第10話 ヒノシマツ

 テレビを見ながらの談笑に一区切りついたところで、コマーシャルかなんかの合間に、

「ふぁいあすとっぱあ? なんだよね?」

 と、武藤さんが切り出した。

 そうだ。忘れていた。すっかりと。いきなりで戸惑ったけど結局なんだかんだで、武藤さんとの同棲。ふたりでの甘い? 生活を満喫してしまった。

 俺と武藤さんの繋がり……。それは、クラスメイト……なんて軽いもんじゃなく。

 もちろん一緒に住むことになったのだから、それなりに仲良しこよしが見込めるわけだが……。その発端となる出来事を抜きにしては語れない。

 何故に親父が武藤さんの居候を許可したのか? 思いつく節がある。親父のやつは超能力に目が無いのだ。もともと物理学者で、幼少期の俺の特殊な能力を発見し、それまでの研究や仕事すら辞めて超能力研究へと舵を切った。たまたま親父の研究成果として取った特許が大当たりして食うに困らないだけの収入が得られたことも大きい。

 武藤さんと親父の会話の内容は深く聞いていないし、実のところおぞましくて聞きたくもないが、親父のことだ。武藤さんからなんらかの情報を聞き出して……彼女がエスパーであるということを既に知ってしまっている可能性もある。

 まあ、その当たりの事情は想像の域を出ないのだが、そもそも、そもそも武藤さんが俺に接近してきたのは俺が超能力者だから。

 なんだかんだあって忘れかけていたが、武藤さんの能力を見せてもらう代わりに俺の能力も、明らかにする。それがお約束だった。そうだった。そういう段取りだった。

「ああ……」

「それ……見せてもらってもいい?」

 仕方無しに俺は素直に肯く。

 いざ実証開始。お披露目の場所はどこでも良かったのだが、なんとなく例の部屋。超能力研究部屋へと武藤さんを連れ出した。

 理由はいくつかある。

 なんとなくリビングの開放的なスペースで見せるのは嫌だった。リビングはもっと楽しいことに使いたい。という一点。

 昔から、俺が能力を発揮してきたのはその部屋だった。つまりは慣れている場所だということ。そういえば久しく能力を使っていない。上手くできるかどうか十分な自信はない。ならば少しでも不安要素を少なく。

 あとは雰囲気の問題。

 実はこの部屋。特殊な造りで家の真ん中にぽつりと作られた外壁とは接していない空間なのと、もうひとつ。壁やら天井やらに工夫がなされている。結局何の役にも立たなかったが実は数種類の金属、鉛や鉄やステンレスなど、幾層にもなった構造の特別発注の複数素材で囲われているのだ。

 ゆくゆくは超能力がそういった素材を通してとそうでない場合とで振る舞いを変えるのか? なんてことを研究した買ったらしい。まあ、例のアメリカンヒーローが唯一透視できない素材みたいな設定からヒントを得た思いつきだろうが。無駄に金をかけている。

 だが、今回、これから俺がやろうとしているのは、至極簡単な作業。見た目にも地味。

 で、昔から何度も何度も繰り返し能力を発現させ、様々な訓練に明け暮れた部屋なので、その名残で都合よく準備物が揃っている。

 足りないものといえば水ぐらいだが、それはリビングから持ってきた。

 俺にとってもそして二度目に足を踏み入れた武藤さんにとってもあまり良い思い出のある部屋ではないのだが、まあトラウマレベルまでは行っていないだろう。

 かくして俺の超能力の解禁が始まる。

「やっぱり、ふぁいあすとっぱあって、ふぁいあすたあたあの逆バージョン?」

 鋭い。というか名前から想像つくよね。発火能力に対する消化能力。

「ああ」

 と肯定しながら俺は準備を進めた。

 部屋にあるテーブルの上にローソク台。そこにローソクを立てる。ライターを用意する。

 それからキッチンから持ってきた一杯の水。それだけだ。これで十分。全て揃った。

「じゃあ、武藤さん……火をつけて」

 おぼつかない手つきでローソクにライターで着火する武藤さん。

 小さな炎が灯り、ゆらゆらとゆれる。

「じゃあ、この火を消すから……見てて……」

 数年ぶりの実践。だけど……コツは覚えているはずだ。何千回とやってきた。三つ子の魂なんとやら。水泳や自転車にどんなに永いブランクが生じようとも泳ぎ方、乗り方、バランス感覚を忘れないのと同じ仕組みのはず。

 おれはおもむろにコップの水を口に含み、ローソクの先を見つめる。そして火の消える様をイメージする。

 水を飲み込む。同時に念じる。

「わっ! 消えた!」

 武藤さんから出た驚きの声。

「これが……ファイアストッパーなんて大層な名前を付けられたけど……俺の持ってる超能力」

 どんな顔をしていいのかわからない。確かに、不思議な能力なんだけど……、地味だよね。ローソクの火なんて息を吹きかけて消したほうがよっぽど早い。

 だけど……そんな俺の能力を見て武藤さんは自分のことのように喜んではしゃぎだした。

「すごい! すごいよ! ヒャッキン! ちょーのーりょくだよ! えすぱあだよ! あたしの見込んだとおりだよ!」

 なんて、ウキウキるんるん。

「ね、ね、もっかいできる? もっかいやって!」

 なんて、勝手にローソクに再点火したり。

 火は消すんだが、せっかくの盛り上がりに水を差すのは悪い――上手いこと言っているつもりはないよ――と、俺も素直に何度か能力を発揮する。

 火が消えるたびに大喜びする武藤さん。

「ね、もっかい!」

 とまたローソクに火をつけようとするが……。

「ごめん」

 気付くとコップが空になっていた。俺はそのことを説明する。

「水が無くなった……」

「えっ? 飲んでたお水?」

「そう、水」

「それってなんか関係あるの?」

「ああ、だいたい消そうとする火の大きさによって……その火が消せるくらいの水を飲まないと……出来ないんだ。この火を消す能力を使うことは……」

「へ~そうなんだ。てっきり集中するためとか能力使ったら喉が乾くんだと思ってた。そういえば毎回飲んでたよね」

「そういうこと」

「ローソクの火だったら一口飲んだくらいで消えるの?」

「まあ、そんな感じだけど」

「もっと大きい火とかは? 火事とか?」

「いや、焚き火くらいなら消したことあるけど……」

「え~、見たい見たい!」

 興味をもって楽しんでくれるのはいいんだけどね。さすがに焚き火は……。無理でしょ。もう夜も遅いし。

「じゃあガスコンロなら?」

「それはやったことないなぁ」

「やってみようよ!」

 で、二人でキッチンへ移動。

 ガスコンロに着火する。勢いよく燃え盛る炎。これを消すには……500mlくらいは必要か? となればコップの水では追いつかない。かといって鍋ややかんから直接水を飲むわけにもいかないし、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。2リットル入っているでかいやつ。

 気が重いなぁ。腹がたぷたぷになりそうだ。だけど……これで武藤さんも納得してくれるだろう。

 がぶがぶと水を飲み干して、コンロの火が消えるイメージを頭に浮かべ……、念じる。

「わぁ~! あんなに燃えてたのに! 消えた!」

 上手くいった。が、何を思ったか、

「もっかいやって!」

 なんて言ういだす武藤さん。

「ごめん……もう腹がたぷたぷで……」

「そっか、結構飲んだもんね……」

「そう、水を飲まないと……使えない能力だから……」

「聞いていい?」

 何? 応えられる範囲でならば……。

「お水じゃないとだめなの?」

「いや、水分ならなんでもいい。ジュースでも牛乳とかでも。ただ燃えるもの、油とかじゃあダメだった」

「へ~、結構ちゃんと研究したんだね」

 正確に言うとさせられたんだけどね。親父に。ほんとに。焚き火を消す時なんて、死ぬかと思うくらいの水を飲まされた。今となっては良い思い出なんて昇華されずに、未だに嫌なメモリーだ。

「というわけで……」

「?」

「もういいだろ? これが俺の能力、ファイアストッパー。ただ単に火が消せる。飲んだ水の量に大体比例して」

「うん、凄かった!」

 よかった。なんか知らんけど頑張った甲斐があったというものだ。武藤さんの喜ぶ顔が見れて。

 だけど武藤さん、

「他には?」

 なんて聞いてくる。

「他って?」

「他の能力。超能力使えるって……それだけ……じゃないんでしょ?」

 何を期待してるのさ。それだけなんですけど。

「えっ? 火が……消せるだけ?」

「そうだよ」

「念力とか、透視とか、テレパシーとか……無いの? 出来ないの?」

「できるなんて一言も言ってないし。事実できないし……」

「うっそ~!」

 武藤さんは明らかに期待はずれ~みたいな表情で……

「だって、ヒャッキンじゃん、なんかいろんな能力がちょっとずつチョコチョコあるってイメージの名前だよ。技のデパート! みたいな……それのちょっと可愛らしい版で超能力の百均ショップみたいな……」

「いや、単に……名前をもじったあだ名だから……。超能力とは関係ないでしょ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「…………」

 黙りこんでしまう武藤さん。

「…………」

 俺も同じく沈黙。

 が、そこはポジティブシンキングの持ち主の武藤さん。

「でも、まあこれから……いろんな能力が使えるようになるかも知れないしねっ」

 なんて励ましてくれる。

 だけどその可能性は低い。何故なら俺は幼い頃から、数々のいかがわしい超能力開発の特訓を受けて来たんだ。親父の仕入れてくる怪しい様々な情報に基づいて。だけど、火を消す以外はなんにもできなかった。

 それを正直に言う。

「そうなんだ……特訓したこともあるんだ……。でもでも……これから成長期! ってこともあるかも知れないし……」

 慰めてくれなくて結構だよ。別に俺は超能力者になりたいわけじゃない。普通に暮らしたいだけなんだ。まあ持って生まれてしまったちゃちな能力はあるが、所詮使い道も思いつかない。

 テレポーテーションなんて大技やっちゃう武藤さんとは違うんだ。

「悪かったな……、なんか期待と違って……しょぼい能力で……裏切っちまって……」

 そんな後ろ向きの言葉が自然に口をつく。

 だけど武藤さんは気にしないって感じで、

「そんなことないよ。超能力に貴賎なしだよ。それに……嬉しいの。ひとりでもえすぱあの仲間が見つかって……。あたしの夢に一歩近づいたわ」

「夢?」

「そう、えすぱあ集団を作るのよ!」

 なんか勝手にポーズを決めて、天井を指差す武藤さん。その志はどこへ向かっているのだろう。現時点では謎。不明瞭もいいところ。本人も深くは考えていない、勢いだけで喋ってしまっている感もある。

 ちょっと早まったか? 武藤さんに能力を見せてしまってよかったのだろうか? なんて不安が風とともによぎったり。

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