第9話 フタリグラス

「どう?」

 なんて箸を止めて武藤さんが俺を見てくる。どことなく心配そうな表情。何がどうってもちろん、料理の味を聞いてるのだろう。

 美味いよ。うん、スーパーの惣菜なんかとは比べ物にならない。もちろん俺が作ったどの料理よりも。ここ最近で食った中でも一番うまいかも知れない。完敗です。居候されるのは突然でびっくりしたけど、こんな料理が毎日食えるのなら、まあ悪くない。

 それどころかよくよく考えてみると。やばくないですか? この状況。クラスメイトと二人暮らし。男と女。一つ屋根の下。もちろんやましいことなんか考えてませんよ。

 寝込みも襲わないし、風呂も覗かんし。箪笥も漁らない。そんな勇者的な趣味はないのだ。洗濯後の下着が干してあったら見てしまうかも知れないが。

 そこは武藤さんに任せよう。ってよくよく考えたらそうだよな。夕方の俺の行動、言動のデリカシーの無さに思い当る。

 裸になってしまった武藤さんに、俺は親切心から服と取ってくるなんて言ってしまったが、パンツとかブラジャーとかって多分見られたくないもんだよな。我ながら酷い。かといって今さら謝るのも変だし。

「うん……美味しい」

 ここは素直に料理の感想。

「よかったぁ~」

 と武藤さんの顔が明るくなる。輝き始める。魅力を増す。俺は理性を総動員する。不埒な空想を振り払う。例えば風呂上り。バスタオルを巻いた姿の武藤さん。えっちぃネグリジェ姿の武藤さん。何故か下着姿で寝ている武藤さん。もろもろ。

「いや、飯が美味いのはいいんだけどね。よくよく考えたら武藤さんの家は大丈夫なの? 家族とか?」

 そうだ。当然の疑問。今まで普通に学校に通ってたんだから。異世界から突然こっちの世界に舞い降りたわけじゃあないんだから。昨日まで、今朝まで住んでいた家があるはずだ。普通に考えたら家族も。

「……」

 ちょっと、まずいことを聞いちゃった感が否めない。天涯孤独とか虐待を受けているとか。黙り込む武藤さんの姿をみて安易な質問をしてしまったことを軽く後悔する。だけど知る権利はあるはずだし、一応俺にだって武藤さんの家庭を心配するぐらいのことはしてもいいはず。後から面倒になるのもごめんだし。

「家族は居なくて」

 ビンゴでした。いやあ、やばいなぁ、暗いなぁ武藤さん。

「で、お友達の家に居候させてもらってたんだけど」

「その家には?」

「ちゃんと言ってきたよ。うん。仲良しの友達なんだ。ずっと小さい頃からの。ずっと一緒に暮らさせて貰ってて」

 なんとなく、なんとなくだけど武藤さんの複雑な家庭事情が垣間見える。俺の家庭だって複雑っちゃあ複雑だけど、そこに暗さ、ダークネスはない。破滅や破たんはあるけれど。

「でね、高校生になるし、いい機会だしそろそろ一人暮らしでも始めようかなって考えてたんだけど」

 話しながらちょっと武藤さんの顔が明るくなりだした。ひとまず安心。

「お部屋を探すにも保証人とかいろいろ面倒だしお金もいるし」

「そうだね」

 他に何を言えようか。差しさわりがないのが一番。

「だから助かっちゃった。もちろんその友達の家も迷惑だなんて全然言わないしずっと居てもいいよって言ってくれてたんだけどね。あんまりお世話になりっぱなしってのも嫌だったから」

 そんで俺に目を付けたわけね。どういう話の展開で居候が決まったのかはよくわからんし聞くつもりもないが。

「ヒャッキンだったら」

 何? 俺だったら?

「ヒャッキンのおうちだったら、ご飯も作ってあげられるし」

 うんうん

「家族もいないし」

 そうだね

「寂しいだろうし」

 それはそっちの勝手な思い込みだけどね

「楽しいかなって」

 それは今後の武藤さん次第。俺と武藤さんの関係次第。いや、いきなりね、肉体関係なんて要求しないよ。だけどまあいわゆるあれだ。同居人から始まって、徐々に……ゆくゆくは。

 なんて妄想は口には出せない。間違っても。口を滑らせたら負け。敗北宣言。

「お弁当も作るからね!」

 いやいや、そこまでは。どうせ昼飯は諦めてるし。おとなしくパンでもかじってるのが身分相応なんで。

「大丈夫、一個作るのも二個作るのも一緒だから。中学生の頃から結構作ってたし。あたしの分とその友達、ミーちゃんの分」

 ミーちゃんって言うのか。なるほど。居候も辛いね。いろいろお手伝いしたくなるよね。そんな健気な武藤さんの過去を知り、俺も腹をくくる。

「まあ、こうなったら仕方ないから。一緒に住むのはいいんだけど」

「ほんとぉ!」

「ああ」

「やったぁ!」

「だけどな」

「だけど?」

「変に気ぃ遣わなくていいからな」

 それだけ言って俺は黙々と飯を食う。明日も明後日もこれからしばらく食べることになる美味なる武藤さんの手料理を。

 やべぇなんか楽しくなってきちまった。

「ありがとう」

 武藤さんもなんだか楽しそうだ。が、会話はそこで途絶えて、二人で黙々と飯を食った。

 その後、武藤さんが洗ってくれた風呂に順番に入り――風呂を洗うなんて習慣が無かった我が家だったから、きれいな湯船は新鮮で快適だった、ちなみに武藤さんは頑として一番風呂の権利を俺から奪おうとしなかったという余談――、ネグリジェではなくかわいらしいパジャマに身を包んだ武藤さんと、寝間着代わりの小汚いジャージを着た俺のふたりでしばし団らん。テレビとか見ながら寛いだ。

 なんとなく、いや、絶好の幸せ。よくよく考えてみれば。幸せ以外の何物でもない。可愛い女の子と二人で暮らす。想像もしていなかった状況。

 気分も良くなり、会話も弾み……いつしかお残ししていた宿題。そう、俺の持つ超能力の話へ自然に移行する。ファイアストッパー。その真相へ。

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