ゾンビが跋扈する世界の異世界勇者
上下左右
プロローグ
第1話 異世界から帰還するからチート能力プレゼント
プロローグ『異世界から帰ってきた勇者』
真っ暗な空間には一人の少年と一人の女性の姿があった。
「おめでとうございます、勇者様。よくぞ魔王を倒してくださいました」
白い羽を生やした金髪の女性が、半透明のドレスに身を包み、一人の少年を祝福する。
少年は学生服に身を包んでいるが、丸太のような太い腕、筋肉で盛り上がった胸筋が、彼を年齢以上の外見に見せていた。彼がいた異世界ではその強靭な肉体と、まるで豚のような醜い顔から、勇者オークとまで呼ばれていた。
「女神様、勇者は恥ずかしいからやめてくれ。雄平でいいさ」
「では雄平様、魔王を倒した報酬ですが、元の世界に戻ることで本当によろしいのですね?」
「ああ。それで頼む」
雄平が勇者として召喚されたのは、丁度一年前のことだ。豚のような外見から学校中から苛められていた彼は、辛い日々から逃れるためにトラックへ飛び込んだのだ。
死んだと思った雄平の目の前に広がったのは、地獄でも天国でもなく、モンスターが溢れる異世界だった。
異世界へ飛ばされたのは、魔王討伐のために女神が勇者を召喚したからだった。勇者として冒険者として、異世界で活躍した雄平は、僅か一年で魔王を討伐。その報酬として何でも一つだけ願いを叶える権利を手に入れたのだ。
「立派になった俺の姿を見せてやらないとな」
雄平は学校で苛められてはいたが、人間すべてを憎んでいたわけではない。彼の家族は雄平を溺愛し、愛情をこめて育ててくれた。
「心配しているだろうな」
雄平は現実世界に戻るのが楽しみになっていた。
「さて雄平様、現実世界に帰還する前に、私から一つご褒美があります」
「ご褒美?」
「ええ。雄平様に三つの選択肢を示します。その内の一つがあなたのモノになります」
「へぇ」
実に興味深い提案だ。なんせ女神の褒美なのだ。現実世界で有利に生きていけるモノに違いない。
「まず一つ目はステータスの引継ぎです」
「それはつまり、一つ目の選択肢を選択しないと、俺のステータスが低下するということか?」
「はい。女神の祝福がなければ、ステータスは別世界に持っていけませんから。魔法やスキルは使えなくなってしまいます」
雄平のステータスは魔王を殺せるほどに高く、強力な魔法や便利なスキルを複数保持している。このステータスを現実世界でも使えるのなら、必ず有利に働くだろう。例えばオリンピック選手になることも容易いはずだ。
「二つ目は莫大な資金です」
「金額は?」
「雄平様の世界だと十兆円相当です。一生遊んで暮らすことができます」
金か。悪い選択肢ではない。金でなんでも買えるとは言わないが、金さえあれば人生の幸福の九割は買える。
ステータスの引継ぎと違い、魔法やスキルを使えなくなるため、戦闘能力では完全な一般人になってしまうが、これからの人生を面白おかしく生きることは容易いはずだ。
「最後は少しイレギュラーな提案です」
「イレギュラー?」
「神が暇つぶしで作成された力なのですが、よければ報酬にとのことでして」
「どんな能力なんだ?」
「課金ガチャ能力です」
課金ガチャという単語を聞き、子供の頃に回した玩具のガチャガチャを思い出していた。百円を入れてガチャガチャを回すと、玩具が排出されるのだ。
「課金ガチャ能力は雄平様のご想像通り、神が作ったアイテムや異世界の道具をお金で手に入れることができる力です」
「他の二つに比べると随分見劣りする気がするな」
「ええ。ですからオマケも付きます。魔王を倒せるほどではありませんが、少なくとも熊なら素手で勝てる程度の身体能力を授けましょう。さらに十兆円とはいきませんが、百万円ならお渡しできます」
「へぇ、それは凄い」
正直、現実世界で魔王を殺せるほどの能力も十兆円も必要ない。人間相手なら右に出る者がいない身体能力と、当面の資金が手に入るなら、課金ガチャ能力の性能によっては選ぶ価値がある。
「どうでしょう。課金ガチャ能力を選ばれてみるのは?」
「具体的にどんなアイテムが出るか聞きたいな」
「例えば剣などの武器や食料などが排出されます。他にも異世界へと転移できるアイテムなんかも存在します」
「ガチャ能力をくれ!」
雄平にとって異世界は第二の故郷である。世話になった人も多い。現実世界で両親に無事であることを伝えたら、また異世界に戻りたいと考えていたのだ。
「本当によろしいのですか? ガチャ能力は神様が暇つぶしで作ったジョーク能力なのですよ」
「構わん、くれ」
「では、勇者雄平に祝福あれ」
女神が祈りを捧げると、雄平の体が光り始めた。淡い光が暗い空間を照らしていく。
「祝福が完了しました。雄平様のスマホをご覧ください」
スマホを確認すると、怪しく光るアイコンが画面に表示されていた。アイコンを選択すると、銅色、銀色、金色の三色のガチャが並んでいる。
「この三種類のガチャが、この能力のメインになります」
「三色あるのは何か理由があるのか?」
「ええ。銅色は千円ガチャ、銀色は一万円ガチャ、金色は上限なしガチャになります」
「千円ガチャと一万円ガチャは分かる。それぞれの金額を入れると、アイテムが出てくるんだよな。そして一万円ガチャの方が良いモノが出ると」
「ご明察通りです」
「だが一つ分からん。上限なしガチャとはなんだ?」
「最低金額の十万円以上であれば、上限は問わないガチャです」
「それなら誰もが十万円しか入れないだろう」
「投入金額が多いほど、排出されるアイテムがより良くなる可能性が増すのです」
「なるほど、可能性ということは出てくるアイテムはランダムな訳だ」
「ガチャガチャですから」
続いて女神は雄平にアイテムの説明を始める。アイテムにはGランクからSランクまで存在し、Aランク以上は上限なしガチャでなければ排出されないことや、千円ガチャでBランクを引き当てるのは天文学的な確率だと説明される。
「SランクやAランクを引き当てたいときは、上限なしガチャに大金を突っ込めば良く、Bランクが欲しなら一万円ガチャを引き、Cランクに目当てのアイテムがあるなら千円ガチャを引けば良いということか」
「その通りです、雄平様。ただ一つ注意していただきたいのは、上限なしガチャを回して、Gランクが排出されることもあります。その点はご注意ください」
「ああ。ガチャというくらいだから外れもあるのは想定内だ」
「どうです? ガチャ能力については理解できましたか?」
「概ねな。ただ実感があまり湧かないな」
「でしたら運試しがてら一度引いてみますか? 今なら無料でそれぞれのガチャを一回ずつ引く権利をプレゼントしますよ」
「それは助かる」
スマホを見ると、所持金額欄に十一万一千円と記されていた。まずは千円ガチャを回してみる。
『Cランク:ドラゴン肉のステーキ』
肉汁溢れるドラゴンのステーキ。味は鶏肉に近いが、溢れる肉汁の量は牛肉に近い。異世界での定番のご馳走。
「いきなりCランクですか。雄平様は運が良いですね」
「ありがとう。今度は一万円ガチャを回してみるよ」
一万円ガチャが回り、アイテムが排出される。
『Bランク:世界樹のしずく』
あらゆる病の特効薬。万病を治し、傷を一瞬で治癒することができる。また呪いは治すことができないが、進行を遅らせることができる。
「今度はBランクですか。豪運ですね」
「たまたまさ」
勢いに乗って、俺は上限なしガチャを回してみる。もしかするといきなりSランクをひいてしまうかもしれないと期待を込めながら、排出されたアイテムを見る。
『Aランク:炎魔法習得』
炎魔法を使用できるようになるアイテム。炎の火力は消費魔力に応じて変化する。使い手次第で性能が大きく変わる魔法。
「魔法やスキルなんかもアイテムとして排出されるのか?」
「はい。異世界にいた頃、雄平様が保持していた魔法やスキルの他にも、神様が作られた能力もガチャに含まれているそうです」
「それは楽しみだな」
課金ガチャ能力、思った以上に選んだのは正解かもしれない。
「これは私からの個人的なプレゼントです」
女神が何かを呟くと、雄平のスマホにアイテム説明が表示されていた。
『Bランク:一日異世界転移券』
異世界へと一日だけ転移することができる。一日経過するか、使用者が現実世界に帰りたいと念じれば、元の世界へと戻される。
「お暇があれば、異世界生活も楽しんでください」
「助かる。俺の担当女神があんたで良かった」
「私もです、雄平様」
女神は柔和な笑顔を浮かべる。
「課金ガチャ能力についての説明はまだまだ足りませんが、そろそろ時間です。他の機能についてはヘルプを参照してください」
「分かった」
「ではあなたがいた1108世界へ飛ばします。現実世界でも頑張ってください」
「ああ。頑張るよ」
暗闇の空間が光で包まれていく。淡く優しい光が視界を塞いでいく。雄平は浮遊感を感じながら、光が晴れるのを待った。
「……雄平様、ごめんなさい」
「なんだって! 良く聞こえない!」
女神の声が随分と遠い気がする。すぐ目の前にいるのに、声だけは届かない。
「私、あなたが帰る世界番号を、8の字と6の字を見間違えてしまいました」
女神がそう告げた時には、雄平の姿は消えていた。最後の最後で女神はドジを踏んでしまったのである。
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