第6話 勇者はみんなサイコパス
近づいてきたのは、クラスカーストの上位に位置する女子たちで、女たちの中心人物はさっき尾山が食料を持っていると報告した女だ。クラスの中でも一番のブスで、脂肪で垂れ下がった顔は見ていられない程だ。つまりこの世界ではクラス一の美人が、この女ということになる。
「ねぇ、奥井くん。私たちにもその肉を分けてほしいんだけど~」
「嫌だね。俺はお前たちに食事を分けるつもりはないし、こちらも分けてもらうつもりはない」
「もちろんタダとは言わないし~。奥井くんが望むなら恋人になってあげてもOKだし~」
教室の男子生徒たちから「羨ましい」や「イケメン死ね」なんかの声が聞こえてくる。
「俺には可憐がいるから不要だ」
「え~、けどさ~、そんなゴミ女より私の方が可愛いじゃん。だからご馳走も私が食べた方が絶対有意義じゃん」
雄平は女子生徒の発した一言で理性がなくなっていた。雄平は彼女の首根っこを掴んで持ち上げる。
「セ、セクハラ、セクハラ!」
女子生徒は必死に雄平の行動を非難する。だが彼は女子生徒の言葉を無視し、そのままゾンビが跋扈する窓の外へと放り投げた。
餌が放り投げられ廊下からは悲鳴が聞こえてくる。「食べないでくれ」だの、「助けてくれ」だのの声が断末魔として響いていた。
「これでセクハラではないな。すでにあいつは人間でも女でもない。死体だからな」
クラスメイトたちは雄平に恐怖の視線を向ける。まるで化け物でも見るようなそんな目だ。
「いくらなんでもやりすぎじゃないか?」
正義感の強い藤田が雄平を非難する。クラスメイトの誰もが雄平を恐れる中、彼だけは雄平を恐れていなかった。
「俺はやりすぎだとは考えていない。それどころか随分と手緩いとすら感じている」
「手緩い?」
「ああ。このまま状況が進めば食料がなくなる。そうなればクラスの中で食い扶持を減らそうという声が挙がるはずだ」
「そんなこと起こるはずが……」
「ないと言えるか。俺や可憐の虐めを放置していたようなクラスだぞ」
「それを言われると何も言えないな」
「で、クラスで殺し合いが始まった場合、可憐が狙われる可能性は高い。だから可憐を狙うとこうなるぞと威嚇をする必要があった」
「それがクラスメイトを殺した理由か。だが手緩いという話とは結び付かないな」
「簡単なことだ。俺が安全を確保するなら、クラスメイト全員殺す方がより確実だ。それをしないから手緩いと言っている」
「そんなのは悪魔の所業だ……」
「だからやらないのさ。もちろん良心の呵責が理由ではない。可憐に嫌われると嫌だからだ」
話を聞いていたクラスメイトたちが息を呑むのが分かった。虎と同じ檻に入れられたウサギの気持ちを彼らは味わっていた。
「君の話を信じるなら、君は勇者だったんだろう。なのに可哀想だとか、正義の行いをしようだとか思えないのか!」
「思わんさ。藤田、お前は勇者という人種を理解していない」
「どういうことだ?」
「ゲームとは違うということだ。そうだな、お前は人を殺したことはあるか?」
「あるわけないだろ」
「なら動物は? 猫や鶏、犬でも良い、なんでもいいから殺したことはあるか?」
「だからあるはずないだろ!」
「そうだ。普通の奴はない。だがな俺は勇者だったんだ。殺したモンスターの中には人型の奴らもいたし、可愛らしい動物の姿をした奴もいた。だが俺はそういったモンスターを殺して殺して殺しつくした。知っているか? スライムは殺すと青い血飛沫を吹くんだぜ」
ゲームのようにボタンを連打するのとは違う。この手で、確かな殺意を持ってモンスターを殺してきたのだ。
「勇者なんてのは一種のサイコパスなんだよ」
「君がどういう人生を歩んできたのか理解したよ」
藤田は何かを考えるように顎に手を当てる。
「事情は分かった。だが改めて考えてみると、僕たちは君の力が必要だ。そこで交換条件を出したい」
「交換条件?」
「ああ。金を君に払う。その代わり食料を分けてくれ」
藤田は財布から一万円を取り出す。
「一万円で肉一切れでどうかな? 悪い条件ではないと思うけど」
「随分と破格だな」
「今は何より食料だからね」
世界が滅茶苦茶になれば金はタダの紙切れになる可能性もある。藤田はそれを分かっているのだ。なら足元を見てやると、雄平は笑う。
「駄目だ。一切れ十万円なら売ってやる」
「随分と吹っ掛けるね」
「今は何より食料だろ」
藤田は仕方ないと財布から十万円を取り出す。まさか現金で十万円を持っているとは思わなかったが、藤田の実家は金持ちだと聞いたことがあるから、彼にとっては普通なのかもしれない。
「交渉成立だ」
雄平は十万円を貰い、代わりに肉一切れを渡す。藤田は旨そうに肉を口にしていた。
「人生最後のステーキかもね」
「そうならないように祈るんだな」
雄平は残った最後のステーキを口に含む。旨い。ステーキとライスは最後の一口まで食い終わると、鉄板と皿が霧のように消えてしまった。
「なんだか、体調が良くなった気がするな」
雄平は自分の身体に力が漲っているのを自覚した。ドラゴン肉を食ったことで、精がついたのだろうかとも思ったが、調子の良さはそれだけれは説明できない気がした。
雄平は自分のステータスを確認する。
――――――――――
名前:奥井雄平
評価:B
称号:魔王を殺した勇者
特異能力:
・課金ガチャ
・観察眼
魔法:
・炎魔法
スキル:
・なし
能力値:
【体力】:110
【魔力】:110
【速度】:110
【攻撃】:110
【防御】:110
――――――――――
雄平の能力値はすべて一〇ずつ上がっていた。これがドラゴンの肉を食べたことによる結果だと気づくのに時間は掛からなかった。
「思えばただのステーキなのに、Cランクだもんな」
高ランクの食事アイテムには何かしらのステータスアップ要素が隠されていると考えた方が良さそうだ。
「金も手に入ったことだし、ガチャでも回すか」
藤田から手に入れた一〇万円を含めて、雄平は百万円を所持していた。
「上限なしガチャを回してみるか」
早速一回、最低金額の一〇万円で引いてみる。
『Cランク:抱き枕の呪い』
特定の相手を最も近くにいる異性に抱きつかせるアイテム。社会的に抹殺したい方にぜひ! それでも俺はやってない(やってないとは言っていない)。
最低金額の一〇万円だと、やはりBランク以上のアイテムは中々出ないようだ。今度は奮発し、残金すべての九〇万円を課金し、ガチャを回してみる。
『Bランク:実家帰還』
一月以上寝泊まりしたことのある家へ一瞬で移動することができるアイテム。異世界から現実世界へ移動することも可能。ただし逆はできません。使用者の身体に触れることで複数人移動も可能。
手に入れたのは今一番欲しかったアイテムだ。これがあればゾンビの群れを潜り抜けて、家へ帰ることができる。
「可憐、家へ帰りたいか?」
「うん、帰りたい。お父さんとお母さんも心配だし」
両親については雄平も心配していた。電話に出ない両親と再会するためにも一旦家へ帰るべきだと判断した。
「奥井君、君はここから去るんだね」
「ああ」
「なら僕も連れて行ってくれ。必ず役に立つ」
「駄目だ。邪魔になる。それにクラスからお前がいなくなると誰がこのクラスの面倒を見る」
「それは……」
担任教師は自分の利を優先するあまり、正直あてにならない。このクラスで唯一冷静な判断を下せるのは藤田だけだ。
「なら連絡先だけでも教えてくれ」
「それくらいならいいだろう」
雄平は藤田と連絡先を交換する。それだけのことに藤田は必死に頭を下げて、礼を口にした。
「さて、戻るぞ。俺たちの家に」
雄平は可憐を片手で抱きしめると、『実家帰還』のアイテムを発動させる。視界が揺らぐような錯覚を覚えながら、彼は移動が終わるのを待つのだった。
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