第3話 美醜逆転は卑劣なイジメを生む

 学校前の並木道を歩きながら、雄平は自分の能力について考えていた。


「随分と便利な能力だな」


 課金ガチャ能力で引き当てたアイテムは、スマホ内のアイテム一覧というページに表示されるようになっている。そのページの中にはアイテム保存という項目があり、それを選択し、缶コーヒーをスマホに近づけると、光の塵となって消え、スマホ内のアイテム一覧に缶コーヒーが追加されていた。


 次に缶コーヒーのボタンを選択すると、取り出しますかとのメッセージが現れる。取り出しに同意すると、雄平の手には先ほどスマホに保管した缶コーヒーが握られていた。


「ただ色々と制約があるみたいだな」


 雄平は缶コーヒーをスマホに保管した状態で、同じ缶コーヒーをもう一本保存しようとすると、同一アイテムは登録できませんとのメッセージが表示された。この制約はヘルプにも記載されていなかった。


「つまり隠れた能力や制約が眠っている可能性はある訳だ。ステータスなんてのもあるし、多様性には恵まれていそうだ」


 スマホのヘルプを読んでいると、現実世界へ戻った勇者にはそれぞれランダムで魔眼が与えられると記されていた。


 雄平の与えられた魔眼は、『観察眼』という人やモノのステータスを確認できるというものだった。親切にも雄平の『観察眼』は、スマホの一機能として追加されており、対象を指定すると、ステータスが画面に現れるようになっていた。ちなみに『観察眼』を使えば、自分のステータスも知ることができる。


――――――――――

名前:奥井雄平

評価:B

称号:魔王を殺した勇者

特異能力:

・課金ガチャ

・観察眼

魔法:

・炎魔法

スキル:

・なし

能力値:

 【体力】:100

 【魔力】:100

 【速度】:100

 【攻撃】:100

 【防御】:100

――――――――――


 ステータスの詳細な内容についてはヘルプに記載されていた。


 まず評価だが、これはステータスを総合的に表現したもので、GからSまである。つまり雄平のステータスは上から数えた方が早い程に優秀だという評価が与えられていた。


 次に称号であるが、これは単純にその人の特徴を表すものだ。スキルの取得や成長などにも影響を与えていくと記載されている。


 魔法は魔力を消費し発動する能力である。消費する魔力量に応じて性能が変わる特徴を持つ。雄平はガチャで手に入れた『炎魔法習得』のアイテムを使い、【炎魔法】を習得していた。


 スキルは体力を消費して発動する能力である。スキルは魔法と異なり、熟練度、つまりはスキルランクによって性能が変わる。例えば剣術や格闘術などがスキルに該当する。


 最後に能力値について確認する。


 体力。この値が大きいほど長時間活動できる。またスキルを使うのにも必要なステータスで、ここには最大値が記されている。体力がゼロになると動けなくなってしまう。


 魔力。魔法を使うのに必要なステータスで、最大値が記されている。使用する魔法によって消費魔力が変わる。魔法使いを目指すなら高めておくべき。


 速度。この値が高いほど移動速度が速くなる。戦闘はもちろん、長距離移動にも役立つ便利なステータス。


 攻撃。この値が高いほど戦闘時に敵に与えるダメージが大きくなる。戦闘で活躍したいなら上げるべきステータス。


 防御。この値が高いほど戦闘時に敵から受けるダメージが小さくなる。ローリスクな戦闘を目指すなら上げるべきステータス。


 この世界のほとんどの人間の能力値は一桁だという話だから、雄平の能力は群を抜いて優れているといえる。


「ただ魔法なんて使う機会はないと思うけどな」


 現代社会は秩序ある世界だ。どれだけ戦いで優れていようと、役に立つ場面は限られてくる。


「核が落ちた荒廃した世界なんかだと役に立ったんだろうけどな」


 少しオカシイところもあるが、この世界は概ね正常だ。凄く目に付く異常が一つあるが、雄平は極力考えないようにしていた。


「あ、あの人、凄くイケメンだ」


 雄平の傍を通る女子生徒が、雄平の顔を見ながら、友人と話をしている。女子生徒はどちらも美人で、華のある光景だった。


「本当だ、凄いイケメン」

「でしょう。良いな~、あんな人と付き合えたら毎日幸せなんだろうな~」

「あははっ、私たちのようなブスには無理よ。そんなの鏡を見れば分かるでしょ」

「だよね。言ってみただけだよ」


 雄平は頭が痛くなりそうな会話にため息を漏らす。オークのような容姿の自分を指差しイケメン呼ばわりである。最初は皮肉で言われているのかとも思ったが、同じような会話が他の女子生徒たちがしているのを何度も聞いた雄平は一つの結論を下した。


 この世界は美醜が逆転している。


 オークのような醜い顔をしている雄平にとってメリットこそあれ、害があるわけではないので今は考えないことにしているが、なんとも不思議な世界に来てしまったものだ。


「俺がイケメンだなんて笑えてくる」


 街一番のブサイク扱いをされていた雄平にとって、突然美醜が逆転してイケメン扱いされるようになっても、嬉しさより慣れない気まずさのようなモノが先に来るのだ。


「学校も変わってないな」


 一年ぶりの校舎を眺めながら、教室に向かう。一年から二年へ進級し、教室の場所は変わったが、事前にクラスについては聞かされていた。可憐と同じクラスである。


「ここか……」


 雄平は教室の扉を開けて、中に入る。クラス中の視線が集まってくる。視線を送る者の中には雄平を虐めていた者も多いが、彼らは興味なさげな視線を送るだけだった。


「女子生徒からの注目の方がキツイな」


 雄平は自分の名前が書かれた席に座る。教室中の女子生徒が雄平を見ながら何かを話し合っている。


「可憐は……まだ来てないのか」


 教室に可憐の姿はない。もう少しで授業が始まる。このままだと遅刻してしまうのではないかと心配に思っていると、教室の扉が開いた。


 現れたのは可憐だった。腰まである長い黒髪と色白の肌、そして大きな黒い瞳は、見た者すべてを魅了する。学園一の美少女とまで呼ばれた彼女は、雄平の家族であり、幼馴染であった。


「おい、かれ――」

「気持ち悪いんだよ、ブスが!」


 雄平の言葉を遮るように、一人の女子生徒が可憐を罵倒する。その声に乗っかるように、教室中の女子たちが、「帰れ! 帰れ!」とコールを始めた。


 可憐はトボトボと歩きながら、教卓の前にある自分の席へ向かう。彼女が座ろうと椅子に手を伸ばすと、男子生徒が可憐にドロップキックを食らわせる。蹴られた可憐は床を転がり、机に頭をぶつける。


「おい、授業始めるぞ~、みんな席に着け」


 教師が教室の扉を開いて入ってくる。手をパンパンと叩き、騒がしい教室を静かにする。


「可憐も席につけよ。ただでさえブスなんだから、先生の言うことくらいちゃんと守ってくれよ」

「先生、ひど~い」


 クラスが一体となったイジメ。雄平を自殺に追い込んだ地獄が、今度は可憐に襲い掛かっていた。


「人間はなぜこんなにも残酷なんだろうな」


 美醜が逆転したことにより、可憐は学園一の美人から学園一のブスに変わったのだ。


 容姿はイジメを正当化する。


 雄平が知る可憐は友人が大勢いた。彼女は外見もそうだが、内面も魅力的だったからだ。だが容姿がブスに変わったというだけで、かつての友人たちはイジメの加害者へと変わっていた。


「可憐を虐めるのは止めてもらおうか!」


 雄平は立ち上がり、可憐へと駆け寄る。傍まで近づくと、彼女の身体が震えていることが分かった。


「泣いているのか?」

「ゴメン、見ないで。ゆうちゃんに、こんな惨めな姿を見せたくないの」


 可憐は顔を雄平から見えないように背けるが、頬を伝い、涙が落ちる瞬間を雄平は見逃さなかった。


「おい、てめえ、空気読めよ! 皆盛り上がってるところに水差すんじゃねえよ」


 チンピラ風の男が近づいてくる。いかにも頭の悪そうな顔だ。とんでもないブサイクではないが、女に縁はなさそうである。


「拓君、やっちゃえ!」


 女子生徒の一人が黄色い声をあげる。美醜が逆転しているこの世界では、この男の馬鹿面もイケメン扱いされるわけだ。


「可憐、少し待っていてくれ」


 雄平は男の顔を睨み付ける。鋭い視線に男は息を呑むが、クラスの生徒たちが見ている以上後には引けない。


「ちょっとイケメンだからって調子にのるなよ!」


 男は怒鳴り声をあげるが、雄平は静かにその声を受け流していた。


「可憐、耳をふさいでいろ」


 雄平は腕を胸の前で構えた状態から、勢いをつけてコンクリ壁に裏拳を叩き付ける。何かが破裂するような音が教室中に広がる。雄平が殴りつけたコンクリ壁は、まるで爆発でも起こったかのように、大きな穴が開いていた。


「忠告しておく。今後可憐を馬鹿にするようなことがあれば、俺はそいつを殺す」


 粋がっていた男はへたり込んで、首を縦にブンブンと振る。良く見ると、男の足元には黄色い水溜まりができていた。この程度の恐怖で失禁するなら、初めから大人しくしておけと、雄平は男に忠告した。


「可憐、立てるか?」


 雄平は可憐に手を差し出す。躊躇いながらも彼女はその手を受け取る。


「ゆうちゃんも目が覚めて良かった。本当に良かった」


 可憐は雄平の胸元に顔を押し当て、声をあげて泣き始めた。


「ずっと心配してたんだよ!」

「知っている。悪かった」

「謝らないで。ゆうちゃんを虐めから守り切れなかった私にも責任があるんだから」

「俺は強くなった。可憐がいつだって守ってくれたおかげだ。だから今度から可憐のことは俺が守ってやる」


 可憐の涙の勢いが強くなる。咽び泣く声が大きくなればなるほど、彼女がどれほど辛い学園生活を送ってきたのかが伝わってきた。


「お、おい、奥井。おまえ学校の壁を壊してどういうつもりだ」


 教師が声を震わせながら、雄平が壁を壊したことを非難する。


「修理費を払えばいいだろう」


 雄平はスマホから十万円を取り出し、教師に投げつける。


「拾えよ、これだけあれば十分だろう」

「お前、教師に向かって……」

「良いのか? もしこの問題が大事になれば、俺はクラスでいじめがあったことを説明するぞ。そうなれば、お前の人事評価はどうなるだろうな」

「ぐっ!」

「黙って拾え。それが一番利口な選択だ」


 教師は悔しさに、歯を噛みしめながら金を拾う。そして丁度すべてを拾い終えた時だ。校内放送が始まった。


「緊急放送です! 緊急放送です! 校内に不審者が入り込みました。みなさん気をつけて――」


 放送の声が急に止まり、ドアを叩くような音だけが流れる。


「な、なんですか、あなたたち! ここは教職員しか――ぎゃああああっ、た、食べないで! い、いだい、いだいよおおっ! わだぢの足が、わだちの腕がっ」


 断末魔が聞こえ、その後何も聞こえなくなる。悪戯なのではとクラスメイトたちは話しているが、異世界で戦争を経験してきた雄平には、死の淵の悲鳴が演技なのかそうでないかの判別がついた。


「何が起こっているかは知らんが、事態はマズイ方向に転がっているらしいな」


 雄平は胸の中で怯える可憐を抱きしめ、安心させる。


 この時の雄平はまだ知らなかった。世界は美醜が逆転しただけではなく、ゾンビが跋扈するようになってしまったということを。

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