら殴られたことをきっと怒るよ。そうなると危ないんじゃ」

「万に一つということもある。念には念を入れておくか」


 雄平は男の足を掴むと、回転させて骨を折った。骨の折れる音が部屋に響き、暴力の嫌な感触が雄平の手の平に広がった。


「ゆうちゃん、なんだか随分と手慣れてるね」

「異世界にいた頃、ガイコツ剣士を生け捕りにするクエストがあってな。奴らには痺れ薬も毒も効かないし、気絶させることもできないから、こうやって足の骨を折って捕まえていたんだ」


 ガイコツ剣士の骨から出汁を取ったガイコツラーメンは絶品なのだと雄平が続けると、可憐は理解できなものを見るような表情を浮かべるのだった。


「無力化できたことだし、こいつを起こすか」


 雄平はペットボトルの蓋を開けて、水を頭からかぶせる。意識が戻ったのか、うめき声を漏らす。


「おい、起きたか」

「…………」

「反応なし、仕方ないな」


 雄平は男の頭を踏みつける。襲ってくる痛みに男は意識をはっきりと取り戻す。


「や、やめろっ」


 男は冷たい汗を流しながら、自分の状況を理解した。見下ろす強者と折られた右足。判断を誤ると殺されるかもしれないと、彼は現状が如何に最悪かを悟った。


「聞きたいことがある。この家には二人の男女がいたはずだ。どこに行った?」

「し、知らん」

「嘘は吐いていないだろうな」

「この状況でそんなことはしねえよ。俺が来たときには誰もいなかった」

「鍵はどうした?」

「掛かっていなかった。誰もいないのに鍵を掛けないなんて随分と不用心だとも思ったが、状況が状況だからな」

「お前がゾンビ化現象について知っているということは、被害が学校の中だけではないということか……」

「丁度一時間程前だな。街で人を襲う奴が現れパニックになった。そろそろニュース番組で放送されているだろうな」


 雄平はゾンビ化現象がいずれ街の中にも広がると考えていたが、思った以上の進行速度に驚いていた。


 もし両親がゾンビになっていたとしたら。そう考えると、雄平はどうしようもなく不安になった。


「ゆうちゃん、誰か帰ってきたみたい。きっとお父さんとお母さんだよ!」


 玄関の扉を開く音に可憐が反応し、玄関へと駆けていく。


「おい、可憐」


 雄平も可憐を追いかける。雄平には帰宅したのが両親でないと分かっていた。あの二人は家に誰もいない時でも、必ずただいまの一言を忘れないのだ。


 だから玄関に両親が立っている姿を見た時、雄平は心底驚いた。普段通りでない行動に加えて、彼らの瞳はどこか虚ろだったからだ。


「無事で良かった!」


 可憐が父親に抱き着く。可憐は父親に溺愛されていた。いつもなら心配をかけて悪かったと笑いながら頭を撫でるだろう。


 だが父親は可憐を抱き寄せると、首元に噛みついた。人間とは思えないような鋭い歯。雄平は彼らがすでに人間でないことを理解してしまった。


「可憐、離れるんだ」


 雄平は父親から可憐を引き剥がす。すると父親は獲物を奪われたことに怒ったからか、それともゾンビとしての習性からか、口を大きく開けて雄平たちを襲う。


「すまん、父さん」


 雄平はゾンビとなった父親を撃退すべく、拳に力を籠める。だがどうしても殴ることができなかった。


「一万匹以上のモンスターを殺してきた俺でも家族だけは殴れんか」


 雄平は可憐を抱きかかえると、リビングの窓から外へと逃げる。リビングには足の折れた生贄がいる。ゾンビとなった両親が、雄平たちを追ってくることはなかった。

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