第2話 美醜が逆転した世界で


 異世界から帰還した雄平が目を覚ますと、白い天井が広がっていた。ここが病院のベッドの上だとすぐに気が付いた。薬品の匂いが部屋に充満していたからだ。


「雄平! 起きたのね!」

「雄平がっ! 雄平が起きたぞおおっ!」


 目を覚ました雄平の姿を確認した二人の男女が、大喜びで声をあげる。二人は雄平の両親だった。だが顔に雄平の面影はなく、どちらも俳優や女優でもおかしくないほどの美形だった。


 顔が似ていないのには理由があった。二人が血の繋がった親ではなく、育ての親だからだ。


 雄平の血の繋がった親が事故で死に、実親の親友だった現在の両親が引き取ってくれたのだ。


 だから雄平は今の両親に感謝していた。美形ならともかく、豚のような顔をした自分を、時に優しく時に厳しく、愛情を持って育ててくれたからだ。両親のためなら命を投げ出すことも厭わない覚悟を雄平は持っていた。


「雄平がトラックに飛び込んだと聞かされたときには本当に心配したのよ」

「そうだぞ。何か嫌なことがあったのなら相談してくれよ」


 両親が優しい言葉を与えてくれる。きっと雄平が病院に運ばれたときも、心配し、泣いてくれたに違いない。


「ごめん、今度からは何かあったら相談するよ。ところで話は変わるんだけど、可憐はどうしたの?」

「そうだわ! 可憐にも知らせないと!」

「だな! あいつも心配していたんだぞ!」


 可憐というのは今の両親の実子、つまり雄平とは血の繋がりのない兄弟のことだ。同じ年の同じ日に生まれた彼女は姉でも妹でもないが、雄平が苛められていると、いつも身を呈して守ってくれていたため、雄平は彼女を姉のように感じていた。


「可憐は学校にいるの?」

「ああ」

「なら俺も学校に行くよ」

「行くって……雄平は一年近くベッドで寝ていたんだぞ。筋力も低下し、歩くこともままならないはずだぞ」

「大丈夫。俺は特殊だから」


 ベッドから起き上がると、雄平は上着を脱ぎ、シャツ一枚になる。丸太のような太い腕、三つに割れた腹筋は、病み上がりの患者の身体ではなかった。


「な、なんだ、その身体。昨日まではもう少し太っていたはずじゃ」


 父親が驚きの声を漏らす。勇者となる前の雄平は顔も豚のようだったが、身体も負けず劣らず丸々と太っていた。それがいきなり筋骨隆々の身体へと変わったのだ。驚くのも無理はない。


「学校に行ってくるよ。早く可憐に会いたいしね」


 雄平は母親が用意してくれた制服へと着替え、病院を後にした。久しぶりの外は、太陽光が眩しく感じられた。


「一年だと世界は変わらないか」


 雄平は病院から学園へと向かう道中を進む。行きつけのラーメン屋や喫茶店が目に入る。相変わらず人がいない。変わらない日常を、雄平は嬉しく思った。


「そういえば朝飯を食ってないんだった。コンビニでもよるか」


 目に付いたコンビニに立ち寄る。品揃えが豊富で、特に雑誌類の種類の多さには定評がある店だ。


「漫画も久しく読んでないな」


 雄平は読みなれた漫画雑誌を手に取る。日本で一番売れている週刊漫画雑誌だ。面白い漫画も豊富で、雄平の好む恋愛漫画も数作品だが連載されている。


「なんだこれっ」


 一年という歳月は、看板漫画の内容すら変えていた。しかも変な方向にである。


 ストーリーの大筋は変わらないのに、キャラクターのデザインだけが大きく変わっている。美形キャラクターはブサイクなデザインに、ブライクキャラクターは美形デザインに変わっている。


「ギャグ路線に変更したのか……」


 そう納得し、ページを捲って、楽しみにしていた恋愛漫画に目を通す。平凡な顔の主人公がブスなヒロインたちに言い寄られていた。キスシーンもあり、あまりの気持ち悪さに見ていられなかった。


「こんな漫画が今流行っているのか……」


 漫画雑誌を閉じた雄平は、他に何か面白い雑誌はないかと視線を奔らせる。そこで一つの週刊誌が目に入った。


「大物女優と大物俳優が結婚ね……」


 誰が結婚したのかと、週刊誌の中身を確認すると、醜い顔をした男女が結婚報告をしている写真が載っていた。


 見出しには結婚したいランキング一位の男女同士が結婚したと書かれている。


「俺程ではないけど、十分ブサイクな顔だよな」


 他の雑誌にも目を通すが、どの雑誌を見てもブサイクが美形扱いされていた。


「一年の間に何が起こったんだ……」


 まず雄平は異世界から転移する際に、何かしらの影響を世界に与えたのではないかと考えた。そこでスマホを取り出し、ヘルプ画面を読み漁るが、該当する情報は見つけられなかった。


「代わりに色々なことが分かったから良しとするか」


 スマホ画面に表示されている雄平の所持金だが、百万円と記されていた。この百万円は課金ガチャ能力に使用することもできれば、スマホから取り出すこともできるのだそうだ。


 他にもスマホから出すのではなく、入金することも可能だ。その際、課金するのは現金でなくとも良く、モノであればその価値に相当する金額が課金される。雄平は試しにポケットに入っていたボールペンを課金してみる。するとボールペンは塵となって消え、スマホの所持金額に百円が追加されていた。


「まぁ良い。世界がオカシイ理由はいずれ分かるだろう」


 雄平はスマホから百円を取り出し、缶コーヒーをレジに持っていく。店員の女性はモデル並みの容姿をしていた。雄平をチラチラと見ながら、頬を赤らめている。


「あのどうかしましたか……」

「い、いえ、何もありませんっ」


 店員は動揺しながら缶コーヒーを受け取り、会計処理を進めていく。百円を渡し、商品を受け取った雄平はコンビニを出ようとするが、その際、女性店員に呼び止められる。


「あ、あの……」

「どうかしましたか?」

「わ、私のようなブス相手だと嫌かもしれませんが、よければ連絡先を交換しませんか?」

「俺とですか……」


 女性店員はブンブンと大きく首を縦に振る。


 雄平は訝し気な瞳を女性店員に向ける。彼は自他ともに認めるブサイクだ。そんな自分と連絡先を交換したいという提案を、額面通りには受け取れなかった。


 宗教か、マルチか、美人局か。どの場合でも面倒ごとには変わらない。雄平は女性からの申し出を丁重に断り、コンビニを後にした。

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