第4話 異世界で勇者をしていた男

 放送が流れた後、教室内はパニックになっていた。我先に教室から逃げ出そうとする者、座り込み涙を流す者、現実だとは受け入れられずに笑う者、反応は様々だった。


「ゆうちゃん、いったい何が起こったのかな?」

「分からん。だがマズイ状況であることは間違いない」


 放送では不審者が校内に入り込んだと話していた。不審者程度なら雄平の敵ではないが、とある疑問が彼を不安にしていた。


「不審者は一人だけなのかな?」

「いいや、相手は複数人だ。さっき流れた放送で、教師があなたたちと呼びかけていたからな」


 不審者が複数人いようとも雄平の敵ではない。相手が刃物で武装している程度なら、指一本でも勝つことができるだろう。


「銃なんかを持っていると厄介かもな」


 雄平の防御力はこの世界の人間たちを超越している。拳銃の弾丸程度で死ぬとは思えないが、確証もない。


「銃を持っているかもしれないの?」


 可憐が不安そうな声で訊ねる。雄平は安心させるために、抱きしめる腕に力を籠める。


「可能性の話をすればゼロではないが、限りなく低いだろうな。なぜなら銃声が聞こえなかっただろう」

「あ、そうだよね」


 もちろん銃を使うまでもないため使用しなかった可能性もあるが、雄平はその可能性が著しく低いと考えていた。


「先生、殺されちゃったのかな……」

「間違いなくな」


 もし生きているなら続きの放送が流れるはずだが、そんな気配は一向に感じない。


「放送から流れてきた悲鳴、すごかったね」

「ああ。聞いた言葉だけで判断するなら、食われて殺されたらしいからな」


 不審者は拳銃を持っていないと雄平が判断した理由は、その死因だった。人が人を殺すのは大きなストレスになる。銃という殺意を簡便化する道具があるなら、そちらを使うはずだ。


 もちろん人を食うような不審者だ。狂っており、心理的な理屈が働かない可能性もある。だがそれなら正常な思考力も働いていないはずだから、制圧することも容易なはずだ。


「人を食べちゃうなんて、不審者は本当に人間なのかな? 実は凶暴なワニでしたってことは――」

「ないだろうな。教師は不審者に話しかけている。動物相手なら、そんなことはしない」

「そうだよね、やっぱり人間なんだよね」

「ああ。もしくは人間に見える別の何かだ」


 雄平は異世界での経験を思い出す。異世界のダンジョンには人に見えるモンスターがたくさんいた。


 例えばデュラハン。首と胴体が別れているが、人としての外見を持ち、コミュニケーションを取ることもできた。


 他には死体を食べるグールなんかも、外見は人そのものだった。人社会に溶け込みながら、死体を食べて慎ましく暮らしている奴らもいたほどだ。


「だが今回のケースに一番近いのはゾンビか」


 ゾンビは謎に包まれた人食いモンスターだ。


 ゾンビに噛まれると、呪いを受けてしまい、そいつもゾンビになってしまう。ゾンビの外見は映画で良くあるような腐った体ではなく、生前の姿のままで、意識と生気だけがなくなった状態になる。


 ゾンビが謎多きモンスターと呼ばれるのは、彼らが噛みついてゾンビ化する相手が、個体ごとに異なるからだ。


 例えば強者のみをゾンビ化する個体や、女性のみをゾンビ化する個体など、その種類は千差万別だ。


 ただゾンビ化の呪いを受けるモノはまだ幸せなのだ。ゾンビは相手が対象者でなければ、そいつの体を食い始めるのだから。


「だからといってゾンビはないか……ないよな……」


 雄平はどうしても不安を拭えなかった。異世界から現実世界に転移してきたのが自分だけでなかったとしたら、ゾンビがいたとしても不思議ではないからだ。


「な、なんだお前!」


 クラスメイトの一人が叫ぶ。視線の先には生気のない顔をした女子生徒の姿があった。白いブラウスとタータンチェックのスカートは返り血で真っ赤に染まり、口元にはまるで人でも食ったかのように血がべっとりと付着している。


「そいつを教室に入れるな!」


 雄平の叫びは既に手遅れだった。血まみれの女子生徒は近くにいた男子生徒の肩に噛みつく。男子生徒は苦悶の声を漏らしながら、何とか引き離そうとするが、上手くいかないようだ。男子生徒の瞳から生気がどんどんなくなり始め、女子生徒が噛みつくのを止めた頃には、夢遊病者のように口を半開きにした状態で、傍にいる生徒に近づき始めていた。


 こいつらはゾンビだ。雄平は自分の不安が真実に変わったことを知った。


「奥井の言う通り、そいつらを教室の外に出すぞ!」


 クラス委員の藤田がそう叫びながら、モップを武器に二人のゾンビを外へ叩き出す。


 藤田は整った容姿と、筋肉質な体を持ち、クラスの人気者だった男だ。美醜が逆転したせいか、「ブサイクが調子に乗って」との声も聞こえてくるが、頼りにする視線を向ける者も多い。


「バリケードを作るぞ、机を用意しろ!」


 クラスメイトたちは藤田の提案に従い、扉の前に机を集め、ゾンビたちが入ってこれないようにする。


「まずはこれで一安心――」


 藤田がバリケードを超えられないゾンビたちを見て安心していると、今度は窓ガラスを割って、ゾンビたちが教室内へと入り込もうとしてくる。


「こ、このっ!」


 藤田がモップでゾンビたちを押し返すが、相手は痛みを感じない不死者である。動きは止まらない。


「こいつら数が増えてきているぞ!」


 ゾンビの数が一人、また一人と増していく。他のクラスの生徒たちがゾンビ化したのだ。藤田がモップで押し返すより、ゾンビの勢いの方が強い。このままではゾンビが教室内に入り込むのも時間の問題だった。


「仕方ないな……すまん、可憐。少し待っていてくれ」


 雄平は可憐からゆっくりと手を放し、ゾンビたちが入り込もうとする窓に手を向ける。ゾンビが教室内で暴れようと雄平は気にならないし、他のクラスメイトが何人死のうとどうでも良かった。だが危険が可憐に及ぶことは避けなければならない。


 雄平が課金ガチャで手に入れた『炎魔法』を発動させる。魔力が炎と変わり、窓の向こう側にいるゾンビたちを焼き尽くす。炭となったゾンビたちは、この世から跡形もなく姿を消した。


「奥井、お前いったい……」


 クラスメイト達の視線が奥井に集まる。手から炎を出したことに説明を求められているのだ。


「信じられないかもしれないが、今から話すことは冗談ではない」


 雄平はそう前振りを入れる。でないと一蹴されると考えたからだ。


「俺は異世界で勇者をしていたのだ」

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