第5話 ドラゴンの肉って旨いのか?
「勇者だって……冗談だろ」
クラスメイト達が嘲るように笑いを浮かべる。こういう反応になることは、雄平自身も分かっていたことだった。
「ゆうちゃん、私は信じるよ。ゆうちゃんはこんなことで嘘を吐いたりしないもの」
「ありがとう。可憐に信じてもらえるならそれで良い」
雄平は可憐を抱きしめる。彼女の体の震えは収まっておらず、瞳には涙が溜まっていた。
その様子を見て、雄平は昔の可憐の姿を思い出していた。虐められている雄平を、可憐は怯えながらも涙を浮かべ、庇ってくれたのだ。彼女は決して勇気がある訳ではない。むしろ臆病なのだ。自分が守ってやらなければと、雄平は覚悟を新たにした。
「ゆうちゃんに抱きしめられていると安心するよ」
「怖いなら眠ってもいいぞ。俺はいつだって傍にいてやるからな」
雄平は可憐を胸元で抱きしめたまま、彼女が安心するまで頭を撫で続けた。恐怖が収まった反動でか、可憐は寝息を立てて眠っていた。
「さて、まずは情報収集だな」
雄平はスマホでゾンビに関する情報が何かないかを検索する。通信インフラは無事なようで、ネットに繋ぐことはできた。
大手ニュースサイトをいくつか閲覧したが、まだニュースとして取り上げられてはいない。政府が情報統制でもしているのか、それともこの学校だけで起こっているのかは判断がつかないが、まだ大きなパニックに発展していないことが分かった。
ただ電話が繋がらないことだけが気がかりだった。両親と警察に電話するが、繋がる気配すらない。
「次は敵の情報が必要だ」
雄平はスマホでゾンビのステータスを確認する。
――――――――――
名前:ゾンビ
評価:F
称号:下っ端ゾンビ
特異能力:
・なし
魔法:
・なし
スキル:
・なし
能力値:
【体力】:5
【魔力】:0
【速度】:5
【攻撃】:15
【防御】:5
――――――――――
攻撃の能力値が一般人の平均値よりも高いが、それ以外は平均値にすら届いていない。魔法もスキルも何も保持していないので、雄平が敗北する可能性は限りなく低い。
「心配すべきは可憐だな」
雄平がゾンビに遅れを取ることがなくとも、可憐が殺されてしまえば、それは彼にとって人生の終わりと変わらない結果だった。
「可憐を安全な場所へ連れていく。それが当面の目的だな」
可憐が眠っている間は行動できないため、雄平は入ってくるゾンビを炎魔法で焼いたり、スマホで今後の作戦を練ったりしながら時間を潰す。クラスメイトたちも、ゾンビたちの脅威に慣れたのか、談笑しながら時間を潰している。気付くと日は落ち始め、夕方になっていた。
「ゆうちゃん、おはよう」
「おはよう、可憐。良く眠れたか」
「うん。ゆうちゃんが傍にいてくれたからね」
可憐は目を擦りながら、クラスの様子を伺う。談笑していたクラスメイトたちの口数が減っていた。
「腹が減ったな……」
男子生徒がそう呟いた。腹の虫を鳴らしながら、空腹を知らせている。
「皆さん。こんな時こそ助け合いが必要だとは思いませんか?」
担任教師が立ち上がり、皆の注目を集める。今まで震えていたというのに、何をしようというのか。
「我々の一番の課題は食料です。教室に閉じ込められた状態で、食料がなければ餓死してしまいますから」
雄平は担任教師が何を口にするつもりなのかを理解した。
「皆さんが持つ食料を集め、教師である私が管理します。そして皆さんに分け与えるのです」
最低で卑劣な手段である。クラスの同調圧力を利用し、食料を持つ者から無理矢理接収する。それはつまり食料を持つ者の生き残る確率を他の者に分け与えるということだ。
さらにこの方法の最もゲスな部分は、食料管理者が担任教師であるという点だ。如何に平等に配るといっても限界がある。人によって多少の誤差は生まれてくる。その誤差は生きるか死ぬかの状況では大きく生きてくる。もしこの方法が採用されれば、生徒の誰もが教師に逆らえなくなってしまう。
「では食料を持っている人、手を挙げてください」
教師が訊ねるが誰も手を挙げない。当たり前だ。誰が自分の食料を渡すというのだ。
「先生は悲しいです。私の生徒たちはもっと心が清らかだと思っていました」
雄平や可憐を虐めていたクラスメイトの心が清い訳がない。そう口にしたい衝動に、雄平は駆られた。
「では質問を変えます。食料を持っている人を知っている人はいますか?」
「は~い。それなら尾山さんがパンを持っているのを見ました~」
女子生徒の一人が手を挙げる。尾山とはクラスカーストでも低い位置に存在する少女だ。雄平から見ると美人だが、他の者から見るとブスに見えるせいで、いつも貧乏くじを引かされている。
「いけませんねぇ~、助け合いの精神を忘れるなんて、先生はそんな指導をした覚えはありませんよ」
担任教師が尾山のカバンを奪い取り、中から食料を探す。
「え~、中には汚い体操服とタオル、それとクリームパンがありますね! このパンは皆で分けましょう」
「尾山のパンか~、なんかキモイよね~」
「こらこら、あんまりブスを虐めてはいけませんよ。みんな仲良くしないと」
教室がどっと笑いに包まれる。聞いていて不快になる笑い声だった。
「さて他に食料を持っている人がいないか持ち物検査をしますね。皆さん、用意をしてください」
担任教師は生徒たちのカバンをチェックしていく。その際、スクールカーストの下位にいる者のカバンは入念に確認しているが、上位にいる者のカバンはほとんど見ていない。
露骨な差別だった。
「さて次は奥井くんの番――」
「失せろ、こんな茶番に付き合うつもりはない」
雄平が一言そう告げる。雄平がコンクリ壁を破壊したことを思い出し、担任教師はゴクリと息を呑んだ。
「きょ、協力しないなら、食料も分けませんよ」
「必要ない。俺もお前たちに食料を分けるつもりはないからな」
「こ、後悔しても知りませんよ」
担任教師は雄平からの持ち物検査を諦め、集めた食料を配り始めた。配られた食料は一食分の半分にすら満たない量だ。残りの食料と配っている量を見る限り、明日の昼までは何とか持つだろう。
「こんな量だとやっぱりひもじいな」
クラスメイトの一人が呟いた。皆も同じことを思っていたのか、腹の虫を鳴らして同意する。
「ハンバーグが食いたいな」
「俺はカレーだ」
「私はステーキが食べたい」
思いつくままに皆が願望を口にする。当然口にしただけで叶うことはない。
「ゆうちゃん、私たちの食事どうしようか?」
「心配するな。俺たちの食事は用意してある」
雄平はアイテム欄の項目から、目当てのアイテムを探す。
『Cランク:ドラゴン肉のステーキ』
肉汁溢れるドラゴンのステーキ。味は鶏肉に近いが、溢れる肉汁の量は牛肉に近い。異世界での定番のご馳走。
アイテムを選択すると、鉄板に乗った肉厚のステーキが現れる。説明通り肉汁が溢れ、ジュウジュウと旨そうな音を奏でている。教室を旨そうな肉の匂いが包み込んでいく。クラスの至る所から「旨そう」という声が聞こえてくる。
「これどこから出したの?」
「俺は勇者だったからな。異世界の便利な力を持っているのさ」
「凄いね、さすがゆうちゃん」
「大きくて美味しそうだ。1ポンドはあるな。これを二人で食べよう」
「私はいいよ。ゆうちゃんだけで食べて」
「俺は可憐に食べてほしいんだ。それに一人だと、こんな大きな肉を食べきれない。手伝ってくれ」
「う、うん。分かったよ」
食べようとしたとき、そこで雄平はあることに気づく。ナイフとフォークがないのだ。
「はさみならあるけど……」
「最悪はそれで切ろう。まずは試してみたいことがある」
雄平は課金ガチャを起動する。財布に入っていた一万円を課金し、一千円ガチャを一〇回引いてみる。
『Gランク:歯ブラシ』
歯ブラシ。歯を磨いて虫歯予防に努めよう。
『Gランク:ライス』
お皿に載ったライス。なんと魔王領直送のコシヒカリを使用。
『Gランク:ソフトフランスパン』
柔らかい感触が堪らない白パン。ジャムを付けると凄く美味しい。けれどジャムは別売品になるからご注意ください。
『Eランク:鉄のナイフと銀のフォークと金の箸』
鉄のナイフと銀のフォークと金の箸。三点セットだと高値で売れます。
『Gランク:ビニール傘』
ビニール傘。百円で売っているぞ!
『Eランク:日本刀』
日本刀。切れ味抜群。料理で使うと危ないから注意な!
『Dランク:握手券付きCD』
握手券が付いたCD。魔界三大美女の一人、リリスちゃんを召喚し、握手ができるぞ。
『Gランク:から揚げ』
から揚げ。普通に美味い。チーズ味が特に旨い。
『Gランク:ミネラルウォーター』
ペットボトルに入ったミネラルウォーター。魔王領の美味しい水。
『Dランク:アイテムチェンジ』
アイテムを一つ選択し、発動する。同じランクの別アイテムへと変化させる。
「まずまずの結果か」
一千円ガチャならこんなものだろうと、雄平はガチャ結果に満足する。特に鉄のナイフと銀のフォークと金の箸が手に入ったのはありがたい。早速アイテムを選択し、三点セットを現実世界に作り出し、ナイフとフォークを可憐に渡す。可憐はステーキを食べやすいサイズに切り始めた。
「可憐はライスとパンならどっちが好きだっけ?」
「パンかな」
雄平はソフトフランスパンとライスを選択する。やはりステーキだけというのは味気ない。炭水化物が手に入ったのは幸運だった。
「さて食べよう」
「いただきます」
雄平はステーキとライスを一緒に口へ放り込む。説明にあった通り、味は鶏肉に近いが、溢れる肉汁の量は牛肉に匹敵する。噛めば噛むほど溢れる肉汁が舌を喜ばせた。
「こんなに美味しいお肉を食べたの初めてかも」
「俺もだ。まさかドラゴンの肉がこんなに美味いなんてな」
「これ……ドラゴンの肉なんだ……」
「いやだったか?」
「そんなことないよ。ただドラゴンのお肉を食べたの初めてだったから驚いちゃって」
「この世界で食べたことがあるのは俺と可憐の二人だけだ。驚くのも無理はない」
雄平たちは美味しい食事を楽しんでいた。するとクラスメイトの女子数人が雄平たちへと近づいてきたのだった。
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