この白球に想いをのせて

T-大塚

第1話

「……えー、ですから新入生の諸君には……」


 入学式。

 大勢の新入生が真新しい制服に身を包み、希望やら不安やらを抱えている。

 私が入学した『富士峰女子高等学校』は中高一貫校である。そして私はこの4月から編入する一般組と呼ばれる人間だ。今この体育館では中学からの子たちと一般組で場所が分けられている。そのため私の周りの子達は全員一般組で、この春から富士峰の制服に袖を通した人間だ。富士峰の制服といえばかわいいと評判であり、そのジャンパースカートを着るのが子供の頃からの密かな夢でしたという子は少なくない。

 そして私もそのなかの一人だったりする。先程から長く続く校長の話などは耳をすり抜け、これからの学生生活へと想いを馳せる。

 周囲へと目を配る。既に仲良くなった者同士でヒソヒソと話している子たち。まるで心地よい子守唄を聞いているかのようにぐっすりと眠りについている子たち。真面目に話を聞く子、聞かない子。様々だ。

 そしてそれを見ると、自分が新しい環境へ飛び込んだのだということが実感できた。誰ひとりとして私を知っている人はいないだろう。同時に私も誰も知らない。この日は新しいスタートなのだ。


「――続きまして新入生代表の挨拶です」


 不意に式進行の言葉が耳に入る。どうやら校長の話は終わっていたようで壇上には一人の少女が上がっていた。彼女は背筋をピンと張り、堂々と代表の挨拶をこなす。彼女の黒髪は遠目からもしっかりと手入れされていることがわかった。胸元には一年生の赤いリボンタイが結ばれている。意思の強そうな瞳が輝いてみえた。これが私と同じ15歳というのだから世の中は不公平なものだ。まあ、一つ分かるのは彼女とは住む世界が違うということだけだ。

 彼女の新入生代表の挨拶が終わると、私は再び周囲へと目を移した。その瞬間一人と目が合い、気まずくなってその目をそらした。


 入学式を終え、私達新入生は体育館から自分たちの教室へと戻る。

 その道中では友人と雑談に興じる生徒が多い。中学からの友人だろうか、もしくは入学式前の短時間で仲良くなったのか。どちらにせよ既に仲良くなっている二人の間には入りにくいったらない。おかげで私は誰に話しかけるでもなく一人無言で教室へ戻ることになった。

 私の所属する2組の教室へと入る。黒板に席順の書かれた紙が貼ってある。私の名前を探す。野本珠美のもとたまみというのが私の名前だ。私は自分の名前を見つけ、その席につく。教壇に向かって左から2列目、後ろから2番目となかなかよい配置だ。


(二つ結びやめればよかったかも)


 席につき、自分の髪をいじりながらそんなことを考える。高校生にもなって少し幼すぎるかもしれない。下の方で2つに結んだおさげは少々幼い髪型とされることが多い。だけど私は存外この髪型を気に入っていて、苦悩の果てにそのままにしてきたのだ。しかし、周りのクラスメイトは私よりもやけに大人びて見えて、再び悩みだしてしまった。優柔不断な我が身がにくい。

 そんなことに考えを巡らせていると、不意に肩を叩かれた。後ろを向くと一人の少女がいた。そして何故か彼女は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうである。それと同時に見覚えがあるような気がした。


「あんたさぁ……さっきジロジロあたしのこと見てたでしょ」


 思い出した!

 式のときに目が合っちゃった子だ。どうしよう、すごい怒ってる。私はとても動揺し、席から立ち上がった。


「そ、そんなことないですよ……。偶然……そう! 偶然目が合っちゃっただけで」

「は? 」

「も、申し訳ごじゃいましぇんでした! 」


 即謝罪である。例え冤罪だったとしても何か怖そうだったら謝るもんだろう。私は深く頭を下げる。どうだ? 許されるか? ちら、と彼女の様子を伺う。あれ、怒ってなさそうだ。しかもそれだけでなく、笑いをこらえているようだ。そしてついにこらえきれなくなり、彼女は笑い出した。


「あはは、うそうそ! 冗談だってば」

「へ? 」


 彼女の声に私は顔を上げた。


「あんたが式の最中あまりにもキョロキョロしてるもんで、気になってしょうがなくなっちゃたの」

「え、じゃあ……、怒ってないん……ですか? 」

「目が合うだけで怒る奴なんていないでしょ! 面白いね、あんた」

「あー、よかった。安心したー」


 一気に脱力し机に突っ伏す。


「あたし、濱田里奈はまだりな。実は県外からでさ、友達いないんだわ。だから友達募集中」


 彼女は先程の鬼のような形相と一変して人懐こそうな笑顔を向けてくる。曖昧な表現かも知れないがなんかいいなと思った。なんだか仲良くなれそうな気がしたのだ。といっても彼女なら大体の人と仲良くなってしまいそうな気もするが。


「私は野本珠美です。実は私も同じ中学からの子がいなくて……。濱田さんがまだ募集中なら応募してもいいですか? 」

「即採用! 」


 彼女は親指を立て、口角を釣り上げた。それに釣られ私も親指を立ててみせた。


「これからよろしく、珠美。あ、いきなり名前で呼んで大丈夫だった? 馴れ馴れしくないか? 」

「全然オッケーです! こちらこそよろしく、濱田さん」

「おう」



 それから数週間が経過し、5月になった。

 校庭の桜はすっかり散ってしまい、葉が生い茂ってしまている。

 高校生活にも程よく慣れてきた私の目の前には今後を左右する大きな問題が存在していた。


「珠美は部活何にするか決めたの? 」

「いや~、まだ迷ってるんだよね。実は」


 私は里奈ちゃんの問いに答えつつ溜息をつく。


「マジ? もうすぐ締め切りでしょうに……」

「そうなんだけどさ。なかなか決められなくて」


 部活動の見学期間にはほとんどの部活に顔を出した。しかしそのどれにも心は動かされなかったのだ。でも部活には入りたいんだよな……。


「じゃあアタシと一緒にバスケやろうよ。アタシが責任持って面倒見るからさ」

「バスケか……。里奈ちゃんと一緒だったらそれも悪くないかも」

「でしょでしょ」

「でも、もう少し考えるよ。やっぱり何か夢中になれること探したいからさ」 

「そっか」


 里奈ちゃんはちょっと不満気な顔をしたが、すぐにいつも通りになった。

 その日の授業が終わり、放課後になると里奈ちゃんはバスケ部の活動へと向かった。そして私は部活動用の掲示板に向かった。それは昇降口付近に設置されている掲示板で、各部活動の業務連絡の他に、部活動の勧誘のポスターが貼られている。今は新入生を勧誘するためのポスターで埋め尽くされている。


(さて、何かいいものはないですか……っと)


 様々な部活のポスターに目を通す。中学時代は部活をすぐにやめてしまったため高校では慎重に選びたい。部活は大規模なものから数人規模の小さなものまで数多く揃えられていた。メジャーなところはバレー、テニス、バスケ、吹奏楽といったところか。しかしそのどれも未経験者が入るのは気が引けてしまう。勿論ポスターには初心者歓迎と謳われているが……。やっぱりそんな勇気はないな。

 しかし体を動かすのは好きだ。そして得意でもない。ここが難しいのだ。気持ちでは運動部と考えるけどもレギュラーにはなれないのだ。努力もしてない奴がなにを抜かすと大バッシングされそうだが、そういう思考回路になっているのだ、仕方がない。わがままで、優柔不断。我が憎むべき短所でございます。

 それからも多くの部の掲示を見るが、入部に踏み切れそうなものはない。やはり里奈ちゃんに釣られてバスケ部に入るか? ってついさっき否定したばかりじゃないか。これでは堂々巡りだ。あー、決められない。ついつい頭をかきむしってしまう。


「部活、探していらっしゃるんですか? 」

「え!? あー、はい。そうなんですよ……。なかなか決められなくて」


 不意に話しかけられて驚いた。そして咄嗟に頭をかきむしるのをやめた。初対面の人にこんなところを見られるなんて……。

 私に話しかけてきたのはいかにも優等生じみた少女であった。つやつやの黒髪はまっすぐと伸びていて、天使の輪がみられる。背筋も私なんかと違ってピンとしている。仕草の一つ一つに品があり、きっと中学から富士峰のお嬢様に違いないと思った。そしてそのお嬢様はこんなにも大人びた風貌で私と同じ赤いリボンタイをしていた。ということは私と同じ一年生ということだ。世の中は不公平である。そういえばこの前も似たような感想を誰かに感じたな。そう思い出し、記憶を辿ると一つの答えに至った。


「もしかして、新入生代表挨拶の? 」

「覚えてらしたんですか? 恥ずかしいので忘れてください……」


 やはりこの少女はあの挨拶の子だったのだ。でも、あの時思ったよりは物腰が柔らかい。


「あの時の写真を見せてもらって気がついたのですが、緊張でひどくおっかない顔をしていました……」


 なるほど、あの時の近寄りがたそうな印象は本当の彼女ではないということか。どちらにしても私とは住む世界が違う気がしてならないが。


「あ、部活の話でしたね」


 そう言って彼女は私に一枚のビラを手渡し、掲示板にポスターを貼った。


「私、部活作ったんですよ。と言っても人数が少ないので愛好会扱いなんですけれど……」

「一年でですか? すごい行動力ですね」

「いえいえ、夢でしたので。高校に入ったら絶対にやってやると心に決めていたんです」


 夢か。

 初対面の人間に堂々と宣言できるほど確固たる目標を持っているなんて羨ましい。いつも迷って、決めあぐねている私とは正反対だ。


「部活、迷っているなら是非ご参加をお願いします。そのビラに活動場所と時間が書かれているので、それでは、またお会いできるのを楽しみにしていますね」

「あ、はい」


 それだけ言うと、彼女は立ち去っていった。

 そして私は受け取ったビラに目を移す。


(えーと、初心者歓迎……野球愛好会? )


 我が目を疑うが確かに野球愛好会と書かれている。ご丁寧にバットとボールのイラストまで添えられていて、間違いなく野球愛好会のビラである。貼られたポスターを見てもやはり野球愛好会だった。こちらはバットを持った可愛らしい少女のイラストだった。


(あの人が……、野球? )


 結びつかない2つが私の心に強く印象付けられる。野球といえば男のスポーツというのがやはり私の中では根強く、真面目な令嬢といった印象の彼女は正反対にあると言っても過言ではないと思った。


(平日放課後、校舎裏にて待つ……か)


 ビラには簡易的な地図が書かれていて、ココという印がつけられていた。とりあえず行ってみようかな。野球をやりたいとは思わないが彼女のことがひどく気になった。この部活を夢だと言い切った彼女のことが。

 そういえば名前を聞くのを忘れていた。まあいいか。明日に行けば会えるのだろうから。

 



 

 


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